136 / 170
第5章 聖女の価値は 魔女の役目は
29
しおりを挟む
幼い頃から、リュシアンの周囲には人が集まった。それは彼が王妃の子であり、次期王位継承権を得るだろうと考えられていたからだ。
彼自身の魅力や能力ではなかった。
本当に実力と人望を併せ持つ人物を、リュシアンは知っていた。6つ年上の兄……第一王子エルネストだ。
リュシアンにとって兄は、眩しい存在だった。何でもできて、優しくて、理想の王とはこういう人物を指すのだろうと思っていた。
だけど年を経るにつれ、眩しい存在は大きな壁に変わっていった。
昔は目を輝かせてすごいと言っていたことが、自分が乗り換えられない目標として立ちはだかる。そしてリュシアンは兄には敵わないと、誰もが口にする。
自分は兄と比べて劣っている。だけどそれを認めることは許されず、少しでも勝るようにと言われ、できなければ更に失望される。そんなことの繰り返しだった。
そしてもう一人、リュシアンに常に重圧をかける人物がいた。
婚約者であるレティシア・ド・リールだ。
宰相の娘であり、聖女の資質を幼い頃から持ち合わせていた少女。初めて会ったのは、物心ついて間もない頃だった。
とても、可愛い少女だった。それは覚えていた。
レティシアは可愛いばかりでなく頭も良く、好奇心も強く、そして物怖じしない。いつも先に立って手を引くのはレティシアの方だった。レティシアの導きに従って、楽しくないことなどなかった。
そんな彼女が、兄ではなく自分の婚約者だということが、誇らしかった。
だけど、彼女も兄と同じだった。
眩しくて、リュシアンよりもずっと優秀で、いつも高い壁となって立ちはだかった。
二人は憧れだった。だが、怖かった。側にいると、自分がとてもちっぽけで何も出来ない、取るに足らない存在なのだと知らしめられているようだった。
そんな時、リュシアンは殺されかけた。慕っていた兄によって。
外国の賓客も招いたパーティーで、出席者全員が倒れる大惨事が起こり、母に続いてリュシアンも高熱で生死の境を彷徨う事態に陥ったのだ。
幸い、医師の尽力によって命はとりとめた。だが高熱から解放されて目覚めても、少しも心は晴れやかではなかった。
兄エルネスト王子が、『病死』していたからだ。
母やリュシアンは昔から病弱だった。だが兄は壮健だった。リュシアンや母が峠を越えたというのに、兄があの病を乗り越えられなかったなど、考えられなかった。
何よりも、その死んだ兄の遺体に対面することが出来なかった。
きっとどこかに隠しているに違いない。そう思って王宮中を探し回っていたリュシアンの耳に、一つの信じがたい話が飛び込んできた。
兄エルネストは、母とリュシアンの暗殺を謀って料理に毒を盛った罪で死罪になったのだと。
何がどうなっているのか、まるで理解できなかった。
兄は優れた人。知性・武芸だけじゃなく、人格も揃った自慢の兄だった。その兄が、自分を……弟を殺そうと毒を盛った。
だが王族がそんな罪を犯したなど公表できるわけがない。だから『病死』ということにしたのだ、と――貴族達が話していた。
信じられるわけがなかった。何よりも、信じたくなかった。兄から疎まれていたなど信じたくない。兄がそんな人だと言うことも信じたくない。
恐れ、悲しみ、疑念、憎しみ……色々な感情がリュシアンの中に溢れて、どうすればいいかわからなくなった。気を抜くと、兄を憎んでしまいそうで怖かった。
そんな時、寄り添おうとしてくれたのは婚約者のレティシアだった。そのことを喜んでいたのは本当だ。だけど彼女の言葉を聞いた瞬間、まったく真逆の思いが湧き起こった。
『エルネスト王子とは、素晴らしいお方だったのですね』
レティシアは、そう言った。
――素晴らしい? 本当に、そうなのか? 彼女は兄の何を褒めているんだろう? 会ったこともないはずなのに。それなのに、自分に毒を盛った人物を、どうして『素晴らしい』などと褒め称えるのだ?
よくよく考えれば、レティシアがエルネスト王子が死罪になったなど、知るはずもなかった。
だが結局は、そのことがきっかけでレティシアすらも信じられなくなった。兄の噂しか知らないくせに色めき立つようなくだらない女だったんだと、そう思ったのだった。
リュシアンの味方など、最初から一人もいなかったのだ。
彼自身の魅力や能力ではなかった。
本当に実力と人望を併せ持つ人物を、リュシアンは知っていた。6つ年上の兄……第一王子エルネストだ。
リュシアンにとって兄は、眩しい存在だった。何でもできて、優しくて、理想の王とはこういう人物を指すのだろうと思っていた。
だけど年を経るにつれ、眩しい存在は大きな壁に変わっていった。
昔は目を輝かせてすごいと言っていたことが、自分が乗り換えられない目標として立ちはだかる。そしてリュシアンは兄には敵わないと、誰もが口にする。
自分は兄と比べて劣っている。だけどそれを認めることは許されず、少しでも勝るようにと言われ、できなければ更に失望される。そんなことの繰り返しだった。
そしてもう一人、リュシアンに常に重圧をかける人物がいた。
婚約者であるレティシア・ド・リールだ。
宰相の娘であり、聖女の資質を幼い頃から持ち合わせていた少女。初めて会ったのは、物心ついて間もない頃だった。
とても、可愛い少女だった。それは覚えていた。
レティシアは可愛いばかりでなく頭も良く、好奇心も強く、そして物怖じしない。いつも先に立って手を引くのはレティシアの方だった。レティシアの導きに従って、楽しくないことなどなかった。
そんな彼女が、兄ではなく自分の婚約者だということが、誇らしかった。
だけど、彼女も兄と同じだった。
眩しくて、リュシアンよりもずっと優秀で、いつも高い壁となって立ちはだかった。
二人は憧れだった。だが、怖かった。側にいると、自分がとてもちっぽけで何も出来ない、取るに足らない存在なのだと知らしめられているようだった。
そんな時、リュシアンは殺されかけた。慕っていた兄によって。
外国の賓客も招いたパーティーで、出席者全員が倒れる大惨事が起こり、母に続いてリュシアンも高熱で生死の境を彷徨う事態に陥ったのだ。
幸い、医師の尽力によって命はとりとめた。だが高熱から解放されて目覚めても、少しも心は晴れやかではなかった。
兄エルネスト王子が、『病死』していたからだ。
母やリュシアンは昔から病弱だった。だが兄は壮健だった。リュシアンや母が峠を越えたというのに、兄があの病を乗り越えられなかったなど、考えられなかった。
何よりも、その死んだ兄の遺体に対面することが出来なかった。
きっとどこかに隠しているに違いない。そう思って王宮中を探し回っていたリュシアンの耳に、一つの信じがたい話が飛び込んできた。
兄エルネストは、母とリュシアンの暗殺を謀って料理に毒を盛った罪で死罪になったのだと。
何がどうなっているのか、まるで理解できなかった。
兄は優れた人。知性・武芸だけじゃなく、人格も揃った自慢の兄だった。その兄が、自分を……弟を殺そうと毒を盛った。
だが王族がそんな罪を犯したなど公表できるわけがない。だから『病死』ということにしたのだ、と――貴族達が話していた。
信じられるわけがなかった。何よりも、信じたくなかった。兄から疎まれていたなど信じたくない。兄がそんな人だと言うことも信じたくない。
恐れ、悲しみ、疑念、憎しみ……色々な感情がリュシアンの中に溢れて、どうすればいいかわからなくなった。気を抜くと、兄を憎んでしまいそうで怖かった。
そんな時、寄り添おうとしてくれたのは婚約者のレティシアだった。そのことを喜んでいたのは本当だ。だけど彼女の言葉を聞いた瞬間、まったく真逆の思いが湧き起こった。
『エルネスト王子とは、素晴らしいお方だったのですね』
レティシアは、そう言った。
――素晴らしい? 本当に、そうなのか? 彼女は兄の何を褒めているんだろう? 会ったこともないはずなのに。それなのに、自分に毒を盛った人物を、どうして『素晴らしい』などと褒め称えるのだ?
よくよく考えれば、レティシアがエルネスト王子が死罪になったなど、知るはずもなかった。
だが結局は、そのことがきっかけでレティシアすらも信じられなくなった。兄の噂しか知らないくせに色めき立つようなくだらない女だったんだと、そう思ったのだった。
リュシアンの味方など、最初から一人もいなかったのだ。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄された聖女様たちは、それぞれ自由と幸せを掴む
青の雀
ファンタジー
捨て子だったキャサリンは、孤児院に育てられたが、5歳の頃洗礼を受けた際に聖女認定されてしまう。
12歳の時、公爵家に養女に出され、王太子殿下の婚約者に治まるが、平民で孤児であったため毛嫌いされ、王太子は禁忌の聖女召喚を行ってしまう。
邪魔になったキャサリンは、偽聖女の汚名を着せられ、処刑される寸前、転移魔法と浮遊魔法を使い、逃げ出してしまう。
、
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです
ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」
宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。
聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。
しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。
冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。
【完結】王太子に婚約破棄され、父親に修道院行きを命じられた公爵令嬢、もふもふ聖獣に溺愛される〜王太子が謝罪したいと思ったときには手遅れでした
まほりろ
恋愛
【完結済み】
公爵令嬢のアリーゼ・バイスは一学年の終わりの進級パーティーで、六年間婚約していた王太子から婚約破棄される。
壇上に立つ王太子の腕の中には桃色の髪と瞳の|庇護《ひご》欲をそそる愛らしい少女、男爵令嬢のレニ・ミュルべがいた。
アリーゼは男爵令嬢をいじめた|冤罪《えんざい》を着せられ、男爵令嬢の取り巻きの令息たちにののしられ、卵やジュースを投げつけられ、屈辱を味わいながらパーティー会場をあとにした。
家に帰ったアリーゼは父親から、貴族社会に向いてないと言われ修道院行きを命じられる。
修道院には人懐っこい仔猫がいて……アリーゼは仔猫の愛らしさにメロメロになる。
しかし仔猫の正体は聖獣で……。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
・ざまぁ有り(死ネタ有り)・ざまぁ回には「ざまぁ」と明記します。
・婚約破棄、アホ王子、モフモフ、猫耳、聖獣、溺愛。
2021/11/27HOTランキング3位、28日HOTランキング2位に入りました! 読んで下さった皆様、ありがとうございます!
誤字報告ありがとうございます! 大変助かっております!!
アルファポリスに先行投稿しています。他サイトにもアップしています。
召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。
SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない?
その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。
ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。
せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。
こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる