都市街下奇譚

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六十四夜目 『カレシ★アプリ』

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これは、常連から聞いた話なんですがね、そうマスターの久保田は、グラスを磨きながら何気ない気配で口を開く。芳しい珈琲の香りのする店内に客足は奇妙なほど途絶えて、その言葉を耳にしたのは自分ただ一人だった。



※※※



今最近流行りのスマホアプリがある。高校生の女の子の間で流行ってて私の知ってる子達は七割くらいが、そのアプリをインストールしている。それは『カレシ★アプリ』って言って理想のカレシとお付き合いするってやつ。よくある乙女ゲーじゃんって?全然違うんだよ。だって、これは名前とか誕生日とかを設定してカレシを一から作るわけ。
細かい設定は自分でも出来るし、任意でアプリが平均値で作ってもくれる。勿論何から何まで自分で設定も出来て、身長から体重、顔立ち、性格、家族設定、職業、恋愛の方向性なんてものまで設定できちゃう。アプリのヘビーユーザーになれば、有名人の情報を使って設定して有名人との擬似恋愛を楽しんでいるらしい。職業が入力できるから、職業によって日中しか連絡してこなかったり夜中にしか連絡出来なかったり。連絡を取り合わないとカレシになってくれないから、芸能人の設定は不評なんだって攻略系サイトで言ってた。今仕事が終わったってLINEに連絡が来るのが深夜とかってアプリの癖にリアリティーを追求し過ぎ。しかも、職業だって学生から喫茶店経営者とか作家まで、設定し放題なと頃が凄い。どうやらSiriみたいな人工知能搭載していて、それが色々判断してるとかって本当か嘘か分かんない話が巷にはある。勿論もっと新鮮に感じたいユーザーにはアプリに全部お任せモードなんてものもあって、名前すら知らないで恋愛スタートも出来るわけ。
兎も角接し方を間違うと恋愛どころか、相手にストーカー扱いされて恋人にすらならないこともあるらしい。アプリの癖にそんな結果って正直うけるでしょ?



※※※



小坂真冬が邑上佳乃からアプリを聞いたのは、つい先日の事。クラスメイトの佳乃がそのアプリでの擬似恋愛が上手くいかずに、苛立ち紛れにさっきの話をしてくれてのだ。ちなみにストーカー扱いされて恋人にすらならなかったのは、実はクラスメイトの実体験というわけである。

「LINEとかじゃ直ぐアプリって分かるじゃん。」

最近はアプリをインストールすると、電話とか写真へアプリがアクセス許可をしますかなんて出たりする。それを使ってメールとかLINEとかにアクセスするんだろうけど。

「最初は普通のメールだったり、電話だったりするんだよ!」
「電話あ?相手がいないじゃん!」
「ところがかかってくる事があるんだよ。本気で!」

ええーって思わず不審そうに眉を潜めた真冬に、佳乃は不満そうに頬を膨らませる。自分がおかしなものに手を出している訳じゃないと、真冬が認めてくれないのが不満なのだろう。それにしても電話がかかってくるなんて、どう考えても架空のカレシができるアプリとしては可笑しくはないだろうか。その電話相手は誰なのだろう。と思うと佳乃はアプリを差し出して留守番電話を再生して見せた。

『あ、もしもし?なんだ今電話に出れない状況?じゃまた電話する。』

爽やかな男性の声がそう言う。会話をしなければ声優とか俳優が事前に音声を録音しておいて、ただそれを再生しているのかもしれない。その後にもう一つ、柔らかい声で同じ男性が留守電に告げている。つまりは佳乃と架空のカレシは、直接電話で会話はしてないと言うことだ。なら、少しは納得出来る。何人かの男性が同じような台詞を録音してあって、決められたパターンで順番に留守電に語りかけると言うことだ。

『電話番号間違ってたみたいで、ごめんね、何度も留守電にかけてしまって。』

しかし、こんなに爽やかに柔らかく話しかけられている相手に、ストーカー扱いされてしまった佳乃は残念というかゲーム音痴なのではなかろうか。声優とかと考えたけど似た声の人はいるが、その人だとは言いきれない。まあ、兎も角佳乃は一緒にアプリをやろうと誘いたいわけで、真冬は思わず目を細めて佳乃の顔を眺める。
アプリには正直興味はあるが、真冬は以前アプリと言うもので酷い目に遭った事があった。既に今は失恋したから良いが、当時の片想いの相手とタイミングが悪く殆ど出会えなくなってしまったのだ。その上会いたくもないのに塾の講師との、接近遭遇が増えてしまった。因みに塾講師の方は真冬がアプリに願い事を打ち込んだ代償に骨を折り、その上暫くして塾が火災で講師が二人も死んだものだから塾自体が閉鎖されている。職探しのためかフラフラしてるところに、何故か偶然に出会う。会いたくないのに何度も何度も出会う。次第に相手も気がつきはじめて、次第に向こうも何度も出会うのに気がつき始めている気配だ。

多分あいつの住んでるとこが、うちの周りなんだよね。

一番の可能性はそこだ。しかし、塾の時から相手は女子高生へのボディタッチが多く、皆で気持ち悪いとか変態って噂だった男なのである。

「ねー、一緒にやろぉ?彼氏のいない寂しいもの同士さぁ。」
「はいはい、分かったよ。」

そうして佳乃に進められるまま、真冬はそのアプリのインストールボタンをおしたんだ。
インストールして2日ぐらい何もなかったから、正直なところそのアプリの存在を忘れかけていた。何しろインストールしてもホーム画面を開いても、味もそっけ無い画面が表示されるだけで何も情報がない。そんなわけで真冬はすっかりその事を忘れかけていた。

『もしもし、笛口です。この間はありがとうございました。』

その留守番電話に思わず私は眉を潜めた。若い男性らしいしっかりとした声は、自分より少し年上のようだ。電話番号間違えて留守電にいれちゃったんだ位にしか、最初は思わなかった。しかも、相手は数時間の内にもう一度かけてきて、今度は私はその電話を受けたのだ。

『もしもし、笛口ですが。』
「もしもし?」
『あれ?スミマセン、風間さんじゃないですよね?』
「違います。」

相手はあれ?と考え込んだ様子だ。

『可笑しいなぁ、電話番号080の○○○○-○○○8ですか?』
「最後、私の番号だと0です。」
『え?!あ!ホントだ!!俺間違ってるじゃん!スミマセンでした!恥ずかしいなぁ、ごめんなさい、間違って何度もかけて。』

恐らく押した時に少し指が下にずれていたのだろう。兎も角笛口さんという人の慌てた声は何だか、子供っぽくて可愛く感じられて私には不快には感じなかった。その時、始めて佳乃から教えられたアプリの事が頭を掠めたが、笛口さんとは交互に会話できるし表示された番号は個別の電話番号だ。恐らくこれは本当に間違い電話なのだろう。アプリの音声留守電がきたら、折角だから比較しておこうと内心思う。そんなことを考えているせいか、気にかけているのにカレシ★アプリは一向に何の動きもない。佳乃の方には既にメールでのやり取りが始まっているみたいなのに。変だなぁって正直感じはするけれど、そんなことを吹き飛ばす事態になっていた。あの笛口さんはそそっかしいのか時々間違い電話をしてくるのだ。

『スミマセン、なんか毎回毎回。ちゃんと押してるつもりなんだけとなぁ。』
「8と0ですもんね。」

私が笑いを滲ませながら言うと彼もおっかしいなぁって爽やかに笑う。そんな感じで話している内に今度は、普通に電話がかかってきて世間話をするようになったわけで。

「って事があったんですよ。」
『そっかぁ、それは災難だったね。』

笛口さんの下の名前は、侑都と書いてゆうとさんだと知った。仕事が終わって帰り道を歩きながら電話をしてくることが被いから、背後には夜の街の喧騒から次第に住宅街にはいる静けさが感じられる。一人で帰る道のりが退屈で電話をかけているのはわかるけど、それでも間違い電話から始まった交流は楽しかった。次第に真冬自身、笛口からの電話を待つようになっている自分に気がつく。

顔も見たことない人なのにな。

そう、実際には顔も見たことがなければ、電話で話したこと以外のことは何も知らない。間違い電話を何度もかけてくるちょっとそそっかしい人。そう考えた瞬間おやと違和感があるのに気がついた。最近のスマホの番号なんて、まともに覚えてない。だけど誰も間違い電話なんてしないのは、登録されてる電話番号ならリダイアルできるからだ。何故彼はあれ程かけてくるのに風間と言う人のダイヤルを登録していないのだろうか。もしかして、私と話したくてわざと間違い電話をしてるふりをしていたとか?そんな小説とかドラマみたいな話があるんだろうか?そう、笛口に聞いてみたい気がするが、もし本当にただのそそっかしいだけの人だったら恥ずかしい。そんなことを考えながら真冬は、笛口からの電話を待っている。
そんな奇妙な電話友達を暫く続けた時、佳乃が再びカレシ★アプリの彼氏にふられたと話してきた。一緒に始める事にして早三週間ほど。つまり笛口との電話友達関係も大体そのくらいの期間と言うことになる。

「今度は上手く行けると思ったのにぃ!」
「がっつきすぎなんじゃないの?佳乃。」
「そんなことないもん!普通にしてるもん!」

軒並み相手に重いとかしつこいと言われてフラれるなら、相当がっついてると思う。内心でそう呟きながら、真冬はふと自分のアプリが全く何も興していない事に気がついた。

「私のアプリ、それらしいの一つも来ないよ?」
「え?!うそぉ!」

考えてみると確かにそれらしきものが一つも来ていない。メールもLINEも、電話すら来ていない。佳乃は逆に驚いたみたいに、もう一回インストールし直しなよとすすめてきた。確かに何か不具合が起きていて、起動していないのかもしれない。そうでなければ、二・三日でメールか電話か何かアクションが起きてるものなのらしいのだ。

《アンインストールしますか?アンインストールすると活動中のカレシデータはリセットされます。》

その表示に一瞬佳乃と真冬は首を傾げる。だって、何も起こってないのだから、データがある筈がない。もしかして、メールとかブロックされてるのかなぁと佳乃が言うのに、真冬はそうかもと至極全うに納得する。そして、アンインストールして、再度インストールしたのだった。



※※※



で?その先はどうなったんですか?

自分の問いかけに久保田は賑やかに何がです?と問いかける。何がといっても、女子高生と間違い電話の彼氏の話、それもとカレシ★アプリとやらの話。そこまで考えて自分の頭が疑問を告げる。笛口という名前の男は、本当に存在しているのだろうか?それこそカレシ★アプリと言う奴?しかし、それにしては笛口は人間らしすぎはしないだろうか。どちらにしてもその後の女子高生のスマホに何が起こったかを聞かないと分からないのではないだろうか。そう問いかけると久保田は賑やかに笑顔のまま、そうですねぇと頷いて見せる。
そこまで言った辺りで背後の碧のドアが開かれて、背の高い青年が姿を表した。スーツ姿の彼は仕事から抜け出して来たのだろうか、胸に名札のプレートを挟んだままだ。

マスター、アイスコーヒー。後ランチ何ですか?

慌てて聞く彼の胸のプレートに《笛口》と書いてあったのに気がついて、自分は思わず目を丸くしていた。
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