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第一章
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しおりを挟む午後8時を回る頃、双葉が秋を迎えにやって来た。
「双葉さん! お仕事、お疲れ様です」
「ありがとう、秋。病院はどうだった?」
「まだ……、妊娠は無理みたいです」
「そうか…」
「でも、それはっ。まだまだ双葉さんと二人っきりの時間を大切にしなさい、って事でしょ?」
「ふふ、そうだね」
「うふふふ」
見ているこちらが恥ずかしくなるくらい、二人の世界になっている。背中がムズムズする。隣を見ると、同じ様な顔した玲一と目が合った。
「胸やけの薬、あったっけ?」
「……探しとく」
「そうだ宗次。 例の盗難品の事で、警察から連絡があった」
片腕に秋を抱きかかえた双葉から報告を受け、苦い思い出が蘇る。
「そうか。 どうせ、まだ見付からないって定期報告だろ」
「…ああ」
もう出ては来ないだろう。あんな物、出てこない方がいい。
「盗難品?」
「アメジストの原石だよ。宗次の金庫から盗まれてしまってね」
「いや…。 あれは、あの子にあげたんだ。だから、別に戻らなくてもいいんだよ」
「……あの子?」
「下働きにと、宝条家に雇われた孤児の男の子だ」
そう。あれはあの子、葵にあげたのだ。俺がニューヨークへ発つ3日前、心細そうに俯いた小さな従者に。
吉野葵は、中条の伯母が設立した孤児院のベータの子供だった。中学を出たばかりのまだ15歳の葵は、高校へは進学せず働き口を探していた。それを知った伯母が宝条家へ招き入れたのだ。
物静かで大人しく、文句も言わずによく働く良い子だったのに……。俺があの家から逃げ出した後すぐに、黙って宝条家から姿を消した。俺の金庫からあの石だけを持ったまま。
きっと何か理由があったんだろう。もしかしたら魔が差したのかも知れない。
何れにせよ、その行方すら分からないのでは考えても仕方が無い。
元気でさえいてくれればそれでいい。そう願って、兄が勝手に出してしまった盗難届けをそのままにしている。いつか葵の行方くらいは、掴めるのではないかと思ったからだ。
「時価数千万円の原石だぞ。そう簡単に売り捌ける物でも無いだろう」
「うーん…。 砕いて小さくすれば、多少価値は落ちるが売れなくもない。 …って、教えたのも、俺なんだよなぁ」
「本当…、お前はバカだ。なんだってあんな子供に、セキュリティコードを教えたりしたんだよ」
「教えるも何も。コード自体、葵の指紋認証に変えたからなぁ」
「「はぁっ!?」」
「え…?」
金庫に取り付けた認証コードを、葵の指紋でセットしたのは俺だ。いつか、あの子が宝条家から逃げ出したくなる時が来たら、持って行けとも伝えてあった。
「だから言ってるだろ。 あれは俺が、葵にあげた物なんだって」
呆れた様に溜息をつく玲一と、不思議な物を見るような目で見てくる双葉。
まぁ、言いたい事は分かる。確かにバカだ、とも思う。でも、あんな石ころよりも、俺にとっては葵の方が大事だった。
あの頃、自分の体質が呪わしかった。抱いても抱いても満たされるものがなくて、心に穴が空いたような虚しさに囚われていた。更には兄と玲一の仲が父親の知るところとなり、家の中はいつもピリピリとした空気が漂っていた。
居心地の悪い家。満たされない心。
そんなささくれだった俺の唯一の癒やしが、あの頃家に来たばかりの葵だった。
不器用なクセに頑張り屋で、控え目で大人しい性格。それでも時々、ビックリするほど頑固者。チビで痩せっぽちな事にコンプレックスを持っていたっけ。
『こんなんじゃ、女の子に相手にされないよ』
そう言って、唇を尖らせた。
『オメガだったらよかった』
確かそう言っていた。
一般的に生き辛いバースであるオメガになりたい等と、変わった事を言う子だと思い、理由を聞いてみたら…
『だって。オメガなら、自分で子供を産めるんでしょ? ボク、家族が欲しいんだ』
孤児だった葵には、両親どころか兄弟すらいないのだ。家族に対する憧れは人一倍強かった。
けれど何もオメガじゃなくても、『同じベータの女の子と結婚すればいい』。そう告げた俺に、チビでガリな自分じゃモテないと、ヘソを曲げたのだ。
「ふふ…」
「何だ、急に…。 気持ち悪い」
思い出した。さっき秋のはしゃぐ姿を見て既視感を覚えたのは、あの時の葵と重なったからだ。
「いや。 あのチビ…、少しは背が伸びたかな、と思ってさ」
本当に小さい子だった。最初見た時は女の子かと思ったものだ。
あんまり気に病むものだから、もう少し大人になれば自然と背も伸びる、と気休めに慰めてやったら『ほんと!? ボクも、宗次さんみたいに大きくなれる!?』そう期待に満ちた顔を向けられた。
実際、葵はまだ15歳の育ち盛り。多少成長もするだろう。俺みたいに、とまではいかなくとも。
ただあんまり期待を寄せるものだから、つい、
『ああ、なるさ。もしかしたら、俺より高くなるかもしれないぞ』
そう誂い半分で頭を撫でた。
やったやったとはしゃぐ姿は微笑ましく、まるで心が洗われたような気持ちになったものだ。
「もう、20歳? いや、21歳になるのか…。 元気ならいいんだけど…、」
「あのっ!」
暫く黙っていた秋が、突然口を挟む。
「どうした、秋?」
「あの、その葵くん、というのは。 …もしかして、吉野葵、の事ですか?」
まったく面識の無い筈の秋の口から、葵の名前が出てきた。
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