普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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71*レヴェリルイン視点*今は

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「コフィレ? どうしたんですか? コフィレー?」

 何度もコフィレグトグスを呼ぶラックトラートに、俺は首を横に振って言った。

「コフィレグトグスは眠ってしまったようだ」
「へ? え、えっと……そうみたいですけど、何で、急に……」
「きっと疲れていたのだろう」
「……ブラシを持ったまま寝ちゃうくらいに、ですか?」
「ああ。それと、コフィレグトグスに、こんなものを渡すんじゃない」

 力が抜けたコフィレグトグスの手から、ブラシが落ちる。それを咥えて返すと、ラックトラートは首を傾げていた。

「ブラシ、ダメでしたか? コフィレがマスターにしてあげたいって言うから渡したんですが……」
「…………」
「レヴェリルイン様?」
「……もう渡すな……」
「え?」
「コフィレグトグスをベッドに下ろしてあげてくれ」
「あ、は、はい!!」

 ラックトラートは、俺の背中から、コフィレグトグスを下ろしてくれる。

 ベッドに横たえられた彼は、ぐっすり眠っていた。眠りの魔法をかけたのだから当然だ。ひどく無防備で、無邪気な姿だった。きっと俺が魔法をかけて眠らせたなんて、夢にも思っていないのだろう。

 彼の枕元で、ラックトラートが心配そうに彼に話しかけている。
 コフィレグトグスは、特に彼に懐いているようだ。彼も、コフィレグトグスに気を許しているように見える。

「コフィレ……よっぽど疲れてたんですね……」

 コフィレグトグスに、こうして声をかける奴がいることは、喜ばしいことだ。彼も、嬉しそうにしている。
 それは分かっているが、彼のすぐそばに自分以外のものがいると、俺は落ち着かない。

「……ラックトラート……」
「はい? わっ!!」

 俺がそいつの服を咥えてコフィレグトグスから引き離すと、ラックトラートも驚いたようだ。嫉妬が表に出てしまったようだ。

「……すまない。ドルニテットを呼んできてくれないか?」
「……どうしたんですか? レヴェリルイン様が謝るなんて……なんだか気持ち悪いですよ?」
「……」

 無言でいる俺に、ラックトラートは首を傾げていたが、やがて「待っていてください」と言って、テントを出て行く。
 これで、テントの中には俺と、ベッドに横たわるコフィレグトグスしかいない。

 無意識のうちに、俺は人の姿に戻っていた。手を出さないために、姿を変えていたのに。それでも、こんな無防備な顔で眠るコフィレグトグスを見たら、我慢できない。

 そっと彼に近づく。

「コフィレ……」

 こっそり呼んで、俺は彼のベッドに上がった。

 ぐっすり眠る男の寝息が聞こえる。

 その枕元に手を置いて、安心しきって眠る男に跨ると、彼が、微かに寝返りをうった。
 起こしてしまったかと思った。むしろ、起きてしまえばよかったのかもしれない。このままだと、我慢出来なくなりそうだ。

 一度触れたら、もう抑えきれなくなることは、分かっている。
 だから距離をとっているのに、こいつは何も分かっていない。濡れた姿でテントに入ってきたかと思えば、俺にあんなことをする。

 伸ばした手が、彼の頬に触れそうになる。

 その時、コフィレグトグスが微かに何か言った。起きたのかと思った。しかし、それは杞憂だったようだ。

「兄上、何をしているのです?」

 呆れたような声を聞いて振り向けば、そこにはドルニテットが立っていた。ラックトラートに呼ばれてきたらしい。
 そして、ドルニテットの隣に立っているラックトラートは、俺がコフィレグトグスに跨っているのを見て、顔色を変えた。

「何をなさっているのですか!? レヴェリルイン様!! そんなっ……ね、寝込みを襲うような真似を!! そんなこと、許されるはずがありません!」

 ラックトラートは叫んでコフィレグトグスに駆け寄ってくる。

「コフィレ!! 無事ですか!? 何もされてませんか!? ふ、服が乱れてるっ……!」
「……それはそいつが寝返りを打ったからだ」
「そのような聞き苦しい言い訳をっ……! 起きてっ……! 起きてください! コフィレ! コフィレーー!!」
「大声を出すな」
「そのような脅しには屈しません! コフィレーー! 起きてー!! 何で起きないんですか! 変ですよ!! さっきも急に寝ちゃったし……さてはレヴェリルイン様! コフィレに眠りの魔法をっ…………」

 騒ぐラックトラートに魔法をかけると、そいつは簡単に眠った。コフィレグトグスにかけた魔法が、呼んだ程度で解けるはずはないのだが、このまま騒がれ続けても困る。

 ドルニテットが眠ったままのラックトラートを抱き上げて、隣のベッドに横たえる。

「このたぬきといい、兄上といい、その鬱陶しい男にやけに懐いていて困ります。その男にかまけて、警戒を怠らないようにしてください」
「警戒ならしている」
「そうは見えません。ずっとコフィレグトグスに夢中ではありませんか」
「夢中でも警戒くらいできる」
「あのウサギ、姿が見えません。何か企んでいるのでしょう」
「……分かっている」

 俺は、隣の空いているベッドの枕に魔法をかけた。するとそこに、ロウィフの姿が映し出される。
 ロウィフには、湖で見つけてからずっと、使い魔をつけている。それを使えば、いつでもあいつの様子がわかる。
 ロウィフは、小川のそばの木の上に登って、丸い布のような魔法具を使い、誰かと話しているようだった。その魔法具の表面に映し出されているのは、クリウールトだ。やはり、あの王子のスパイか。

 ドルニテットが厳しい目で、クリウールトと話すロウィフの姿を睨む。

 魔法具の中の王子は、ロウィフに囁いた。

「いいか……必ず連れて来い。あの失敗作は、私が処分する!」
「はい……殿下。それで、レヴェリルインの方は、いかが致しましょう」
「私を馬鹿にした男だ。殺せ……いや、眠らせて連れて来い!」
「眠らせて連れていく? それ、できると思って言ってます? あんな乱暴な男。絶対無理ですよ」
「いいからそうしろ!! 連れてこなかったらただじゃ置かないぞ!」
「めんどくさ……」
「なんだと!?」
「いえ。何でもありません。それより、殿下。僕がいなくて大丈夫なんですか?」
「大丈夫とはなんだ! 大丈夫とは!! 貴様ごとき子ウサギに心配などされたくないわ!」
「……」
「とにかく、絶対に連れて来い!」

 そうロウィフを怒鳴りつけて、魔法具の中の王子は姿を消した。

 ロウィフも苦労しているらしい。「めんどくさ……」と呟いている。けれどすぐに、ニヤリと笑った。

「これが成功したら……毒の魔法の秘密を知った僕に逆らえなくなることも知らないで……」

 微笑むその男の目は、俺たちと話している時とは、打って変わって楽しそうだ。使い魔をつけている間に気づいたが、あいつは王子に気があるらしい。

 ドルニテットが、ロウィフの姿を睨みつけて言った。

「兄上、今すぐにあの男を捕らえて、拷問にかけましょう」
「いいや……放っておけばいい」
「正気ですか兄上! あの男は、クリウールトの回し者です!」
「分かっている。だが、殺すならいつでもできる。あのウサギを追い返せば、必ず次が来る。今度は貴族の息のかかった諜報でも来ると面倒だ。ウサギは、ただの王子の従者らしいし、向こうの動きを把握するために飼っておくのもいいだろう」
「……俺は反対です。あまりに危険です」
「余計なことを向こうに話さないよう、常に使い魔はつけておく」
「……普段の兄上なら、俺だってこんなこと言いません。けれど、コフィレグトグスに夢中な今の兄上では、あまりに心配です」
「俺はただ、ずっとこいつを眺めていたいだけた」

 俺は、すぐそばでぐっすり眠っているコフィレグトグスに振り向いた。

 彼が楽しそうに笑えば、俺も嬉しい。けれど、彼は最近、俺が目を離した隙に、別の男にまで微笑むようになった。悪い犬になったものだ。

 まだ寝ているコフィレグトグスの首にそっと触れる。

 すると、ドルニテットが不安そうに言った。

「兄上……その男はやめておいた方がいいのではないでしょうか? 時折、身の程を弁えずに兄上を呼び止めるような真似をしています」
「ああ……そうだな…………」

 彼は、よく俺を呼ぶようになった。城にいた時は、彼に背を向けた俺を呼びとめることなどなかったのに。
 呼ばれるたびに、俺の独占欲を微かに満たしていることにも、気づいていないんだろう。
 あんなに必死になって呼んで、可愛いものだ。俺をそばに置いておきたいらしい。

 ドルニテットは、「兄上、しっかりしてください。決して警戒を怠らないように」と言って、テントを出て行った。

 コフィレグトグスの隣のベッドで寝ているラックトラートは、ぐっすり眠っているようだ。魔法をかけたのだから、朝まで起きないだろう。

 俺は、隣のコフィレグトグスの腕に触れた。細い彼の腕は、俺に拘束されてしまえば、逃げることなどできないのだろう。

 無抵抗の彼に跨り見下ろす。すぐに、気持ちよさそうに寝息を立てる彼を見下ろすだけでは足りなくなる。

 ほんの少しだけ、そのつもりで魔法を解いた。

 彼はすぐに目を覚まし、ゆっくりと瞼を上げて、俺を見つける。

「…………マスター……?」

 どうやら、まだぼんやりしているようだ。

 俺を呼ぶ、その声を聞いたら、彼を押さえつける手に力が入ってしまう。微かに彼が呻くのに、離せない。このまま鎖で繋いでしまったら、彼は怒るだろうか。いや、彼ならきっと、俺がどんな酷い手段で彼を手に入れても、嫌だとは言わない。
 だが、俺は、こいつの全てが欲しい。心の奥まで、全部俺のものにして、一生離れられないようにしたい。

 だから今は、湧き出る欲を抑えて、微笑んだ。

「…………さっきはありがとう……今日はもう、ゆっくり休め」
「はい…………マスター……」
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