都市街下奇譚

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九十夜目『自動販売機』

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これは俺の知ってる話なんですがね、そうマスターの久保田の横に出てきた鈴徳良二が自分に向けて口を開く。たまに暇になるとフラリと厨房から顔を出す彼は、東北出身の海外の調理師コンクールに入賞したこともある男だ。久保田は長閑に横でグラスを磨き客足は奇妙なほど途絶えて、その言葉を耳にしたのは自分ただ一人だった。



※※※



茂木公太は呑気な欠伸をしながらバイト終わりの帰途の夜道を歩いていた。一人きりで歩きながらそろそろ自分も三十を越して、このままの暮らしでは正直社会人としても心許ないとは茂木も内心思っている。そんなことを最近こうして考えるようになったのは、一応知人でもあった男が人間としての道を踏み外して真っ逆さまに転落人生を送ったのをみてしまったからだった。

やっぱさぁ、そんな旨い話あるわけ無いんだよなぁ……

茂木公太は基本的には昔から快楽主義者で、日々気持ちいいことや楽しいことだけしていられれば良いと思って生きてきた。そんな嗜好で社会人に加わってから何気なく踏み込んだのは性的マイノリティの世界で、そこにその男はいたのだ。とは言え正直なことをいうと、茂木は完全にはそちらの嗜好ではなかったりもする。

まぁ確かに無理矢理は嫌いじゃねぇし、多人数もありだけど

女を縛ったり殴ったりして興奮するのは茂木の友人の貞友の方であって、自分はそれには興奮するわけではない。でもその男や貞友と一緒にいればネタ的には様々オカズになるような話が多かったから、先に知り合っていた貞友と一緒に男と交流していたのだ。だが付き合いが長くなるにつれて段々とこの人大丈夫かなとは考え始めたのは、去年の夏に奴隷彼女と説明されて紹介されたのが近隣の有名校の女子高生だった辺りからだ。その女子高生と多人数でセックスした迄は良かったけど、その後に女子高生は男を拒絶した上に街中で貞友に腹を蹴られて救急車で運ばれてしまった。後から聞いたら男が言うには、女子高生は妊娠してたらしいのだ。

ちょっと避妊してなかったの?!矢根尾さん?!

そう茂木が目を丸くしたら、矢根尾俊一は平然とした顔でもう奴隷解雇したから大丈夫とかなんとか言い出すのだ。いや、避妊してたら女子高生とやってもいいわけじゃないが、妊娠させたのが矢根尾なのか自分や貞友なのか分からないなんて正直言うとヤバ過ぎる。しかも貞友はその妊婦の腹をマジ蹴りで救急車に乗せてしまったということは、あれが流産の原因と言うことかも。

マジか?ヤバくないか?傷害ってことじゃすまねぇよな…………

大丈夫だと言う矢根尾の言葉には信憑性がないのに、貞友はケロッとしてですよね?なんて言う。貞友は矢根尾に完璧に傾倒してるから良いかもしれないが、自分はそこまででもないのだ。そんな感覚を覚えてから次第に矢根尾の動向に不信感は持ち始めていたのだったが、それから一年して矢根尾は茂木達には最初の雌奴隷と説明した筈の元妻の殺人容疑で逮捕されてしまったのだった。

やっぱりなぁ…………あの人、何でも自分が良いようにしか話さないし、物事超ポジティブシンキングだけど結果は伴わないしな…………

そう思ったのはここだけの話。
そして警察に逮捕された後の男の半生は面白おかしくマスコミのネタになったのだが、それを見れば見る程茂木は不安になった。専門学校卒でその後は大学進学して、教師免許取得、でも教師にはならずにバイトで生活していたと言う矢根尾。実のところ茂木は調理系の専門学校に入学したが、一時別な目標をもって転身し大学進学までしたのだ。ところが大学進学した途端生来の快楽主義が頭を持ち上げて、大学生としての楽しみに溺れてしまった茂木はそのまま卒業はしたもののバイトで生計を立てる生活に落ち着いてしまった。

やだなぁ…………そういうとこ、似てんの…………

一緒につるんで遊ぶだけなら兎も角、その半生が似てるのは余り良くない。茂木だって似たくないところは似たくない訳で、出来ることなら今からでも真面目に人生を建て直さないとならない時期なのかもしれないと思い始めたのだ。

あーぁ、分かってるんだけどなぁ。

とは言えバイト生活から就職なんて、そう簡単には行かない。そんなことを思いながら呑気に夜道を歩いていたら、ふと人工灯の明かりに気がついた。こんなところに自販機なんてあったっけと考えながら何気なく品揃えを眺めるが、目新しいものがあるわけでもないし有名メーカーの自販機でもないからマイナーなラインナップだ。

あれ?

そんな三段ほどの商品の二段目の端に、銀色のはてなマークがあるのに気がつく。最近ではこんなのが時々あるが、売れ行きの悪い商品をシークレットで販売したりすることがあるわけで、金額も十円なのに茂木は苦笑いしながら立ち止まった。

恐らくはマイナーすぎる上に不味いとか?そんな商品だろうけど十円なら、まぁ外れても文句は言えない

普通の人間ならそれを買おうとは思わないだろうが、何となく興味を引かれて購入してしまうのは茂木が快楽主義者で面白ければなんでもいいという悪い性質だからだ。十円玉一つをいれてガションと音をたてて取り出し口に落ちた缶を覗き込んだ茂木は、思わず目を丸くしていた。
出てきたのはマイナーな外れジュースなんかじゃなくて、普通に某有名炭酸飲料の黒い缶。あれ?間違ってないよなと思うけど、何も問題がなさそうな缶は妙な膨らみもないし消費期限だって一年近くある製品だ。

えー?これって当たりってこと?

シークレットだから当たり外れがある可能性はあるが、普通に百円以上でしか買えない缶が出てきたのに茂木は思わず二段目のシークレット缶を眺める。これはお得なのか、それともたまに当たりをだしてまた買わせる呼び水なのか。

も、一個買ってみよ…………

十円ならそれほど損はした気にならないし、次が外れならそれはそれで納得もする。二個目の十円玉をいれて再びシークレットのボタンを押すと、ガションと音をたてて取り出し口に落ち込んだ商品を茂木は覗き込んで再び目を丸くした。

あれ?え?何これ?これってさ?

二個目のシークレットは炭酸飲料ではなくて、所謂缶詰め。こんなものが出て来るんだとどろきながら手に取った缶詰めを見つめるが、その缶詰の内容に目を丸くする。手の中には超高級缶詰として有名な酒の肴系缶詰の中でも恐らくは最高級な筈の部類。

こ、これフカヒレ?マジで?十円で良いものじゃないよね?

一体幾らで購入できるのか分からないが、茂木は思わずもう一度二段目の端をマジマジと見つめていた。これは一体ホントにお楽しみ缶で良いのだろうかと真剣な顔で思うが、二十円で既に何十倍か何百倍の商品が手の中にある。思わずもう一度と思うが十円玉がもうなくて百円玉もないし、大体にして良く見ればシークレットのボタンには売り切れの赤い文字が浮かんでいた。

いや、マジか………………すげぇ……また今度買おう。

そんなわけでホクホクと自宅に戻った茂木は二十円で購入した缶詰が一万円の代物で、二十円で一万百三十円・つまり一万百十円の儲けになってしまったのに気がつく。そしてこうなったら外れが出てくるまでは買っておかないとと、内心考えてしまっていたのだった。



※※※



今日の戦利品は缶チューハイに、お楽しみ缶の部類でヴィンテージもののティーシャツが丸まって入った缶詰めだった。先日全く興味のないアニメのキャラクター缶が出たのだが、試しにネットで検索したらプレミアものだったらしくて二万円で売ることが出来たのに茂木は笑いが止まらない。この自販機のシークレットを追加している人間はこれらの価値が全く分からなくて処分に困っていれているのかもしれないが、どれもこれも人によってはお宝ばかりなのだ。しかも飲み物だけでなくて、食べ物缶やお楽しみ缶なんてものも出てくるのだから、何時までたっても茂木が購入がやめられないのは当然。終いにはシークレット自販機用に十円をスタンバイし始めたのだが、自販機にも余力が必要らしくて三個くらい買うと売り切れになってしまう。

まぁもっとあれば良いけどさ、こんなプレミア物ばかりいれるのも大変だもんなー。

そんなことを考えていた矢先、ガションと音をたててカプセルが出てきたのだった。今まで見たことの無いカプセルタイプの商品の中には、紙が一枚とそれにくるまれた固いものが一つ。何だこれはと掌にそれを取り出して紙を開くと、そこには見たことがない宝石が嵌められた指輪が転がりだしたのだ。

マジか?!え?マジで?!

十円なのだから模造品のガラス玉だろうが、それにしても高価そうな設えの指輪を地盤きの光に差し向けマジマジと見つめる。ガラス玉にしてはキラキラと光を反射していて、嵌め込まれた台座の精密さには模造品らしさは感じないのだ。

えええ……?これって…………本物かなぁ…………。

流石に疑問には思うがこんな自販機から出てきたものが、本物の宝石なんてことはあり得るのだろうか。だがフカヒレ缶は現実にあったし、プレミア付きアニメグッズは更に高額。この間のヴィンテージティーシャツは、なんと三万円の転売ができてしまったのだ。それを考えるとこの指輪は本物の可能性も無くはないのではと、光に当てて眺めまわしてしまう。

偽物でも十円だもんな、別になんともないか…………

そう考えていたのだが、答えはとんでもないことになったのだった。
貴金属専門の買い取りに試しに本物かなと問い合わせて見て貰ったら、石は偽物だが台座は純金でこれまた万単位で買い取りになってしまったのだ。これは一体どう考えるべきなのか、茂木は帰途の途中にある自動販売機を眺めて考え込んでしまう。

十円で…………いいのか?マジで…………?

最初からとんでもない代物ばかり当たるシークレットではあるけど、ここまで高額商品ばかり出てくるのは気持ちが悪い気もする。それでもなんだか買わずにはいられないのは、何もかもが当たりなのか気にかかるからで

ガション…………

取り出し口に落ちたのは再びカプセルタイプの商品で、茂木はまた貴金属かなと不安になる。もしこれで貴金属だったら取り出し口に戻して買うのを止めることにしようと思ってカプセルを手に取るが、その中身は振るとカサカサと軽く音を立てていた。

もしかして……初ハズレ?!

何でかハズレてくれた方が嬉しいなんて気分になりながら、カポンと音をたててカプセルを捻り開けると中には紙が一枚入っているだけなのに気がつく。紙は何処にでもあるようなコピー用紙で、軽く折り畳まれているだけ。開いたらハズレの文字があるのかと内心ワクワクしながら、茂木はその紙を手に取る。

『あたり』

中に書いてあった文字に思わず固まる。これは何があたったのか、何をもってあたりとするのかはまるで分からないが、少なくともハズレではないのは文字で分かった。でも、これで何が何なのか余計に理解できなくなって、茂木はその紙をマジマジと眺めたまま立ち尽くす。

当たりって…………何が?

人気の無い夜道で立ち尽くし自販機の人工灯で紙を眺めている姿は、道に迷って途方に暮れているとか何かにショックを受けているようにも見える。暫く紙を片手に呆然としていたが結局は何も分かるわけでもないからトボトボと帰途を再開してみた茂木は、手の中の紙をもう一度眺めて考え込む。

あたり?あたり………………あたり………………

繰り返し繰り返し『あたり』と言う言葉を頭の中を呟きながら歩き続けるが、その答えはまるで浮かんでこない。そんなことを悶々と考え込みながら歩いていた茂木は、一瞬目映い光に照らされて次の瞬間には数メートル先に撥ね飛ばされていたのだった。



※※※



それって…………

あたりに気を取られて車に跳ねられたとかって話ですよと笑う鈴徳の言葉に、思わず自分は戸惑いながら黙り込んでしまう。いや、当たりハズレのあたりと言う言葉は確かにあるけれど、あたりと言う言葉にはモノにぶつかるとと言う意味もあるわけで。それを口にすると鈴徳はなるほどと目を丸くして、そういう意味の『あたり』なんですかねと言うのだ。

いや、そうとは限らないけど……そうだったら嫌だよね……

交通事故にあった物語の主は、恐らく儲けたぶんの金額以上に医療費に取られる面もあったろうし、時間も費やすわけだから、結果的には大損かもしれない。とは言えあたりの意味は分からないまま。自分が苦笑いでそう言うと鈴徳も久保田も揃って、そうですねぇと呑気な声で笑うのだった。
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