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21話「だいじな人のために」
しおりを挟む朝。
いつもならエルの声が聞こえる時間。
私は家の前のベンチに座って、
道を見ていた。
(……こない)
風が揺らす草の音だけが、
返事みたいに響く。
***
「りぃ」
家の中からお母さんの声。
「エルくんね」
その声が少しだけいつもと違った。
私はすぐに立ち上がる。
「今朝、お母さんのところに連絡があって」
「熱を出したみたい」
(……ねつ)
胸の奥がきゅっと縮む。
昨日の顔。
笑い方。
少し落ちた肩。
(……やっぱり)
「無理してたのかもしれないわね」
お母さんはそう言って、私の頭を撫でた。
「心配?」
私は、こくんと頷く。
「お見舞い、行く?」
その言葉に私は目線を上げた。
(……いく)
でも。
(……なに、する?)
私はなんとなく台所へ向かう。
「……うー」
私は椅子に座って、昨日の鍋を思い出す。
音。
匂い。
湯気。
エルの少しだけ早い手。
(……つかれてた)
――いつもと違うって気づいていたのに。
「りぃ?」
お父さんが少し屈んで、
目線を合わせてくれる。
「どうした?」
私は自分の手を見る。
短くて、ぷにっとしている。
ぷにぷにボディ
ちょっと、憎い。
(……でも)
ぷにぷにの手をグーパーする
(……できる、こと)
「……すーぷ」
ぽつりと、声が出た。
「スープ?」
お母さんが微笑む。
「エルくん、スープ好きだったわね」
私は大きく頷く。
「……える、げんき、なる」
お母さんとお父さんは、
顔を見合わせてからゆっくり頷いた。
「いいわ」
「じゃあ、一緒に作りましょう」
「りぃの役割も、ちゃんと考えよう」
***
鍋が出る。
野菜が並ぶ。
いつものあの景色。
でも今日はちょっと違う。
私は椅子の上から鍋を見る。
(……ゆっくり)
火は弱め。
音は静か。
「どう?」
「……まだ」
「そっか」
お母さんは、ちゃんと待ってくれる。
しばらくすると、匂いがやわらかくなった。
(……いま)
「……いま」
「いい匂いね」
お母さんが小さく笑う。
それから、いつもみたいに料理ができていく。
でも、今日はいつも通りには作らない。
塩はほんの少し。
香草も控えめ。
「熱があるときはね。
刺激が少ないほうがいいの」
いつも通りじゃないレシピ
エルの今を考えた作り方
私はそれを全部覚える。
(……える)
出来上がったスープは、
いつもより少し薄い。
でも、あたたかい。
私は小さな容器を、両手で持つ。
(……とどける)
***
エルの家の前。
扉が開いて、エルのお母さんが顔を出す。
「あら……りぃちゃん」
私は、一生懸命容器を差し出す。
「……すーぷ。える、げんき、なる」
私がそう言うと「ちょっと待っててね」と、エルのお母さんが家の奥へと引っ込んだ。
少しして、部屋の中から声がした。
「……りぃ?」
かすれた、でもちゃんと聞こえる声。
部屋へ案内されると、
エルは布団の中からこちらを見ていた。
「来てくれたんだ」
私はこくん、と頷いた。
「……つかれた……かくす、だめ」
エルは、一瞬驚いた顔をしてから
ゆっくり、笑った。
「……うん。バレてたか」
それから作ってきたスープを、
エルは座って飲んだ。
ふー、ふーといつもより慎重に飲んでいたけど、昨日みたいな変な顔をしていなかった。
今日のスープはいつものスープじゃないけど、エルのためのスープだってわかってくれてるみたいな優しいエルの顔だった。
「おいしい」
「……うん」
スープを飲むエルを私は、じっと見る。
(……あんしん)
「ありがとう、りぃ」
その言葉が、胸の奥にすとんと落ちた。
***
できないことは、
たくさんある。
でも。
大事な人のために、
考えて、気づいて、
動くことはできる。
それを私は今日、知った。
湯気の向こうで、エルが目を閉じる。
その顔は、少しだけ楽そうだった。
私は、それを見ることができて。
それだけで胸がいっぱいになった。
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