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第一章
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しおりを挟む3つ年上の従兄弟、中条双葉が結婚した。
相手は長年想いを寄せていた孤児のオメガの男の子。双葉がその子を手に入れる為に、裏であれこれ手を引いていたのは知っている。相手が年端も行かない幼児の頃から、双葉はあの子だけを欲しがった。……あいつ、きっとショタコンだぞ。何しろ結婚してからも、発情期を遅らせ子供扱いし、手も出さず愛でる様に『育て』たのだから。
『育児かよ』
そう言って呆れた俺に、底の知れない笑みを浮かべた双葉は『それが醍醐味だ』と言って退けた。
まったく怖い男だ。だがそれも、漸く迎えた発情期に逆らう事なく、無事このたび番となったと知らされた。めでたい話じゃないか。
それにしても…。オメガというのは、1度花開くとこれ程までに変わるものだろうか。
目の前にいる双葉とその番の姿に羨望と驚嘆を隠せなかった。
「こんにちは宗次さん。ご無沙汰しています」
「…何だ、宗次。 そんなに穴が空くほど秋を見るな」
「ん?…あ、ああ。 すまん」
確か最後に会ったのは正月の祝賀会だった。あの時はまだ幼さの残る少年の様な雰囲気だったのに、今目の前にいる秋はほんのりと頬を染め、どことなく妖艶な空気を纏っている。
こりゃ、相当可愛がられているな。内心苦笑が止まらない。
堅物で朴念仁と噂される程、色恋に疎かった双葉を骨抜きにした少年。いや、幼児か…。それが成長して、ますます双葉を虜にしている。聞けば双葉の悪巧みに自ら抗い発情期を誘発させ、及び腰だった夫の欲情を煽ったのは妻である秋の方だとか…。
「久しぶりだね、秋さん。 双葉とは上手くいってるようで何よりだ」
「はい。お陰様で夫婦円満です」
にっこり笑いそう言い退けた。へぇ…、元々芯の強い子だとは思っていたが、一皮剥けた印象だな。
「双葉。お前、尻に敷かれてるな」
こっそりそう耳打ちすると、「まぁな」と照れもせず返してくる。成程。確かに夫婦円満だな、こりゃ。
仲睦まじい従兄弟夫妻を見て嬉しくなる。と同時に、嫉妬に似た羨望をも感じる。
俺はこんな伴侶を持つ事は出来ないだろう。
「ところで宗次さん。今日も番の方はご一緒じゃないんですか? 僕、まだ1度もお会い出来てません」
───え? …つがい?
「いや…。 俺に番はいないよ?」
「え……? でも、」
「秋? 宗次は番を持ってない。…何故そう思った?」
「だって…。宗次さんから、番の、オメガの匂いがします。 …何だろう? フルーツみたいな、甘い香りです」
オメガの匂いと聞いて、真っ先に浮かんだのは婚約者の大城玲一だった。もう何年も一緒に暮らしてはいるが番になってはいない。なるつもりもない。
けれど『フルーツの香り』と言われ、誰だそれは? と疑問が湧く。玲一のフェロモンは確か、薔薇の様な花の香りだと聞く。
「それは、玲一くんじゃないか? 宗次の許嫁の」
「玲一さん?」
「ああ、そうだろうな」
「その方は、今は?」
「うん、ニューヨークに居るよ。あっちで同居しているんだ」
「そうですか。では、もう直お会い出来ますね。 僕、楽しみです」
「ああ、伝えとくよ」
離れた所にいた中条の伯母に呼ばれ、秋がそちらへ向かい居なくなると、双葉が声を潜める。
「宗次。いつまで玲一くんを待たせるつもりだ?そろそろ籍を入れろ。もう3年だろ」
「双葉も知ってるだろ。 結婚を望んでいないのは俺じゃない。あいつの方だ」
俺と玲一の間には恋愛感情はない。玲一には忘れられないアルファがいる。俺の実の兄、宝条隆法だ。
一度は番になると約束した程の恋仲だった二人を、無情にも引き裂いたのは俺の家『宝条家』の仕来たりだった。
───当主の婚姻相手はアルファでなければならない。
そんな時代錯誤なしきたりに縛られ、身を引いた玲一と家に縛られた兄の隆法。
兄さんもだけど、あいつも素直じゃないからな…。
未だに惹かれ合ってるのは二人を見ていれば分かる。どうにかしてやりたいと思って、とりあえず玲一を秘書を兼ね婚約者として側に置いたのに。あの頑固者同士はまったく進展してくれない。少しは双葉を見習え。執着心と一途な愛で秋を手に入れた。
「双葉の爪の垢でも、煎じて飲ませてやりたいよ」
「やっぱりまだ、隆法さんを忘れてないか…」
「ああ。兄さんの方もだ。まったく素直じゃない。困った大人達だよ」
本当に…。
惹かれ、焦がれ、欲しいと思い合える相手がいる。それがどんなに素晴らしい事か。
「宗次、お前はどうなんだ?」
「俺は相変わらず。 もう、諦めたさ」
綺羅びやかな親類達を達観したように眺める。
今夜は親戚縁者が、中条家当主夫妻の結婚記念パーティの祝に集まっていた。伯父と伯母の幸せそうな姿を見るのは、俺の密かな楽しみだ。
運命に導かれた番同士。小さい頃からその話を繰り返し聞かされ、いつしか自分にもそんな相手が現れると信じていた。けれど思春期を迎え、アルファとして成長してからも、一度として感じたことが無いのだ。……オメガのフェロモンを。
それはどんなに抑制しても、抗えない魅惑の香りだという。いったいどんなものなのか。俺には知る由もない。
「俺、本当にアルファなのかな?」
「何を言ってる。散々オメガを惹きつけておいて。宗次がアルファで無ければ、いったい何だと言うんだよ」
「そうだよなぁ…。となると、やっぱり俺は欠陥品ていう事かぁ」
「宗次… 」
どれほど強く憧れても手に入らないものもある。
10代の頃は性に奔放だった。抱けば嗅ぎ取れるのではないかと、何人もオメガを抱いた。けれど思う様な奇跡は起きず、20代の半ばになるとそれは諦めに変わった。
どうせ導かれる相手も居ないのなら、せめて辛い悲しい恋をしている玲一を、俺が幸せにしてやるのもいいかも知れない。そう思い肩を抱いた。だがそこにあるのは結局、同情と憐憫だけだ。それが分かっているのだろう。玲一は俺との結婚に二の足を踏んでいる。
その事に、どこかでほっとしている自分がいるのも、また事実なのだ。
「俺は玲一でもいいんだけどなぁ。恋とか愛とかじゃなくても、あいつといるのは楽だし」
「それは玲一くんに失礼だぞ。お前がそんな心づもりだから、彼だって煮え切らないんじゃないのか」
「どうだろうな。…いっそ、俺が長男だったら良かったのに。 だいたい、今時“家の仕来たり”ってなんだよなぁ。古臭いったらねぇよ」
「そうだな。 うちの両親の様に、いっそ隆法さんが変えてしまえばいいのにと、俺も思うよ」
「無理無理。あの堅物兄貴じゃ。 ──あぁ、そうだ。ちょっと秋さんに頼もうかな。何だか知らないがうちの親父、お前の嫁さんをいたく気に入ってるみたいだし」
「なっ!馬鹿を言うなっ。宝条家のお家騒動に、秋を巻き込むなんて、冗談じゃないっ」
「ぶはっ! やっぱりそう言うと思ったよ。ホント、溺愛してんな」
「当たり前だ。俺にとって秋は、この世でたった一つの宝物だぞ」
「宝物ねぇ……」
この世でたった一つの宝物。
俺だって欲しいさ。そう呼べる、唯一無二の存在が。
別にバース婚に拘っている訳ではないが、それでも憧れてしまうのだ。
この人しかいない。…そう思える存在。運命だとか、魂だかとかで結ばれる、アルファとオメガの番。
「まったく。 双葉が羨ましいよ」
心の底からそう思った。
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