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episode1☆ぬいと映えゴハン
p09 おむすびころりんするぬい
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【8月29日】
腕に重い衝撃。
高い打撃音が鳴り、振り抜いたバットを地面に転がしてヒデアキは走り出す。
残響の波に乗るようにして白いボールが浮き上がる。
水色の空の中、白い星のように高く高く……
「ライト!」
とキャッチャーの津田山コウイチが叫んだ。
ヒデアキの打った球はかなり高く上がってから、ライトを守る東野サチコの赤いグローブに吸い込まれるように収まった。
3塁にいた広田コーイチローがベースを蹴ってホームを狙う。ライトから唸りを上げるように球が返ってくる。東野は肩は強いがコントロールがイマイチだ。津田山が長い左腕を大きく伸ばして返球を受け取る。広田がスライディングして砂埃が舞い上がった。
「アウト」
審判の江崎先生の無情な声が聞こえた。
ヒデアキは一塁ベースの辺りで、
「うあー!」
と思わず頭を抱えた。これでゲームセット。練習試合は1点差の負けだ。
広田はホームベースの上に居座ったまま、
「あー! クッソ、ぜってーいけると思ったのにー! さっち先輩、肩強すぎぃ~!」
なんてわめいている。「ベンチ」と呼ぶ木陰から出て行ったチームメイトたち、それに相手チームの面々も広田とヒデアキに、
「ナイスファイト」
と口々に声をかけた。
当たり前かもしれないけど、こうやってゲームするのが部活の中で一番楽しい。
ヒデアキの通う高島学園の人数は多くない。野球部員は3年生が5人、2年生も5人、1年生が4人。夏で3年生は公式には部活を卒業した。でも中高一貫校だから受験があるわけでもないし、彼らも時々顔を出している。
今日は近所の私学との合同練習だった。こうして時々合同練習をするから半分は同じチームぐらいの親しさがある。向こうの野球部も高島学園と同じぐらいの規模で、今日は練習試合するには人数が足りなくなりそうだったから、3年生も調整要員になるために顔を出していた。
それにしても1週間部活を休んでやっぱり体がなまってる、とヒデアキは感じる。
朝8時半からの合同練習はこれでおしまい。ツクツクホウシが賑やかな晩夏の昼下がり、肌が焦げそうな強い日差しだ。熱気が何もないグラウンドに反射して地面が仄かに光っているみたいだった。
クールダウンのストレッチをしている間に、江崎先生が職員室からスーパーの袋を抱えて来た。
「夏休み最後の差し入れですよ」
と言って彼が開いて見せた袋の中にはアイスバーがたくさん入っている。生徒たちは、
「うおーーーありがとうございます!」
と動物みたいな歓声をあげて先生に飛びついていった。
アイスを配り終わると先生はヒデアキに尋ねた。
「紫藤君、今日は気持ち悪くなりませんでした?」
「大丈夫! 元気です!」
「なら、よかった。何か手伝いが必要なことは、ないですか」
ヒデアキはちょっと考える。
全く困っていないわけではない。母が未だに「行方不明」で探し出せずにいる。
でも先生に言っても仕方がないので答えは自然と口から出てきた。
「今のとこ、大丈夫です」
***
「あー感想文やんないとなあー」
広田がのんきに言う隣で、
「それ毎日言ってるよねえ。もう今日と明日と明後日しかないよ?」
と原田カズミが呆れている。今日の練習試合ではキャッチャーを務めていた。
2人はヒデアキと同じ駅を使っていて、今朝はわざわざ迎えに来た。今はこうして駅から家まで送り届けるつもりのようだった。
「僕、心配されてる」
とヒデアキが不服そうに言ったけど、
「そりゃそーでしょ」
「オレたちのスローガンは健康第一だからな!」
不服を認めない力強い言葉が返ってきた。
***
家に入るとすぐに、
「惜しかったな、犠牲フライ」
どこかで低い声がしてヒデアキは辺りを見回した。
スポーツバッグが内側から開いて、千景と碧生がにゅっと現れた。
「うっわっ!? 全然きづかなかった! 学校まで来てたの?」
「ああ。天気良かったし。ニンゲンが少なかったから色々見物できた」
「付いてくるんなら言ってよー」
「言うヒマなくてな。迎えのやつらが急に来たから」
バッグから床にぴょんと降りて満足げな千景の隣で、
「おれも野球したくなった」
と碧生がソワソワしている。
「その前にホコリを落そうぜ。そういえば、ヒデアキ」
小さな布製の体がヒデアキの前に二つ並んで見上げてきた。
千景が咎める口調で言う。
「おまえ、弁当残しただろ」
「……ごめん」
「謝らなくていいけど」
碧生は抑揚のない声だった。怒っているわけじゃなさそうだけど、傷つけてしまったかもしれない。
そう。
それは今朝のこと……
起きてキッチンに行ったら、碧生がまたレインコートで完全防備になって、ラップに包んだご飯をコロコロ転がしてボールにしていた。
そしてヒデアキが現れたのを見るとちょっと慌てたみたいに、
「まだ出かけないよな!?」
と確認してきた。
「ごはん、作ってくれてるの」
「それもあるけど、これは弁当だ」
「ボールおにぎりだ。中身、なに?」
「鮭とおかかと、秘蔵の牛しぐれ」
「やった! 全部好きなやつ」
きちんと冷まして握ったボールおにぎりに、赤い縫い目に見立てたカニカマを丁寧に並べて飾り付けて完成。
ウィンナーはバットの形になるよう端の方を少し削り、太めに切った金糸タマゴをグリップのようにくるくる巻いている。
ヒデアキが着替えている間に碧生は、千景に手伝ってもらってそれを弁当箱にちゃっちゃと詰めて、
「おれはこの映え弁当で、100いいねを狙う……!」
と意気込んだ。
「ヒデアキ、写真を頼む」
「そういえば、ユニフォームみたいなぬい服、あったよねえ?」
ヒデアキの言葉に頷いて着替えに行きかけて碧生はハタと止まった。
「でもあれ、おれのしかない。兄さんとお揃いできないな」
「じゃあ俺は応援の役」
と千景は碧生だけ着替えさせ、自分はデフォルトの服のまま写っていた。
そのあとぬいたちは弁当に保冷剤を付けてセッティングして、
「涼しいところに置けよ」
と気にしていたが、広田と原田が急に迎えに来たので姿を表さなくなった。
まさかカバンの中にいたとは。
ボールおにぎりはすごく美味しかった。
途中で急に食べられなくなったのは、昔々同じものを作った日のことを……そしてそれが「チハル」のツイッターの昔々のツイートにあったのを思い出し、胸が苦しくなったからだ。
以上、今日の弁当の回想終わり。
腕に重い衝撃。
高い打撃音が鳴り、振り抜いたバットを地面に転がしてヒデアキは走り出す。
残響の波に乗るようにして白いボールが浮き上がる。
水色の空の中、白い星のように高く高く……
「ライト!」
とキャッチャーの津田山コウイチが叫んだ。
ヒデアキの打った球はかなり高く上がってから、ライトを守る東野サチコの赤いグローブに吸い込まれるように収まった。
3塁にいた広田コーイチローがベースを蹴ってホームを狙う。ライトから唸りを上げるように球が返ってくる。東野は肩は強いがコントロールがイマイチだ。津田山が長い左腕を大きく伸ばして返球を受け取る。広田がスライディングして砂埃が舞い上がった。
「アウト」
審判の江崎先生の無情な声が聞こえた。
ヒデアキは一塁ベースの辺りで、
「うあー!」
と思わず頭を抱えた。これでゲームセット。練習試合は1点差の負けだ。
広田はホームベースの上に居座ったまま、
「あー! クッソ、ぜってーいけると思ったのにー! さっち先輩、肩強すぎぃ~!」
なんてわめいている。「ベンチ」と呼ぶ木陰から出て行ったチームメイトたち、それに相手チームの面々も広田とヒデアキに、
「ナイスファイト」
と口々に声をかけた。
当たり前かもしれないけど、こうやってゲームするのが部活の中で一番楽しい。
ヒデアキの通う高島学園の人数は多くない。野球部員は3年生が5人、2年生も5人、1年生が4人。夏で3年生は公式には部活を卒業した。でも中高一貫校だから受験があるわけでもないし、彼らも時々顔を出している。
今日は近所の私学との合同練習だった。こうして時々合同練習をするから半分は同じチームぐらいの親しさがある。向こうの野球部も高島学園と同じぐらいの規模で、今日は練習試合するには人数が足りなくなりそうだったから、3年生も調整要員になるために顔を出していた。
それにしても1週間部活を休んでやっぱり体がなまってる、とヒデアキは感じる。
朝8時半からの合同練習はこれでおしまい。ツクツクホウシが賑やかな晩夏の昼下がり、肌が焦げそうな強い日差しだ。熱気が何もないグラウンドに反射して地面が仄かに光っているみたいだった。
クールダウンのストレッチをしている間に、江崎先生が職員室からスーパーの袋を抱えて来た。
「夏休み最後の差し入れですよ」
と言って彼が開いて見せた袋の中にはアイスバーがたくさん入っている。生徒たちは、
「うおーーーありがとうございます!」
と動物みたいな歓声をあげて先生に飛びついていった。
アイスを配り終わると先生はヒデアキに尋ねた。
「紫藤君、今日は気持ち悪くなりませんでした?」
「大丈夫! 元気です!」
「なら、よかった。何か手伝いが必要なことは、ないですか」
ヒデアキはちょっと考える。
全く困っていないわけではない。母が未だに「行方不明」で探し出せずにいる。
でも先生に言っても仕方がないので答えは自然と口から出てきた。
「今のとこ、大丈夫です」
***
「あー感想文やんないとなあー」
広田がのんきに言う隣で、
「それ毎日言ってるよねえ。もう今日と明日と明後日しかないよ?」
と原田カズミが呆れている。今日の練習試合ではキャッチャーを務めていた。
2人はヒデアキと同じ駅を使っていて、今朝はわざわざ迎えに来た。今はこうして駅から家まで送り届けるつもりのようだった。
「僕、心配されてる」
とヒデアキが不服そうに言ったけど、
「そりゃそーでしょ」
「オレたちのスローガンは健康第一だからな!」
不服を認めない力強い言葉が返ってきた。
***
家に入るとすぐに、
「惜しかったな、犠牲フライ」
どこかで低い声がしてヒデアキは辺りを見回した。
スポーツバッグが内側から開いて、千景と碧生がにゅっと現れた。
「うっわっ!? 全然きづかなかった! 学校まで来てたの?」
「ああ。天気良かったし。ニンゲンが少なかったから色々見物できた」
「付いてくるんなら言ってよー」
「言うヒマなくてな。迎えのやつらが急に来たから」
バッグから床にぴょんと降りて満足げな千景の隣で、
「おれも野球したくなった」
と碧生がソワソワしている。
「その前にホコリを落そうぜ。そういえば、ヒデアキ」
小さな布製の体がヒデアキの前に二つ並んで見上げてきた。
千景が咎める口調で言う。
「おまえ、弁当残しただろ」
「……ごめん」
「謝らなくていいけど」
碧生は抑揚のない声だった。怒っているわけじゃなさそうだけど、傷つけてしまったかもしれない。
そう。
それは今朝のこと……
起きてキッチンに行ったら、碧生がまたレインコートで完全防備になって、ラップに包んだご飯をコロコロ転がしてボールにしていた。
そしてヒデアキが現れたのを見るとちょっと慌てたみたいに、
「まだ出かけないよな!?」
と確認してきた。
「ごはん、作ってくれてるの」
「それもあるけど、これは弁当だ」
「ボールおにぎりだ。中身、なに?」
「鮭とおかかと、秘蔵の牛しぐれ」
「やった! 全部好きなやつ」
きちんと冷まして握ったボールおにぎりに、赤い縫い目に見立てたカニカマを丁寧に並べて飾り付けて完成。
ウィンナーはバットの形になるよう端の方を少し削り、太めに切った金糸タマゴをグリップのようにくるくる巻いている。
ヒデアキが着替えている間に碧生は、千景に手伝ってもらってそれを弁当箱にちゃっちゃと詰めて、
「おれはこの映え弁当で、100いいねを狙う……!」
と意気込んだ。
「ヒデアキ、写真を頼む」
「そういえば、ユニフォームみたいなぬい服、あったよねえ?」
ヒデアキの言葉に頷いて着替えに行きかけて碧生はハタと止まった。
「でもあれ、おれのしかない。兄さんとお揃いできないな」
「じゃあ俺は応援の役」
と千景は碧生だけ着替えさせ、自分はデフォルトの服のまま写っていた。
そのあとぬいたちは弁当に保冷剤を付けてセッティングして、
「涼しいところに置けよ」
と気にしていたが、広田と原田が急に迎えに来たので姿を表さなくなった。
まさかカバンの中にいたとは。
ボールおにぎりはすごく美味しかった。
途中で急に食べられなくなったのは、昔々同じものを作った日のことを……そしてそれが「チハル」のツイッターの昔々のツイートにあったのを思い出し、胸が苦しくなったからだ。
以上、今日の弁当の回想終わり。
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