ギフテッド

路地裏乃猫

文字の大きさ
40 / 68
2章

28話 ショー・ザ・フラッグ①

しおりを挟む
「おそらく……渡良瀬さんの仕業でしょうね」

 そう凪が報告を入れると、高階は肩で大きな溜息をついた。こめかみに片手を添え、頭が痛いわと言いたげに形の良い眉を寄せる。

「続けて」

「ええ。警察の話では、外国の工作員に動きは見られなかったと。また、特定の過激派組織や反社会的勢力、カルトが動いた痕跡もない。……何より今回、対象者の周囲に、明らかに記憶を改竄されたと思しき人間が散見されました」

「マキの〝想い出〟ね」

「確かなことは何も。ただ……可能性としては」

 今回、名古屋に続いて訪れた北海道で、凪は、あと一歩のところで新しいギフテッドを取り逃がした。今にして思えば、名古屋の騒動をキャッチした――させられた時から、今回の失態は約束されていたのかもしれない。

 だが、何よりも凪を動揺させたのは、今回、渡良瀬が、本気度の高い偽装工作を仕掛けてきたことだった。

 いつまでも蝙蝠こうもり野郎ではいられない。

 いい加減、旗色を見せろショー・ザ・フラッグ、ということか。

「あなたがそう断言するのなら、そうなのでしょう。……信じても?」

「ええ」

 すると高階は、訝しげに凪を見据える。

 そう、凪に旗色を迫るのは、何も渡良瀬に限らない。

 これまで高階は、渡良瀬の意図を掴む情報源の一つとして凪を手元に置いてきた。あるいは、渡良瀬をコントロールする餌として。そんな蝙蝠野郎に追わせた〝眠り〟のギフトが、たまさか〝死〟のギフトに進化した時は、彼女も胃の痛む思いだったろう。もし凪が渡良瀬のために海江田を奪取したなら、それは国、いや世界にとって大きな脅威となる。

 実を言えば、当初は凪もそのつもりでいた。

 このギフトの主は、アートのためなら他人の命をいくらでも犠牲にできてしまう――そういう人間だと凪は踏んだ。当時、ネット世界はすでにギフテッドの噂で持ち切りだった。通常はすぐさま当局に対応させるこの手の噂をあえて放置したのは、まだ見ぬギフテッドの反応を伺うため。そして……彼は描き続けた。人命よりも表現を選んだのだ。それほどのエゴイストなら、事情はどうあれ描き続けてくれる。結果、人類の大半を死に追いやるとしても――そう、信じて疑わなかった。

 だが。

 あの日、凪の前に現れたのは、エゴイストと呼ぶにはあまりにも脆く、頼りない子供だった。彼はただ、父親の抑圧から逃れるために必死に我を張っていたにすぎない。絵を描き続けなければ自我が死んでしまう。戦場の子供が、自らも銃を取らなければ殺される。だから銃を取り、敵を撃ったのと同じように、無我夢中でカラースプレーを握りしめていたにすぎない。

 だから例えば、その抑圧から解放されたとき、海江田が、以前と同じ選択を取る保証はどこにもなかった。安全が保障された世界で、好きこのんで銃を取りたがる子供はいない。それでもなお銃を取りたがる戦闘狂ジャンキーは、いるにはいる。が、海江田の狂気は、あの時点ではそこまで育ちきってはいなかった。

 あれだけのことをしでかして、なお彼は正気に片足を残していた。揺れて、迷っていた。

 結果、海江田を渡良瀬に引き渡すことは断念せざるをえなかった。その選択は正しかったと凪は思う。今も海江田が絵筆を取っていられるのは、ここでなら誰も傷つけずに創作ができるからだ。だからこそ、その前提から外れた世界に海江田を引きずり込もうと思うなら、さらなる狂気を彼の中に育む必要がある。

 その意味では、彼をキュレーターに誘ったことは間違いだった。むしろ、もう描き続ける以外に贖罪の道はないのだと彼を追い込むべきだった。なのに……

「信じてください。昔はともかく、今の僕はあの人とは何もない」

「そう。だといいのだけど」

 小さく溜息をつくと、高階は視線を凪の目から胸元へと移す。

「ところで、さっきから気になっていたのだけど、何なの、それ」

「……えっ」

 つられるように目を落とした凪は、そういえば、シャケの木彫りを抱えたままだったなと今更のように思い出す。

「あ……これですか。ええ、空港で一目惚れして買ってきたんです。見てください、この、アイヌ文化の伝統が色濃く反映された力強い彫刻を。そもそも熊の木彫りとは、大正時代、スイス土産から着想を得た徳川義親氏が、北海道の農民たちの副業にと広めたものですが、その技術的な土台となったのは、やはりアイヌの――」

「待って」

 咄嗟に、高階が広げた両手を突き出す。突進する猛獣を引き留めでもするように。そういえばなぜ、皆、凪がアートについて語り出すと必死に引き留めにかかるのか。

「その手の蘊蓄は、彫刻専門の子にでも披露してあげなさい。いたでしょ、うちにも一人。ほら、いつも廊下で丸太を切ってる彼女」

「ああ、三原さんですね……いや、彼女はちょっと」
 
「何? 苦手なの?」

 手を下ろし、ゆるりと組み直しながら問う高階に、凪は「いえ」と苦笑する。

「嫌われてるんですよ、僕」

「あら、それだけ恵まれた外見で、女性に嫌われるなんてことがあるのね。何をやらかしたの?」

 何を――その問いに、凪は曖昧な笑みで「何でしょうね」と相槌を打つ。それは、あなたが訊いちゃいけないことでしょう。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

処理中です...