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70.協力しろ
しおりを挟むレヴェリルインは、無言で、僕の隣に座った。
隣に来てくれるんだ……
それだけで、苦しかった心がはれて行く。
僕はいつからこんなにげんきんになったんだ。こんな締まりのない顔、見られるわけにいかない。
顔を隠したくて俯いたら、自分が握ったブラシが見えた。
「あ、あの…………マスター!」
「どうした?」
「…………あの……ま、マスターの……し、尻尾……」
「尻尾?」
「はいっ……! あの、し、尻尾を……その、ぶ……ブラシで、といても……いいですか?」
「は!!??」
レヴェリルインはめちゃくちゃびっくりして、身をひいてしまう。
そんなにびっくりするようなこと、僕は言ったのか!? 驚かすつもりじゃなかったのに。
……もしかして、嫌だったのか? 勝手にこんなこと言い出して、引かれてしまったかもしれない。
「あ、あの…………い、嫌ならいいんです! 申し訳ございません……へ、変なこと言って…………本当に、申し訳ございませんっ!」
ずっと謝っていたら、レヴェリルインは尻尾で体を包んで、大きな狼に姿を変える。
ベッド一つを一人で埋め尽くしちゃうくらい大きな狼が現れて、アトウェントラはびっくりしてた。
「うわっ……れ、レヴェリ様? なんで……急に狼に……」
だけどレヴェリルインは、彼とも僕とも顔を合わせようとしない。代わりに、ベッドの上に座ったまま、ぼそっと言った。
「……こっちの姿でなら、いい」
「……え? ひゃっ……!」
ブラシを持ったままびっくりしている僕に、レヴェリルインは尻尾を擦り付けて言った。
「……こっちの姿ならいいと言っているんだ。早くとけ」
「あ……は、はい!!」
まだ、こっちの姿のレヴェリルインには慣れない。そのはずなのに、嬉しい気持ちの方が勝る。
していいんだ……僕でも、レヴェリルインのために、何かできるんだ。
「え、えっと……じゃあ、尻尾からします!」
「尻尾はダメだ」
「え!?」
彼が、僕を追い払うように尻尾を振るから、テーブルの上の地図が風で飛びそうになる。
アトウェントラが、地図を抑えながら言った。
「れ、レヴェリ様! 尻尾動かさないでください! 地図が飛んじゃいます!」
「なんだと!!」
「だって飛ぶもんは飛ぶんです!! 嬉しいからって、今尻尾振らないでください!」
「黙れっっ!!」
レヴェリルインは立ち上がって怒鳴るけど、アトウェントラも負けてない。地図を抑えて、座っててくださいって言ってる。
びっくりしたけど、喜んでくれてる……のかな??
だったら嬉しい。僕のしたことで、レヴェリルインが喜んでくれるなんて。
レヴェリルインは、ニヤニヤしちゃっている僕に、背中を差し出した。
「……背中からにしろ」
「はい!」
背中からってことは、レヴェリルインの体に乗らなきゃ行けない。い、いいのかな……?
「し、失礼します……」
僕は、その体をよじ登った。そして、彼の背中にまたがって、背中にブラシをあてる。なんだかレヴェリルインの体、あったかい……
彼の毛をブラシですき始めると、アトウェントラは、地図のそばから僕を見上げて言った。
「コフィレー! そこからでも、地図見える?」
「あ……は、はい!」
「これ、隣町の地図だから。君も頭に入れておいてね」
「はい……」
彼は、隣町の地図を指差しながら、その街のことを説明してくれる。
隣町は、大きな塀でぐるっと囲まれている港の街だ。そばにある砂浜は、人魚族の縄張りらしい。いくつもの船がやってくる港のすぐそばが、この辺りで最大の市場で、それを見下ろすように、町長の屋敷があって、その隣が冒険者ギルドらしい。港町は多くの種族が集まり、幾つもの取引が行われているから、魔物が襲ってくるより、圧倒的に住人や商人、買い付けに来た客の間でのトラブルが多いんだとか。
今度はコエレシールが、地図を指差しながら説明を続ける。
「ここは昔から剣術の街と言われているが、剣術使いだけでなく、さまざまな種族と職業の人が集まっている。だが、最近は、王家の態度のこともあって、その関係もぎくしゃくしているらしい。街に入る際の検査も厳しくなってる。門番が厳しいと、魔法使いというだけで怪しまれたりするんだ。王家のやり方は、反感を呼んでいるようだし、昔から剣術使いが多いこともあって、それが魔法使いに対する不満の増幅にまでつながっている」
「そうか……」
レヴェリルインは真剣な顔で地図を見ていた。
すると、ロウィフは急にピンッと耳を立てて、立ち上がる。
「では、僕はそろそろ休みます」
「ここで寝ればいいだろう」
レヴェリルインが言っても、ロウィフは「僕がいない方が、小さな従者さんとゆっくりできますよ」と言って、テントを出て行ってしまう。
その背中を見送っているレヴェリルインに、コエレシールが言った。
「おい……貴様……何を企んでいる?」
「……」
「……聞いているのか? なぜそんなに気持ちよさそうにしてるんだ?」
「うるさい…………」
レヴェリルインは、背中で毛をとく僕に、「首のあたりも」と言ってくれる。気に入ってくれたらしい。
早速、言われたところにブラシを当てる僕。
コエレシールは呆れたように言った。
「ロウィフのことも信じていないようだったし、何か考えがあるのだろう?」
「…………」
「レヴェリルイン。聞いているのか?」
「……あの馬が売り払ったものの中には、禁書があった可能性がある」
「禁書!? 禁書だと?! それは……」
「魔力の結界に関する書物だ」
コエレシールは驚いているけど、魔法にあんまり詳しくない僕やラックトラートさん、アトウェントラは首を傾げてしまう。
アトウェントラが、腕を組んでコエレシールにたずねた。
「ねえ、それって、何かすごいものなの?」
「当然だ。魔力に関する結界だぞ。街道や街中に多くある魔物避けの街灯や、守護の魔法は、結界の応用だ。弱い結界を張って、魔物の力を弱体化したり、魔物が寄り付くのを防いでいるんだ。それらは全て、魔力の結界で、禁書は、それをより強化する方法の手がかりになるものだ」
「それって……それがあれば、魔物に対する対策も進むってこと?」
「ああ。そんなものを売ったのか!? あの馬は!!」
すると、レヴェリルインは頷いた。
「そういうわけだ。貴様らも聞いたんだから、魔法具の回収に協力しろよ」
それを聞いて、コエレシールは早速レヴェリルインを怒鳴りつける。
「はあ!? おい待て! そんなこと、聞いてないぞ!!」
「聞いたからにはただで帰すはずがないだろう。それに、お前たちのためでもあるはずだ」
「くそ……!」
コエレシールは腕を組んでいたが、しばらくして頷いた。
「魔物に対する結界が張れれば、多くの魔法使いたちが助かる。ギルドの魔法使いたちに、連絡を取ってやる」
「お前が信用できるやつだけにしろ」
「どういうことだ?」
「魔法ギルドには、王家の方に賛同している者もいるはずだ」
「それは……確かにそうだな」
「あの、ロウィフという男は?」
「……あいつがどう思っているのか、直接は聞いたことがない。表情の見えない男だからな……」
アトウェントラも「僕らも協力します」と言って、手を上げた。
「結界なら、僕たちにも張れます。剣術使いにも有用なものなら、ギルドのみんなに連絡して、港町の方にも、話を通してみます」
「ああ……」
「ところで、レヴェリ様」
「なんだ……?」
「さっきから何だか、うっとりしてませんか?」
「……してない……」
「……気持ちよさそうですよ?」
アトウェントラは言うけど、レヴェリルインはしてないと主張して、そっぽを向くばかり。
すると、隣にいたコエレシールが腕を組んで目を瞑ったまま言った。
「アトウェントラ……そういうことは言わないでいてやるのが紳士だ」
「そうなの?」
「ああ。お前はいつも、一言多いんだ。話は終わりのようだし、外に出るぞ」
「え?」
「……風呂に入るんだ」
「……」
「言っておくが、変なことを考えているわけではないぞ!! 早く寝ないと、明日に響く……それだけだ!」
そう言って、コエレシールは出ていき、それをアトウェントラが追って行く。
「コエレ! 待ってよ! 僕の話はまだ終わってない!」
「うるさい! それは風呂で聞く!」
二人の声がテントから遠ざかっていく。それを見送った僕は、急に眠くなってきた。
どうしたんだ……? まだ、マスターをブラッシングしている途中なのに。
それなのに、その眠気には抗えなくて、僕はそのまま、寝てしまった。
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