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第5章 聖女の価値は 魔女の役目は
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そう、自分には味方など一人もいなかった。だからこそ、今唯一、自分の味方でいてくれるアネットを大切にしなくては。そう思った。
『どうせ下を向くなら、きれいな花を見た方が幸せになれますよ』
俯き加減のリュシアンに、アネットはそう言った。
『リュシアン様が誰より頑張っていらっしゃること、私は知っています。どうか自信を持って下さい』
彼女だけが、そう言ってくれた。彼女といると温かかった。心が軽くなった。なんて優しくて清らかな女性なんだろうと、思った。
だからこそアネットがどれほど聖女に相応しいか、大司教にも父にも重臣達にも説いて回った。彼女以外が聖女であるなど、考えられない。自分の側にいるのが彼女以外の女であるということも、考えられない。
そうしてアネットが次期聖女で、次期王妃である道を作ったというのに……誰もそのことを喜ばない。リュシアンが彼女のために奔走することすら、許さない。
「何故なんだ……私は……!」
握りしめたペンがメキメキと悲鳴を上げている。このまま折ってしまっても構わない。そんな気になったその時、まるで咎めるようにノックの音が響いた。
「……誰だ」
「セルジュです」
一転して、リュシアンの手からペンが転がり落ちた。
だがすぐに取り直した。先ほど、セルジュが側に控えていなかったことを咎めたのはリュシアン自身だ。セルジュは本来の役目に戻って来たのだ。
「……入れ」
努めて平静を装って言うと、セルジュが静かに入ってきた。いつもと同じように恭しく頭を下げ、リュシアンから発言を許されるのを待っている。
「……手伝いとやらは終わったのか?」
「はい。お側を離れまして、申し訳ございません」
その慇懃な様子が、リュシアンの中の不安や猜疑心をかき立てた。
「セルジュ、色々と聞きたいことがある」
「何なりと」
まるで予想していたように、すらすらとセルジュは答えた。リュシアンは、言ったん息をつき、尋ねることをまとめようとした。
「……いつから、大司教様のお手伝いを?」
「今回のレティシアの件で、ということでしたら……卒業セレモニーの後からです」
言われてみれば、ちょうどその頃からセルジュが側を離れる機会が増えた。
「何故、大司教様と……?」
「殿下の為……それ以外に何の理由がありましょうか」
「私のためと言うなら、何故私に隠していた」
「殿下のあずかり知らない諸事も、数え切れないほどあります。それらが殿下の進む道の妨げとならないようにすることも、私の役目なのです」
セルジュはためらいなく、そう告げた。それでもまだ、釈然としない様子を隠せないリュシアンに、セルジュは続けて言った。
「殿下、私が忠誠を誓うのはあなた様だけ。殿下がどれほど私をお疑いになられようとも、それが揺らぐことはありません」
「何故、そう言い切れる?」
「私がリール公爵の実子ではない……拾い子であることは、もはや周知のことでした。そのことで両親が謂れな嘲笑を受けぬよう、子供ながらに力をつけたつもりでした。だが、何も変わらなかった。結局は私は『拾い子』でありながら、大貴族の子女である人間達の立場を脅かす卑しい者でしかなかった。それを、あなたが変えてくれた」
リュシアンは首を傾げた。セルジュがこれほど強く言い切るようなことを、自分がしただろうか。リュシアンの記憶には、なかった。
「あなた様にとっては、些末なことだったのかも知れません。ですが私は、覚えています」
『血筋が何だ。私に必要なのは優れた人物……お前のような、知勇共に優れた者だ。お前こそ、私の側近に相応しい。だからお前は、これから先ずっと、私のことを支えるのだ』
「……そう、仰いました」
「子供の頃に言ったことだ」
「子供でも、あなた様は本気でした。私にはわかります。だから私も、本気でそのお言葉に答えました。今もこれからも……答え続けていくつもりです」
その言葉に嘘はないだろうと、思えた。根拠などはないが。
「私は……お前の妹を貶めたぞ」
「妹は、もうそのことを気に留めていません」
「私のやることは、すべて失策だと嘲笑されるかも知れないぞ」
「善政に変えるのが我々の役目です」
「……そうか。だが……」
セルジュの言葉は、力強かった。リュシアンの不安を消し、背中を押そうとしている。
だが、その力強さを嬉しく思う度に、リュシアンの脳裏にあの時の声が甦る。
先日、教会で聞いたあの会話――アネットと誰か男が、二人きりで交わしていたあの会話が。あの会話の男は、何度考えても……
「セルジュ、お前は……」
「はい」
「お、お前は……!」
『どうせ下を向くなら、きれいな花を見た方が幸せになれますよ』
俯き加減のリュシアンに、アネットはそう言った。
『リュシアン様が誰より頑張っていらっしゃること、私は知っています。どうか自信を持って下さい』
彼女だけが、そう言ってくれた。彼女といると温かかった。心が軽くなった。なんて優しくて清らかな女性なんだろうと、思った。
だからこそアネットがどれほど聖女に相応しいか、大司教にも父にも重臣達にも説いて回った。彼女以外が聖女であるなど、考えられない。自分の側にいるのが彼女以外の女であるということも、考えられない。
そうしてアネットが次期聖女で、次期王妃である道を作ったというのに……誰もそのことを喜ばない。リュシアンが彼女のために奔走することすら、許さない。
「何故なんだ……私は……!」
握りしめたペンがメキメキと悲鳴を上げている。このまま折ってしまっても構わない。そんな気になったその時、まるで咎めるようにノックの音が響いた。
「……誰だ」
「セルジュです」
一転して、リュシアンの手からペンが転がり落ちた。
だがすぐに取り直した。先ほど、セルジュが側に控えていなかったことを咎めたのはリュシアン自身だ。セルジュは本来の役目に戻って来たのだ。
「……入れ」
努めて平静を装って言うと、セルジュが静かに入ってきた。いつもと同じように恭しく頭を下げ、リュシアンから発言を許されるのを待っている。
「……手伝いとやらは終わったのか?」
「はい。お側を離れまして、申し訳ございません」
その慇懃な様子が、リュシアンの中の不安や猜疑心をかき立てた。
「セルジュ、色々と聞きたいことがある」
「何なりと」
まるで予想していたように、すらすらとセルジュは答えた。リュシアンは、言ったん息をつき、尋ねることをまとめようとした。
「……いつから、大司教様のお手伝いを?」
「今回のレティシアの件で、ということでしたら……卒業セレモニーの後からです」
言われてみれば、ちょうどその頃からセルジュが側を離れる機会が増えた。
「何故、大司教様と……?」
「殿下の為……それ以外に何の理由がありましょうか」
「私のためと言うなら、何故私に隠していた」
「殿下のあずかり知らない諸事も、数え切れないほどあります。それらが殿下の進む道の妨げとならないようにすることも、私の役目なのです」
セルジュはためらいなく、そう告げた。それでもまだ、釈然としない様子を隠せないリュシアンに、セルジュは続けて言った。
「殿下、私が忠誠を誓うのはあなた様だけ。殿下がどれほど私をお疑いになられようとも、それが揺らぐことはありません」
「何故、そう言い切れる?」
「私がリール公爵の実子ではない……拾い子であることは、もはや周知のことでした。そのことで両親が謂れな嘲笑を受けぬよう、子供ながらに力をつけたつもりでした。だが、何も変わらなかった。結局は私は『拾い子』でありながら、大貴族の子女である人間達の立場を脅かす卑しい者でしかなかった。それを、あなたが変えてくれた」
リュシアンは首を傾げた。セルジュがこれほど強く言い切るようなことを、自分がしただろうか。リュシアンの記憶には、なかった。
「あなた様にとっては、些末なことだったのかも知れません。ですが私は、覚えています」
『血筋が何だ。私に必要なのは優れた人物……お前のような、知勇共に優れた者だ。お前こそ、私の側近に相応しい。だからお前は、これから先ずっと、私のことを支えるのだ』
「……そう、仰いました」
「子供の頃に言ったことだ」
「子供でも、あなた様は本気でした。私にはわかります。だから私も、本気でそのお言葉に答えました。今もこれからも……答え続けていくつもりです」
その言葉に嘘はないだろうと、思えた。根拠などはないが。
「私は……お前の妹を貶めたぞ」
「妹は、もうそのことを気に留めていません」
「私のやることは、すべて失策だと嘲笑されるかも知れないぞ」
「善政に変えるのが我々の役目です」
「……そうか。だが……」
セルジュの言葉は、力強かった。リュシアンの不安を消し、背中を押そうとしている。
だが、その力強さを嬉しく思う度に、リュシアンの脳裏にあの時の声が甦る。
先日、教会で聞いたあの会話――アネットと誰か男が、二人きりで交わしていたあの会話が。あの会話の男は、何度考えても……
「セルジュ、お前は……」
「はい」
「お、お前は……!」
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