普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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66.嬉しいのに

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 話していたら、ベッドの布団がずれる音がした。
 起きたらしいコエレシールが、アトウェントラを睨んでいる。

「アトウェントラ……いい加減にしろ。親切めかして、またナンパか?」

 唸るような声で言われて、アトウェントラも、コエレシールが起きたことに気づいたらしい。

「コエレ……起きたんだ……」
「ああ……くそ。レヴェリルインめ……」
「レヴェリ様だって、コエレが暴れたりしなければ、縛ったりしない。何で暴れたりしたんだ?」
「なんで、だと?! 貴様はあのままレヴェリルインに身売りしたかったのか!?」
「何言ってるんだよ! 僕をそんな風に扱おうとしていたのは、コエレだろ!」

 強い口調で言い合いになって、アトウェントラの隣にいる僕は、おろおろするばかりだ。
 二人とも睨み合っているし、とても口を挟める空気じゃない。

 アトウェントラは俯いて、ひどく辛そうにしている。さっきまであれだけ饒舌に話していたのに。
 コエレシールも彼から顔を背けてしまったまま。

 漂う空気が辛い。

 テーブルの上の料理は、すっかり冷めきっている。なんだか置き去りにされてしまったみたい。

 ついにアトウェントラは立ち上がり、無言でテントを出て行ってしまいそうになる。

 呼び止めるはずが、声が出なくて、微かに伸ばした手は届かない。
 それでも追いかけて「あのっ……!」って、それだけ、なんとか言えた。

 アトウェントラは僕に振り向く。
 それなのに、僕は次の言葉が続かない。

「あ、の……」

 だって、コエレシールのことを心配していたのに、このままなんて。このまま、なにも言えずに背を向け合ったままは、きっと辛い。

 その時、テーブルに置かれたままの食事が目に留まった。アトウェントラがコエレシールのために持ってきたもの。

 僕は、その皿をとった。

 コエレシールに差し出す。少しコエレシールは驚いているようだった。

「食事っ……! 持って……来て……! アトウェントラっ……と……」

 うまくつながらない言葉に、コエレシールは首を傾げてしまう。

「なんだ……? お前……レヴェリルインに盾にされていた廃棄予定の……」
「盾にされてないっっっっ!!!」

 今度はめちゃくちゃ大きい声が出て、コエレシールもアトウェントラもびっくりしてる。だけど、レヴェリルインは僕を盾にしたりしない!

「あ、あのっ……!! アトウェントラさんはっ……!! あなたのこと、心配で来たんです!!」
「えっ……?」
「は……?」

 アトウェントラとコエレシールが、目を丸くする。

 あ…………しまった……心配してるって、アトウェントラから聞いたわけじゃない。どっちかって言うと、勝手に僕がそう思っていただけ。
 それなのに、いきなり引き止めて「心配してる」って、まずかったかもしれない。
 そもそも、魔法薬を使った詐欺まがいの行為でアトウェントラを追い詰めたのも、彼のギルドを閉鎖させて、身売りまで迫ったのは、コエレシールじゃないか。そんな人を前に、勝手に「心配している」なんて言ったりして……

「あ、あああ、あのっ……! ち、ちがっ……! 違うんです! でもっ……あ、あのっ……! し、食事っ……! 食事は、本当に持ってきて……それは、本当なんです」

 ああ、もう……なにを言ってるんだか分からない。

 ますます焦る僕から、コエレシールは、皿を受け取った。

「……アトウェントラ……どういうことだ?」
「……コフィレは僕のこと、心配してくれてるんだよ」

 そう言ってアトウェントラは、僕の頭を撫でてくれる。

「ごめんね……ありがとう」
「え……?」

 僕が顔を上げると、彼は微笑んで、コエレシールに振り向いた。

「……コエレがいつまでたっても起きないから、食事、持ってきたんだよ……食べてほしくて」

 そう言いながらも、アトウェントラがそっぽを向くと、コエレシールは、皿の肉の串を、少しの間、見下ろしていた。

「……病み上がりだぞ……もっと消化しやすい物を持って来い……」
「……だったら食べなくていい……」

 それを聞いてコエレシールは、串に手を伸ばして、すぐに全部食べてしまう。

 アトウェントラもコエレシールも、お互いそっぽを向いたままだったけど。

 コエレシールが口を開いた。

「……うまいな……お前、料理ができるのか?」
「……好きだけど、それ焼いたの、レヴェリ様だから」
「レヴェリルインが!?」
「……身売り迫る人に、食事なんか作れない」
「だからっ……! それは違うと言っただろう!! 俺は、魔法薬の件で助けて欲しかったら俺のところに来いと言っただけだ!! そ、そうしなかったら、貴様は王子殿下に呼ばれて、何をされていたかわからないんだぞ!」
「はあ!? じゃあ何でっ……僕を嵌めるような真似したんだよ!」
「それはっ……」

 言い淀んで、コエレシールは俯いてしまう。どうやら、言いにくいことらしい。
 だけど、アトウェントラは彼を逃す気はないみたい。

「コエレ……そんなに僕が憎かった?」
「……そうじゃない…………魔法薬の件は……」
「王家が手を回してた?」
「……」
「やっぱり、そうか…………だったらなんで、身売りしたら全部なかったことに、なんて言い出したんだよ?」
「だ、だからっ……そんなこと言ってない!」

 コエレシールがそう言ったところで、彼の寝ている布団がモゾモゾ動き出す。

 敵!?

「な、なんだ!?」
「え……?」

 コエレシールもアトウェントラも驚いてる。

 布団の中で、何か動いてるんだ。それは、すぐに大きく飛び上がった。布団を跳ね除け出てきたのは、真っ白なウサギだ。

 ウサギは小さなウサギなのに、コエレシールをヒョイっと担ぎ上げて、テントの外に走っていく。ただのウサギじゃないようだ。

「は!? お、おい!!」

 慌てるコエレシールを引きずって、ウサギはテントの外に出ようとする。

 アトウェントラが剣を抜いた。怪しく光るそれは、魔力を帯びている。まとわりつく魔力は、彼が剣を強く握ると姿を変えて、剣の周りを飛ぶ水のようになる。

 僕は、剣術使いに会ったのは初めて。だから、魔力を剣に纏わせることができるなんて知らなかった。

 アトウェントラが剣を握り、目にも止まらぬ速さで、コエレシールを連れていくウサギに切りかかる。

 すでにウサギはテントから飛び出す寸前。

 だけどちょうどその時、外からレヴェリルインが飛び込んできた。中の異常に気づいたんだろう。彼は杖を握ってテントに入ってきて、ちょうど出て行こうとしていたウサギに担がれたコエレシールとぶつかってしまう。

「マスター!!」

 僕は、杖を握って駆け寄った。レヴェリルインに、危険が迫っているんだと思った。

 だけどレヴェリルインは、僕に向かって「大丈夫だ」って言って、すぐに逃げようとしたウサギを摘み上げた。

 そしてコエレシールを睨みつける。

「……なんの真似だ?」
「は!? お、俺はっ……ち、ちがっ……違う! う、うさぎに連れていかれたんだ!」
「ウサギ? まさか、それが俺にぶつかった言い訳か? 二人して俺に剣を抜くとは、いい度胸じゃないか……」

 レヴェリルインは、コエレシールの後ろで、魔力を纏う剣を抜いたアトウェントラを睨みつける。

 アトウェントラは、慌てて手を振って否定した。

「ち、ちがっ……! 違います! レヴェリ様! ウサギがっ……」
「黙れ! ウサギ相手にそんな剣を抜くやつがあるか!!」
「違いますー!!」

 彼はすぐに剣をしまうと、僕の方に振り向いた。

「コフィレ! レヴェリ様に説明して!!」
「え……!? えっと……」

 説明って言われても、どう説明していいかなんて、僕にも分からない。だって、彼らが話したとおりなんだから。

「あ、あの……ま、マスター……」

 呼びかけると、彼は僕に「無事か?」って聞いてくれた。
 いつも、僕のそばにいてくれる時の、優しい声だ。

 マスターが来てくれたんだ。

「は、はいっ……!」

 レヴェリルインにそう聞いてもらえただけで、嬉しくなる。

 彼がテントに飛び込んできたのは、敵がいるって気づいたからだろう。それなのに。彼が僕のところに来てくれた、そんな思い上がりまで湧いてくる。敵に気づいてきてくれた、それだけなのに。

 敵が出たのに、僕は今、締まりのない顔をしている。嬉しいって感情で力が抜けてるんだ。下を向いて隠して「来てくれて、ありがとうございます」って、絶対に届かないくらい、小さな声で囁く。

 そしたら彼は、僕に近づいてくる。
 聞こえちゃったのかと思った。

 そんなはずない。
 自分に言い聞かせて、ごまかすみたいに状況説明に戻る。

「あ、あのっ……えーっと……ウサギが……ひゃ!」

 言いかけてたら、ほっぺをつままれた。
 近づいてきたレヴェリルインは、僕の両頬を摘んで、僕を見下ろしてる。
 無理矢理目があってしまう。なんだか、変に緊張する。怖いんじゃなくてむず痒いようだ。

 頬をつままれた顔なんか見られたくない。加減してくれてるらしく、痛くはないけど、なんでこんなことされてるんだ??

「お前は、俺以外の命令に従わなくていい」
「ふぁ? ふぁい……ひゃっ!!」

 答えたら、彼は僕から手を離してくれた。

「怪我はなさそうだな」

 怪我がないか見るだけなら、頬をつままなくても……
 ちょっとした不満も湧いて、嬉しいっていう気持ちに重ねて、胸騒ぎみたいにぐちゃぐちゃで、心臓が痛いくらいだ。

「はい……マスター…………」
「……コフィレグトグス?」
「……き、来てくれて……あ、りがとう……ございます……」

 なんとか出た言葉は、ちゃんと伝わったようで、レヴェリルインは僕に微笑んでくれた。
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