都市街下奇譚

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四十五夜目『定期連絡2』

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これは、知人から聞いた話なんですがね、そうマスターの久保田は、グラスを磨きながら何気ない気配で口を開く。客足は奇妙なほど途絶えて、その言葉を耳にしたのは自分ただ一人だった。



※※※



浦野太一のスマートホンには、奇妙な連絡が定期的に入る。奇妙と言って知らない相手から届く訳でもない。だが、定期と言っても届く曜日や日にちが決まっているわけではない。それは不意に太一が忘れた頃に届く。

《最近暑くて困るよな。だってさ…。》

そして太一はこんなメッセージなのに、改めて返事をすることはけしてない。しかも。その先に続いている文章を読むたびに正直なところ、太一はうんざりするのだ。

《爪が腐って剥がれたんだ。最悪。》

このメッセージは、友人だった夏川からのものだ。過去形なのは夏川は既にこの世の人間ではない。暫く前に夏川は太一との待ち合わせに来る途中、電車に跳ねられて即死した。不慮の事故でというやつなのだ。ところが、夏川はその最中から状況を実況放送のようにメッセージしてきて、今も尚メッセージは続いている。どうやら夏川の右手と片目が草むらの中に残り続けているというのだが、轢死体というのは丁寧に全部広い集めるとはなしを聞いた筈ではないのだろうか。
何故こうして何時までも遺体の状況を報告するメッセージが届くのか、これに太一が返答すれば何か起こるのか、頭から悪い悪戯とブロックしたらどうなるのか。どれも答えはでない。だから、ただメッセージを受けとる。それなら読まなければと思うだろうが、一度読まないでいたらメッセージが既読になるまで状況報告を続けて来たので最初のメッセージで止めるためには既読をつけるしかないのに気がついた。だからやむを得ず既読だけのために、メッセージを読んでいる。
兎も角、そんなわけで今も定期連絡は続いていた。あれから既に3ヶ月近くが経って、夏川の事だって皆の中では過去の出来事なのだ。それなのに定期連絡のせいで太一には未だに夏川の件が忘れられない。

「どうしたよ?太一。」
「勇。」

グラウンドの中には野球部の練習の声が響き、活気に溢れている。そんな中で一人気落ちした気配の太一に親友の木村勇が話しかけてきた。太一は溜め息混じりにグローブの中の白球を見下ろしながら呟く。

「夏川から定期的にメッセージが入るんだよ。」
「はぁ?夏川ぁ?」

勇がポカーンとした顔で言うのに、太一は溜め息をつきながら経緯を話し始める。最初は冗談だと思っていたらしい勇も、太一が真剣に話しているのと部活終わりに見せたメッセージを眺めて目を丸くした。死んだ夏川からのメッセージだなんて冗談にしか思えない話だが、実際にメッセージは届き続けているのだ。勇はメッセージを順に見渡して、気がついたように太一の顔を見上げた。

「これって夏川の体、探しだしてやればよくないか?」

予想だにしない勇の答えに、今度は太一の方がポカーンとしてしまう。勇はメッセージを見て、死んだ夏川が自分の遺体を発見して欲しがっているのではと推測したのだ。なるほどと思うと同時にもしあったらどうするのか、なかったらどうするのかという不安は胸の底でとぐろを巻いている。それでも一人で探すのではないという安心感からか、太一は勇と一緒に夏川の事故現場に向かうことにした。線路沿いに枯れた花と新しい花とが一緒に備えられていて、太一はあの事故から一度も訪れていなかった事に罪悪感を感じる。自分にメッセージが届き続けるのと葬儀場には訪れたが、事故現場には太一は来た事がなかったのだ。

「なあ、何処にあるのかメッセージで聞いてみろよ。」

え?と思わず躊躇いを浮かべる太一に、勇は全く動じた気配もない。勇とは高校になってから野球部で一緒になったのが、縁の始まりだった。ピッチャーの太一にキャッチャーの勇は気が合う親友になるまで時間もかからなかったが、普段の太一と比べると勇の方が怖いもの知らずだ。近隣では誰もがお化けが出るとか三浦の息子が殺しに来るなんて噂があって、誰も避けて近づかない三浦不動産の廃墟の横を平気で通学路にしている。あの一角は完全に廃墟なのに、あそこに女の人がいたと勇は言い張るのだ。もし居たとしても三浦の関係の人間だとしたら、殺人鬼かもしれないと太一だったら遠回りでも通学路には選ばない。そんなわけでこう言うことには全く動じない勇は、スマホを受けとると夏川のメッセージを開いた。

《木村だけど、お前何処?》

さっさとそう打ち込んでしまった勇を唖然として見つめる。やがてメッセージが既読になって、初めて相手がこれを見ているのだと気がついた太一は青ざめた。

《木村か久しぶり、浦野と一緒か。》

相手は太一と勇が一緒にここにいるのを知っていて、返事をしているのに太一は背筋が凍りつくのを感じる。線路脇は草が生い茂り、細い道路を挟んで住宅地と古めかしい商店。線路の反対側にもアパート等の住宅地が並ぶ。その何処かで太一と勇が並んで立っているのを、メッセージを送っている相手は見ているのだ。

《お前何処よ?》

勇が平然とそう打つのが正直信じられないのだが、メッセージの相手の方は喜んだように素早く既読をつける。相手はバスが通る踏切の近くを指定したらしく、勇がスタスタと歩き出したのに太一は怯えながら後に続く。踏切側に立った勇が更に細かく位置を聞き出すのに、太一は正直なところ不快感が競り上がってくるのを感じていた。そこは今までも何度か通ったことのある通りで、そんなところに落ちている物があるとは思いたくなかったのだ。

「あった。」

不意に上がった勇の声に太一は凍りついた。線路脇の雑草の合間に勇の手元に見えるものが、黒ずんで萎れ腐り始めた細い指先の一部だと気がつきたくはない。気がつきたくはないけど既に頭が理解していて、吐き気がこみあげてくる。勇は平然とした風で、後何処にあるのかと問いかけて一人で歩き出した。既に勇に追い付く気力もなく草の影に覗く黒い爪を見下ろしながら、太一はほんの指先だけだか探せなかったんだと無意識に自分が納得しているのに気がつく。数メートル離れた場所でもう一つ何かを見つけた勇の姿に呆然としながら、その後勇が警察官を呼んできて見つけたものを指し示すのを眺める。歩いていて見つけたと説明する勇に、確かにその通りなんだけど何でそんなに平然としてるんだろうと太一は正直に感じていた。



※※※



その夜自宅に帰った太一は何気なくメッセージを見ると、不思議なことに夏川のメッセージが消去されてた。勇から手渡された時は確かに残っていた筈なのに、家に帰り風呂に入って夕食を食べている内に夏川からのメッセージが綺麗サッパリ消え去ってしまっていたのだ。太一はそれを見下ろすと勇の言っていた事が、強ち間違いではなかったのかもしれないと考える。何時までも状況を実況中継するメッセージが来ていたのは、夏川が見つかっていない自分の体を探しだして欲しかったからだったのだ。それが叶った今はメッセージを送る必要性が、夏川にはなくなったに違いない。安堵すると同時に早く気がついてやらなかった自分に、また少し罪悪感を感じる。同時に勇が平然としていたことを思い出して、勇の判断力に関心すらしてしまう。

《凄いな、勇。夏川のメッセージ消えたよ。》

LINEを送ると暫くして既読に変わり、後にたいしたことないと勇から返事が帰ってくる。そして、それが木村勇が消える直前の最後の会話になった。

木村勇が行方不明になったと聞いたのは、その翌日の土曜日の事だ。木村の母親から連絡があって何か知らないかと聞かれたが、正直なところ太一にも木村が行方不明になる理由が思い浮かばない。野球部の練習は金曜まで一緒だったし、あの夏川の一部を発見して警察に事情を話して別れるまで何も変化がなかったのだ。太一は木村の母親にそう告げるしかできない自分に再び罪悪感を感じながら、LINEを見下ろした。

《お前、今何処にいるの?》

何気なく勇にLINEすると、驚いたことにそれは暫くして既読に変わる。既読になるのなら返事がくる可能性があると太一は待ち構えたが、届いたのはメッセージの文章ではなく一枚の画像だった。その画像は何処かで見た生け垣の風景で、暫く太一はその画像を眺め続けた。一体何処で見た生け垣で何故勇がこれを送ってきたのだろうと太一は考え込む。勇は夏川のメッセージに意図を見抜いていた、同じく勇から来たこの画像にも何か意図があるような気がするのだ。やがて、太一はその画像が何処の生け垣か思い付いた。

三浦の家の生け垣だ。

それに気がついた時、以前に勇が三浦の廃墟で女の人を見つけたと話していたのを思い出す。女の人どころか今では誰も近寄らない廃墟で、黒髪の女の人が同じ部屋にいると勇は言った。ところが、二人で三浦の廃墟に行ったら、勇は違うこの家じゃないと言ったのだ。それが何を意味していたのか、三浦の廃墟と似通った生け垣が何処かにあるのだろうか。太一は呆然としながら、このメッセージを自分で確かめるべきか迷う。そしてその画像の事を木村の母親に告げるべきかどうか迷っていた。



※※※



定期的にくるメッセージの理由ですか。

その言葉に久保田はにこやかに微笑む。意図が隠されているメッセージを読み解くのは難しい事だが、そこに隠された意図が命に関わるのでは難しいとも言っていられない。行方不明の自分のあり場所を必死で伝えてるのだとしたら慌ててしまいそうだが、同時に画像が撮れるくらいなら電話をしてくる筈だとも言える。音声が駄目でもLINEに画像が送れる位なら、文章位打てそうだ。それにしても、死んだ者からのメッセージも怖いが、行方不明の者からのメッセージも恐ろしい。どちらにせよ余り欲しいメッセージではありませんねと自分が呟いたのに、久保田は同感ですねと微笑みながら答えた。
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