英雄は明日笑う

うっしー

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第七章 決戦

第六十一話 級友

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「なんだ、お前ひとり? 思い入れなどなく倒しやすい私の所には二人か三人来るかと思っていたわ」
 扉を開けてすぐ、こちらを確認したヴェリアが口を開いた。桔梗はすぐに後ろ手で扉を閉めると、ヴェリアの方へと歩み寄っていく。
「ふ、随分な自惚れだな。貴様など私一人で十分だ」
 挑発する桔梗の言葉にヴェリアは顔をしかめ、だがそれも一瞬ですぐにいやらしい笑いを漏らした。そして挑発するように自身の拳の関節をぽきぽきと鳴らし始める。
「本当にお前ひとりで十分か、確かめてあげるわ。今すぐにねぇ!!」


 ヴェリアはそのまま地を蹴り桔梗に肉薄する。打ち上げた右の拳は左へと避けられたが、すぐに繰り出した左の膝は桔梗の腹部にめり込んだ。地に手を着いてえずく桔梗をうすら笑いを浮かべながら満足げに見下ろす。
「くく、船で初めて出会ったあの時から全く成長していないのではない? 自惚れはどっちだ。それともこの私になぶり殺しにされたかったのかしら?」
 足に履いている鎧の音を高らかに響かせながら、桔梗の横に膝をつきかぶっていた帽子をむしり取ると、髪を鷲掴んで自身の方へと顔を向けさせた。苦渋の表情を想像していたその顔は、だがうっすらと笑んでいる。


「!? 何を笑っている、気持ちの悪い女ね」
「あの時が初めてではないよ。級友の私を忘れたかヴェリア。私の本当の名はシアンだ」
 桔梗の言葉を聞いてヴェリアが大きく目を見開いた。捨てたはずの昔の記憶がヴェリアの中で徐々によみがえってくる。戸惑って固まっている隙を狙って桔梗はヴェリアを風の魔法で弾き飛ばした。
「思い出話をしたところでお前の気持ちが変わるとも思えないし、今のお前を否定するつもりもない。だがあの人の……オルグ先生の想いだけは知って、受け止めて欲しかった。だからここに来た」


 桔梗の言葉にヴェリアが押し殺したような笑いを漏らした。
「あの偽善者が一体私に何を想う事があるのかしら?」
 ヴェリアの言葉に眉をひそめながらも、桔梗はずっと持っていた、オルグからヴェリアに宛てた手紙を取り出した。彼の事を思い出すだけで胸が締め付けられそうに苦しかったが、それでも彼の想いと言葉だけは彼女に知っておいて欲しかったのだ。正直お互いの生死など今は考えていない。オルグの残したこの言葉を伝えることが出来れば、後はどうなろうと知った事ではなかった。


「知りたいならば読めばいい」
 暫くヴェリアは桔梗の手の中にある手紙をじっと見つめていたが、気になってきたのか無言で手紙を受け取ると、その中身を読み始めた。桔梗も読んだ内容を脳内で反芻はんすうしてみる。




 ヴェリア、君が研究者になるとこの学校を出て行ってどれだけが経っただろう。
 私は今でも君の事を生徒だと思っているよ。
 だから言わせてくれ。卒業おめでとう。

 君は自分の見た目をとても気にしていたけれど、
 私はくすんだ赤い髪も骨ばった手足も酷いと思ったことはないよ。
 それに、君はとても美しい心を持っていると思うんだ。

 君が嬉しそうに研究者になると言い出した時、
 あの輝く瞳を見て心配することはやめた。
 君なら大丈夫だと信じているよ。

 どうか幸せに……。




 確かこんな内容だったか。
 手紙を読んでいる途中からヴェリアがクスクスと笑い始めた。それは楽しそうな笑いなどでは決してなく、苦々にがにがしい、苦しい笑いだと見ていた桔梗ですら気づくほどだ。
「……まったく、くだらない物を持ってこないで欲しいねぇ!!」
 笑いを収めたかと思えば、その場で手紙をびりびりに破き桔梗に向かった。





 迫りくる膝蹴りを腕で防いだ隙に拳で顔を殴りつけられ、かかとで体を蹴り落とされる。立ち上がる間もなくさらに続けて迫ってくる一連の攻撃を腕でガードしたものの、勢いがありすぎて防ぎきれず体ごと地にめり込んだ。その衝撃で床のブロックがひび割れはじけ飛ぶ。肩の脱臼だけで済んだのは奇跡的だったのかもしれない。


「一つ教えてあげるわ。あの偽善者が言う綺麗な心は既に全てあの方に捧げたの。神となるあの方に。今の私が持っているのは破壊と、狂気と、殺戮さつりくのみだ!!」
 ヴェリアが、倒れている桔梗をさらに蹴り上げる。そのまま仰向けになった桔梗の胸ぐらを掴み上げてニヤリと笑った。
「こんなもので私の説得に来たって言うのかしら? そのおめでたい脳を握りつぶして今すぐ肉塊を頂いてあげないといけないね!!」
「う、ヴェ……リア。オルグはっ……」



 違う……、と桔梗は首を横に振った。オルグが伝えたかったのはそんな事じゃない、桔梗はヴェリアに気付いてほしかった。彼が伝えたかった事、それは綺麗な心でも彼女の未来を想っていた事でもないだろう。ずっと、彼を想っていた自分だからこそ分かる。オルグはヴェリアに自分自身を否定しないで欲しかったのだ。人にはいい所も悪い所もあるのだから。
 だからこそ桔梗もヴェリアを否定することはしなかった。例え化け物のように変貌していたのだとしても。
 桔梗は呪文を唱えると、剥がれ落ちた床のつぶてでヴェリアの目を潰し、風の魔法で弾き飛ばした。全身がすでに言う事をきかなくなっていたが、それでもニヤリと笑う。


「だが私は、やはりお前は間違っていると気づいたよ。全ての自分を否定した姿がそれなのだろう? 残念ながら私にキメラの一部になる趣味などない。その気持ちの悪い偽乳にせちちごと葬り去ってやろう」
「桔梗……。桔梗、ね。くく、気持ちが悪いのはどちらかしら。知らないとでも思っていたの? あの頃からお前達噂になっていたのよ、シアン。お前は禁じられた恋の相手からもらった指輪、そこにあしらわれた花の名を偽名としてつけているのでしょう?」
 図星をつかれ桔梗が顔をしかめた。だがオルグがヴェリアに伝えたかった事を思い出し、その事実を受け止めようと桔梗自身も考えが変わっていた。


「そうだ。だから今の私の名は桔梗なんだよ」
 動く方の手で首から下げていた指輪を取り出す。それを地面に置いて力を放った。地響きが辺りを震わせる。
「させるか!!」
 大きな力を使おうとしている、それだけは分かったヴェリアが桔梗の隙を突いて蹴りを放つ。側頭部に当たる直前に風の魔法を生み出し速度を緩めたが、抑えきれず桔梗の体が吹き飛ばされていった。


「やはり早い……。だがここまでだ!」
 桔梗は素早く呪文を唱えると、ヴェリアが近づいてくる前に地の魔法でヴェリアの体を絡めて固める。さすがの怪力も、全身固められればその場から動く事は出来ないだろう。
「く、ここまで……か。止めを刺せ」
 元々死を覚悟してこの場にいたヴェリアの目に迷いはなかった。桔梗はふらふらの体でヴェリアに近づくと、その頬に拳を一つ沈めた。


「お返しだ。私はな、故郷が……フレスナーガが滅びた時、皆死んだと思っていた。だからお前があのヴェリアだと知って半分嬉しくて、半分憎かったよ。お前はフレスナーガの事など何一つ覚えていないと思っていたから……」
 ヴェリアが自身を蔑むように笑った。忘れたくても忘れられなかったのだろうと桔梗にも分かる。伝えたい事も伝えた、言いたい事も言った。もう話すことは何も思い浮かばなかった。
「やはり私にはお前に止めを刺すことなどできない。悪いが先に進ませてもらうよ。……オルグの事、覚えていてくれてありがとう」
 床に落ちたままだった、桔梗の花があしらわれた指輪を拾ってどうにか左手の薬指にはめると、ヴェリアに背を向けフラフラした足取りで魔導砲側の扉に近づき開けた。


「シアンーーーー!!」
 背後でヴェリアの悔しそうな悲鳴がこだまする。桔梗は振り返ることなく一歩外へと踏み出した。


「おねぃさん!!」
 扉の外に出てすぐテンが駆け寄ってくる。そのまま桔梗が出てきた扉の中を見て首をかしげた。
「シアン!? 貴様いったい何をした!?」
「え? 何で? この部屋崩れてない……」
 ヴェリアとテンの声が同時に重なる。桔梗がニヤリと笑った。
「初めて上手くいったよ。なるほど、これが相殺そうさいってやつか。床の部分に魔力の渦が巻いていたからもしやと思ったんだ」


 指輪にあしらわれた桔梗の花を眺めながら満足げに呟いた。桔梗の回復を慌ててしていたテンの目も点になっている。
「相殺って……ちょ、失敗してたら自分ごと瓦礫に呑まれて奈落の底だったよ!? 何でこんな時にそんな大勝負するのさ!? おねぃさんまでうっしーに似てきたぁ!?」
 テンの言葉に回復してもらった桔梗は自身の左手のひらの上に右の拳をぽんっとのせた。
「ああ、そういえばそうだな。忘れていた」
 どうやら大事をやらかしたという事に今気づいたようであった。その場にいた全員が緊張感を失くし脱力する。
「どれだけ詰めが甘いのさ~! もぉ~」


 呆れるテンの声に反応するようにノワールが再び泣き出す。ヤエもすでに半泣きだ。
「うわ、またぁ!? うう、おねぃさぁ~ん。どうにかしてよぉ~」
 ヤエからノワールを受け取り、桔梗に向かっていこうとしたテンの首根っこをナナセが掴んで止めた。何事かと振り返ったテンだったが、渋い顔をして首を横に振るナナセにテンがあっと声をあげる。思い出せば赤ん坊とはいえこの子は桔梗の恋人を殺したノワールなのだ。さすがにお願いすることも出来なくて固まっていたら、桔梗が不思議顔で近づいて来た。


「この赤ん坊……テンの子か?」
「あー、あー、あう~」
 ノワールだとも言えず固まっていたテンに、仕方がないとナナセが補足のように聞いていた事を説明し始めた。ナナセの説明を聞いて、桔梗はしばらく考えた後テンの腕からノワールを受け取り抱き上げる。


「おねぃさん!?」
「これはノワールが必死に変わろうとした姿なのだろう? あの人だって復讐なんて望んでいない。それならば……私も変わらないとな」
 腕の中に居るノワールの頬をツンツンと指先でつつき、ぎこちなく微笑んだ。
「そうだな仲直りの印に、ここから出たら私特製のミルクを作ってやろう」
 聞いた途端、テンとナナセが一気に固まる。ヤバい……これはヤバい、と二人の中で警鐘が鳴り響いていた。何故かノワールも突然泣き止んでしまう。やや顔が引きつって見えたのはテンとナナセふたりの目の錯覚かもしれない。



「……ヴェリア、これで扉三つクリアしたわけだけど、ゲームはまだ終わらないのかい?」
 気を取り直して咳ばらいをし、ナナセが扉の外から声をかけた。だがヴェリアは首を横に振る。
「ゲームは床が崩落した時点で終わるわ。ここは崩れていないのだから恐らくもう一か所、崩れないと終わらないはず」
 ヴェリアの言葉にナナセがため息をついた。
「うっしーを待つしかないのか……」
 どうやってもこちらからは開けられなかった扉の先、そこを見つめて無事を祈る。全てはウッドシーヴェルにかかっている、そう思っていた。
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