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72.その後は?
しおりを挟む早朝から僕たちは、レヴェリルインの使い魔の竜が引く馬車に乗って、隣町を目指していた。空を飛んだ方が早いけど、空だと、隠れる場所が少ない。
街道沿いには、魔物除けの魔法がかかった街灯が並んでいる。そのおかげなのか魔物も出てこないし、のんびりしていられた。
御者台には、レヴェリルインとドルニテット。馬車の中には僕とラックトラートさん、コエレシールとアトウェントラ。ウサギになったロウィフは、馬のままついてくるバルアヴィフの背中に乗っている。
僕は、馬車の中でずっと、レヴェリルインのことを考えていた。
昨日の晩、僕はブラッシングの途中で寝ちゃったんだ。急に眠くなっちゃって。せっかくレヴェリルインと二人だったのに。
しかもそのあと、一回だけ目を覚ましたら、レヴェリルインがそばにいた気がする。
朝起きてすぐに、レヴェリルインに、昨日眠っちゃってすみませんって言ったけど、そんなことはいいって言ってた。
勝手に寝ちゃって、酷いことしちゃったな……ちゃんと、尻尾までブラッシングしたかったのに。
その時のことばかり考えていたら、向かいの席に座ったラックトラートさんと目があってしまった。
「……コフィレ……」
「は、はい……」
「……」
なんだか、今日のラックトラートさん、ちょっと目が怖い。
彼は僕に迫ってきて、怖い顔のまま言った。
「コフィレ……悪い事は言いません。レヴェリルイン様に仕えるのは、やめた方がいいです!」
「え……?」
「僕も、お二人の仲を引き裂くような真似はしたくありません……しかし、寝ている隙に近づくような方は…………」
「寝てる隙?」
「……覚えていないのですか?」
「覚えてって……何を……ですか?」
「……まさか昨日の記憶も魔法で消したんじゃ……コフィレ! やっぱりダメです!」
「え、えっと……何が……」
「夜伽の相手を言い付けられたらどうするんですか!」
「よ、夜伽??」
僕が首を傾げていたら、隣にいるアトウェントラが、僕の肩をトントン叩いて「コフィレは無垢なんだから」って言い出して、コエレシールはラックトラートさんを睨みつける。
「たぬき、セクハラはその辺にしておけ」
「僕はたぬきではありません! コフィレのこと、心配なんです!! 眠らせて寝込みを襲うような人、絶対にダメです!! だ、だいたい、コエレシールさんにそんなこと言われたくありません!!」
「なんだと!」
コエレシールとラックトラートさんが言い合いになって、アトウェントラが全くだって言い出して、またそこでも言い合いになっちゃってる。
「あ、あの…………僕、大丈夫です……」
言い合いの最中に言っても、ラックトラートさんには聞こえたみたいで、彼は僕に振り向いた。
「大丈夫!? 大丈夫なんかじゃないです! コフィレーー!! 怖いなら怖いって言っていいんですよ!」
「え、えっと……こ、怖くはないです。それを……言い付けられたら……」
……言い付けられたら、僕はどうするんだろう。
昨日、僕が目を覚ました時の、微かな記憶を思い出す。
目を覚ましたら、僕のすぐそばにレヴェリルインがいて、ゆっくり休めって言ってくれた。僕の両手首は、ぎゅっと強くベッドに押さえつけられていて、僕が見上げたら、彼の手の力が少し強くなった気がする。
自分の手首を見下ろす。それは、これまでと変わらない。ただの僕の手首。
微かに、指でそこを撫でた。彼が押さえつけた感覚が思い出せるかと思ったから。
あの時、僕は痛くて呻いた気がする。だけど、痛くても辛くなかった。むしろ、もっと強くしてほしかった。僕が逃げられないくらいにしてくれていい。だって、相手はレヴェリルインだ。何をされてもいい。
「マスターのお気に召すままに……お相手をします……」
僕がそう答えたら、ラックトラートさんは息を呑んで顔色を変える。
「コフィレっ……! コフィレーーー! あなたが命を助けてもらって感謝するのはわかります! しかし、どれだけ恩があったとしても、そんな奉仕までする義務はありません!」
「えっと……僕、本当に……いいんです」
そう言っても、ラックトラートさんは分かってくれないみたい。
彼が心配してくれてるのは分かる。だけど、本当に僕はレヴェリルインが望んでくれるのなら……むしろ嬉しい。
でも、レヴェリルインは? 僕相手に、そんなことしたいなんて、思うのかな。
……思うわけない。だって、彼は魔力も魔法の腕も、申し分ない人だ。
今朝コエレシールに聞いたけど、レヴェリルインは、今は手配なんてされてるけど、彼の捕縛には反対している貴族も多くて、彼を迎えたいと言っている人までいるらしい。他にも、別の街の魔法使いギルドに行けば、これから魔法使いとして、引く手あまたのようだ。そんな人が、僕に相手を頼むなんて、あり得ないだろ。
「あ、あの…………コエレシール……さん……」
「どうした?」
「あ、あの……ま、マスターの……手配って……ど、どうやったら解けるんですか?」
「……レヴェリルインなら、どうにでもできるだろう。彼が懇意している貴族たちは、軒並み今回の手配に反対している。特に、ここから離れているが、王都のそばに領地を持つ貴族たちには、王家が滅入るほどの抗議を受けているらしい。あのあたりは、オイルーギ様をはじめとして、魔法の研究に熱心な貴族が多い。本当にレヴェリルインを慕っている者もいれば、その魔法の腕を買って、伯爵やドルニテットと一緒に、自分の城に迎えようと企む奴らもいるようだが。王家の方も、毒の魔法の件で不信感を持たれて、それを払拭するためにクリウールト殿下を使ってレヴェリルインたちを問い詰めたはいいが、いざやってみれば、レヴェリルインたちの力が衰えたのを好機とばかりに、どいつもこいつも強力な魔法使いの兄弟を手に入れようと必死だ。手配に協力している貴族たちの中にも、自分たちのところで預かると言い出している連中までいる。もちろん、そんな連中の力を借りずとも、レヴェリルインなら魔法使いとしてやっていけるだろうが」
「そう……ですか……」
それは、すごく喜ばしいことだ。僕だって、このままレヴェリルインがあんな人から逃げ続けなきゃいけないなんて、嫌だ。
そして、またいつかレヴェリルインが貴族に戻ったら……戻らなかったとしても、彼は力のある魔法使いとして、すぐにこれまで以上の地位を手に入れることができるんだ。
そうなれば、夜伽の相手にも事欠かないだろう。なにもわざわざ、僕なんか選ばなくても。
そうなったら、彼は毎晩気に入った人を呼ぶのか? その人に触れて、もしかして、その人を好きになったりするのか……?
それでも僕は、彼が幸せならそれでいい。そのはずなのに、なんでこんなにモヤモヤするんだ。
ゾワッと、嫌な感情が、腹の奥底から湧いてくる。
一体これは、なんなんだ。
彼が幸せなら、それでいい。だって、僕はただの従者だ。
レヴェリルインだって、僕に魔力を返すために僕といてくれてるんだ。
じゃあ、僕に魔力が戻って、僕が魔法を使えるようになって、レヴェリルインの手配が解けて、自由の身になって……その後、僕らはどうなるんだ? そうなったら、レヴェリルインはもう、僕のマスターじゃなくなっちゃうのか?
レヴェリルインが僕のマスターじゃなくなったら、僕はもう、レヴェリルインのそばにいられないのか……?
……って、だから何考えてるんだ。僕はただの従者。精一杯仕えるって言っておきながら、命の恩人でもある彼に、こんな意味のわからない感情を向けたりして。
いい加減にしろ。精一杯仕える、それだけだ。
そう何度も自分に言い聞かせて、自分を抑える。
その時、馬車が急に止まった。窓から顔を出そうとしたら、アトウェントラに止められた。
「隣町の門についた。僕たちは、顔を出さない方がいい」
言われて、僕は馬車の中で大人しくしていた。外で、レヴェリルインたちが話す声がする。
しばらくして、馬車のドアを開いたレヴェリルインは、僕らに微笑んだ。
「少し時間がかかりそうだ。外に出て、休んでいていい」
「でも……大丈夫なんですか?」
アトウェントラにたずねられて、レヴェリルインは頷いた。
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