都市街下奇譚

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二十二夜目続『禁止事項』

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目が覚めると一区画だけが分別されていた筈のゴミが半分に変わっていた。分別されたゴミは奇妙なほどに整理されて元あった場所の半分にしかならない。同じトレーが汚れもなく重なっているのは、一見すると正直工場の食材をのせる前のトレー置き場のようで気味が悪い。

なんなんだ、これ。

キレイになったことを喜んだらいいのか、気味が悪いと戦いたらいいのかが分からない。禁止事項の紙は燃えるゴミにでも入っているのか、今は見えないけれどその赤の『禁止事項』の文字が頭にちらつく。しかも、あのガキの死亡事故を起きて真っ先に見せられ、その続きは気に入らない芸人が警察に捕まったと言うニュースだった。自分でも信じられないとテレビを見つめて、そのまま唖然とその画面を眺めている。ゴミクズと考えたらこうなるなんて、まるで超能力みたいだ。そう考えたら唐突に、何故か自分が物語の主人公になったような気がしてきた。

俺が考えると、なんて、まるでヒーローみたいじゃないか。

四十路を過ぎてのそんな思考が、どれだけ見苦しいかは思考のすみにも浮かばない。浮かんだのは自分が褒め称えられる英雄のような姿だけだ。



※※※



六度目。
『禁止事項』の紙は家の中に、まるで積み上げられるようにして置かれていた。シワを伸ばして重ねられた姿は、恐らく自分が丸めたものだろう。下にあるテープで繋がれたやつは、もしかしてフロントガラスに糊付けされていたものだろうか。それが重ねられている下には、もっと沢山の同じ用紙がある。もしかして、今まで気がつかずに丸めていたのがあったのかもしれない。部屋の中は奇妙な分別の山で、最近は見たことのない反対側の部屋の壁が見える。ゴミの山が分別されてしまうと、こんなに嵩が減るなんて想像もできなかった。しかし、これを誰かが忍び込んでやるとは考えにくい。何しろ、もし泥棒だとしても、家の中の全く家電も金目のものにも手はつけられていないのだ。ただ、ゴミだけが分別されて仕分けされて、奇妙なコピー用紙の『禁止事項』が見える場所に残されてあるだけ。

ストーカー?

そんなことを今さらのように考えるが、そんな相手は全く検討もつかない。まさか、あの女が戻ってきてやっていたりしてと考えたが、大体にしてあの女がここいらに戻ってきたとして自分の居場所をどうやって知るのか検討も出来ないのだ。どちらにせよ、寝ている間にゴミだけが分別されてるだけだからと、矢根尾は溜め息混じりに考え込む。綺麗に片付きすぎて床が広く、座っていて落ち着かないのはどうしたものだろう。何気なく『禁止事項』を見下ろし、手に取った矢根尾は禁止事項の下に目を下ろしていた。

『禁止事項
禁止事項その一、ゴミの溜め込みは禁止します。
禁止事項その二、資源ゴミと可燃ゴミの混入は禁止します。
禁止事項その三、ゴミの予定日外の投棄を禁止します。』

別段特別なことなんて書いていなかった。途中まで読んでいる内に、奇妙な不安感が馬鹿馬鹿しくなっていくのがわかる。ゴミの禁止事項の用紙だったのだと気がついてしまったら、特別なことなんて何もない。そう考えたら目の前のゴミの山に、そんなにキチンと捨ててほしかったら分別だけでなく捨てろよと毒舌めいた言葉を投げつけていた。

明日は燃えるゴミの日だろ?燃えるゴミを持っていけよ!こんなにまとめる暇があるなら。

舌打ち混じりにそう思いながら、矢根尾は『禁止事項』のことを無視して布団に潜り込んでさっさと眠りについたのだった。
夢の中で禁止事項が、部屋の壁にデカデカとペンキで書かれているのを見た。誰が書いているのかはわからないが、禁止事項を守ろうとする何かがいるのは分かる。しかも、それは鍵なんて関係なく家に入り込めるし、その気になれば矢根尾に害を与えることだって容易い。それでも、何もしてこないのは、それは何時でもそうできるからだ。そう壁に書き込んでいるやつが耳元で囁くのを聞いて、矢根尾は夢の中から飛び起きていた。

動悸を感じながら矢根尾は薄暗い明け方の光の中で飛び起き、分別されたゴミの山と向かい合ったまま座り込む。ゴミは寝る前と何も変わらない様子でただ、部屋の片隅に分類されているだけだ。

今日は燃えるゴミの日だ。

頭の中にそう何かが囁きかけるのを、矢根尾は胸を手で鷲掴みにして見つめる。負けた訳じゃない、今目が覚めたから、気が向いただけだ。心の中で言い訳じみた声で何度もそういう自分に背を押されるように、矢根尾は震える手で燃えるゴミを両手にして階段を降りる。負けたわけではない、ただ気が向いてただタイミングがあっただけだ。
そらがその週何度か続いて結局部屋の中のゴミは一掃され、入居当初の姿を取り戻した部屋の中で矢根尾は戸惑いながら溜め息をついた。



※※※



綺麗な部屋が継続されるならまた話は違うのだろうが、矢根尾にそんな努力をするつもりなどあるわけがなく。また一ヶ月もしない内に部屋は、もとのゴミ屋敷に戻った。そして、再び『禁止事項』の髪が現れ初めて、同じように分別の山が出来上がり、夢を見て矢根尾が怖くなって捨てに行く。それが三度繰り返された。流石に四度目の矢根尾は『禁止事項』が舞い降りても、もうそれほど動揺しなくなっていたのだ。何しろ、ただゴミを分別されるだけで、他には何一つ害がないのだから怯える必要もない。そうしてなれると必ずもう一つ利便性が生まれないのかの考えてしまう。分別された山を眺めながら、矢根尾は面倒臭いなと考え込んでいた。

どうせ棄てるんだから、明日の燃えるゴミと明後日の燃えるゴミ位一緒に出しても分かんなくね?

分別されたゴミを見下ろしてそんなことを、独り言のように呟く。毎日朝早く起きてゴミを捨てるのが正直面倒臭いし、実際には何人か前の日の夜中の内にゴミを捨てるのだってやっているじゃないか。燃えるゴミと少し離して燃えないゴミを間違ったふりで捨てるのくらいたいしたことじゃない。そう考え始めると、その考えは至極よい案のような気がした。そうすれば明日は朝は、ゆっくり寝ていられるのだ。

よし、俺は間違っただけだ。わざとじゃない。

そう頭の中で言い訳のように繰り返して、燃えるゴミと燃えないゴミを両手にゴミ捨て場に向かう。当然のような顔で燃えるゴミを緑のネットに投げ込み、さりげなく少し離れた場所に燃えないゴミの袋を影になるように置く。そして何事もなかったかのような顔をして階段を上がると、部屋に戻って後ろ手にドアを閉じた。その後暫く何かが起こるのではないかと、ビクビクしていたがゴミは翌日問題なく回収されたし何も起きないしで、矢根尾は拍子抜けしたように残りのゴミも指定の曜日を無視してゴミ捨て場に投げた。

何も起きないんだ問題ない。

ゴミのなくなった家は確かに過ごしやすいし、何となく気分もいい。こうなってくると今度はゴミをためるのがいやになって、矢根尾は今度は毎日ゴミを捨てるようになり始めた。曜日など関係なく、毎日出たゴミを一纏めにして夜の内にゴミ捨て場に投げておくのだ。そうすれば色々なところから『禁止事項』が届いて、家の中のゴミを分別されることなんかなくなる。そう気がついた自分はなんて頭がいいんだろうと、矢根尾は自画自賛したほどだ。部屋が綺麗だと部屋に人を呼ぶことも出来るようになるもので、以前とは違って交遊関係が親密になった気がする。

「矢根尾さんって他人を家に呼びたくないんだと思ってましたよ。」
「あー、少しそんなとこあったかもな。」

新しい職場の後輩を何人か呼んで餃子パーティーをしながら、矢根尾は確かにゴミ屋敷には人を呼べないしなと内心で呟く。あれからゴミがたまることもないから、『禁止事項』の用紙は目に入りすらしない。届いたピザの箱を開けながら、感心したように後輩が言う。

「部屋きれいにしてますね。俺んち汚ないからなぁ。」
「ゴミ捨てしないからだろ?」
「だってさぁ、分別がめんどくさいんだよー。」

自分も同じだったことなど忘れて、矢根尾は当然のように諭す口ぶりでためずに捨てるんだよと後輩に言う。ゴミが出たら直ぐ捨てる位でないとと矢根尾が言うのに、後輩は感心したように目を丸くした。勿論後輩達が帰り荒れ果ててゴミだらけになった部屋で、矢根尾は分別など関係なくビニール袋にゴミを投げ込んでいく。ペットボトルだろうとビール缶だろうと関係ない、ピザの箱と大量に買った餃子の箱も一緒に投げ込んで口を閉める。そして、人がいないのを見計らって、さっさと捨ててくるだけだ。
部屋に戻った矢根尾はテーブルの上に、久々の『禁止事項』の紙があるのに目を丸くした。
ゴミを捨てて戻るほんの数分の間に、おかれていたらしい『禁止事項』は久々過ぎて古びているみたいな気がする。せっかく今ゴミを捨ててきたのにまた、ゴミが来たと内心思いながら矢根尾は何気なく手の中の『禁止事項』を読み始めた。

『禁止事項
禁止事項その一、ゴミの溜め込みは禁止します。
禁止事項その二、資源ゴミと可燃ゴミの混入は禁止します。
禁止事項その三、ゴミの予定日外の投棄を禁止します。
禁止事項その四、意図的な違法投棄は厳しく禁止します。
禁止事項その五、資源不燃可燃の意図的な混入は厳しく禁止します。
禁止事項に反したのを発見した場合、相応の罰則を与えます。』

全部読んでしまってから、失敗したと思った。読まなければ知らなかったですませられるが、読んでしまってからでは誤魔化せない気がする。しかも、四と五の禁止のしかたが、文字で強化されている辺りが尚更誤魔化しにくい。それを意図的に自分がやっているのが、よくわかっているからだ。

相応の罰って何だ?何させる気なんだ?

町内の掃除とか何かそんなことでも押し付けられるのではないかと、矢根尾は奥歯を噛みながら考え込む。そうなったら仕事を盾に逃げるとか引っ越すとか考えないといけないだろうと、矢根尾は忌々しそうに舌打ちをしながら布団にはいった。



※※※



明け方、何故か肌寒さと異臭の中で目が覚める。一瞬眩い朝日に目が眩み、自分が何処にいるのか判断ができない。やっとの事で視界を取り戻した瞬間、呆気にとられて矢根尾は言葉を発することもできずに辺りを見渡す。ベトベトと身体中が生臭い臭いで包まれ、立ち上がろうとしても足が滑って立ち上がれない。必死の事で這い出して自宅に裸足の足で駆け上がり、風呂場に駆け込み全身を洗い始める。何故か寝た後に部屋を抜け出して、矢根尾は生ゴミの中に埋まって寝ていたのだ。必死に体を洗ったのに、何処か生ゴミ臭い気がしてゾッとする。そして、疲労困憊して風呂から上がって、玄関の生ゴミ臭い足跡に吐き気を催しながら掃除をしないとならない。そのうち、玄関までの階段を生ゴミで汚さないようにと、大家から注意の手紙が届いて矢根尾はうんざりする羽目に陥った。

これが罰かよ。

最悪の罰則を知らされてから、矢根尾は渋々分別してゴミを捨てるようになった。捨てる日を忘れて翌週まで待つ事はあっても、違う日にはけして捨てない。そうでないとまた自分がゴミのように捨てられて目が覚めるかもしれないからだ。



※※※



いや、おかしいですよね?その人。

自分の声に久保田がおやおやと首を傾げるのがわかる。話しとしては少し常識的に変化したのはいいことだろうが、その前にゴミ屋敷のゴミを分別したのは誰なのかをすっかり放棄してますよね?そっちの方が凄く怖いんですがと自分が言うと、久保田は確かにと頷く。部屋に忍び込んで、トレイを洗浄して重ねて置くほどの分別を寝てる間にされるのも恐ろしいのに、それは便利だと流せる精神がまともじゃないと思うのは自分だけなのだろうか。そう言うと久保田はにこやかに、まともだからこそ怖いことがあるんですよと呟くように溢してレコードを片手に姿を消した。


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