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第一章
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しおりを挟む「秋くん、可愛かったなぁ」
クスクス思い出し笑いをする玲一を乗せ、双葉の家から自宅へと車を走らせている。
先日、ニューヨークでの仕事にケリを付け、日本へ帰国した。双葉の抱えていた幾つかの会社を引き継ぐ為だ。
「だろ? 双葉が溺愛するのも頷けるよな」
「ああ。 あの双葉さんがまさか…、とは思っていたけど。会ってみたら納得したよ」
帰国後のバタバタした時期をやり過ごし、どうしても会いたいと強請る秋の願いを聞いた双葉が、俺と玲一を自宅に招いてくれた。
『うわぁ!はじめまして、玲一さん!僕、とってもお会いしたかったんです!お忙しい中、お呼びしてしまってごめんなさい。 でも、来てくださって嬉しいです』
そんな風に歓迎されて、普段クールな玲一が珍しく相好を崩した。
「あの時の玲一の顔。写真にでも取っておけばよかったな」
「よせ。 冗談じゃない」
「ははは。 そういえばあの後、秋と何をコソコソ話してたんだ?」
「ん? …早く結婚しろってさ。 お説教されたんだよ」
「は? 玲一が… あの子に説教? したんじゃなくて、された?」
逆ならあり得るが…。あんな仔犬の様な秋に、このホワイトタイガーの様な玲一が説教されるとは…。
「ぶはっ! あっははははは 」
「笑うなっ。 あのパピー、もの凄い真剣な顔して『宗次さんは寂しいんですよ』とか言ってたぞ」
「やめろっ、くくくっ…、おま、…真似すんなっ ふひひひ」
「気色悪い笑い方するな。 秋くん、お前が浮気してると思ったらしいぞ」
「っ、はあぁ!?」
何だそりゃ!? さすがあの双葉の番だ。考えが斜め上をいってる。
「なぁ、宗次。 お前、本当に心当たり無いのか?」
「心当たり? 何? 玲一も俺が浮気してると思ってたのか?」
「違う。 …別にそこはどうでもいい。お前が誰と寝ようと、オレには関係ない」
「冷たいね~、相変わらず。 仮にも婚約者だぞ、俺は」
「誤魔化すな。 …オメガの匂いだよ」
オメガの匂い。 そういえば前に会った時、そんな話をしていたな。
「玲一の匂いだろ? それに、誓って浮気もしていませんよ」
「だからっ、それはどうでもいいって言ってる。そうじゃなくて、お前に番がいるんじゃないかって話だ」
「…んなもん、いる訳ないだろ。 この3年一緒に暮らしたんだ。そんなの玲一が一番よく知っているだろ」
「ああ…。 知ってるさ。宗次がオメガのフェロモンに反応しない、インポ野郎だって事ならな」
「お前…… 酷い事言うね。 別にインポじゃねぇし。 ………何なら試すか?」
「お断りだ。 宗次相手じゃ、オレが無理」
そうだろう。お前は兄さんだけだから。
その後玲一はじっと窓の外を眺めたまま、口を閉ざしてしまった。
大城玲一とは中条家の長男大樹の婚約披露パーティで出会った。
俺が15歳、玲一は16歳だった。
その会場で、双葉と談笑する玲一に先に目を付けたのは、兄ではなく俺の方だった。
『あんた、オメガ?』
今思えばとんでもなく失礼な事を言った。その証拠に、その場で双葉と兄の隆法から思いっ切り叩かれ、当の玲一からはブリザードの様な冷たい眼差しを向けられたのだ。
双葉と同じ高校へ通う、ちょっと綺麗なオメガの男。そんな印象だった玲一は、その後どこで会っても俺を虫ケラの様な目で見てくる様になってしまった。
けれどそんな靡かないオメガの玲一を、気に入って構い倒す俺に、いつしか諦めたのか側に居る事を許してくれるようになった。
初恋に似た感情だったかもしれない。
でもある日中条家を訪れた俺は、物影に隠れて抱き合う、兄と玲一の姿を見てしまった。
その時抱いた感情はただの憧憬だ。あんな風に互いを求め合える相手がいる事が、純粋に羨ましいと思えた。
「…ったく。 この贅沢者が」
「…? 何か言ったか?」
「いや…。 何も」
マンションの地下駐車場に車を停めエレベーターで5階まで行くと、コンシェルジュから上層階への鍵を受け取る。3基あるエレベーターの一番奥が、最上階の新居への入口だ。言ってみればここが我が家の玄関。エレベーターを降りると広々とした玄関ホールがある。そこからリビングへは扉ひとつだ。
「なぁ…。さっきの話だけど、」
リビングに入るなり玲一が口を開く。またオメガの匂い、か? 正直ウンザリだ。どんなに他人から指摘されても、分からないものは答えようがない。
「もういいだろう。俺に番が持てない事くらい、自分が一番分かってるんだ」
「聞いてくれ、宗次。 …俺にも分かるんだ。お前からずっと、オメガの匂いがしてる事」
「っ、だからそれはっ、」
「消えかかってるんだよっ!その匂いがっ!」
「………は?」
だからなんだ。消えるならそれでいいだろ。
「じゃあ、早く消えちまえばいいだろ」
「宗次…。それ、本気で言ってるのか?」
「だってそうだろ。俺には分からないのに、番がいるのか、だって? はっ! ならそのオメガを連れて来てみろよ!」
「宗次、、その匂いが消えるって事の意味、分からないのか?」
「意味? …意味なんかあるのか? 俺には分からないものを、どう理解しろって言うんだよ」
「もし、…もしもだ。 宗次が何処の誰かは分からないオメガを、うっかり番にしたとしたら? その後何年も離れ離れになったままだとしたら? そのオメガはどうなる…? バカなお前にも察しがつくだろ」
サラッと失礼な事を言う奴だ。だが、玲一の言うもしもが、もしもじゃなかったとしたら…。
「……俺はとんでもなく、クズなアルファって言いたいのか」
「分かってるじゃないか。 なぁ……。少し冷静になって記憶を辿れ。今ならまだ間に合う。少なくとも、その人はまだ生きてる」
「そんな事、言われてもなぁ…… 」
まったく身に覚えも無い。だいたいうっかり番になんかするものか? 今までオメガを何人もベッドに誘い快楽を共有したが、一度だって項に咬み付きたいと思った事など無かった。そんな欠陥アルファがうっかりで番うとか…。いや、どう考えてもあり得ない話だ。
「お前、事の重大さが分かってないな。 いいか。もしもうっかり番にしたとしたら、だ。それは宗次。 お前がその人のフェロモンにだけは、反応したって事だぞ。陳腐な言い方をすれば、それこそ運命の相手じゃないのか?」
「っ!!」
ドクン、と心臓が跳ねた。
目の前にある玲一の顔を瞬きも忘れて見る。そこに揶揄かいや悪ふざけなどは無い。真剣にこの話をしている。
「……いつからだ」
「え?」
「その匂いは、…いつから俺に付いていた?」
「さぁ……。少なくとも、オレと同居する前だな。ニューヨークへ来た時には既に、お前からその匂いがしていたから」
玲一と同居する前。
……何があった?3年半も前の事か。それ以前というと、4、5年前って事になる。
「なぁ…。いったいそれは、どんな匂いなんだ」
「……林檎。 それも多分、花の方。 控えめで密やかな、優しい甘さの香りだ」
───林檎の花の香り
それが俺の、運命の番なのだろうか………。
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