15 / 22
伊勢
しおりを挟む
「伊勢でございます」
藤の君より幾らか年下で、小柄な女房が、目の前にいる。
「この娘はどうしたの?」
「女王様に代わりまして、わたくしがお側にお仕え申し上げます」
伊勢は頭を上げた。
彼女は倭の女房だ。前の邸にいた際に、伊勢の親戚が仕えており、その縁で倭に仕えることになったのだ。
『伊勢とはもう、お会いになりましたか』
久光からの文には、そうあった。
『倭の女王には、貴女がこの邸での生活に慣れるまで、お側で支えて差し上げてください、と頼んでいました』
つまり、藤の君がこの生活にある程度慣れるまでの教育係としていたらしい。倭はそれ以前の生活に戻り、数人の女房が藤の君に仕えることになった。
伊勢は倭のことを、事細かに教えてくれた。
彼女は女王として生まれ、女御として入内することが決まっていた。しかし、その直前に父がなくなり、それは叶わなかった。仕えていた者達は倭に見切りをつけ、財産を奪って逃亡したため、倭は次第に貧しくなったとか。その後、久光に見初められ、この邸に移ってきた、これが久光との出逢いだと言う。
当時、北の方を迎えたばかりの久光は、倭の扱いに困り、外聞を気にして女房として迎えることにした。しかし、対屋を与えられていたり、数人の女房が仕えていることを考えると、一女房として扱っていないのだと分かる。
倭は東の対屋にいる、そう伊勢から聞き、藤の君は様子を見に行った。
倭は上座に座っていて、数人の女房に指示をしている。装束を仕立てているようだ。
高貴な者の、紫色を着、優雅にくつろぐ倭は、普段の倭よりも似つかわしいと思った。これが、この国の貴婦人なのだろう。
装束を仕立てるのは、妻の勤めなのだと、伊勢は言っていた。家政を仕切るのも倭である。倭自身は女房として迎えられたのだと今でも思っているらしいが、周りも、彼女が久光の妻の一人であると半ば認めている。
「女王様」
伊勢の言葉を取り次いだ女房は、藤の君がこちらへ来たことを告げた。
「どうぞ、此方へ」
そう返事があり、伊勢と藤の君は倭の前へ歩み出る。
「どうなさったのです」
「久光少将から聞きました。貴女が此方にいらっしゃると。何をなさっているの?」
「衣を仕立てているのよ。若君と、あたくしの妹の」
倭の妹は樺桜と呼ばれていた。久光は彼女に結婚を申し出ていたという過去がある。後に彼女は親戚の元へ養女として入り、女御として入内している。姉妹は逆転したのだ。
「貸してちょうだい」
「あら、大丈夫ですの?」
「少しなら。覚えておきたいと思っただけよ」
「そう」
倭は女房に道具を持ってこさせる。
最近、久光少将の藤の君への気持ちは揺らぎつつある。何もせずに、このままこの邸に置いてもらえるのか、不安になった。
ー倭はどうして、自分のことを女房と呼ぶのだろう?
ずっと、不思議に思っていた。彼女は女王だ。そして、妹は妃だ。少将に女房として仕えるには、身分が高過ぎるのではないか?
なんとなく、理由が分かった気がする。
これは、自虐なのかもしれない。拾われてこの邸に迎えられた女の、いつ捨てられるかも分からない女の。本来は気位の高い彼女は、少将と距離を置いている気もする。彼女も不安なんだろう。
自分と同じ、味方の少ない身の上。
―嗚呼、わたくしがこの邸に迎えられた時、彼女はどう思ったのかしら。
かつて、九重と呼ばれ、有名だった彼女は。
藤の君より幾らか年下で、小柄な女房が、目の前にいる。
「この娘はどうしたの?」
「女王様に代わりまして、わたくしがお側にお仕え申し上げます」
伊勢は頭を上げた。
彼女は倭の女房だ。前の邸にいた際に、伊勢の親戚が仕えており、その縁で倭に仕えることになったのだ。
『伊勢とはもう、お会いになりましたか』
久光からの文には、そうあった。
『倭の女王には、貴女がこの邸での生活に慣れるまで、お側で支えて差し上げてください、と頼んでいました』
つまり、藤の君がこの生活にある程度慣れるまでの教育係としていたらしい。倭はそれ以前の生活に戻り、数人の女房が藤の君に仕えることになった。
伊勢は倭のことを、事細かに教えてくれた。
彼女は女王として生まれ、女御として入内することが決まっていた。しかし、その直前に父がなくなり、それは叶わなかった。仕えていた者達は倭に見切りをつけ、財産を奪って逃亡したため、倭は次第に貧しくなったとか。その後、久光に見初められ、この邸に移ってきた、これが久光との出逢いだと言う。
当時、北の方を迎えたばかりの久光は、倭の扱いに困り、外聞を気にして女房として迎えることにした。しかし、対屋を与えられていたり、数人の女房が仕えていることを考えると、一女房として扱っていないのだと分かる。
倭は東の対屋にいる、そう伊勢から聞き、藤の君は様子を見に行った。
倭は上座に座っていて、数人の女房に指示をしている。装束を仕立てているようだ。
高貴な者の、紫色を着、優雅にくつろぐ倭は、普段の倭よりも似つかわしいと思った。これが、この国の貴婦人なのだろう。
装束を仕立てるのは、妻の勤めなのだと、伊勢は言っていた。家政を仕切るのも倭である。倭自身は女房として迎えられたのだと今でも思っているらしいが、周りも、彼女が久光の妻の一人であると半ば認めている。
「女王様」
伊勢の言葉を取り次いだ女房は、藤の君がこちらへ来たことを告げた。
「どうぞ、此方へ」
そう返事があり、伊勢と藤の君は倭の前へ歩み出る。
「どうなさったのです」
「久光少将から聞きました。貴女が此方にいらっしゃると。何をなさっているの?」
「衣を仕立てているのよ。若君と、あたくしの妹の」
倭の妹は樺桜と呼ばれていた。久光は彼女に結婚を申し出ていたという過去がある。後に彼女は親戚の元へ養女として入り、女御として入内している。姉妹は逆転したのだ。
「貸してちょうだい」
「あら、大丈夫ですの?」
「少しなら。覚えておきたいと思っただけよ」
「そう」
倭は女房に道具を持ってこさせる。
最近、久光少将の藤の君への気持ちは揺らぎつつある。何もせずに、このままこの邸に置いてもらえるのか、不安になった。
ー倭はどうして、自分のことを女房と呼ぶのだろう?
ずっと、不思議に思っていた。彼女は女王だ。そして、妹は妃だ。少将に女房として仕えるには、身分が高過ぎるのではないか?
なんとなく、理由が分かった気がする。
これは、自虐なのかもしれない。拾われてこの邸に迎えられた女の、いつ捨てられるかも分からない女の。本来は気位の高い彼女は、少将と距離を置いている気もする。彼女も不安なんだろう。
自分と同じ、味方の少ない身の上。
―嗚呼、わたくしがこの邸に迎えられた時、彼女はどう思ったのかしら。
かつて、九重と呼ばれ、有名だった彼女は。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる