都市街下奇譚

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四十四夜目『羊皮』

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久保田はグラスを磨く手を止めずに、更に話の続きを続ける。それは奇妙な美しい姿形をした人物と、宵闇の中で遭遇した男の話だが、話は友人の妻が友人を殺してしまったと言うところで一段落したようにも見えた。しかし、繋いだ言葉に雨降りの情景が鮮やかに脳裏に浮かび上がり、それは湿った雨の匂いを纏っているように感じる。



※※※



いつの間にか再び雨が降り始めていた。同級生が店から持ってきたワインだけでは足りず、冷蔵庫にあった買い置きのビールや焼酎まで空けて二人で飲み明かす。遂には酔い潰れて床に大の字になった同級生を、こちらも泥酔状態で笑いながら眺める。死んだ友人を悼んで飲んだのだから、雨はきっと奴が泣いているのかもしれない。そんなことを考えながらシトシトと音を飲み込むような冷たい雨に、ふと青年は家に帰っただろうかと考えた。そして、同級生が結局台所で包丁を探し出せずに、それぞれにかぶりついて歯形の付いたサラミとチーズに視線が落ちる。それにふと微かな違和感を覚えた。

何で包丁がないって?

泥酔の頭では直ぐにはその理由が判別できない。確かに自分はそれほどマメに料理をするわけではないが、台所は一通りの器具は揃っていて包丁くらいはある。何しろ数日前にあの綺麗な顔の青年に飯をふるまってやったのだ。あの時確かに使って、その後洗って籠に入れておいた。そこまで思い出し、洗った後片付けた記憶が思い出せないことに気がつく。そうか目につかなかったのは籠に置いてあったせいかと、酔いでフラフラする足取りで流しに向かう。

あれ?何で?どこにしまったっけ?

不意に外の雨の中をけたたましいサイレンの音が過ぎ去っていく。思わず見えない音を壁越しに追いかけながら、包丁を無意識に何処に仕舞うのかを考えた。洗い物を置く籠には食器が乾いたまま残っていて、二人分の皿が目に白く残る。
白磁のような肌をした青年の姿が、揺らめくように浮き上がり一瞬背筋が寒くなった。あの無害そうな青年の何が恐ろしいのか分からずに、何故か急激に酔いが覚めていくのを感じる。あった筈の包丁がないのと無害そうに見える青年を結びつけているのはなんだろうと考えながら、兎に角包丁の有りかをひたすらに探す。戸棚の裏にも引き出しにも、それこそ置けそうな場所は全て探したが見つからない。包丁は個人が所有できる中で、割合無害な物とは言えない代物だ。酔っていても素面であっても知らぬ間に家から消えて無くなった、理由がハッキリしないでは済まされないのではないだろうか。しかも、正に無くなった時に得たいの知れない人間を、ここに一夜泊めたのも事実だ。薄ら寒い気分で立ち尽くした自分は、外を走り回るサイレンの音に更に不安を深めていた。




※※※



包丁の行方の不安に耐えかねて最寄りの警察署に盗難届けを出そうとした自分は、予想外の場所に通されて強面の私服の警察官に見下ろされていた。これは一体何事かと不安に飲み込まれそうになっていた最中、その理由が分かることになる。消えた包丁はある事件の証拠品として押収されていたのだ。写真を差し出され見下ろすと、あの無害そうな綺麗な顔の青年が見たときよりもずっと黒い髪の毛でこちらを見ている。だが、彼に間違いがないと答えると、彼との関係を問われた。

家出青年だと思って雨に降られて可哀想で一泊させて、飯を食わせた。

そう正直に答えると強面の警察官は呆れたように自分を見下ろし、何もしてないしされてないのかと問いかける。問いの意味が分からずにポカーンとしている自分に、目の前で強面を始めて崩して警察官は溜め息溢す。警察官は不動と言う人だと後で知ったが、名前は顔を表す典型みたいな人だった。

「あんた、人が良いのは分かったけどそうそう見ず知らずの人間を家に入れるもんじゃないよ。」

その言葉にまだ理解できない自分に、不動は呆れながらも重苦しく口を開いた。



あの青年の名前は『三浦和希』というそうだ。そう、ワインバー経営の同級生が行方を知らないかと問われた、三浦不動産の御曹司と言う男だった。自分が泊めた時点で彼は五人の男を惨殺して、二人の男に重症を追わせていたという。
最初に友人を殺したのではないかという話題になっていた殺人鬼が、あの気弱そうで無害にしか感じない青年の本当の姿なのだと知らされ愕然とする。そして、その後彼は自分の家から持ち出した包丁を使って、初めて女性の被害者を生み出した。女性は重症だが命の別状はないというが、当の本人は女性を人前で襲いその場で自殺しようとしたらしい。ポカーンとそれを聞いている自分に不動は、あんただけ例外だったのは無害だったからだと告げる。そう、同級生が聞いていたのはほぼ情報通りだったのだ、彼を虐げたものは朝には自分が浴室で遺体に変わり果てた。七人の男のうち四人は彼の友人で、残りの一人は行きつけの店の店主、残りの二人ラブホテルに彼を連れ込んだ男だったらしい。店主とラブホテルに連れ込んだ男の一人が生き残ったそうだが、どちらも重症で片方は車椅子にお世話になる生涯になりそうな話に、自分は再びポカーンとしてしまう。あの線の細い女と見間違う位の彼が、初めに見た時に見せた蠱惑的な笑顔が頭を過る。

羊の皮を被るにも程があるじゃないか。

自殺を図った彼は周囲にいた青年の機転で、ギリギリ助かったらしい。しかし、助かったとしてもその殺人の罪を背負うには、死刑求刑されても可笑しくないのではないだろうか。呆然としながら、そう考えながら警察署を後にする。



※※※



この話には大体これで語り尽くしたのだが、一つ最近起こった不思議な出来事が気にかかっている。あの後結局三浦和希の事件は大きく報道され、家族は姿を消した。三浦和希が友人達から暴行を受けていたとか言う話も真しやかに噂されたが、真相は闇の中に消えて報道にもならなくなっていく。三浦の家族が姿を消して豪邸が廃墟になり始め、駅前の不動産の名前が変わり誰もが三浦和希の事を忘れ始めた数年経った頃。
仕事帰りの自分は、ドアノブにかけられた袋を見下ろしている。何の変哲もないよく見るコーヒーショップの茶色の紙袋に、一体誰がと何気なく手に取ると中に入った物が見えた。そこには衣類が一着、キチンと洗濯されて几帳面に畳まれて入っている。それに見覚えがあって考え込むと、次第に背筋が凍りついていくのが分かった。

貸した…服。

あの彼に貸した服が洗濯されて、紙袋に丁寧に濡れないようビニールに迄包んで返却されたのだ。これをどう考えていいのか分からないで、立ち尽くした自分は不動に連絡をとるべきかどうかを検討し始めていた。




※※※



その事件って何年か前の殺人事件の話なんですか?

思わずそう問いかけると、久保田はにこやかに笑ってどうでしょうねと話をはぐらかした。数年前に近郊で起こった殺人事件は、その猟奇性のせいか最初は大々的に報道された記憶がある。ただ次第に暴行を受けていた犯人の報復という話題が増え、報道事態がしりすぼみになっていった。結局犯人がどうなったのか分からず、最近では都市伝説と化している。犯人がまだ世間を出歩いていて、買春する男を殺し回っているなんて話まで生まれているのだ。しかし、久保田の話が本当なら、犯人の男は話の相手に態々服を返しに来たことになる。

本当なら怖い話ですよね、だって返しにこれるってことですもんね。

そう言った自分に久保田は本当ですねと笑いながら呟く。

羊の皮が目に見えたらいいんでしょうけどね。

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