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2章
10章 新たな食卓
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瑠香の部屋は、間取りこそ漣の部屋と同じだが、雰囲気は完全に別物だった。自然木を用いたカントリー調のフローリング。家具も、全体的にナチュラルな素材で統一されている。モダンで都会的だがどこか冷たい漣の部屋に比べると、ここは全体的に何だか温かい。
「なんか……俺の部屋とは全然違う雰囲気っすね」
「ああ、これはね、協会に言えばいつでもリフォームしてもらえるの。あたしも、もう三回ぐらい換えてもらったかな。だって、ずーっと同じ内装じゃつまんないじゃん」
「へぇ……」
つまり、漣の今の部屋はゲームで言うところの初期装備、ということだろう。住人はそこに適宜リフォームを入れ、自分好みの部屋にカスタマイズする仕様なのか。もっとも、今の部屋はそれなりに漣の好みに合っているので、しばらくリフォームを入れる必要はなさそうだ。
キッチンは、漣の部屋と同じカウンター式。向かいに二人掛けのダイニングテーブルが置かれているのも一緒だ。そのテーブルに、瑠香は次々と皿やお椀を並べてゆく。炊きたてのご飯と、具沢山の味噌汁。ひじきの煮しめを盛った小鉢と、前日の残りと思しき豚肉のアスパラ巻き。ただ、それでは足りないだろうとさらに瑠香はキッチンで手早く卵焼きを作る。明らかに料理に慣れた手つきだ。ここに収容された後も、ビュッフェに頼るのではなく自分で料理を続けているのだろう。
「すごいっすね。ビュッフェがあるのにちゃんと自分で作るなんて……」
「うーん、やっぱ自分で作って食べる、っていうプロセスは大事にしたいじゃない?」
「プロセス?」
すると瑠香は、「そ、プロセス」と力強く頷く。
「食材を刻んだり炒めたり、あとは、そう、次に作る料理をイメージしながら買い足す食材を選ぶ。するとね、なんかこう、世界と関わってるなーって感じがするの。その感じをね、大事にしたいっていうか」
「へー……」
どうも漣にはぴんとこない。少なくとも、漣が大学で知り合った自炊勢は基本的に料理が好きか、さもなければ家計を浮かせるために料理をこなしていた。少なくとも……世界との繋がりだとか、そんなややこしい理由でキッチンに立つ人間は初めて見る。
そういえば……この施設で暮らしているということは、彼女もまたギフテッドなのだろう。やはりギフテッドには、特殊な感性の持ち主が多いのだろうか。
「あとは、まぁ、どうせ食べるなら自分の好きな味つけで食べたいし。特にここのビュッフェはさ、どっちかっていうと関東風の味付けで、九州人のあたしにはどーしても口に合わないんだよね」
「ああ……そういうことなら、確かに」
ただ、一応頷いてはみても、やはり共感には至らない。テーブルに出されたものをただ食べる。そこに、特別な関心を払ったことはこれまで一度もなかった。さっきの洗濯にしてもそうだ。思えば、家事はいつも母か、もしくは家政婦に頼りきっていた。そこに何の疑問も抱いたこともなかった。
やがて卵焼きもテーブルに並び、二人で「いただきます」と唱和する。さっそく件の味噌汁を啜ってみる。と、確かに味が違う。家の味噌汁はもっとちゃんとしょっぱかった。でもこの味噌汁は、いまいち塩気が足りない。
当たり前なんて、そんなものはどこにも存在しない。
常識という板子一枚下にたゆたう膨大な未知。その現実を、しかし誰もが知らないふりで日々を生きている。でも未知は確かにそこにあって、いつ何時、その暗い海に牙をむかれるかはわからない――そんなことを、母のそれとは明らかに違う味噌汁を味わいながら漣は思う。
こんな明日が来ると知っていれば……もっとちゃんと味わっておけばよかった。
「大丈夫?」
見ると瑠香が、箸を止め、心配顔で漣を見つめている。
「なんか顔色悪いけど、ひょっとして体調悪い?」
「えっ、あ、いえ……そういうわけじゃ……すみません」
止まっていた箸を慌てて動かし、口に合わない味噌汁を飲み干す。腹は確かに膨れるのに、心には、なぜか寂しさばかりが募ってゆく。
そんな感慨も、次の瑠香の言葉にあえなく吹っ飛ぶ。
「ここ最近の不審死、あれ、君のギフトが原因だったんだね」
「――っ」
その言葉に、漣は危うくむせかける。やはり知られてたのか。そして……たとえ協会は許しても、彼女個人が漣の所業を許すとは限らない。
いや、それを言えば、そもそも許しなど――
「ごめん違う違う! 別に君を責めたいわけじゃなくて!」
「えっ?」
「あ、あたし、その、君の味方だから……ううん、ここの人達はみんなそう。ちゃんと、わかってるから。誰も君を責めたりしない。だから……安心して」
そして瑠香は、漣の緊張を解くためだろう、やんわり微笑んでみせる。そんな彼女の気遣いと優しさに、漣は不覚にも目頭が熱くなる。つい昨晩、嶋野のスーツを涙と鼻水で散々汚しておいて。
「……すみません」
「うん」
食事を終えると、漣は、せめてものお礼にと皿洗いを引き受けることにした。ところが、ただ皿を洗うだけの作業がどうしてももたついてしまう。油汚れは落ちるどころか、擦れば擦るほど余計に広がってしまう。じゃあ、と茶碗やマグカップに手をつけると、スポンジについた油汚れが移って逆に汚してしまう。何だこれ、どうすればいいんだ……
「油汚れはね、お湯で洗うと早く落ちるよ」
とうとう見かねた瑠香が、カウンター越しにアドバイスをくれる。
「あとね、油物はできるだけ後に回す。スポンジにくっついた油汚れが他のお皿に移って面倒でしょ?」
「はい……めちゃくちゃ面倒です」
すると瑠香は「でしょー」と朗らかに笑う。アドバイスはしても、漣の不手際を責めるそぶりはない。いい人だな、と、素直に漣は思う。
皿洗いを終えると、今度は部屋の外へと連れ出された。
「せっかくだし、施設を案内してあげる」
断る理由はなかった。むしろ、ありがたい申し出に一も二もなく漣は飛びつく。朝食と皿洗いの指導で、すっかり彼女に手懐けられてしまったらしい。
「お……お願いします」
すると瑠香は、「うん、お願いされた!」と豊満な胸をぐいと張った。
「なんか……俺の部屋とは全然違う雰囲気っすね」
「ああ、これはね、協会に言えばいつでもリフォームしてもらえるの。あたしも、もう三回ぐらい換えてもらったかな。だって、ずーっと同じ内装じゃつまんないじゃん」
「へぇ……」
つまり、漣の今の部屋はゲームで言うところの初期装備、ということだろう。住人はそこに適宜リフォームを入れ、自分好みの部屋にカスタマイズする仕様なのか。もっとも、今の部屋はそれなりに漣の好みに合っているので、しばらくリフォームを入れる必要はなさそうだ。
キッチンは、漣の部屋と同じカウンター式。向かいに二人掛けのダイニングテーブルが置かれているのも一緒だ。そのテーブルに、瑠香は次々と皿やお椀を並べてゆく。炊きたてのご飯と、具沢山の味噌汁。ひじきの煮しめを盛った小鉢と、前日の残りと思しき豚肉のアスパラ巻き。ただ、それでは足りないだろうとさらに瑠香はキッチンで手早く卵焼きを作る。明らかに料理に慣れた手つきだ。ここに収容された後も、ビュッフェに頼るのではなく自分で料理を続けているのだろう。
「すごいっすね。ビュッフェがあるのにちゃんと自分で作るなんて……」
「うーん、やっぱ自分で作って食べる、っていうプロセスは大事にしたいじゃない?」
「プロセス?」
すると瑠香は、「そ、プロセス」と力強く頷く。
「食材を刻んだり炒めたり、あとは、そう、次に作る料理をイメージしながら買い足す食材を選ぶ。するとね、なんかこう、世界と関わってるなーって感じがするの。その感じをね、大事にしたいっていうか」
「へー……」
どうも漣にはぴんとこない。少なくとも、漣が大学で知り合った自炊勢は基本的に料理が好きか、さもなければ家計を浮かせるために料理をこなしていた。少なくとも……世界との繋がりだとか、そんなややこしい理由でキッチンに立つ人間は初めて見る。
そういえば……この施設で暮らしているということは、彼女もまたギフテッドなのだろう。やはりギフテッドには、特殊な感性の持ち主が多いのだろうか。
「あとは、まぁ、どうせ食べるなら自分の好きな味つけで食べたいし。特にここのビュッフェはさ、どっちかっていうと関東風の味付けで、九州人のあたしにはどーしても口に合わないんだよね」
「ああ……そういうことなら、確かに」
ただ、一応頷いてはみても、やはり共感には至らない。テーブルに出されたものをただ食べる。そこに、特別な関心を払ったことはこれまで一度もなかった。さっきの洗濯にしてもそうだ。思えば、家事はいつも母か、もしくは家政婦に頼りきっていた。そこに何の疑問も抱いたこともなかった。
やがて卵焼きもテーブルに並び、二人で「いただきます」と唱和する。さっそく件の味噌汁を啜ってみる。と、確かに味が違う。家の味噌汁はもっとちゃんとしょっぱかった。でもこの味噌汁は、いまいち塩気が足りない。
当たり前なんて、そんなものはどこにも存在しない。
常識という板子一枚下にたゆたう膨大な未知。その現実を、しかし誰もが知らないふりで日々を生きている。でも未知は確かにそこにあって、いつ何時、その暗い海に牙をむかれるかはわからない――そんなことを、母のそれとは明らかに違う味噌汁を味わいながら漣は思う。
こんな明日が来ると知っていれば……もっとちゃんと味わっておけばよかった。
「大丈夫?」
見ると瑠香が、箸を止め、心配顔で漣を見つめている。
「なんか顔色悪いけど、ひょっとして体調悪い?」
「えっ、あ、いえ……そういうわけじゃ……すみません」
止まっていた箸を慌てて動かし、口に合わない味噌汁を飲み干す。腹は確かに膨れるのに、心には、なぜか寂しさばかりが募ってゆく。
そんな感慨も、次の瑠香の言葉にあえなく吹っ飛ぶ。
「ここ最近の不審死、あれ、君のギフトが原因だったんだね」
「――っ」
その言葉に、漣は危うくむせかける。やはり知られてたのか。そして……たとえ協会は許しても、彼女個人が漣の所業を許すとは限らない。
いや、それを言えば、そもそも許しなど――
「ごめん違う違う! 別に君を責めたいわけじゃなくて!」
「えっ?」
「あ、あたし、その、君の味方だから……ううん、ここの人達はみんなそう。ちゃんと、わかってるから。誰も君を責めたりしない。だから……安心して」
そして瑠香は、漣の緊張を解くためだろう、やんわり微笑んでみせる。そんな彼女の気遣いと優しさに、漣は不覚にも目頭が熱くなる。つい昨晩、嶋野のスーツを涙と鼻水で散々汚しておいて。
「……すみません」
「うん」
食事を終えると、漣は、せめてものお礼にと皿洗いを引き受けることにした。ところが、ただ皿を洗うだけの作業がどうしてももたついてしまう。油汚れは落ちるどころか、擦れば擦るほど余計に広がってしまう。じゃあ、と茶碗やマグカップに手をつけると、スポンジについた油汚れが移って逆に汚してしまう。何だこれ、どうすればいいんだ……
「油汚れはね、お湯で洗うと早く落ちるよ」
とうとう見かねた瑠香が、カウンター越しにアドバイスをくれる。
「あとね、油物はできるだけ後に回す。スポンジにくっついた油汚れが他のお皿に移って面倒でしょ?」
「はい……めちゃくちゃ面倒です」
すると瑠香は「でしょー」と朗らかに笑う。アドバイスはしても、漣の不手際を責めるそぶりはない。いい人だな、と、素直に漣は思う。
皿洗いを終えると、今度は部屋の外へと連れ出された。
「せっかくだし、施設を案内してあげる」
断る理由はなかった。むしろ、ありがたい申し出に一も二もなく漣は飛びつく。朝食と皿洗いの指導で、すっかり彼女に手懐けられてしまったらしい。
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