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第6章 聖大樹の下で
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「教会は絶対不可侵。例え重臣達であろうと、国王であろうと、教会の行うことに口出しも手出しも出来ない。それが、この国が開かれた当初からの決まりだ」
国王はそう、苦い表情で告げた。
「そんなことを言っている場合では……! ここまでご自身で言っているのですよ」
「お前よりもあの方のことはわかっているつもりだ。国政乗っ取りだと詰め寄っても、若き国王を助ける所存だと言うに違いない」
「レティシアのことは!?」
「『魔女』の噂が出回っている危険な身の上ゆえに保護した……そう言われるだろうな。そして、我々はそれを飲み込まねばならないのだ」
「馬鹿な……」
アベルが拳を卓に叩きつける。皆がビクッと身を震わせても、アベルはその憤りを引っ込めるつもりはなかった。
「ここでお前が怒ったところでどうにもならん。何か、ないのか? 国政への関与ではなく、教会の威信に関わるような何かが……!」
国王自身が、信じられないほど不穏な言葉を口にしたが、咎め立てする者はいなかった。代わりに、期待の目をアベルに向けている。
調子の良いものだと思いながらも、アベル自身も頭を捻っている。何か、ないのかと。
誰も声を発しなくなったその時、バタン、と荒々しく扉が開いた。見ると、衛兵が引き留めるのを振り払いながら、アネットが駆け込んできていた。
「アネット嬢、どうした?」
国王の問いに答えず、アネットは重臣達を睨み据えて叫ぶ。
「どうして誰も助けないんですか!」
「……何のことかな」
「レティシア様です! 危ないってもうわかっているんでしょう? 誰のせいかもわかっているんでしょう? それなのにどうして、何もしようとしないんですか!」
何を意味しているのか、誰もが皆わかっていた。だからこそ、何も答えられなかった。
聖女とはいえ平民出身のアネットに無礼だと言う者すら、いなかった。
それまで追求されていたにも拘わらず、セルジュが、宥めるようにアネットに近寄った。
「アネット嬢、話を聞いていたのでしょう。ならば、迂闊に動けない理由もおわかりのはずですが」
「そんなの、人の命に比べたら何だって言うんですか! 口先であれこれ言って負かしても、大切な人が一人死んでしまえば何にもならないでしょう!」
「困った人だ……」
「それはあなたです、セルジュ様! 危険なのはレティシア様なんですよ! あなたの妹なんですよ! どうしてそんな暢気にしていられるの! 私よりも、ずっと妹として可愛がってきた人なのにどうして……!」
「待て。今の言葉は、どういう意味だ?」
国王の鋭い声が飛んだ。アネットは、余計なことを口にしたと気付いたようだが、もう遅かった。
四方から、追求の視線が飛んでくる。
どう答えたら良いのか、アネットが戸惑っていると、別の声が聞こえた。
『だが、私にとってはアネットの方がふさわしいのだよ。聖女としての、神聖術以外の条件がすべて揃っているのは、あの子の方だ』
また、聞こえた。この場にいる誰のものでもない、大司教の声だ。
「アネット嬢、もしや……リュシアン殿下から何か受け取りましたか?」
「は、はい。これを……」
アネットが、胸元から小さな石を取り出した。魔力を帯びているのか、ほんのり光っている。
声は、その石から聞こえていた。
『……そうですね。レティシアは、聖女としても役目はこなすでしょうが、あなたの望む傀儡にはなり得ないでしょう』
次に聞こえたのは、セルジュの声だ。皆から視線を向けられ、セルジュは苦笑いを浮かべた。
「お察しの通り、これもまた、あの方がお話しされていたことです。先ほどのものと同様、これはエルネスト王子が作られた魔石であり、私がもつこの魔石とだけ、声を送り合うことが出来るのです。まだ試作段であったため、声が届くのが一両日もかかったりと問題が多いですが」
アネットの横で、セルジュが胸元から魔石を取り出してひらひらと見せていた。二つは似た色と形をしている。
アベルにとっては、見覚えのあるものだった。
「お前も、まだ持っていてくれたか……セルジュ」
セルジュは小さく笑うだけで、否定しなかった。
「つまり、今聞こえているこの話は、お前が直に聞き、この片割れの石に送ったものなんだな」
「勝手に送られているだけですよ。ただし、私が直に聞いたという点は、否定のしようもありません」
セルジュとアベルのやりとりの間も、声の応酬は続いていた。大司教とセルジュ、二人の不穏な空気を漂わせた会話が。
『そう、子だ。私の血が流れたお世継ぎが、生まれれば……!』
国王はそう、苦い表情で告げた。
「そんなことを言っている場合では……! ここまでご自身で言っているのですよ」
「お前よりもあの方のことはわかっているつもりだ。国政乗っ取りだと詰め寄っても、若き国王を助ける所存だと言うに違いない」
「レティシアのことは!?」
「『魔女』の噂が出回っている危険な身の上ゆえに保護した……そう言われるだろうな。そして、我々はそれを飲み込まねばならないのだ」
「馬鹿な……」
アベルが拳を卓に叩きつける。皆がビクッと身を震わせても、アベルはその憤りを引っ込めるつもりはなかった。
「ここでお前が怒ったところでどうにもならん。何か、ないのか? 国政への関与ではなく、教会の威信に関わるような何かが……!」
国王自身が、信じられないほど不穏な言葉を口にしたが、咎め立てする者はいなかった。代わりに、期待の目をアベルに向けている。
調子の良いものだと思いながらも、アベル自身も頭を捻っている。何か、ないのかと。
誰も声を発しなくなったその時、バタン、と荒々しく扉が開いた。見ると、衛兵が引き留めるのを振り払いながら、アネットが駆け込んできていた。
「アネット嬢、どうした?」
国王の問いに答えず、アネットは重臣達を睨み据えて叫ぶ。
「どうして誰も助けないんですか!」
「……何のことかな」
「レティシア様です! 危ないってもうわかっているんでしょう? 誰のせいかもわかっているんでしょう? それなのにどうして、何もしようとしないんですか!」
何を意味しているのか、誰もが皆わかっていた。だからこそ、何も答えられなかった。
聖女とはいえ平民出身のアネットに無礼だと言う者すら、いなかった。
それまで追求されていたにも拘わらず、セルジュが、宥めるようにアネットに近寄った。
「アネット嬢、話を聞いていたのでしょう。ならば、迂闊に動けない理由もおわかりのはずですが」
「そんなの、人の命に比べたら何だって言うんですか! 口先であれこれ言って負かしても、大切な人が一人死んでしまえば何にもならないでしょう!」
「困った人だ……」
「それはあなたです、セルジュ様! 危険なのはレティシア様なんですよ! あなたの妹なんですよ! どうしてそんな暢気にしていられるの! 私よりも、ずっと妹として可愛がってきた人なのにどうして……!」
「待て。今の言葉は、どういう意味だ?」
国王の鋭い声が飛んだ。アネットは、余計なことを口にしたと気付いたようだが、もう遅かった。
四方から、追求の視線が飛んでくる。
どう答えたら良いのか、アネットが戸惑っていると、別の声が聞こえた。
『だが、私にとってはアネットの方がふさわしいのだよ。聖女としての、神聖術以外の条件がすべて揃っているのは、あの子の方だ』
また、聞こえた。この場にいる誰のものでもない、大司教の声だ。
「アネット嬢、もしや……リュシアン殿下から何か受け取りましたか?」
「は、はい。これを……」
アネットが、胸元から小さな石を取り出した。魔力を帯びているのか、ほんのり光っている。
声は、その石から聞こえていた。
『……そうですね。レティシアは、聖女としても役目はこなすでしょうが、あなたの望む傀儡にはなり得ないでしょう』
次に聞こえたのは、セルジュの声だ。皆から視線を向けられ、セルジュは苦笑いを浮かべた。
「お察しの通り、これもまた、あの方がお話しされていたことです。先ほどのものと同様、これはエルネスト王子が作られた魔石であり、私がもつこの魔石とだけ、声を送り合うことが出来るのです。まだ試作段であったため、声が届くのが一両日もかかったりと問題が多いですが」
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アベルにとっては、見覚えのあるものだった。
「お前も、まだ持っていてくれたか……セルジュ」
セルジュは小さく笑うだけで、否定しなかった。
「つまり、今聞こえているこの話は、お前が直に聞き、この片割れの石に送ったものなんだな」
「勝手に送られているだけですよ。ただし、私が直に聞いたという点は、否定のしようもありません」
セルジュとアベルのやりとりの間も、声の応酬は続いていた。大司教とセルジュ、二人の不穏な空気を漂わせた会話が。
『そう、子だ。私の血が流れたお世継ぎが、生まれれば……!』
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