1 / 21
1. 僕は清廉潔白です!
しおりを挟む
―――この世界は英雄族とヴィラン族に分かれ、今までおよそ2000年にわたり争っている。
そんな世界情勢も、若い下級兵の自分には関係ないことかもしれない。
外でぽつぽつと小雨が降っていた。
錆びの匂いがする人気のない地下牢の檻の中で、自分は隅にあぐらをかいて深くうなだれていた。
ゆっくりと頭を掻き、息を吐く。
「はぁ……」
まさか、通り魔殺人の罪を着せられるとは。散々看守たちに釈明したが、生まれ持っての口下手でなかなか上手くいかなかった。
これじゃどうすんだ――家族にも迷惑をかける。貧しい家計でやっと英雄族中層の下級兵士になれて、小さくてかわいい兄弟たちはみんな喜んでいたのに。
母は、弟たちは、今の自分に何と言うのだろう。
「ぅ」
気がつかぬうちに小さい嗚咽が漏れた。
つまらない人生だ。どれだけ守りたいものがあっても、現実はうまくいくことなんてないに等しい。少なくとも自分の人生ではそうなのだ。
せめて。
こんな薄暗い場所から、出たい。
自分は立ち上がり、周囲をこそこそと物色する。何か檻を開けるものを探すために。
錠前に合う鍵は当然ながらない。鍵代わりに使えそうな、尖った鋭利なものも無い。
「……どうしたらいいんだ……」
そうだ。
自分はふらつく足取りで、檻に頭を近づけた。横に手をつき、ごんごんと打ち付けた。石頭には自信があったつもりだった。こうすれば、いつか檻は壊れると思った。
自分の気が狂ったことには気が付かなかった。
出たい、出たい。
出るんだ、ここから。
目の前にとうとう星が散った時、看守たちの声がうっすらと聞こえた。
「うわぁ。あいつ、〝ヴィラン〟の輩に負けず劣らずの狂いようですね」
「同じ〝英雄族〟だとは思いたくないな」
ん?
ちょっと待て。
ヴィランとか英雄とかって好まない単語だったのに、やけに一瞬なじみがあるように感じたのはなんでだ?
その時。
激痛が走っている頭に何かの光景が鮮明に浮かび上がった。
なんだ?
鉄か石か何かでできたような高い建物が並んだ街の光景が見える。それとせわしなく歩く人々の様子。立ち並ぶ店を電子音楽の雑音が支配しているこの、風景は。
「東京……」
え、なんで自分は町の名前を知ってる?
まるで雷に打たれたみたいにすごく強いめまいがする。強制的に長い長い映像が流れ込んだ。
それは遥か彼方の異世界、慣れ親しんだ日本の記憶。前世で―――自分は法廷の若い一流弁護士として名を馳せていた。
だが、仕事に埋もれた独りっきりの人生だった。冷徹すぎる愛想のない弁護士だと好き勝手に噂されていたけど、実際そんなことはなかった。
人並みに泣くし、人並みに笑うのに。
自分の孤独を癒してくれたのは、とあるPCゲームだった。
キャラクターの内面もゲーム画面のビジュアルも組み込まれたシナリオも、全部が台風みたいに自分を刺激した。
誰もいないオフィスで、モニターに映る推しの笑顔だけが自分を救った夜があった。
王道BLファンタジーゲーム『蒼き誓約と王子の夜明け』。キャラクターはおおまかに二つの種族に分かれていて、プレイヤーはどちらかに所属することができる。―――英雄族と、ヴィラン族。
確か、この世界は魔族であるヴィランが忌み嫌われていて奴隷売買などひどい扱いを受けていた。英雄族など名ばかりである。
そこまで思い出してから、自分は不意に声を上げた。
「えっ…ここ、〝僕〟のやり込んでたBLゲームの世界じゃん…!?」
もんのすごくセクシーでかっこいいヴィラン達は〝僕〟にとって箱推しで愛すべき信仰対象だった。
あぁ、転生なんて、ホントにあるんだ。
じゃあ。
〝僕〟は何がしたい?
すうっと意識が遠のいていく。
「……推し…さまを…この手で…弁護したいぃ………!」
頭の情報処理が追いつかずに、僕はそこで気絶した。看守たちは様子がおかしい僕を、檻の外から戸惑った顔で見下ろしていた。
夜明けの牢獄にて、高い位置にある小さい窓から日光が差している。
ぱちっと目が覚めた。あれから気を失っていたらしい。
「んー」
僕は背中をぐっと伸ばしてから起き上がり、檻の向こう側の椅子に座っている見張り番の看守に思い切って声を掛けた。
「…あのっ」
看守はあくびをしながら迷惑そうに振り向く。僕は続けた。
「頼みたいことがあります」
「…なんだ?刑罰免除の相談かぁ?残念だがそういうのは弁護人に頼むんだな」
「いいえ」
正座して姿勢を整える。立派な社会人として人に話を聞いてもらうからには、こちらが一番相手の顔を見てはっきり喋ることが大切だ。
「弁護人はいりません。その代わり――僕自身に、弁論の余地をいただく時間が欲しいです」
看守はぽかんとした顔になる。
「………頭を打っておかしくなっちまったか?」
「10回程度打ちましたね。だけどそんなこと言っても、僕は曲がりませんよ」
真っ直ぐ澄んだ目で僕は、看守を見据えた。
まずは―――法廷で僕の冤罪を証明しなければ。
さぁ、巻き返せ……!
そんな世界情勢も、若い下級兵の自分には関係ないことかもしれない。
外でぽつぽつと小雨が降っていた。
錆びの匂いがする人気のない地下牢の檻の中で、自分は隅にあぐらをかいて深くうなだれていた。
ゆっくりと頭を掻き、息を吐く。
「はぁ……」
まさか、通り魔殺人の罪を着せられるとは。散々看守たちに釈明したが、生まれ持っての口下手でなかなか上手くいかなかった。
これじゃどうすんだ――家族にも迷惑をかける。貧しい家計でやっと英雄族中層の下級兵士になれて、小さくてかわいい兄弟たちはみんな喜んでいたのに。
母は、弟たちは、今の自分に何と言うのだろう。
「ぅ」
気がつかぬうちに小さい嗚咽が漏れた。
つまらない人生だ。どれだけ守りたいものがあっても、現実はうまくいくことなんてないに等しい。少なくとも自分の人生ではそうなのだ。
せめて。
こんな薄暗い場所から、出たい。
自分は立ち上がり、周囲をこそこそと物色する。何か檻を開けるものを探すために。
錠前に合う鍵は当然ながらない。鍵代わりに使えそうな、尖った鋭利なものも無い。
「……どうしたらいいんだ……」
そうだ。
自分はふらつく足取りで、檻に頭を近づけた。横に手をつき、ごんごんと打ち付けた。石頭には自信があったつもりだった。こうすれば、いつか檻は壊れると思った。
自分の気が狂ったことには気が付かなかった。
出たい、出たい。
出るんだ、ここから。
目の前にとうとう星が散った時、看守たちの声がうっすらと聞こえた。
「うわぁ。あいつ、〝ヴィラン〟の輩に負けず劣らずの狂いようですね」
「同じ〝英雄族〟だとは思いたくないな」
ん?
ちょっと待て。
ヴィランとか英雄とかって好まない単語だったのに、やけに一瞬なじみがあるように感じたのはなんでだ?
その時。
激痛が走っている頭に何かの光景が鮮明に浮かび上がった。
なんだ?
鉄か石か何かでできたような高い建物が並んだ街の光景が見える。それとせわしなく歩く人々の様子。立ち並ぶ店を電子音楽の雑音が支配しているこの、風景は。
「東京……」
え、なんで自分は町の名前を知ってる?
まるで雷に打たれたみたいにすごく強いめまいがする。強制的に長い長い映像が流れ込んだ。
それは遥か彼方の異世界、慣れ親しんだ日本の記憶。前世で―――自分は法廷の若い一流弁護士として名を馳せていた。
だが、仕事に埋もれた独りっきりの人生だった。冷徹すぎる愛想のない弁護士だと好き勝手に噂されていたけど、実際そんなことはなかった。
人並みに泣くし、人並みに笑うのに。
自分の孤独を癒してくれたのは、とあるPCゲームだった。
キャラクターの内面もゲーム画面のビジュアルも組み込まれたシナリオも、全部が台風みたいに自分を刺激した。
誰もいないオフィスで、モニターに映る推しの笑顔だけが自分を救った夜があった。
王道BLファンタジーゲーム『蒼き誓約と王子の夜明け』。キャラクターはおおまかに二つの種族に分かれていて、プレイヤーはどちらかに所属することができる。―――英雄族と、ヴィラン族。
確か、この世界は魔族であるヴィランが忌み嫌われていて奴隷売買などひどい扱いを受けていた。英雄族など名ばかりである。
そこまで思い出してから、自分は不意に声を上げた。
「えっ…ここ、〝僕〟のやり込んでたBLゲームの世界じゃん…!?」
もんのすごくセクシーでかっこいいヴィラン達は〝僕〟にとって箱推しで愛すべき信仰対象だった。
あぁ、転生なんて、ホントにあるんだ。
じゃあ。
〝僕〟は何がしたい?
すうっと意識が遠のいていく。
「……推し…さまを…この手で…弁護したいぃ………!」
頭の情報処理が追いつかずに、僕はそこで気絶した。看守たちは様子がおかしい僕を、檻の外から戸惑った顔で見下ろしていた。
夜明けの牢獄にて、高い位置にある小さい窓から日光が差している。
ぱちっと目が覚めた。あれから気を失っていたらしい。
「んー」
僕は背中をぐっと伸ばしてから起き上がり、檻の向こう側の椅子に座っている見張り番の看守に思い切って声を掛けた。
「…あのっ」
看守はあくびをしながら迷惑そうに振り向く。僕は続けた。
「頼みたいことがあります」
「…なんだ?刑罰免除の相談かぁ?残念だがそういうのは弁護人に頼むんだな」
「いいえ」
正座して姿勢を整える。立派な社会人として人に話を聞いてもらうからには、こちらが一番相手の顔を見てはっきり喋ることが大切だ。
「弁護人はいりません。その代わり――僕自身に、弁論の余地をいただく時間が欲しいです」
看守はぽかんとした顔になる。
「………頭を打っておかしくなっちまったか?」
「10回程度打ちましたね。だけどそんなこと言っても、僕は曲がりませんよ」
真っ直ぐ澄んだ目で僕は、看守を見据えた。
まずは―――法廷で僕の冤罪を証明しなければ。
さぁ、巻き返せ……!
191
あなたにおすすめの小説
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
不定期更新
モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。
零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。
鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。
ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。
「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、
「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。
互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。
他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、
両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。
フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。
丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。
他サイトでも公開しております。
災厄の魔導士と呼ばれた男は、転生後静かに暮らしたいので失業勇者を紐にしている場合ではない!
椿谷あずる
BL
かつて“災厄の魔導士”と呼ばれ恐れられたゼルファス・クロードは、転生後、平穏に暮らすことだけを望んでいた。
ある日、夜の森で倒れている銀髪の勇者、リアン・アルディナを見つける。かつて自分にとどめを刺した相手だが、今は仲間から見限られ孤独だった。
平穏を乱されたくないゼルファスだったが、森に現れた魔物の襲撃により、仕方なく勇者を連れ帰ることに。
天然でのんびりした勇者と、達観し皮肉屋の魔導士。
「……いや、回復したら帰れよ」「えーっ」
平穏には程遠い、なんかゆるっとした日常のおはなし。
【完結済】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!
キノア9g
BL
モテたくて完璧な幼馴染に弟子入りしたら、なぜか俺が溺愛されてる!?
あらすじ
「俺は将来、可愛い奥さんをもらって温かい家庭を築くんだ!」
前世、ブラック企業で過労死した社畜の俺(リアン)。
今世こそは定時退社と幸せな結婚を手に入れるため、理想の男「スパダリ」になることを決意する。
お手本は、幼馴染で公爵家嫡男のシリル。
顔よし、家柄よし、能力よしの完璧超人な彼に「弟子入り」し、その技術を盗もうとするけれど……?
「リアン、君の淹れたお茶以外は飲みたくないな」
「君は無防備すぎる。私の側を離れてはいけないよ」
スパダリ修行のつもりが、いつの間にか身の回りのお世話係(兼・精神安定剤)として依存されていた!?
しかも、俺が婚活をしようとすると、なぜか全力で阻止されて――。
【無自覚ポジティブな元社畜】×【隠れ激重執着な氷の貴公子】
「君の就職先は私(公爵家)に決まっているだろう?」
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる