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episode1☆ぬいと映えゴハン
p08 設定を語るぬい
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掌にそっと包むように碧生を乗せ、慌てて母の部屋へ向かおうとすると、千景が空飛ぶタオルに乗ってやって来た。
「何騒いでるんだ」
千景が入ってきたのでヒデアキは少しだけほっとした。
「どうしよう! 碧生くんが動かなくなった……!」
「碧生」
ニンゲンの掌の上に仰向けに横たわっている碧生を、千景がぽんぽんと叩く。
「寝ちまってるな」
「ふえっ?」
「こいつ、そのへんですーぐ寝落ちすんだわ」
「目、開けたまま?」
「ああ。睡眠状態になると、普通のぬいと同じ感じになる」
昼間エアコンで涼んでたときは目を閉じて赤ちゃんの寝顔みたいになっていたのに。
「……たしかに。これだったら寝てるとき見られても、普通のぬいにしか見えないね」
「ヒデアキ、お前ももう寝ろ。寝ないと背ぇ伸びねえぞ」
千景はそう言って空飛ぶタオルに碧生を乗せて去ろうとする。ヒデアキは、
「待って」
と呼び止めた。
「僕もそっちの部屋に行く」
すると千景がUターンしてヒデアキの目の前に来た。
「そんじゃ、ここで合宿すっか」
そのとき玄関でガチャガチャと気配がした。
お母さんが帰ってきた……!?
「ただいまー」
父の声がして、一人きりみたいだった。
ヒデアキと千景は顔を見合わせた。
「お帰り」
ヒデアキが部屋を出ていく。
父のアヤトは作家をしていて、母がいなくなる前は割とずっと家にいたのだ。こうやって遅くに帰ってくるのは取材や打ち合わせやパーティーの時だけだった。それが最近は家に全然いなくて「取材」ばかりしている。
少し疲れた様子の父に何か言う前に、千景が空飛ぶタオルに乗ってにゅっと現れた。
ヒデアキはポカンとしたままフリーズしてしまった。「スンッ」ってなってるとばかり思ったのに。
「おー早かったな」
と千景の口調は昔からの知り合いみたいだった。
「あれ? なんだ、もう友達になったの」
と父はさして驚きもせずに脳天気な口ぶりである。
「ああ。今日一緒にカフェに行ったからな」
「アオちゃんは?」
「寝た。人が多い所に行ったから疲れたみたいだ」
「あー……あのさあ」
ヒデアキは2人の会話に割り込んだ。
「お父さんと千景くんって、前から知り合いなの?」
「うん」「まーな」
と2人の声がシンクロした。
「アヤトはずっと家に引きこもってるから……まあ今は違うけど。出会わずにいる方が、無理だ」
「時々家事手伝ってもらってたよ~。ヒデくん。今日はゴハン、ちゃんと食べられた?」
「うん。チャーハン作った。お父さんは」
「取材先の人とお蕎麦やさん行った。お父さんちょっとメール書くから。ヒデくんはチカちゃんと一緒に寝てなさい」
どうやら父は千景と碧生を「チカちゃん」「アオちゃん」と呼んでいるようだ。小さいものが大好きだから、この存在を喜ばないはずがない。
「早く教えてほしかった」
ヒデアキはちょっと不満だったけど、
「大人になってから教えようと思ってた」
というのが父の弁だった。ということは、ぬいを知らなかったシンタローも父からは大人とはみなされていなかったらしい。
ぬいサイズの布団をヒデアキの椅子の上に敷いて、相変わらず眠ったままの碧生をそこに寝かせる。
千景もその隣に自分の布団を広げて潜り込み、ちょっとした合宿みたいになった。
「千景くんは」
ヒデアキはコソコソと話しかける。
「家族は?」
「碧生だけだ。親は死んだ」
ヒデアキは続きの言葉を失った。
飄々としたぬい兄弟だけど、悲しい思い出を抱えているみたいだ。
「碧生は目の前で親、殺されてなあ。コイツ自身も酷い目に遭った。そのせいでツンツンしてばーっかりになっちまった。チビの頃はいつも機嫌よかったのになー」
千景は淡々と語る。
ツンツンばっかり、というのがヒデアキには腑に落ちなくて、
「ん?」
と眉をひそめて今までの姿を回想する。確かに最初はアメ玉で攻撃されたが、料理を手伝ってくれたし、ツイッターでいいねを貰って無邪気に喜んでいた。あんまり喋らないけどそんなにツンツンとは感じなかった。
でも千景は冗談で言ってるわけでもなくて、刺繍とフェルトでできた顔が少し苦しげに歪んだ。
「ホントは、傷つく前に助けてやらなきゃなんなかった。なのに俺はなーんも気付かずに、家に着けばいつも通りだって思ってしょーもない寄り道してた。俺が一番要らない人間だったのにな。家に迷惑かけてばっかで」
「……」
しばらくの沈黙のあと、千景が言った。
「……っていう設定だ」
「?」
「別にぬいの俺たちが酷い目に遭ったわけじゃねーけど、そういう設定だ。原作の、元キャラが」
「設定……」
「俺たちはヤツらのぬいだから、影響を受けてる。俺の性格も碧生の性格も、その決められた設定の延長線上にある。実際経験した訳じゃなくてもなぁ、設定された過去を背負ってる限り、行動の理由はそこにある」
2頭身の可愛いぬいが、低いイケボでSF映画みたいなことを言っている。ヒデアキは不思議な気持ちで見つめた。
昼間カフェで見たモデルみたいなキラキライケメンイラストは確かに千景や碧生と同じ名前で、特徴が同じだし「原型」と言われたら納得はした。けど、小さくて丸っこくてふわっとしてかんたんな顔のぬいにはそんな暗い過去はしっくりこない。
「……その世界観、難しい」
「難しいか? まー、ヒデアキはまだ子供だからな」
「中学生はもう子供じゃないでしょ」
そう主張すると千景がププッと笑った。
「千景くん」
「ん?」
「科学って楽しい?」
「ああ」
「お母さんは、仕事楽しかったのかなあ」
「仕事は楽しいばっかりじゃねえだろ。金を稼ぐ手段だ」
「……そっか」
家は楽しかったのかな。
僕といて、楽しかったのかな。
ツイッターのこと、なんでヒミツにしてたのかな。
「お母さん、僕がつまんないから、いなくなっちゃったのかな」
言葉にしてしまうと無性に悲しくて自然と涙がこぼれた。
「おまえ、本気で言ってんのか」
千景が怒った口調で言って、布団から出てヒデアキを睨んだ。
「ナツミは何作るときも、うちの子たちが大きくなったときに、って言ってた。いっつもお前たちのこと考えてたぞ」
千景の隣では、小さな布団に包まれて碧生が目を開けたまま眠っている。
こんなに小さいから、守ってあげないと。ふいにそんなことを考えた。
ツイッターの人たちは高瀬先生と同じように気づいてるんだろう。別の誰かがお母さんのフリをしてツイートしてる。嘘の多い世界でも「いいね」をいっぱい押してくれた。碧生の言うようにちょっとだけ幸せになってくれてたらいいと、ヒデアキも願ってる。
千景の小さいスマホから波の音が聞こえてきた。
「安らぎミュージックだ。今日はもう眠れ」
目を閉じる。
波の音は赤ちゃんの頃、母親のお腹の中で聞いた音に似てるんだって誰かが言ってた。
「時間はかかるかもしれねえが、俺が全部、どうにかしてやる。約束したんだ」
どういう意味、って言おうとしたけどなんだか急に眠くなって、
「うん」
としか声が出なかった。
今日も祈る。祈るしかできない。
お母さんが怖い思いや痛い思いをしてませんように。
神様、お願いです。僕はずっと泣かずにご機嫌よくしてるから。
もうずっとずっと誰も、悲しい思いをしませんように。
「何騒いでるんだ」
千景が入ってきたのでヒデアキは少しだけほっとした。
「どうしよう! 碧生くんが動かなくなった……!」
「碧生」
ニンゲンの掌の上に仰向けに横たわっている碧生を、千景がぽんぽんと叩く。
「寝ちまってるな」
「ふえっ?」
「こいつ、そのへんですーぐ寝落ちすんだわ」
「目、開けたまま?」
「ああ。睡眠状態になると、普通のぬいと同じ感じになる」
昼間エアコンで涼んでたときは目を閉じて赤ちゃんの寝顔みたいになっていたのに。
「……たしかに。これだったら寝てるとき見られても、普通のぬいにしか見えないね」
「ヒデアキ、お前ももう寝ろ。寝ないと背ぇ伸びねえぞ」
千景はそう言って空飛ぶタオルに碧生を乗せて去ろうとする。ヒデアキは、
「待って」
と呼び止めた。
「僕もそっちの部屋に行く」
すると千景がUターンしてヒデアキの目の前に来た。
「そんじゃ、ここで合宿すっか」
そのとき玄関でガチャガチャと気配がした。
お母さんが帰ってきた……!?
「ただいまー」
父の声がして、一人きりみたいだった。
ヒデアキと千景は顔を見合わせた。
「お帰り」
ヒデアキが部屋を出ていく。
父のアヤトは作家をしていて、母がいなくなる前は割とずっと家にいたのだ。こうやって遅くに帰ってくるのは取材や打ち合わせやパーティーの時だけだった。それが最近は家に全然いなくて「取材」ばかりしている。
少し疲れた様子の父に何か言う前に、千景が空飛ぶタオルに乗ってにゅっと現れた。
ヒデアキはポカンとしたままフリーズしてしまった。「スンッ」ってなってるとばかり思ったのに。
「おー早かったな」
と千景の口調は昔からの知り合いみたいだった。
「あれ? なんだ、もう友達になったの」
と父はさして驚きもせずに脳天気な口ぶりである。
「ああ。今日一緒にカフェに行ったからな」
「アオちゃんは?」
「寝た。人が多い所に行ったから疲れたみたいだ」
「あー……あのさあ」
ヒデアキは2人の会話に割り込んだ。
「お父さんと千景くんって、前から知り合いなの?」
「うん」「まーな」
と2人の声がシンクロした。
「アヤトはずっと家に引きこもってるから……まあ今は違うけど。出会わずにいる方が、無理だ」
「時々家事手伝ってもらってたよ~。ヒデくん。今日はゴハン、ちゃんと食べられた?」
「うん。チャーハン作った。お父さんは」
「取材先の人とお蕎麦やさん行った。お父さんちょっとメール書くから。ヒデくんはチカちゃんと一緒に寝てなさい」
どうやら父は千景と碧生を「チカちゃん」「アオちゃん」と呼んでいるようだ。小さいものが大好きだから、この存在を喜ばないはずがない。
「早く教えてほしかった」
ヒデアキはちょっと不満だったけど、
「大人になってから教えようと思ってた」
というのが父の弁だった。ということは、ぬいを知らなかったシンタローも父からは大人とはみなされていなかったらしい。
ぬいサイズの布団をヒデアキの椅子の上に敷いて、相変わらず眠ったままの碧生をそこに寝かせる。
千景もその隣に自分の布団を広げて潜り込み、ちょっとした合宿みたいになった。
「千景くんは」
ヒデアキはコソコソと話しかける。
「家族は?」
「碧生だけだ。親は死んだ」
ヒデアキは続きの言葉を失った。
飄々としたぬい兄弟だけど、悲しい思い出を抱えているみたいだ。
「碧生は目の前で親、殺されてなあ。コイツ自身も酷い目に遭った。そのせいでツンツンしてばーっかりになっちまった。チビの頃はいつも機嫌よかったのになー」
千景は淡々と語る。
ツンツンばっかり、というのがヒデアキには腑に落ちなくて、
「ん?」
と眉をひそめて今までの姿を回想する。確かに最初はアメ玉で攻撃されたが、料理を手伝ってくれたし、ツイッターでいいねを貰って無邪気に喜んでいた。あんまり喋らないけどそんなにツンツンとは感じなかった。
でも千景は冗談で言ってるわけでもなくて、刺繍とフェルトでできた顔が少し苦しげに歪んだ。
「ホントは、傷つく前に助けてやらなきゃなんなかった。なのに俺はなーんも気付かずに、家に着けばいつも通りだって思ってしょーもない寄り道してた。俺が一番要らない人間だったのにな。家に迷惑かけてばっかで」
「……」
しばらくの沈黙のあと、千景が言った。
「……っていう設定だ」
「?」
「別にぬいの俺たちが酷い目に遭ったわけじゃねーけど、そういう設定だ。原作の、元キャラが」
「設定……」
「俺たちはヤツらのぬいだから、影響を受けてる。俺の性格も碧生の性格も、その決められた設定の延長線上にある。実際経験した訳じゃなくてもなぁ、設定された過去を背負ってる限り、行動の理由はそこにある」
2頭身の可愛いぬいが、低いイケボでSF映画みたいなことを言っている。ヒデアキは不思議な気持ちで見つめた。
昼間カフェで見たモデルみたいなキラキライケメンイラストは確かに千景や碧生と同じ名前で、特徴が同じだし「原型」と言われたら納得はした。けど、小さくて丸っこくてふわっとしてかんたんな顔のぬいにはそんな暗い過去はしっくりこない。
「……その世界観、難しい」
「難しいか? まー、ヒデアキはまだ子供だからな」
「中学生はもう子供じゃないでしょ」
そう主張すると千景がププッと笑った。
「千景くん」
「ん?」
「科学って楽しい?」
「ああ」
「お母さんは、仕事楽しかったのかなあ」
「仕事は楽しいばっかりじゃねえだろ。金を稼ぐ手段だ」
「……そっか」
家は楽しかったのかな。
僕といて、楽しかったのかな。
ツイッターのこと、なんでヒミツにしてたのかな。
「お母さん、僕がつまんないから、いなくなっちゃったのかな」
言葉にしてしまうと無性に悲しくて自然と涙がこぼれた。
「おまえ、本気で言ってんのか」
千景が怒った口調で言って、布団から出てヒデアキを睨んだ。
「ナツミは何作るときも、うちの子たちが大きくなったときに、って言ってた。いっつもお前たちのこと考えてたぞ」
千景の隣では、小さな布団に包まれて碧生が目を開けたまま眠っている。
こんなに小さいから、守ってあげないと。ふいにそんなことを考えた。
ツイッターの人たちは高瀬先生と同じように気づいてるんだろう。別の誰かがお母さんのフリをしてツイートしてる。嘘の多い世界でも「いいね」をいっぱい押してくれた。碧生の言うようにちょっとだけ幸せになってくれてたらいいと、ヒデアキも願ってる。
千景の小さいスマホから波の音が聞こえてきた。
「安らぎミュージックだ。今日はもう眠れ」
目を閉じる。
波の音は赤ちゃんの頃、母親のお腹の中で聞いた音に似てるんだって誰かが言ってた。
「時間はかかるかもしれねえが、俺が全部、どうにかしてやる。約束したんだ」
どういう意味、って言おうとしたけどなんだか急に眠くなって、
「うん」
としか声が出なかった。
今日も祈る。祈るしかできない。
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