都市街下奇譚

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八十九夜目『開閉』

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これは、私の特別な友人から聞いた話なんですけどね、そうマスターの久保田はグラスを磨きながら口を開く。その日も変わらず芳しい珈琲と紅茶の香りの漂う店内には、パタリと客足は奇妙なほど途絶えている。棚の上か、白磁のポットが見守る中で、その言葉を耳にしたのはまたもや自分ただ一人だった。



※※※



世の中には奇妙なことが沢山ある。そんなことは分かっているって?うん、それはそうだろうし理屈では説明できない出来事なんて山のように起きるものだ。それをただ聞いたのではなく自分が直に経験したとしたら、あなたはどうするだろうか。なんでこんなことを聞くのかって?うん、実は今正にそれを体験している真っ最中で、これはどういうことなのかなと自分でも思うからだ。何が起きているのかって?大したことではないんだけど、目の前で、そう開くんだ。

自動ドアが。

あ、今なんだ本当に大したことじゃないじゃないかって思ったんだろ?ああ、自分だって言葉にしてみたら思ってる以上に大したことがなくって驚いてるよ。でもさ、自動ドアってのは目の前に人間とかが立つとセンサーが反応して左右とか片側に開くもんだよな?でも自分がこんなことをいっている理由はさ、自分はそのドアの前に立ってなんかいなくて、今病院の待合室というか玄関ホールの向こうにある玄関の自動ドアを遠目に眺めてる訳なんだ。しかも今日は日曜で病院は受診患者もいなくてガランとしていて、玄関ホールの中には見る限り誰も居ないし、灯りすら消されていて自動ドアのセンサーすら切られているのを知ってるからいっている。

消し忘れじゃないかって?

いや、いい忘れたけど自分はこの病院の医療事務で、当番で今日はここに朝からずっと詰めている。つまりはあのドアのセンサーを切ったのは自分で、当直明けにセンサーをいれて帰るのも自分な訳。それなのに何分か、何十分に一度、自動ドアがウーンと低い振動を起こして左右に開くのが見えてしまう。勿論何回か見に行ってセンサーどころか鍵すらかかっているのは確認してあるさ、つまり絶対にマトモに考えたらあのドアは動かないし開かない。

それなのに、ほらまたウーン…………

ほら開いたろ?病院の待合室は電灯がおとされていると基本的には暗闇だし、玄関ホールの先にあるドアが開く音が聞こえるほど無音。だから一度気が付いてしまったら、その音はあからさまに自己主張して開いてますよ!開きますよ!って訴えてくる。これがさ?外側だけなら別にセンサーの誤作動で、何かゴミとか何かが…………電源もなにかも接触不良で、しかも鍵も今一かかりが悪くてってことでだけど…………反応して開くなんてネタもあってもいいかなと思う。でも時には外側の次に内側もあいたり、逆に内側から外側なんて順番でも開いたりするんだ。つまり鍵もセンサーもどちらもイカれてて、電源まで勝手に接触不良で、しかも延々開く訳じゃなくて定期的に開く………………あると思うか?病院の玄関の自動ドアが、そんな壊れた状態で放っておくなんてあり得ると思うか?

ウーン…………ウーン…………ってほらみろ、今度は内側まで開いた。

これって何なんだろうと気にしたら、どうしようもなく気になることだとは思わないか?別段自動ドアが開くだけだから、自分には何も害はないし、何も他に起きている訳じゃないんだ。気にしなきゃいいとも思うけど、あの低い駆動音は自己主張が強くて気になって仕方がない。だから、何気なく事務室から歩きだしてホールまで来てみたのだが、真正面から見ていると何時まで経っても自動ドアは動かないのだ。

…………見てたら開かないってことかよ?

見てれば開かないなら見てればいいって?ただ薄暗いホールで立ってボンヤリ自動ドアを眺めて1日過ごせって?そんなの無理に決まってるだろ?電話番だってするし、救急車の要請だってあるんだから事務室にはいないとならないんだ。そう思って事務室の中に戻るとそれを待ち構えていたように、ウーンとあの低音の駆動音が響く有り様だ。

…………何なんだよ…………。

溜め息混じりにまた事務所の中から遠目に眺めると、暫くしてウーンと音を立てて扉が左右に開いていくのが見える。こんなことが起こっているのだけどこれは不思議なこととしてもいいのだろうか?そんなことを悩んでいた自分に、同僚が何かあったのか?と問いかけてきたのはそれに気が付いて暫く後の仕事終わりのことだった。

「自動ドアぁ?」

同じように日曜の勤務があるのに自分とは違って同僚は、何とそれに一つも気が付いていなかったのだという。そんなこと気にしたこともなかったという同僚は、自分の話しに「びょういんだもんなー」と呑気に居酒屋で杯を重ねながら言う。

「どう言うこと?」
「病院って生き死にばっかりじゃん?だから、そういう不思議なこと多いってよく言うし、看護師達なんかそんなのばっかり見てるらしいよ?」

そんなものなのと思わず目を丸くしてしまう。勤めているのが都立でしかも総合病院で歴史もあるから、人の生死が交錯する病院では説明できない現象が多いのだといいたいらしい。それにしてもそれと自動ドアの誤作動がどんな結び付きになるんだろうと首を傾げてしまう自分に、同僚はもしかして何かが通っているかもよなんてことを言うのだ。

ウーン…………

またあの音だ。最近では夜勤の時にも聞こえるようになっているけど、流石に真夜中の玄関ホールの暮明で自動ドアが勝手に開くのを見るのは怖いからあえて見ないようにしている。夜間通用口には一応守衛室もあって、向こうで詰める警備員もいるのだ。それでも玄関に近い事務室で待機しないとならない自分には、自動ドアの開く音がまた聞こえてくる。

「なぁ、俺も見たよ、自動ドアが勝手に開くの!」

そう声をかけてきたのはあの同僚で、何日か夜勤の時に気を付けていたら開くのを見たのだと言う。夜勤の時って怖くないのかと問いかけると、え?だって他に開くの見てても分かんなかったしとあっけらかんと話す。それでも確かに自動ドアが勝手に開くのを他の人間が見たのに少しだけ安堵してしまったのは、自分だけが見ている訳じゃないと言う事実に安堵したのだと思う。

「でもさぁ?勝手に開いても別に何にもないよな?傍に行ったけどほんと何にもなく開くしさ?」
「え?」

傍で開くのを見たという言葉に、自分は一瞬戸惑う。何しろ自分はホールに出て正面から見ていても全く開かなくて事務所に戻ったらまた開くというのに呆れ返ってしまったのだが、同僚は一度開くのを見ていて次の時は開き始めた瞬間傍までダッシュしたのだという。思いきり駆け寄った同僚は閉まりきる前に傍に行ったけど暮明の自動ドアの前には何もいないし、そのままただ扉は閉まったらしい。とは言え真っ暗な玄関ホールの自動ドアまでダッシュしたのには、正直唖然としてしまう。

「何かあったら、どうするんだ?そんなことして…………。」
「え?何かってなに?だって何もいなかったし?」

確かにその通りだけど自動ドアが動いているのは事実で、しかも真っ暗な中その傍にいくなんて正直自分には怖くて無理だ。そういうと同僚は、え?何で?と首をかしげて、何にもいなかったのにと言う。確かにいなかったからよかったけど、なにかいたらどうする気なんだと問いかけたら、そんなの考えてなかったと言うんだ。

「あ、それにさ、いってみてさ?閉まった後に確認したらさ?」

動いたのを目の前で見ていたのに、閉じた後の自動ドアのセンサーはヤッパリ切れていて、しかも自動ドアの足元にある鍵はロックされていたのだ。何でだろう、そこは本音で言うと確認してほしくなかったのは、それが壊れてると自分が信じたかったからなのだろうか。
突き詰めて考えると自動ドアが開く理由は不明で、しかも開く筈がないのを改めて直に確認してしまったわけで。

「何でだろうなー?今度さ?開いてる時通ってみようかな?」
「や、やめとけよ!」

何で自分が思わずそう声を掛けたのかは分からないけれど、自分はこの件に関してこれ以上突き詰めてはいけないような気がしたのだ。そんなわけで自分はそれから当番で事務室に詰めていても、ドアには背を向けて決して見ないことにした。あの低音の駆動音が聞こえても決して振り向かないし、まるで聞こえていないふりをして気にも掛けていない様子を決めこむ。

だけど、同僚は駄目だった。

一度気になったらどうしても気にかかって、何度も何度もドアが開くのを見ては駆け寄り何で動いているのか突き止めようとしていた。何度かもう止めとけと声をかけたが、気になってしかたがないんだと繰り返すし、その開くタイミングや色々なことを理由付けようとし始めている。

何となくさ、この時間帯がよく開く気がするんだよな
何となくさ、この曜日が開く回数が多い気がするんだよ
何となくさ、この日付が開くのが確実な気がするんだよ

そんなこと気が付いたってなにもならないと繰り返しても、同僚は絶対に止めようとしないし、まるでとりつかれたみたいに自動ドアが開く理由探しをし続けている。
自動ドアはそれからも動かない筈の状況で、誰も前に立ってもいないのに開き続けた。それに時々同僚が暮明でドアの傍に立ち尽くしている姿が人の噂に立ち始めた頃、それはついに起きてしまったのだ。

それを発見したのは当直から明けた警備員が防犯カメラに写っていたのに気が付いた。

自動ドアが何度も閉まったり開いたりを繰り返している真ん中に倒れこんでいた同僚は、既に意識がない状態で見つかった。首の辺りを何度も自動ドアが挟んで閉まったり開いたりを繰り返していて、まるで挟まって倒れたように見えるが恐らくはドアの足元の鍵を開けた瞬間に倒れたのだと思う。そして総合病院で救急もあるのだけれど、残念ながら同僚はそのまま助からなかった。死因はくも膜下出血で、恐らく一瞬の出来事だったと思われる。

偶々…………当直開けの疲労で血管が破けた…………うん、偶々だ

運が悪かった同僚には悪いが、それは仕方がない運命と割りきる。何しろ割りきってやっていかないと、自分はこのまま勤めていかないとならないし当直をしないわけにもいかないのだ。それは誰しも同じことなのだから…………

ウーン…………ウーン…………ウーン……

またあの駆動音がした。振り返らないつもりだったのに思わず見てしまった自分は凍りつく。自動ドアが何かを挟んだように何度も何度も同じ幅まで閉まり、開いてまた閉まるを繰り返しているのだ。それはまるで倒れていた同僚の首ほどの幅だと思った瞬間、ゾッと背筋が寒くなった。

ウーン…………ウーン…………ウーン…………

何度も何度も繰り返されて入る開閉。本来なら近寄って開閉の理由を確認してこないとならないのに、あの動きが何を示しているのか考えたら怖くて近づけない。もし近づいてそこにとうに死んだ筈の人間が倒れていたら?

ウーン…………ウーン…………ウーン…………

それは何時までも続いていて自分はどうしたらいいか分からないまま、その自動ドアの動きを見つめていた。




※※※



自動なのに、一人で動くと怖いなんて矛盾ですね。

思わず自分がそう言うと、久保田は確かにそれは矛盾ですねと笑う。昨今では当然のように様々な場所で使われている自動で動くものは多いが、それが勝手に動き出すとしたら理由が分からないと確かに不気味だ。それは自動ドアだけだなく、多くの電化製品にも繋がる気がする。

自動で動くからこそ、理由が分からない作動はまるで意図がはたいているみたいですね。

そう苦笑いした瞬間、背後の蓄音機がビーンと想定外の音を立てて針を外す。まるでそれは蓄音機が自分にも意図があると訴えているみたいに聞こえて、思わず自分裳くぼたも凍りついてしまっていた。
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