鵺の哭く刻

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末期

133.

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被災から数年。
そして実家に帰って更に数年が経つがアキコの部屋は以前と同じ、母の衣装部屋の一部を間借りしているままだ。何しろ家を出た時点でアキコの使っていた個室は父の部屋に変わったし、弟も一室を使っている。残った和室は母の部屋だったが、そこにアキコが幾分かの荷物と共に帰ってきたのだ。

「アキコ、これから実家に行ってくる。」

居間と襖一枚で隔たれただけの部屋だが、襖をノックした後にかけられた父・アツシの固い声に何かがあったのだとアキコは直感で感じる。居間に顔を出したアキコに向かって何かの時には連絡するとその言葉が繋ぎ、アキコは微かに目を細め青ざめた父の様子を見つめた。ここ数日、アキコは毎日父が誰かと何度となく電話で暗い顔で話しているのは耳のよいアキコには襖越しに聞こえている。父から何も話しださなかったのでアキコもあえて聞き出さなかったのだが、遂に何か動きがあったようだ。

「何かあったら連絡して。母さんにでもいいし。」

アキコの言葉に慌ただしく出掛ける支度を済ませ、分かったと言いながら車に乗る父を外まで見送る。アキコは帰ってきたら母に父が出掛けたことを伝えないとと内心考えながら、夕闇に不安げに赤く光を放ち角を曲がるテールランプを見送った。
父の実家までは海を越える。
アキコの自宅から車をもって海を渡るためには、沿岸にある二ヶ所どちらかの港からフェリーを使うしかない。恐らく父は夜に出て朝に現地につくフェリーに乗るつもりだろう。アツシの性格を考えれば、それまでにきっと父は母・ミヨコに自分から連絡するだろうが、それでも母が帰宅してアキコが状況を話す方が早いのは事実だ。
何処か心の内がザワザワとざわめく気がする。
まるで、ずっと昔に不快な思いを感じた時のように落ち着かない感覚が胃の腑の辺りで、まるでとぐろを巻いているようだ。アキコはそっと胃の辺りを押さえる。

「父さん、夜中のフェリーに乗るって。」
「そう。」

帰宅したミヨコに状況を伝えると固い表情で言葉少なに答えたが、味気なく二人で食事を済ました頃に船に乗船する前の父から電話が入り母の表情が更に険しく変わる。その表情にただ事でないのだと感じながら、アキコは電話する母の姿を見つめた。やがて、重々しく受話器をおいた母の背に声をかける。

「私、仕事休んだ方がいい?」

その言葉にまだその場にアキコがいたことを思い出した母が振り返る。暫し悩んだ様子でいた母が首を横にふるが、その仕草と表情が噛み合わない。看護師が仕事を急遽休むのは、身内か当人が病か死んだ時位だ。つまり既に休んだ方がいい事態・つまりは誰かの病か死を予期し察して暗に休む必要性を聞いているアキコに、ミヨコは相変わらず娘は勘が良すぎると心の中で苦く思う。

「…………誰になにがあったの?母さん。」

言いにくそうに母が躊躇うのがわかるが、アキコの顔を見て母が溜め息混じりに言葉を紡いだ。実際アキコに話しにくい類いの状況は言うまでもなく病と死の数えるほどしかないし、アキコは昔から酷く勘がいい。しかもアキコは離婚して戻ってきてから尚更社会的な大人の事情まで知識として身に付けてしまったから、下手なことを口にすると裏の裏まで簡単に見抜いてしまうのだ。

「叔父さんが亡くなったそうよ。」
「なんで?病気?」

父より六つも年下の叔父はまだ五十代前半で今まで病気だと聞いたことはなかった。が、父とは余り仲良くなかったから、病であったのを知らないだけか。それでも唐突なその話だと僅かに面食らったアキコに、困惑顔の母も理由はまだ分からないと呟く。父から連絡があってアキコも葬儀に出るように言われたら休んでちょうだいと言われ納得したものの、その夜アキコは眠れぬ一夜を過ごしたのだった。

母は私に何かを言いたくなかった……父もだ………………

暗闇の中でその理由が何かを突き詰めると、恐らくは死因だろうと目を閉じたまま思う。詳細は分からなくともアキコには見せたくない。もしくは見せられない事態が起きたから、父は一人だけで行って母も連れていかなかった。普段なら父は母に連絡を取り、冠婚葬祭にマメな土地の生まれの母は迷わず有給を取るはずだ。つまりは叔父はアキコには知られたくない死に方をしたのだと、あえて言われなくてもこの娘は理解してしまっている。

…………蛇に呪われると…………何が起きるのだろうか。

そう考えた瞬間に蛇が何故か縄のように首に巻き付くイメージが頭に浮かび、おぞましく・不快なイメージに何故かシュンイチの顔が過るのにアキコは思わず溜め息をつく。本当に呪われているのだとしてアキコは呪いの詳細を知らないが、従兄弟も含め誰一人結婚もしていないし、当然その子供もいない。誰一人としてと言うのに、ふとこの呪いが触っているのではないかと邪推してしまう。それでも密かにこの呪いと呼ばれたものが、伯母の言うような祖母の起こしたことではないとも思っている。

それは……夢を見たから…………

一瞬の死の間際の夢。湿地の夢を見た時にアキコが感じたのは、これが自分達の中にあるもので父の血から流れ込んでいるのだと今は思う。辰年だとか女だとかが関係するかどうかまではアキコ自身にも分からないが、伯母の言う言葉の一端が本質を見抜いているとも感じるのはこの点だ。

あれは、私達の血の中にある…………

だからアキコだけでなく父にも弟にもこれはある。そして伯父にも叔父にも、従兄弟達にも従妹にも流れていて、ただそれには濃さの差があると感じていた。でもこれは感覚であって何も科学的には証明の出来ないことだし、濃ければどうと言うことでもない気がする。それでも自分がこうして様々な夢を見るのは、夢を見る素地があるせいだと眠りに落ちながらアキコは考えていた。

父だけでなく、アキコに母方の血も流れているから…………

あの土蔵の夢がその証拠で、アキコの弟は土蔵の夢を見ない。聞いてみたがアキコの弟は実は殆んど夢を見ない質で、アキコのような鮮明な夢は一つも見ないのだという。しかも弟はアキコと違い母と同じで極度に闇を恐れて近づかないし、アキコのように射干玉の闇を避けるのだ。考えれば実は父・アツシですら射干玉の闇を避けていて、アキコだけがタガ家で唯一暗闇を好むのに気がついてしまった。結局その血を受け継いだ中でもアキコが、また少し特殊な性質を持っただけなのか、夢を見るために闇を好むのかは分からない。

分からないけれど…………これを呪いと呼ぶなら、確かにそうだろう

結局叔父の死の理由はアキコには伝えられなかったし、父は誰も来なくていいといったので、母もアキコも叔父の葬儀にはでなかった。

約束は果たしたけれど…………

土蔵の夢を再び見ながらアキコは眩い陽射しの中で立ち尽くして考えている。土蔵の格子戸越しに出してくれ・助けてくれと叫び続けている男の悲鳴じみた声を耳にしながら、その手で無意識に鍵を弄びながら考えていた。自分があそこから出るためにした約束は果たしたけれど、それは自分だけで一族郎党には全く関係ないことなのだろうかと考えてしまう。
自分が果たしたのは自分だけ。だとしたら父や弟はどうなるのか、大体にして嫁にはいった母はこの約束はどう作用するものなのか。

大体にして……この約束が……………父方………と、決まっているわけでもない…………

そうなのだ。現実としてこれがどちらの血筋のものなのかわからないと今は考えてもいるのは、伯母の言葉だけを信じきっていいとは今のアキコは思えないのと、土蔵以外に湿地の夢も存在するからだった。母方の伯父や伯母は健在で子供もいるが、どちらも実は決して長寿の家系とは言えない。
何かが心に引っ掛かっている。
それを深く悩む隙すらなく、日々が過ぎていく。



※※※



そして、それからたった半年。真冬の最中に父方の祖母・コハルが急逝したのだ。所謂ヒートアタックというもので、風呂に入ろうとして倒れそのまま亡くなったという。流石に急逝だったから仕事の弟は無理だったが葬儀に両親とアキコが参列することになり、アキコ達は再び海を渡り駆けつけたのだ。
伯母が言うには蛇の呪いの根源を作ったという話だった祖母だが、その遺体はとても穏やかな顔をしていた。どこにも苦しんだような様子はないし、心臓が止まって一瞬で意識もなくなったから痛みもなにも感じなかったろうと久々に出会った年老いた伯父が話していた。そして暫くぶりに出会った会った伯父は、以前自分の結婚式で出会った時より窶れたという他に表現の仕方がないほどに痩せていた。半年前に叔父が亡くなったことで色々とあって窶れたとのことだったので、アキコは一先ずの納得はしたもののその姿は何処か病的だと看護師でもあるアキコは内心思う。しかもそれ反して伯母は数年前と比較しても更に醜く太りきっていて、一人では満足に動くこともできない異様な姿に成長しきっていた。枯れ枝のような伯父と、巨大な大玉転がしの玉のような伯母。

…………まるで伯母が伯父の栄養を全部吸いとってしまったみたい

両親とアキコそして伯父は祖母の死に涙を流し線香を手向けるが、僅かに涙を拭う仕草をしたかと思った伯母は線香を手向けたかと思うとさっさと背後のテーブルに向かっていた。
何度も言うが土地によって葬儀の仕方は全く違う。
とは言え昨今はどの地方でも自宅に大きな和室はなくなって自宅で葬儀をすることは減っていて、葬儀場を利用するのが当たり前になりつつある。それでも、方や東北の片隅である母方の生家の周辺では、葬儀の最中は精進潔斎が普通で肉や魚は初七日まで食べられない事になっている。何しろ生業が農業で長く一所に住む土着の生活をしているためか、各家はまだ割合大きくて座敷を持つ事が多いのだ。そのため古くから住む母の血縁はまだ自宅の和室で通夜も葬式も行っているし、葬儀ともなれば近隣の女衆が精進潔斎の御膳を作るために集まってくる。そして、今だ葬式行列が檀家となっている寺までシズシズと歩を進めるのだ。葬儀は日取りによって仮通夜から始まり本通夜、上手く日取りを組めれば翌日に火葬、そして葬儀が行われ日取りによってはそのまま初七日をする。暦に左右されるが日取りが滞りなく出来たとして短くて丸二日間、長ければ葬儀まで五日程かかることもある。初七日法要は最近は葬儀の後に同じ日に行うことが多いが、それ以降は寺と相談し行う。
しかし父方では祖父の時も思ったが精進潔斎に対しておおらかと言うか、葬儀自体が全体的にかなり簡易化されている。葬儀は自宅ではなく全て葬儀場ですませるのが普通で、家族も葬儀場で通夜から葬儀まで過ごす。一夜通夜でおいて翌朝火葬の後葬儀と一緒に初七日法要だけでなく四十九日まで法要を済ませる、つまりは暦があっていて最短で進むのだと期日はほんの丸一日かかからない事になる。勿論暦により火葬が延びることはあるが、母方の葬式に比べれば格段に期間は短い。家によってはその期間だけ喪にふくして精進潔斎を行うこともあると言うが、基本的には行われないことも多いのだ。そんな通夜の間、葬儀場が準備したテーブルには、オードブルや寿司折が所せましと並べられている。当然のようにテーブルでそれを貪るように食い続ける伯母と従兄弟達を傍目に、伯父とアキコと両親が線香を手向け故人を偲ぶ。しかも、伯母は直接祖母とはなんの関係もない自分の血縁を葬儀場に呼び出していて、血縁の者が空腹にならないようにと準備されたそれを振る舞い食べさせている。

「いいから食べな!何時もあたしが面倒見てやったんだから、食べていいんだよ!」

足が悪いからと一向に線香を手向けに動く気配もなく一心不乱に食べ続ける伯母と、全く同じような体型をして貪り食う従兄弟の姿は某アニメで神様の食事を無銭飲食して豚に変えられた大人のようだ。しかも、面倒をみていたと話すが実態は違うことは言うまでもなくて伯母は足が悪くてろくに歩けもしないのに、どうやって自分のことは自分でしてきた祖母の面倒を見たのだろうと苦く思う。生前祖母が金銭面で困り父が仕送りをしていた時、口の悪い祖母が溜め息混じりに金が入ると伯母がやって来ると愚痴を溢していた。

ユリコ達が一切合切持ってっちまうからよ、金はもう送らんでいいよ。大丈夫だからって、そうアツシに言ってくれ。申し訳ないからよ。

父は祖母に仕送りをしていて、祖母のために何とか助けになろうとしていた。そこに伯母は祖母に会いに来ては、金の無心どころか仕送りを全てむしりとってしまうのだ。アキコからそれを聞いてからは、両親はお金と一緒に簡単に食べれる食品を送るように変わった。次第に年を取って缶詰めが開けにくくなってきたと思うとアキコが言うから、今度は指が効かなくなっても開けられるような食品・暖めるだけで食べられるレトルト惣菜を選んで祖母に送っていた。お金だけを送ると伯母が来て何もかも奪っていってしまうからと現物で対策を練っていたのだが、食べ物の方だって恐らく奪われてしまう方が多かったのではないかと貪り食う姿を見ながら思う。
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