ギフテッド

路地裏乃猫

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2章

11話 生活

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 最初に案内されたのは、地下一階にある倉庫だった。

 倉庫、なのだろう。床も壁も打ちっぱなしのコンクリートという無骨な内装のフロアには、ハーフコンテナほどの倉庫がいくつも並んでいる。ざっと数えた限りでも数十を下らない。その光景は、何となくイケアの巨大な郊外店舗を思い起こさせた。

「まずはここ! うちらの生活とは切っても切り離せない宅配ボックス!」

「宅配ボックス……これが……?」

 宅配ボックスといえば、留守中でも宅配便などの荷物を受け取れるロッカーを指す。が、普通は、どんなに大きくともせいぜいクーラーボックス程度の大きさだろう。……とはいえ、そうした常識が通じない当施設では、このハーフコンテナひとつひとつが住人用の宅配ボックスになっているようだ。

「さっき、荷物がどうのと言ってたのはこれのことだったんすか」

「そ。ここではね、外に買い物に行けないかわりに必要なものは全部PCで注文するの。協会の専用アプリで前日夕方までに注文すると、よっぽど取り寄せに苦労するやつじゃない限り、翌朝にはここに届いてる感じ」

「なるほど……えっ、ちなみにPCはどこに……?」

 そういえば漣の部屋にも、それに共用部にもそれらしいものは置かれていなかった。

「ああ、後で事務員さんから色々説明受けると思うんだけど、そのときに個人用のタブレットPCが支給されるから心配ご無用。ちなみにネットはフリーで、アップロードはできないんだけど読み込みだけなら何ギガでもOK。動画も有料チャンネルも見放題。あ、ちなみに――」

 そして瑠香は漣の鼻先に顔を寄せると、いたずらっぽくにやりと笑う。

「えっちなやつも視聴OKだよ」

「はぁ? い……いえ、見ませんよそんなのっ!」

 と言いつつ、白状すると少しホッとしていた。

 こうした閉鎖環境で何が困るかといえば、やはり男なら、何を措いても〝オカズ〟の有無だろう……が、とりあえずネット環境が整っていれば何とかなる、はずだ。多分。

 ボックスは、部屋のカードキーで開く仕様になっている。漣も自分のボックスを探してみると、フロアの奥に、部屋番号と同じ番号が記されたボックスが見つかった。ひょっとして、とリーダーに部屋のカードを通すと、扉代わりのシャッターが自動で巻き上げられる。奥には、大きなスチールラックがコの字型に置かれていて、そこに無地の段ボール箱が十箱ほど突っ込まれていた。

 まさか、と箱の一つを開く。中身は案の定、家に置いてきた私物の類だった。

「え……こういう感じで届くの……?」

 てっきり引っ越し業者なりが部屋まで運んでくれるものと思っていた。が、考えてみればここは税金で運営される施設なのだ。だとしたら、まぁ……財政難だしなと漣は自分に言い聞かせる。

「おおっ、これ漣くんの私物? えらいしこあるねぇ」

 漣の背後でボックスを覗き込みながら、瑠香が弾む声で言う。

「そ、っすね……」

「あはは。ま、台車使えるし、一日で運ばなきゃいけない決まりもないから、必要な分だけその都度運んだら? あたしなんてトランクルーム代わりに使っちゃってるし」

 実際、瑠香のボックスを見せてもらうと大量の段ボールが置かれていた。段ボールにはいずれも太めのマジックペンで『冬物』と書かれている。その傍らには『夏物』と書かれた段ボールが、潰された状態で束ねて置かれていた。

「……これは?」

「えっ、服だけど……ああ、衣替えだよ。ほら、あの部屋、広いけど収納は小さいじゃない? だから、季節によって中身を入れ替えるの」

「ころもがえ」

 初めて触れる単語と概念に途方に暮れていると、瑠香は、やれやれという顔で溜息をつく。

「本当に家事は全然なんだねぇ。まぁ……ちょっとずつでもいいから覚えていきなよ。別に、なくても困る知識じゃないけど、知ってたら知ってたで便利だからさ」

「はい」

 こく、と漣は頷く。確かに、外で食べるなら皿洗いの知識はいらない。服も、総量さえ控えれば季節ごとに中身を入れ替える必要はないだろう。それでも、そうした小さな生活の知恵は、知っていればきっと日々の暮らしを豊かにしてくれるのだ。少なくとも瑠香の言葉には、それを確信させる手触りがある。

 とりあえず荷物の回収は後に回し、倉庫の出口に向かう。途中、カートで荷物を運び出す住人と出くわし、簡単な挨拶を交わした。六十代の男性で、定年退職後に始めた陶芸でギフテッドと判明したらしい。家族はなく、この施設でのんびり余生を楽しむつもりで入所したそうだ。

「自分みたいな人間は多いですよ。後はもう、のんびり創作を楽しむ以外にやることはないですからね」

 そんな彼の笑みには何の屈託もなく、こんな人もいるのだ、と漣は思う。自分にも、定年まで医者として働いて、余生をギフテッドとして過ごす穏やかな人生があったのかもしれない。

 今となっては、後の祭りだけども。

「中井さん、ああ見えて結構面白いギフト持ってんだよね。何だと思う?」

 廊下に出たところで、瑠香が問うてくる。中井とは先程の男性のことだ。

「え……何すか」

「〝静寂〟」

「静寂?」

「そ。あの人の作品に触れるとね、耳がね、聞こえなくなるの。聴覚が駄目になる……みたいな? あ、もちろん永久にってわけじゃなくて、一時間とか、長くて半日ぐらい。面白いよね。でも、いきなり耳が聞こえなくなると困るし、おまけに鑑賞レベルは4もあるから審美眼3のあたしは触れちゃダメなの。見た目は綺麗なんだけどね、釉薬ゆうやくの使い方が独特で」

 地下一階のフロアは他にも多くの人間が行き来し、そのたびに漣はいちいち立ち止まって挨拶を強いられた。いっそ昨日、皆が集まる場でさっさと済ませた方が良かったのではとさえ思う。

 ただ、その中の誰一人、漣の所業を責める人間はいなかった。
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