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恋人編(前編)
第30話
この世界には魔法と呪いの両方が存在する。
魔法は合法として世界各地に広まっているが、呪いは禁忌とされており、その存在や使用は禁止されている。
魔法は主に、体内にある魔力を必要とし、呪いはそれ相応の対価を必要とする。
俺の呪いに関する知識はその程度でしかなかった。
呪いなどお話の世界のものだと思っていたくらいだったから。
「本当に···呪いをかけたのか?」
「ええ。」
目の前の女に殺意を抑えながら確認のようにそう聞けば、女は即答する。
魔法のことばかりしか知らない無知な自分にも腹が立ってきた。
それに、セレーナに何かあったらと思うといてもたってもいられなくなる。
「早く呪いを解け」と言えば、女は首を振り「無理だ」と言う。
もしそれがセレーナの命に関わるものだったとしたら。
もしそれがセレーナがいなくなってしまうものだとしたら。
聞けば、かけた呪いはセレーナの精神に関与するものらしく、酷ければ死に至るらしい。
なんてものをかけたんだ。
それを聞いた時は怒りで目の前が真っ赤になった。
この女を殺してしまおうかとも思った。
だが、目の前の女は言った。
「私を殺したら、彼女の呪い消えないわよ?」
怒りで漏れだしていた俺の魔力が彼女の言葉でピタリと止む。
「それに···私を殺したら、貴方の恋人も死ぬんじゃない?」
肩を竦めてそういう彼女に俺は目を見開く。
目の前の女を殺してしまえば、セレーナまで死んでしまう?
嘘か、本当かはわからない。
まず呪い自体が真実なのか偽りなのか。
この時、初めてタブーとされている心を読む魔法を知っていれば、習得していればよかったと思った。
怖くてまだ手を出せなかったそれが、今は喉から手が出るほど欲しい。
「─────で?俺は何をすればいい?」
「あら。話が早くていいと思うわ。」
セレーナにかけた呪い。
確証はないが、恐らくこの女は本当にかけたのだと思う。
それにもし、万が一彼女に何かあってからでは遅い。
俺はその女の話に乗ることにした。
その呪いを解くには、
"目の前の女に手を貸さなければならない"からだ。
その女に興味も好意も一ミリたりとも持っていないが、協力するしかない。
彼女の、セレーナの為にも。
*****
ゴメス商会の令嬢が言うにはこうだ。
最近、恋人探しの為に家を出る度、彼女を監視するかのように父親の手下が彼女を見張ってくるらしい。
どうやら恋人探しが上手くいっているのか確認したいようだ。
そして令嬢はそんな彼らを早く追い返したいらしい。
「それで、その監視員がいなくなるまで、私と恋人のフリをして欲しいってわけ。」
目の前の女は確か、恋人を探していると言っていたが。
「ああ。恋人の件?貴方はやめることにしたわ。なんだか、あなたの恋人が可哀想なんだもの。だから今は繋ぎだけよ。私の父親はせっかちだから早く作れとうるさいからね。今のうちにもう恋人いますよみたいな雰囲気を醸し出しておけば、静かになるはずよ。」
「それは、俺じゃなくてもいいじゃないか。」
彼女の言葉に俺はそう言い返す。
出来るならこの女の頼み事を回避したいところだ。
そしてセレーナにかけた呪いを解いてほしい。
「だってもうすでに彼らには貴方が恋人だと認識されているようだし、このまま監視員がいなくなるまでフリを続けさせなさいよ。」
ふふと笑う彼女は周りから見ればとても美しいのかもしれない。
だが彼女は俺とセレーナを面倒事に巻き込んだ張本人であり、セレーナの命の手綱を握っている人間でもある。
ああ本当に、目の前の女が憎い。
「ああ、そうそう。その間、彼女とはもうあんまり関わらないでね。というか、接触しない方が彼女の身のためかも?それに監視員の人に怪しまれるし、見つかったら、ねえ?」
女が首を切る動作をする。
脅しか嘘かわからないが、言いたいことは瞬時に理解した。
「それに、あの子に事情を話したい気持ちもあるかもしれないけど、それも接触のひとつに入るからね。やめといた方がいいわよ?」
彼女との接触までも禁止されるらしい。
俺はそれに耐えられるだろうか。
彼女に呪いのことを話せないのも心苦しい。
だが、セレーナの為だ。
「それと姿くらましとかそういう類の魔法使って恋人と会ったとしても多分、バレるわよ?うちの監視員、只者じゃないから。」
女がそういった直後、「お待たせ致しました。」セレーナが水を運びに来た。
ああ、すごく彼女に触れたい。
だが、女の言葉を思い出しぐっと押しとどめる。
セレーナがなんとも言えない表情をしてこちらを向いた。事情を話せないのがとても心苦しい。
彼女がキッチンに戻った後、女はすぐにヒラヒラと手を振って去って行ってしまった。
―――――
ゴメス商会の令嬢。
彼女からのその頼み事は、
〈一定期間、俺が令嬢の恋人のフリをすること〉
その中で、俺はセレーナと接触してはいけない。
もしそれを破れば、呪いは解くことはできない。
俺は胸にきつくのしかかる罪悪感に胸を抑えた。
そしてやはりあの女の瞳は揺らいでいたなと思った。
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