欠陥αは運命を追う

豆ちよこ

文字の大きさ
4 / 14
第一章

しおりを挟む

 午後8時を回る頃、双葉が秋を迎えにやって来た。

「双葉さん! お仕事、お疲れ様です」
 
「ありがとう、秋。病院はどうだった?」
「まだ……、妊娠は無理みたいです」
 
「そうか…」
「でも、それはっ。まだまだ双葉さんと二人っきりの時間を大切にしなさい、って事でしょ?」
 
「ふふ、そうだね」
「うふふふ」


 見ているこちらが恥ずかしくなるくらい、二人の世界になっている。背中がムズムズする。隣を見ると、同じ様な顔した玲一と目が合った。

「胸やけの薬、あったっけ?」
「……探しとく」


「そうだ宗次。 例の盗難品の事で、警察から連絡があった」

 片腕に秋を抱きかかえた双葉から報告を受け、苦い思い出が蘇る。

「そうか。 どうせ、まだ見付からないって定期報告だろ」
「…ああ」

 もう出ては来ないだろう。あんな物、出てこない方がいい。

「盗難品?」
「アメジストの原石だよ。宗次の金庫から盗まれてしまってね」

「いや…。 あれは、あの子にあげたんだ。だから、別に戻らなくてもいいんだよ」

「……あの子?」
「下働きにと、宝条家に雇われた孤児の男の子だ」


 そう。あれはあの子、葵にあげたのだ。俺がニューヨークへ発つ3日前、心細そうに俯いた小さな従者に。




 吉野葵は、中条の伯母が設立した孤児院のベータの子供だった。中学を出たばかりのまだ15歳の葵は、高校へは進学せず働き口を探していた。それを知った伯母が宝条家へ招き入れたのだ。

 物静かで大人しく、文句も言わずによく働く良い子だったのに……。俺があの家から逃げ出した後すぐに、黙って宝条家から姿を消した。俺の金庫からあの石だけを持ったまま。
 きっと何か理由があったんだろう。もしかしたら魔が差したのかも知れない。
 何れにせよ、その行方すら分からないのでは考えても仕方が無い。
 元気でさえいてくれればそれでいい。そう願って、兄が勝手に出してしまった盗難届けをそのままにしている。いつか葵の行方くらいは、掴めるのではないかと思ったからだ。



「時価数千万円の原石だぞ。そう簡単に売り捌ける物でも無いだろう」

「うーん…。 砕いて小さくすれば、多少価値は落ちるが売れなくもない。 …って、教えたのも、俺なんだよなぁ」
「本当…、お前はバカだ。なんだってあんな子供に、セキュリティコードを教えたりしたんだよ」

「教えるも何も。コード自体、葵の指紋認証に変えたからなぁ」

「「はぁっ!?」」
「え…?」

 金庫に取り付けた認証コードを、葵の指紋でセットしたのは俺だ。いつか、あの子が宝条家から逃げ出したくなる時が来たら、持って行けとも伝えてあった。

「だから言ってるだろ。 あれは俺が、葵にあげた物なんだって」

 呆れた様に溜息をつく玲一と、不思議な物を見るような目で見てくる双葉。
 まぁ、言いたい事は分かる。確かにバカだ、とも思う。でも、あんな石ころよりも、俺にとっては葵の方が大事だった。


 
 あの頃、自分の体質が呪わしかった。抱いても抱いても満たされるものがなくて、心に穴が空いたような虚しさに囚われていた。更には兄と玲一の仲が父親の知るところとなり、家の中はいつもピリピリとした空気が漂っていた。
 居心地の悪い家。満たされない心。
 そんなささくれだった俺の唯一の癒やしが、あの頃家に来たばかりの葵だった。
 不器用なクセに頑張り屋で、控え目で大人しい性格。それでも時々、ビックリするほど頑固者。チビで痩せっぽちな事にコンプレックスを持っていたっけ。

『こんなんじゃ、女の子に相手にされないよ』
 
 そう言って、唇を尖らせた。

『オメガだったらよかった』

 確かそう言っていた。
 一般的に生き辛いバースであるオメガになりたい等と、変わった事を言う子だと思い、理由を聞いてみたら…

『だって。オメガなら、自分で子供を産めるんでしょ? ボク、家族が欲しいんだ』

 孤児だった葵には、両親どころか兄弟すらいないのだ。家族に対する憧れは人一倍強かった。
 けれど何もオメガじゃなくても、『同じベータの女の子と結婚すればいい』。そう告げた俺に、チビでガリな自分じゃモテないと、ヘソを曲げたのだ。

「ふふ…」
「何だ、急に…。 気持ち悪い」

 思い出した。さっき秋のはしゃぐ姿を見て既視感を覚えたのは、あの時の葵と重なったからだ。

「いや。 あのチビ…、少しは背が伸びたかな、と思ってさ」

 本当に小さい子だった。最初見た時は女の子かと思ったものだ。
 あんまり気に病むものだから、もう少し大人になれば自然と背も伸びる、と気休めに慰めてやったら『ほんと!? ボクも、宗次さんみたいに大きくなれる!?』そう期待に満ちた顔を向けられた。
 実際、葵はまだ15歳の育ち盛り。多少成長もするだろう。俺みたいに、とまではいかなくとも。
 ただあんまり期待を寄せるものだから、つい、

『ああ、なるさ。もしかしたら、俺より高くなるかもしれないぞ』

 そう誂い半分で頭を撫でた。
 やったやったとはしゃぐ姿は微笑ましく、まるで心が洗われたような気持ちになったものだ。


「もう、20歳? いや、21歳になるのか…。 元気ならいいんだけど…、」
 
「あのっ!」


 暫く黙っていた秋が、突然口を挟む。


「どうした、秋?」
 
「あの、その葵くん、というのは。 …もしかして、吉野葵、の事ですか?」

 まったく面識の無い筈の秋の口から、葵の名前が出てきた。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

愛想笑いの吸血鬼

いち
BL
吸血鬼のα×人間Ω 貧乏な暮らしをしているΩのレブは、青白い男性フューネに買われる。気前のいい彼は自分を吸血鬼と言い、フューネの所有する屋敷へ二人は向っていく。 ※ちょっと血の話あり まったり楽しんでいただければ幸いです。

【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。 自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。 残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。 この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる―― そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。 亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、 それでも生きてしまうΩの物語。 痛くて、残酷なラブストーリー。

今からレンタルアルファシステムを利用します

夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。 ◆完結済みです。ありがとうございました。 ◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

ヒメ様が賊にさらわれました!

はやしかわともえ
BL
BLです。 11月のBL大賞用の作品です。 10/31に全話公開予定です。 宜しくお願いします。

処理中です...