ギフテッド

路地裏乃猫

文字の大きさ
38 / 68
2章

26話 いや普通に白い恋人を買ってこい

しおりを挟む
「ところで海江田くん、僕が贈った絵具は使っていますか」

「えっ? ええ、もちろん! えーと、クサカベのミノー、でしたっけ」

「はい。クサカベ社の油絵具は、混色しても色が濁らず、高い彩度を保てるのが特徴です。これまでの作品から、海江田くんは少ない色数をカンバス上で混色しながら、ライブ感覚で多くの色を生み出すことを得意とするアーティストだと見受けました。油絵具は他にも多くのメーカーが製造していますが、海江田くんのスタイルに照らすなら、やはりクサカベ一択だろう、と」

「……は、」

 思いもよらないネタバレに漣は呆然となる。

 確かに……馴染む、とは思っていた。漣がやりたいこと、描きたいものに絵具がいちいち応えてくれる。ここでこの色を出したい。するとカンバス上に、まさに漣が期待した色がそっくりそのまま現われる。

 かつて漣は、たった四色のスプレーで思うさま色を生み出していた。それは多くの発見を漣にもたらした。陰影の主役は黒とは限らないこと。青や、時には赤を用いることで思いがけず瑞々しい陰と、そして光が生まれる。

 そうした発見が、嶋野に贈られた絵具でさらなる加速を得た。

 色、かたち、そして光。嶋野の絵具は十二色セットだったが、今でもメインで用いるのはやはり赤黄青黒の四色だ。そこに白を加え、思いつくかぎりの色と光とを漣は模索した。筆先にめまぐるしく生まれる色彩。その、刻々と変貌するカンバスに呼応する漣自身の魂――それは、漣にとっては何物にも代えがたい快感で、その感覚を味わいたいがためだけに、何枚もの画布を習作として使い潰したぐらいだった。

「ほんと……何でもわかっちゃうんすね、俺のこと」

「いえ、さすがに何でもは。少なくとも……これから君がどう成長するか、どういった表現を獲得するかは、今の僕にはわからない。こればかりは単純な演繹法では測れませんからね」

「えっ、そ、れって……」

 つまり、これからも見守りたい、ということか。見守ってくれると――こんな、世界から拒絶された人間を。

「そのためにも、今現在の君を示す作品が欲しいんです。何十年後になるかはわかりませんが、そうして集めた君の作品を時系列順に並べて鑑賞したい。それはきっと、最高の眺めだと思います」

「……う、」

 ううう、と、変な呻きが漏れてしまう。嬉しさが限界を超えると、人は唸ってしまうものらしい。

「大丈夫ですか? 気分が悪い?」

「いえ……めっちゃ大丈夫です。むしろ超元気……」

 身を屈めて覗き込んでくる嶋野の視線を避けながら、辛うじて、それだけを漣は答える。

「とはいえ……協会としては、たとえ一枚でも個人所有に回すのは避けたいところでしょうがね。まぁそこは、何とか高階さんを説得するとして……あ、そうだ、高階さんに報告に行かなきゃ」

 そして嶋野は、シャケを抱えていない方の腕に提げた紙袋をテーブルに置く。中身は白い恋人かなと空港のロゴが入った紙袋を覗くと、ゴツいフォントで『アザラシカレー』と記された箱がぎっしり詰まっている。……本当はただの物好きなんじゃないか、この人。

「これ、皆さんで分けてください。では」

 言い残すと、嶋野はすたすたとエレベーターに向かってゆく。その背中を見送りながら、あ、あの人、シャケの木彫りを抱えたままじゃんと、割とどうでもいいことを漣は思った。

「あ、すみませんつい話し込んでしまって――」

 振り返り、瑠香たちに詫びを入れる。ところが、すでに二人の姿は談話室から消えていて漣は焦る。一体どこに? いや、その前に……いつの間に。

 とりあえず談話室を出て二人を探す。二人は、廊下の片隅にいた。そこは瑠香の部屋の前で、ただ、なぜか部屋に入る様子はない。そして……なぜか二人とも、ひどく沈んだ顔をしている。

「あ、よかった。あの、これ嶋野さんのおみやげ――」

「いらん!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

処理中です...