英雄は明日笑う

うっしー

文字の大きさ
60 / 68
第七章 決戦

第六十話 精霊

しおりを挟む
 しんと静まり返る室内、開いたままだった扉を閉めればその音で気がついたのか、部屋の中央に浮いていたノワールが振り返った。ノワールの周囲には禁書が3冊浮遊している。
「あれ? おねーさんは一緒じゃないんだ? テン一人でアタシに挑みに来るってバカなの?」
「ボロボロに負けてたの、もう忘れちゃったったんじゃない?」
「きゃははっ! 学習能力すらないおバカなテン~。あのピンク服の女でも連れて来ればよかったのに」


 一人でしゃべり続けているノワールに、テンがややしかめっ面で答えた。
「……黙れよ」
 普段と違い眉間にシワを寄せている様子に、ノワールが訝しげな顔になる。そのまま浮遊をやめて床に足をつけると、テンの方へと歩み寄った。


「めっずらし、テンが怒ってるぅ~。そんなにアタシに復讐させたくない? いつからそんなに丸くなったの?」
「……君の言う通り契約者に似たのかもね。ぼくはただ復讐したって何も変わらないって、ノワール自身に気付いてほしいだけだよ。ぼくらの役目もう分かってるでしょ? これからは元の役割、ちゃんと全うしようよ。うっしーが腐敗を治したらその後の維持は僕らの役目なんだ。それが出来るのも今はもうぼくら二人しかいないんだから」
 言葉を言い終わるか終わらないかの所でノワールの光の矢がテンの腕を貫いた。


「世界なんかどうでもいいって言ってる」
「アタシは! サレジストが滅ぶなら世界全部がなくなったっていいの! あの子の為にもサレジストを滅ぼさなきゃいけないのよ!!」
 心のままにノワールは闇の術を生み出しテンへ向けて放った。それをテンは水の壁で防ぐと、うねる水流を生み出しノワールの体を弾き飛ばす。壁にぶつかった直後立ち上がろうとしていたノワールに向けて水の刃で切りつけた。
「うぁ!」
 直後悲鳴を上げたのはテンだ。ノワールが氷の術でテンの右足を串刺しにしていた。


「やるじゃない。アンタもしかして……禁書開放した?」
「そうだよ。だから何も知らないなんて言わせない。ぼくは全てを知ってここに居るんだ。自分の事も、ノワール、君の事も」
「きゃははっ! 知ったかぶりはやめてよ!!」
 暴風がいきなりテンを巻き上げた。天井に打ち付けられ動けないまま落下してくる位置に氷の針山を作り上げる。魔法を使う間もなくそこにテンが打ちつけられた。


「回復する間もなく殺してあげる」
 急所は外れたらしかったが、氷の針山で串刺しにされ動けずにいるテンの頭上に、光の矢が生み出された。すぐにその矢も放たれる。
「こんなに簡単にサレジストも潰せたら爽快なのに」
 満足げに呟いて魔導砲側の扉へ近づいた。だが扉を開ける前、視界に入ったテンに突き刺さるはずの矢が、何故か彼の体の前で水に弾かれたため振り返る。



「アンタ、なんでっ……」
 慌てるノワールにはお構いなく、テンは脇腹を押さえ右足を引きずったまま、氷の針山から出て来てニカッと笑った。
「針の隙間に合わせて体勢変えるの難しいなぁ~。ちょっと失敗しちゃった」
 言いながらノワールを水柱で扉の前から弾き飛ばす。そのまますぐに回復術を使った。
「まだ話は終わってないでしょ。せっかくぼく一人で来たんだからもっと話してよ。例えば……シェナさんの妹の話」


「アンタには関係ない!! ムカつく。今死ななかった事後悔させてあげる!!」
 暴風が辺りを包み込む。風の刃がテンの体を徐々に切り刻んだ。





 時折周りの壁についていたブロックがはがれ、それすらも凶器になって襲い掛かる。
「どうして……話してくれないのさっ……! 君の元契約者の話でしょ!?」
「元とか言わないで!! この子は今でもアタシと契約してる」
「そうよ、私ここにいるでしょ」
「アタシの契約者はこの子だけなの!! この子はサレジストの外に憧れて、夢見て、でも叶わなかった!! 全部、サレジストの制度のせいで!!」


 それを聞いてふと、テンの脳裏に自分が恋していた精霊の少女がよぎった。彼女もまた騙されているとも知らず恋して楽し気に未来を語っていたのだ。好きだった子を殺した、男。自分もまた男という共通点だけで憎んでいた事を思い出した。テンはもっとノワールから話を聞きたくて、水の防壁を張るとその中からノワールに話しかけた。
「ねぇ、ノワールが憎いのは誰? その子を殺した人? 皇帝陛下? それとも国の制度? サレジストを滅ぼしたって同じような人がこの国にもいるんじゃないの?」
 ずっと彼女に訴えかけてたことだ。ノワール自身が聞く耳を持ってくれなくてなかなか伝えられなかった事。今なら聞いてくれる気がした。


「全部よ、全部!! だから全部滅ぼすの! ねぇ、テン。何でアタシが抵抗もせずここに居るか分かる? アタシ、コタロウ様の思想に賛同したからなの。だからアンタにもここで死んでもらうんだから!!」
 ノワールが生み出した氷柱がテンの防壁を突き破り、頬をかすめていく。それと同時に腹部に闇の渦が現れ弾き飛ばされた。
「う……ノワール。嘘、だよ。だったらなんでその子が殺された時に復讐しなかったのさ? 本当は皇帝陛下やシェナさんを殺す事、迷ってたんじゃないの? だから直接じゃなく魔導砲って手段を取ろうとしたんでしょ。遠くからなら死ぬ姿を見なくて済むからっ……」
「な、に言ってんの? アンタ、ホントバカでしょ」


 契約者の子の口調が出なかった事、それに微かだが言葉の詰まりや少し揺れた瞳でノワールの戸惑いが見て取れた。きっと図星なのだ。テンは回復することも忘れ立ち上がると、更に言いつのった。
「サレジストの人たち、ぼく……ううん、精霊に対してすごく誠意的だった。”紋章持ち”のうっしー達だってぼく精霊と居るってだけで酷い扱いは大して受けなかったんだ。それってノワールがあの人達やサレジストの為に色々尽力してきてたからでしょ? 君が復讐しようとしてたならぼくに対してあの人達はもっと酷い接し方してたよ」
「……がう、ちが、う、違うッ!!!! アタシは!! あんな奴ら大っ嫌いなのーーーーー!!!」


 ノワールは興奮したまま光の柱を次々落とし、暴風でテンを巻き上げた。
「ノワールっ……、もう、復讐なんてやめようよっ……! ぼくが手伝うからっ……一緒にサレジストを変えよう?」
 テンの言葉にノワールは首を振った。諦めた眼差しで呟く。
「もう、遅いのよ。この心は憎しみでいっぱいになっちゃってる! もうあの頃には戻れないの!!」
 そのままテンに向けて闇の術を放つ。叩きつけた衝撃で、テンのズボンにあったポケットから何かが転がり落ちた。それはノワールの足元へと転がっていく。


 ふくよかな腹、ソフトクリームのように盛られた白い髪。それはニタから貰ったサレジストの皇帝陛下の人形だった。
「な、んで? なんで皇帝陛下、なのよ!?」
 あからさまにノワールが取り乱し始めた。テンは床にたたきつけられた後すぐに起き上がると、その隙を逃さず力を放った。
「ノワール、自分の気持ちが変われば憎しみも薄れるから。だから遅い事なんてないんだからね!」


 ノワールの横に浮いていた青色の禁書が光を放つ。直後上からノワールに向けて氷柱が落下した。それはノワールの心臓を突き破る。
「!? うそ、ノワール!! ごめん、こんなつもりじゃっ……。ぼく腕を狙ったはずなのにっ……」
 人であったなら即死していただろう。だがノワールにはまだ意識があった。
「テ、テン……な、んで……」
 なぜ自分が持っている禁書をテンが使えたのかが気になったのだろう。テンはノワールを心配しながらも答えた。
「君が自分以外の禁書を使ってたから……ぼくにも使えるんじゃないかって思ったんだ。君が集中してる時は気づかれると思ったけど、取り乱してる時だったから……」


「そ、か」
 ノワールが微笑んだ。久しぶりに見る純粋な笑顔だ。
「ははっ、あいつと、同じ死に方……。おねーさんの想い……かな?」
「何言ってんのさ!! 回復するよっ……!」
 慌てて術を使おうとするテンの手を握って止めた。
「もう、遅いよ……。回復間に、合わない。ね、テン。サレジスト、変えて、くれる……? ……そ、なら……コタロウ様……止めて……」


 ノワールの手が、体が、徐々に光に変わっていく。精霊の死、立ち会うのはこれで二度目だ。
「ダメ、ダメだよノワール!! 君も一緒じゃなきゃダメだ!!」
 テンの体からノワールと同じ光の色が溢れ、彼女の体を包み込んだ。
「死んじゃダメだよ!! 二人でサレジストを変えようっ……」
 テンの祈りもむなしく光は徐々に収束し、一つの小さな塊になっていく。
「そんなっ……ノワール!!」


 テンの叫びに呼応するようにおぎゃぁおぎゃぁと赤ん坊が産声を上げた。テンの足元に、小さな一つの命が両手足をバタつかせて必死に泣き叫んでいる。
「……女の子……。もしかして、ノワール……なの?」
 不安になりながらもテンは赤ん坊の下で固まっていたノワールの服で彼女をくるみ、そっと抱き上げた。
 ぱっちりと開いた瞳は赤い色をしている。今は産毛だが、恐らく髪は黒色だろう。
「ノワール……! 約束だよ、ぼくと二人でサレジストを変えよう」


 テンは自身を回復すると、すっくと立ちあがった。もちろん腕にはノワールが着ていた服でくるまれた赤ん坊のノワールが抱かれている。彼女は今泣くのをやめ、テンに興味を示しているみたいだ。小さな手を一生懸命に伸ばしている。
「コタロウ様を止めて……か。いったい何を考えてるんだろう?」
 ノワールを抱いたままテンは魔導砲側の扉をくぐった。すぐに背後で床が崩れ落ちる。元床だった瓦礫は三冊の禁書ごと飲み込んで落下していった。


「……っあ! お兄ちゃまのっ……!」
 テンを見つけたヤエがすぐに這いながら近づいてきた。予想外の展開にテンが珍しくも慌てふためく。
「え!? なに? ヤエちゃん!? ちょ、何でそんな足元セクスウィーなの!? ギザギザのスリットが太ももまで……うへ、うへへ」
 デレるテンにはお構いなくヤエは必死な形相でテンに迫った。
「名前忘れちゃったけど、お兄ちゃまのお友達よね!? あなた回復術使える!?」
 名前……忘れた、その言葉がズギャーンっとテンの心を打ちぬいたが、直後倒れているナナセを見て慌てて近づいた。生きていることを確認してほっと息をつく。


「うっしーが来るまで大丈夫なんじゃなーい? それよりヤエちゃん、ぼくはテンだよ!! 未来の旦那様でしょ~名前ぐらい覚えてよぉ~」
 ヤエにすり寄ろうとしたテンに向かって小さなフレスヴェルグらしき鳥がいきなりくちばしでつつき始めた。
「いて! いててっ! 何だよコイツ!? ナナセの召喚獣~!? ……にしては小さいけど」
 テンの言葉にヤエがふふっと笑った。
「私の召喚獣なの。お願い、お兄ちゃまを治して」
 天使のような微笑みでお願いされては、さすがではないテンではイチコロだ。すぐにノワールをヤエに預けると、ナナセの回復をした。



 しばらくしてナナセが目を開ける。視界に飛び込んできたのはボロボロの服をまとった最愛の妹と決して同じ空間に二人きりにしてはいけないテンだ。しかも妹のヤエが抱いているのはどう見ても赤ん坊にしか見えない。
「テ、テン……き~さ~ま~、僕の大切な妹に何をしたぁ!?」
「へ? ちょっとぉ!? 誤解だよ!? 触れただけで子供産ませるような才能ぼく持ってないからね!? この赤ん坊はノワールだよ!!」
「分かるものか!! 天誅をくれてやる! そこに直れぃ!!」
 ぎゃぁぎゃぁ追いかけっこを始めた男二人をヤエは微笑ましい顔で見つめていた。だが突然ノワールが泣き声を上げ始める。


「テ、テン君!? どうしよう!? ママを恋しがってるのかな!?」
「え!? どうしようって言われてもっ……。ママァ!? ちょっと、ナナセどうにかしてよっ……」
「僕に言われてもっ……」

 どうする事も出来ず三人はただ赤ん坊相手にあたふたするしかなかった。たまらずテンが悲鳴を上げる。
「おねぃさぁーーーん! 早く来てぇぇ!!」
 空にテンの悲痛な叫びがこだました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...