できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―

愛朱ひいろ

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20話「いつもと、ちがう」

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料理は特別なことじゃなくなった。

エルが来て、野菜を切って、
火を見て、匂いを確かめる。

私は横で音を聞いて、
湯気を見て、
首をかしげる。

できないことは相変わらず多い。

包丁は持てないし、鍋も運べない。

――それでも

「今、どう?」

「……まって」

「そっか」

そんなやり取りが、
当たり前みたいに続いていった。

一日じゃなくて。
三日でもなくて。
気づいたら、
一ヶ月くらい。

料理もエルも、
私の中で“日常”になっていた。

***

その日もいつも通りだった。

エルは籠を持ってきて台所に立つ。

「今日は、これ使おうか」

野菜の色。
切り方。
声の調子。

いつも通り……の、はずだった。

(……あれ?)

包丁の音が少しだけ、速い。

トントン、ではなくて、
トン、トン、トン。

(……はやい)

私は椅子の上で、
ぶらぶらさせている足を止める。

エルはこちらを見ない。

「次、どう思う?」

そう聞かれて、私は鍋を見る。

匂い。
音。
火。

(……ちがう)

「……まだ」

「え?」

一瞬、エルの手が止まる。

「いつも、ここでいいって」

「……まだ」

エルは、口をキュッとしてから
「そっか」と、少しだけ笑った。

「じゃあ、もうちょっと待とう」

そう言いながら、
火はほんの少しだけ強いままだった。

私は、胸の奥がざわっとする。

(……いつもとちがう)

***

出来上がったスープは、失敗じゃなかった。

食べられる。
おいしい。

でも。

(……ちがう)

エルもスプーンを口に運んで、
一瞬だけ、眉を寄せた。

「……あれ?今日、ちょっと違うな。
まあ、いいか」

そう言って、
それ以上は言わなかった。

***

後片付けの途中。

エルは椅子に座って、
少しだけ、肩を落とした。

気になって声をかけると、
すぐに顔を上げる。

「大丈夫」

笑う。
いつもの顔。

でも。

(……いつも、……じゃない)

そう思ったけど、
その日は、それで終わった。

エルは帰って、
台所は静かになって、
鍋も片付いた。

私はベンチに座って、
夕方の空を見る。

(……える)

今日は最後まで、
私を見なかった。

(……つかれてる)

それを言わなかった。
“大丈夫”って言っていた。

それが、胸の奥でひっかかっていた。

できないことは、変わらない。

でも。

見て、
気づいて、
待つことは、
できる。

(……つぎ)

次は、きっと。

その“次”が、何なのか。

まだ、分からないまま。

私は、静かにエルの帰った道を見ていた。
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