普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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82.どういうつもりだ?

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 彼のそばにいられたら嬉しい。
 彼に触れてもらえたら幸せだ。
 どんなふうでもいい。彼と一緒にいたい。離れたくない。

 僕はずっと、そう思っていたんだ。

 だから、彼に近づく人が怖い。大事な彼が僕以外を見たら、僕なんてすぐに置いて行かれてしまいそうで、怖くて怖くて仕方ない。

 だけど彼は、僕を気に入ってくれていると言う。僕なんて、取り柄の一つもない、面倒なだけの存在なのに。

 やっと僕は、レヴェリルインを見上げた。
 あと少しで、僕は彼に手を伸ばしてしまいそうだった。

 けれど、レヴェリルインが兄に振り向いて、僕はすんでのところで手を止めた。

 あと少しで、飛びつくところだった。
 本当に僕は、どうしちゃったんだ。

 立ち尽くす僕の前で、レヴェリルインは、兄に振り向いた。

「これはもう、俺のものだ。魔法具の話を聞きつけて来たようだが、お前たちにそれを渡してやる義理はない。俺に頭を潰されないうちに失せろ」
「しかしっ……! レヴェリルイン様っ……! クリウールト殿下はお怒りです!! 禁書を差し出して許しを乞えば、きっと許してくれます!」
「必要ない。あんな男の許しなど」
「王家を敵に回すおつもりですか? 私はあなたのために言っているのです!」
「余計なお世話だ。王子のことなら、好きにさせておけ。王家も、どうせ何もできない。向こうには、その程度の魔力しかない」
「レヴェリルイン様……」

 意見しようとした兄を無視して、レヴェリルインは立ち上がる。そして、僕の手を握ってくれた。
 そうやって手を握られることすら、僕には強烈な刺激になる。多分、彼にはそんなこと、分かっていないんだろうけど……
 どんどん、腹の奥の感情が増していきそうで、自分のことが怖くなりそうだった。

 そんな、自分すら制御できなくなった僕を置いて、レヴェリルインは、オイルーギに振り向いた。

「今回は世話になったな。魔物への結界が仕上がった時は、お前に話しに来る」
「それは助かるが……これから、どうするんだ?」
「コフィレグトグスに魔力を返し、結界の魔法を完成させて、二度と、コフィレグトグスに手を出す者が現れないようにする。俺はしばらくここの冒険者ギルドに厄介になるから、禁書のことで何かあれば頼ってこい」
「ああ」

 彼が答えると、兄まで立ち上がる。

「レヴェリルイン様」
「……なんだ?」
「俺も、ギルドの方に向かいます」
「なんだと……?」
「あ、いえ……あの、か、勘違いなさらないでください。コフィレグトグスのことは、既にあなたに預けてあります。どうにでも、好きにしていただいて結構です。ただ……俺たちも、自分の領地に出る魔物のことで困っていて、父上から、海岸線の魔物の調査を言い付けられているのです」
「………………構わないが、今度俺のコフィレグトグスに手を出したら許さない。覚えておけ」
「も、もちろんです……」

 震え上がる彼を置いて、レヴェリルインは僕を連れて部屋を出て行った。強く僕の手を握って、振り返りもせずに、彼は僕を連れて行く。

 長い廊下を歩いている間、僕はずっと、彼の背中だけを見ていた。どこへ連れて行かれるとか、何をされるとか、全部どうでも良くなる。

 僕……この人に溺れてる。頭まで、抜け出せないくらいに浸って、それで息絶えても構わないと思うほどに。

 どうかしてる……叶うはずないのに。この人が僕を好きになるなんて、あり得ないのに。

 彼は、僕を廊下の奥にあった部屋に連れ込んだ。日当たりのいい部屋だった。テーブルにいくつか魔法具が置かれている。さっき入った部屋かと思ったけど、違うようだ。

 そこでやっと、彼が僕に振り向く。彼の背後の窓からは、明るい光ばかりが溢れていた。
 逆光が眩しくて目を瞑る僕の腕を強く握って、彼は僕を引き寄せる。

 溜めすぎた感情が溢れそう。満たされていくのはこんなに気持ちいいのに、僕は自分を抑えるだけで精一杯だった。そうしてなかったら、全部溢れて、全部彼にぶつけてしまいそう。
 だけどそんなことをしたら、きっと僕は彼を苦しめる。

 僕が、焼けるようなこの感情を見せたら、彼は抱えきれずに苦しむんだろう。悩んで、きっと僕を受け入れられないと言って悲しむんだろう。レヴェリルインは、優しい人だ。僕が思っていたよりずっと優しくて、温かい人だ。そんな人だから、僕を突き放すなんてできないだろう。

 どんな風に傷つけられたって、冷たく突き落とされたって、僕は構わないけど、そうした彼は、ずっと自分を責めて苦しむ。
 そんなことをさせたいわけじゃない。ただ、そばにいたいだけ。だったらちゃんと隠していなきゃ。

 僕は、従者なんだから。

 我慢するから、そんな風に抱きしめるのは、やめてほしい。

 なんでレヴェリルインって、僕にこういうことするんだろう……こんなにスキンシップ好きな人だったかな!?

 ぎゅっと抱きしめられて、僕はずっと、彼から顔を背けていた。今、目なんかあったら、きっとどう我慢していいのかわからなくなる。

 それなのに、レヴェリルインは僕の頭上で囁いた。

「…………コフィレグトグス……」
「……は、はい…………マスター……」
「……なぜ俺と目を合わせない?」
「え?」
「……あの兄のことばかり見て、どういうつもりだ?」
「ど、どうって…………」

 だって、それはあの兄が、レヴェリルインを見ていたから、それが気になっていただけだ。レヴェリルインに視線を向けるのは、僕だけであってほしい。それだけだ。

「コフィレグトグス…………」

 呼ばれて、彼の手が僕の腰に回る。強く抱き寄せられて、僕の体とレヴェリルインの体が触れ合っている。こんなことされたら、ますます目なんか合わせられない。

 どうしよう……心臓って、こんなふうに高鳴るんだ。

 隠さなきゃって思って俯く僕に、レヴェリルインは探るように言った。

「まさかお前……本当にあの兄が恋しいのか?」
「ち、ちがっ……! 違いますっ……!!」
「……だったらなんだ? なぜ、俺から逃げようとするんだ?」
「……」

 本当は、逃げたくなんかない。ずっと見ていたいし、そばにいたい。片時も離れたくない。
 だけど、僕がこんなひどい嫉妬の感情を持ってるって知られたくない。
 結局僕は、自分の感情を抑えることも隠すこともうまくできない。自分のことなのに、何一つコントロールできないんだ。

 答えられない僕の頭に、レヴェリルインが触れた。すると、フードが少し熱くなって、ふわりと浮く。それはすぐに元に戻ったけど、まるで暖かい風が吹いたかのようだった。

「守護の魔法を掛け直した。俺は……やはり、この魔法はうまく使えない」
「え、えっと…………そ、そんなのっ……いいんです……っ!!」

 彼は、僕の頬にまで触れてくる。もうなんでもいいから、触れないでほしい。ドキドキしすぎて、訳が分からなくなりそうだ。

「……よくない。傷つけられたのに」
「へ!? え、えっと……あの、あの……あ、あの、あの……僕、べ、別に……傷つけられてなんかいません……だから、何もマスターが気にされることなどっ……いた!」

 こんって、頭を小突かれて、びっくりした。いた、なんて言っておきながら、別に痛くはなかったんだけど、ドキドキは増した。

 レヴェリルインって、これ全部、無意識でやってるのか? ただの従者の僕に、こんなことするってことは、みんなにするのかな……?

 いちいちあの感情が湧いてくる。僕以外にこんなことしてるところを勝手に想像してしまう。

 これさえなければ、僕はうまくやれたのかな……
 この感情がなければ、レヴェリルインとも、もっとうまく付き合えたのかな。
 もっとうまく隠して、もっとうまく彼のそばにいられたら、僕はもしかしたら、今ここで笑っていられたのか?

 モヤモヤしたまま、それでも彼を見上げたら、彼は少しだけムッとして言った。

「ほら、痛いんじゃないか」
「…………え?」
「俺があの部屋に入った時、お前は血を流していた。痛くないはずがない」
「えっと……でも、い、いいんです…………あのくらいですんだし……そ、そんなに痛くなかったので……」
「……次にそう言ったら、痛いと言うまで鞭で打つぞ」
「え? ……はい……どうぞ……」
「……どうぞじゃない! はいとも言うな!」
「えぇっ……!? いたたたたたっ……」

 頬をつままれて、ちょっとだけ引かれて、なんで僕、こんなことされてるんだ……

 すぐに離してもらえたけど、なんだか変な顔見られちゃって、少し恥ずかしい。

 そんな僕に、彼はいちいち触れてくる。被っていたフードまで退けられちゃって、髪を撫でられて、それだけでドキドキする。

「本当は、お前を傷つけられる前に迎えにいくはずだった。遅れて悪かったな」
「そんなこと……い、いい、い、いいんです……」
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