都市街下奇譚

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二十一夜目『話し相手』

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気がつくと何時も同じ場所で、同じ相手と同じような会話をしている。それがあまりにも頻繁に繰り返されていると、いつの間にかその繰り返しの違和感すら感じなくなってしまう。喫茶店『茶樹』に来る度に、客足が途切れる事は普通なのだろうか。普段は女性客や学生やで賑わい席もない筈なのに、自分が訪れるとプツリと客足が途絶える一瞬が訪れる。店主だけでなく普段は表にあまり顔を出さない調理師迄が顔出して、世にも奇妙な物語を語り出す。そんなことが繰り返されるのは偶然なのだろうかと、揺れる珈琲に写りこんだ顔を見つめる。

どうかしましたか?

マスターの久保田が自分の様子に、訝しげに声をかけるのに自分は思い出したように視線をあげた。久保田の顔を見つめ、何でこんな風に話すようになったか最初は何だっただろうかと考える。



※※※



「時々誰かに無性に話したくなる事ってないか?」

唐突にそんな問いかけをされて、戸惑いながら相手の顔を眺める。相手は職場の同僚だが、自分とそれほど親密な仲と言うわけでもない。そんな相手にそんな問いかけをされても、自分はなんと返答するのが適当なのか判断に困る。

「俺、時々あるんだよ。そういうこと。」

そうなんだと答えると、そうなんだよと改めて自分に言うように相手が呟く。しかし、何をそんなに無性に話したくなるのか、親密でもない自分には全く想像もできないのだ。相手は一人で何でかなぁと呟いて、思い出したように自分の顔を眺める。

「相手がお前だからかな?」

え?と自分の口から溢れた戸惑いの声に、相手は勝手に一人で納得したみたいに頷いた。いや、一人で勝手に納得して、勝手に相手にされて話されても困ると心の中で呟く。その思いは顔からでは伝わりもしないのだろう、相手はそうだよ、お前だからなんだよなと勝手な事を言い続けている。

「だってさ、お前の顔見てると話しておいた方が言いかなって考えるんだよな。」

顔と言われても、別段自分の顔は他の人間と変わりのないモノしかついていない。目が三つ有るわけでもないし、鼻も口も別段特殊な形も色もしていないのだが。話され顔なんて話しは、生まれてから一度も聞いたこともない。なのに、目の前の相手は納得した様子で、勝手にそうかそうかと話を進めている。

こいつ、こんなに話の通じない奴だったっけ?

心の中でそんな疑問に自分は首を傾げた。もう少し会話が成り立つ奴だと思っていたのに、目の前の相手は一人で勝手に話を進めて一人で納得している。

「でもさ、話したくなるってのは不思議だよな。」

だから、そう感じてるのはそっちの気分だけで、こっちは別段聞きたいとも思っていない。それを伝えるにはどうやって説明したらいいのか、自分にはうまい言葉が見つけれなくて黙りこんでしまう。それをどう理解したのか、相手は更に勝手に話を続け始めた。

「こうして見てると別に特別でもないんだけどな。お前の顔。」

それはそれで、結構失礼な言いぐさだと思う。人の顔を見てるとどうも話したくなる等と勝手なことを言い出した上に、人の顔を貶すのは如何なものか。

「でもなぁ、なんか話したくなるんだよ。」

溜め息をつきたくなってくる自分に、相手はニヤニヤと笑いながらお前得してるよなと突然言い始める。何が得なのかと問い返すと、相手はさも当然と言いたげに呆れたように口を開いた。

「だって、こうやって俺色々と話してやってるじゃないか。色々聞けてとくしてるだろ?」

ええ?これに付き合わされているのが得してる?正直な事を言わせてもらえるなら、ハッキリ言って迷惑の部類なのだ。勝手に人の顔を見ると話したくなるなんて言い出され、勝手に話し初めた上に、人の顔がどうこうと言い出す始末。しかも、こちらからの会話は今一つ伝わっていないから、付き合わされているのが得してる等と言われている。ここは、一つハッキリさせておかないと、この後の付き合いのしかたも考えないとならない。悪いけどと口に出した途端、相手は分かってるよと言いたげに頷いた。

「大丈夫だよ、聞かせてやりたいと思って話してるんだしな、お前が罪悪感を感じる必要はない。」

罪悪感?何で自分が罪悪感を感じるんだ?と首を捻る。しかし、相手は相変わらず勝手にその顔を解釈して、勝手に一人で納得した。

「お前だけが得してるのは、俺の善意なんだからな。」

そこか?!相手の話で自分は絶対得をしているという前提で、相手が話し続けていたのに改めて愕然とする。人並みに会話が成立しない場合、どうやって相手に迷惑だと伝えるのだろうかと自分は眉を潜めた。本当に相手は自分の顔や言動から、自分が喜んで聞いていると感じているのだろうかと相手の顔を伺う。さっきから全然違う捉え方をされているのだが、もしかして自分の顔は相手にそう捉えられる表情をしているのかと思わず頬に手を触れる。顔がと言われるが相手が話したくなる顔とは、自分のどんな表情の事をいうのかと考え込む。

「そんな顔しなくても、心配するなよ。」

心配はしていない、考えているだけだ。そう考える自分の顔を見た相手が慰めるように、そんなに気にするなよと肩を叩く。

「安心しろって、話してやるからさ。」

否、話して欲しいわけではない、ただ自分の顔が今どんな表情をしているのかが知りたい。相手に話をさせたくなる顔がどんなものか分かったら、その顔をしないように心がけたいのだ。とは言え相手に自分がその顔をしたら、カメラで撮ってくれでもないだろうが。

「だからな、話しておこうと思うんだ。」

その前に話したくなる表情ってのはどんなものだ。思わずそう問いかけた自分に、相手は心底呆れたように大きな溜め息をついた。

「だから、表情じゃなくて顔なんだって。」

顔?と聞き返すと相手は呆れ果てたと、また大きくわざとらしい溜め息を目の前で吐き出す。表情じゃなくて顔だとは、大概失礼ではないだろうか。しかも、別段特別でもないと扱き下ろしておいて、顔が話したくなると言われても何だか納得できない。

「顔は顔なんだから仕方ないだろ?」

いや、仕方ないで済まされたくない問題だ。顔のせいで話したくなる等と言われても、こっちの方が困る。つまりは自分がこの顔で有る限り、いつまでもこうやって相手から話しかけられるという意味だ。

「そこは、気にするなって。さっきから言ってるだろ。お前が得してるだけなんだし。」

堂々巡りし始めているが、正直聞きたいと思っていないし、得だとおもっていない。そう、ハッキリ口に出して言うと、相手は驚いたように目を丸くした。これでやっと伝わったのかと考えた瞬間、相手は自分の肩に手を置き溜め息混じりに諭すように口を開く。

「だから、安心しろって、俺の善意で話してやってるだけだから遠慮するなよ。」

駄目だった。伝わりかたがおかしいままで、相手の中では自分は話を遠慮していると変換されてしまった。誤変換にも程があるが、本当にそう考えているのだろうかと首を傾げる。さっきから何度も感じているのだが、この相手は前からこんなに話が通じない相手だったのだろうか。以前はもう少しまともに会話が成立していた筈だ。

何が起こっているのか、全然分からない。

頭の中でそう考えていると、相手は何故かまぁまぁと自分を宥め始めた。宥められる筋合いはないし、こんな会話をし続けるのもごめんだ。本気で話を中断させようとした瞬間、相手がそうだと思い出したように口を開いたのに黙りこむ。

「誰にも言うなよ?今までの話とは違うんだよ。お前にだけ話しておくから。」

そう突然神妙な顔をして言うから、思わず自分も黙りこんだまま先を待ってしまう。相手は今までが嘘のように思い詰めて、話すのに迷う様子を浮かばせる。

「これな、俺しか知らないんだけどさ……。」

顔色が少し青ざめ固く強ばった表情は、今までの暢気な気配とは違って話そうとすることが尋常ではないのだと思わせた。相手は何と話し出したらいいか、迷いながら言葉を選んでいる様子だ。

「この間の事なんだよ、一人で出掛けててさ。」

うんと先を促すように相槌をうち、同じく神妙な顔になって相手の様子を伺う。相手はどういう話をするつもりなのか、話し出しからでは全く想像もつかない。しかし、こんなに神妙な顔をして話し出したということは、それなりに難しい話なのかもしれない。口を挟むのもあれなので、ウンウンと頷き相槌を打つだけにとどめて先を促す。

「車でな、出掛けてたわけ。それでさ、山際の道知ってる?あの駅から真っ直ぐ行って。」

その説明に頭の中で駅前から続く大きな道を思い浮かべていく。恐らくそこの事だろうと算段をつけると、相手は戸惑うように押し黙った。先を続けないのかと問いかけると、相手は少し迷うように視線を落とす。どうしたんだと先を促しても、目の前の相手は唐突に黙ったまま一向に話し出そうとしない。何なんだと呆れながら相手に声をかけると、相手は戸惑うような顔をして唐突に立ち上がった。

「話せない、やっぱり駄目だ。」

突然そう相手は言うと、止める隙もない程の勢いで自分の目の前から姿を消す。呆然としていた自分は暫くして我に返ると、次第に腹が立ち始めたのに気がつく。一体なんだというんだ、最初に勝手に話したくなる顔だとか何とか言って、しかも話してやってるんだから得してるとか訳の分からない事を言ってきた。しかも、全然話が通じなくて勝手に一人で納得して話し出したかと思ったら、今度は話せないとはなんと言うことだ。一度ハッキリ文句を言ってやらなくてはと、腹立たしい気分で考えた瞬間。



※※※



ハッと我に帰ったんですよ。

自分が言うと久保田は何に気がついたんですか?と不思議そうに声をかける。グラスは磨き終わり珍しく何もしないで自分を眺めているのは、いつも動き回っているように見える久保田にしては珍しい。

いや、相手っていうのが誰だか分からないんです。

同僚だったのでは?と声をかけられて、自分の職業を言うと久保田が目を丸くした。自分にはどう考えても同業者はいても、同僚ができるような職業ではないのだ。同時に相手の名前も顔も分からず、説明することが出来ない。あんなに面と向かって話していたのに、顔が全く思い出せないのだ。

そこまでして話したかったのは何だったんでしょうね?

久保田にそう問いかけられて、その先を聞かなくてよかったのか聞いた方がよかったのか分からないでいる自分がいた。




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