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恋人編(前編)
第31話
しおりを挟むセレーナとの接触を控えるために、俺はギルドにあまり立ち入らないようにした。
セレーナは心配しているだろうか。
俺の中は苦しさと彼女に対しての謝罪の気持ちでいっぱいで、俺にできることはしようと思った。
セレーナが今住んでいるギルドの宿には防御魔法をかけた。
誰かが彼女に害を与えないように。
強固に、念入りに。
姿くらましの魔法をかけて街の図書館にも何度も行った。
呪いに関する本に読みふけり、どうにかして呪いは解けないのか休まずに調べ続けた。
たまにあの女が俺の近くで本を読んでいたが、気にしなかった。
────だが、呪いを解くヒントとなるものは一向に見つからず、日がどんどん経っていくばかりだった。
あの女を魔法警察にでも出してやろうと思ったこともあった。
だが、俺の容姿が容姿だ。
俺の話は警察に信じて貰えず、逆に捕まってしまうことだろう。
仮に姿くらましの魔法をかけても、魔法を使っていないのか警察に魔法検査をされるので、これもまた逆に捕まる。
なんて無力なのだろうと、自分を恨んだ。
ある時、禁忌である心を読む魔法を俺は使った。
習得したそれは体内の魔力を根こそぎ取られるほど必要とし、一般の輩が使えば死に至るほど大変な魔法だった。
だがその苦労も虚しく、女の心の中は何故か見えなかった。
いや、靄がかっていてハッキリとは見えなかった。
女の心の中からは、罪悪感だけが垣間見えた。
意味がわからなかった。
俺達を陥れたのは女の方なのに。
なぜ罪悪感を感じる必要があるのか。
それもまた、彼女への不審さを倍増させる。
一体、彼女は何者なのだろうか。
その日、俺は魔力欠没症を起こしかけ、魘されながら眠った。
*****
「もう···いいわ。」
目の前の女が俺にそう言う。
今までセレーナの為にも女の恋人のフリをできる限りやってきた。
笑顔も、硬く作った。
手も、嫌だったが手袋の上から握った。
だがセレーナとの距離が遠くなって苦しかった。
セレーナ
セレーナ
会いたくて会いたくて、
触れたくて触れたくて、
話したくて話したくて、
セレーナが足りない
セレーナがそばにいない
そのことに酷くストレスを感じていた俺は、早く彼女に会いたくてたまらなかった。
そして、呪いによって俺を脅した目の前の女は言った。
「解雇してあげるわ。もう監視員もどっかいったみたいだし。」
「呪いは、しっかりと解いたんだろうな?」
「ええ。」
女の瞳をじっと見れば、何故か安堵の色を浮かべていた。
そんなに監視員を警戒していたのだろうか。
呪いで俺を脅したのはこの女のはずなのに、
信用してはいけないはずなのに、
何故か彼女が嘘を言っているような気はしなかった。
それに、俺とセレーナの仲を崩そうとした女なのに何故かもう殺してしまおうとは思えなかった。
あんなにも媚びへつらっていた目の前の女が、だんだんと弱々しくなっていたのに少し気づいていたからだろうか。
わからない。
でも、やっぱり彼女を殺そうとは思わなかった。
仮に殺したとしても、優しいセレーナはもっと悲しんでしまうだろう。
最終的に、俺は女を殺さなかった。
今後、もしまたセレーナとの仲を崩そうとしてやって来た時は遠慮なく殺そうと思った。
優しさなのか、同情なのか。
わからない。
去っていく女の小さな背中を見送る。
何故だか彼女の背中は、やけに疲れ切っていた。
*****
やっと、やっとだ。
俺はセレーナに会えることに歓喜した。
家に彼女が帰ってこなくなった時は泣きそうだった。だが、俺があの女にばかり構っていたのだから仕方がないと我慢した。
セレーナを家にあげるのは、色々と怪しまれる可能性があったし、バレてしまえば最愛の彼女が死んでしまう可能性もあったからだ。
たったの二週間。
俺にとってそれはとても長く感じて、
はやく、会いたい。
セレーナ。セレーナ。
ギルドの食堂に行く。
姿くらましの魔法はしっかりかけた。
「セレーナ!」
大きく叫ぶ。大きく呼ぶ。
彼女に会いたい。
彼女を抱きしめたい。
彼女に謝りたい。
だけど、いない。
セレーナが信頼しているおばちゃんの元に急いで行った。
聞けば、どうやら彼女はもう数日間、仕事を休んでいるという。
はっと駆け出す。
どうして気が付かなかったんだろう。
呪いに怯えすぎたか。
彼女が死ぬかもしれないことに焦りすぎたか。
もっと他に方法があったかもしれないじゃないか。
あんな女に頼らなくても。
彼女は、
とても強がりで、
優しくて、
可愛くて、
笑顔がキラキラしていて、
頑固で、
強引で、
だけど────
すごく、繊細で、
すごく、泣き虫で、
無性に彼女に会いたくなった俺は、転移魔法ですぐに彼女の家まで飛んだ。
*****
コンコン
薄暗い廊下の一番奥の一室。
そこが彼女が今住んでいる部屋らしい。
大柄な俺にはこの廊下も少し狭いけれど、小さな彼女にはちょうどいいサイズなのだと思った。
数度ノックするが、返事はない。
魔法で開けることもできるが、彼女の反応を、返事を待つ。
「セレーナ。フェルディナントだ。」
彼女をもっと見てあげなかったことを後悔する。
彼女ともっといてあげなかったことを後悔する。
呪いばかりに気を取られていた自分を殺したくなる。
後悔しても、今更もう遅いのではと恐怖をも感じてくる。
シーンと静まり返った辺りには、俺の早まる鼓動の音がひときわ大きく聞こえるような気がした。
「ーーーッすまない。実は、あれは···」
「出ていって!!」
荒々しくいきなりそう叫んだ彼女に覚悟はしていたも胸が苦しくなる。
すれ違いすぎた。
彼女のことを、話を聞いてあげられなかった。
ごめん。
ごめんな。
でも、
──────俺が退くことは、ない。
今まで彼女は、俺が拒絶紛いのことをしてもずっと思ってくれていたから。
次は、俺の番だから。
諦めれられない。
セレーナのことを。
ごめんな。
俺は君を、逃がしてあげられない。
「セレーナ。話があるんだ。」
俺は乾いた唇を開き、ハッキリと扉越しにそう告げた。
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