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[リア]
初夜の衝撃 §3
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初夜から一夜明けた昼すぎ、わたしは自室のベッドで爆睡していた。命からがら夫の部屋から脱出したのだ。
甘くラブラブな新婚初夜を期待していたわたしがバカだった。
結婚までの同棲期間、それなりにイチャイチャはしており、本来なら、初夜はその延長線上にあるものだった。しかし、前夜からの異様な流れを見れば、期待するのは若干無理があったと言わざるを得ない。
日の出前、一度意識を取り戻し、寝室からの脱出を試みた。
秘密の通路に出れば、アレンさんが待っている。そこまで行けば……と、出口を目指した。ところが、あと数歩のところで夫に捕まり、寝室へ連れ戻されてしまった。
次に目を覚ました時は、ベッドの端でゾンビに背を向けていた。
音を立てないようそっと起き上がり、用心深く周囲の様子を確認した。
薄暗い部屋に、カーテンの隙間からわずかな光が差し込んでいた。ゾンビは幸せそうに寝息を立てて眠っている。
くちゃくちゃになったナイトドレスが、ベッドサイドの椅子に放り投げられていた。見るも無残だが、ほかに着るものがない。あとで着替えることにして、とりあえずそれを着た。
ベッドから降り、床に落ちたガウンを拾おうとした瞬間、わたしはなぜかベチョッと床に倒れた。
――こ、このわたしが、重力に負けた……ッ!?
疲労で体に力が入らない。特に足が重症だった。
理由を考えるのは後だ。のんびりしていると、再びゾンビに襲われる。逃げなくては!
急いでガウンを着ると、床を這って出口を目指した。
寝室を出て、リビングをカタツムリのようにヌルヌルと進む。
はぁ、はぁ……シンドイですわ……でも、もう少しよ。
「二足歩行というのは、意外と難易度が高い」と、誰かが言っていたことを思い出した。
ようやくドアの前に到達した。最後の難関だ。
秘密の通路へ出る扉は、どこも二重ドアになっている。一枚目のドアを自力で開けないかぎり脱出は不可能だ。
膝立ちになろうとすると、疲労困憊の体が悲鳴を上げた。
つ、ツライですわっ。泣いちゃいそうですわっ。ええい、振り絞れ筋力、ぱわーっ!
どうにかドアを開けると、二枚目の扉の手前に到達した。靴などを入れる収納や全身鏡などがあり、一見すると高級マンションの玄関のようだ。
通路へ出るドアはわたしの魔法でも解錠できるけれど、今は術式をコネコネやっている余裕がない。アレンさんに外から開けてもらおう。
こんこんこん……助けてください。
控えめにノックをすると、ドアの向こうから人の気配を感じた。
一拍置いてからカチリと鍵の開く音がして、ドアが開く。寄りかかっていたものが急に外へ向かって引っ張られたため、わたしは廊下にぺちょんと力なく倒れ込んだ。
その時にアレンさんが見せた表情は、たぶん一生忘れられないだろう。彼は本当に驚いていた。
「リ、リア様!?」
「しーっ。お部屋へ……早く!」
まるで命からがら脱走してきた捕虜のセリフのようだ。
わたしがヌルッと廊下へ出たのを確認すると、彼は素早くドアを閉め、わたしを抱き上げた。
彼は真っ直ぐ前を見てわたしを運んでくれていたものの、とても言いづらそうに「リア様、ドレスが……」と言った。
ガウンを着てもビリビリの初夜ドレスは隠しきれなかったのだ。
「あ、暴力を受けたわけではないので、心配しないでくださいね」と伝えたものの、見た目が見た目なので、やや説得力に欠ける。
「それは……誰も信じないと思います」
彼は眉間をぴくぴくと引きつらせながら答えた。
でも信じてほしい。あれはただの陽気でオバカなゾンビ君だ。局部を凝視してヘラヘラ喜ぶなど、理性的な人間が決してやらないようなことをしていたけれど、凶暴さはなかった。
むしろ、頭にきて何度も蹴飛ばしたわたしのほうが、よほど凶暴だろう。
ゾンビが思いのほか打たれ強くて陽気なものだから、遠慮なく蹴りまくってしまった。我ながら、とんでもない妻である。
徐々に筋肉痛が出てきていたことから、下半身の極度の疲労は、彼を蹴飛ばしすぎたことが原因なのではないかと考えているくらいだった。
「ただ、女性の夢を壊すことは間違いないので、ちょっと未婚の女子には見せられないですよね」と、わたしは務めて普段どおりに話した。
「男にも見せられません。人を払います。王宮医を呼びますか?」
困ったことに、彼は深刻な表情のままだ。
「いいえ、ただの疲労なので、落ち着いてから自分で【治癒】をかけますわ」
彼は少し先で待機していたフィデルさんに頼み、完全に人を遠ざけてから部屋へ入れてくれた。
支度部屋へ行き、一人で着られる部屋着に着替えたまではよかったけれど、ビリビリドレスの処遇で迷った。
これ、どうするべきだろうか……。
捨てるにしても、このままというわけにはいかないし、少し時期をずらさないと、ゴミを見た人が驚くだろう。変なうわさになっても困る。
ちょっとずつ切って捨てる? 何かに紛れ込ませて燃やす? 亜空間にゴミ箱を作る?
「ん~~~……落ち着いてから考えますか……」
ひとまず【浄化】をかけて紙袋に入れ、取っておくことにした。
ふと鏡を見ると、そこに映った自分の姿に愕然とした。
ゾンビに食われた痕がそこら中についているのだ。あえて「キスマーク」なんて色っぽい言い方はしてあげない。
「こ、これ、アレンさんにも見えたんじゃ……」
本当に疲労だけなのかと二度も聞かれたのは、おびただしい数の痕が見えたせいかもしれない。
「はぁぁ……もおぉぉ、最悪……」
真実はさておき、アレンさんから見えている状況が非常に良くない。計算式が一つしかないのだ。
ビリビリドレス+無数の内出血=家庭内暴力
辺境の村で迷子になった時、「DV夫から逃げてきた令嬢」と勘違いされたけれど、この姿を見たら本当にそう見えてしまう。
おそらくアレンさんは、暴力を振るわれたわたしが、夫をかばって事実を隠していると勘違いをしている。
「大変……話せる範囲で説明をしないと、話がややこしくなるわ……!」
急いで彼を呼び、ヴィッヒル・ハートの絵の前でお茶を飲みながら話をすることにした。
アレンさんにはあえて隣に座ってもらった。向かい合って座ると、そこかしこの痕が目に入って余計にピリピリしそうだ。
「昨晩のことなのですけれど、たぶん……旦那様は記憶がないと思うのです」と伝えた。
夫は王族だし、寝室で起きたことを事細かに話すわけにはいかない。彼に話せることは限られていたものの「夫に記憶がない」という点は、間違いなくこの問題の核心だ。彼にはその意味が理解できるはず。
「やっぱり寝ていなかったのか……」と、彼は心から失望したように髪をかき上げた。
「以前も、似たようなことがありましたよね」
あれは、まだ夫と婚約する前のことだ。
仕事で徹夜をして帰って来て、二人きりになった途端、彼の意識が飛んで暴走した。
当然、その時も暴力などはなく、ただ暴走してワンワンしただけで、本人は何も覚えていなかった。その一件で彼は猛省し、徹夜は極力せず、睡眠不足の時は二人きりにならないよう気をつけるようになった。
今回はその意識が緩んだのだろう。
「前回もそうでしたが、彼は乱暴なことをする人ではないのです。強いて言うなら『暴走』ですわ。ドレスを破いたのは、気が急いて面倒くさくなっただけなのです」
事実の説明をしたものの、アレンさんの顔は引きつっていた。
おそらく積もり積もったものも含めて激怒に至っているのだろう。彼は何度となく夫の尻拭いをしてくれているため、腹を立てるのも無理はない。
感情を抑え込んでいる彼に、それ以上怒るなと言うのは酷だ。
彼には言わなかったけれど、実はわたしにも肝心な部分の記憶がなかった。
わたしが覚えているのは、はしゃぐバカゾンビを何度も蹴飛ばしたことだけ。不思議なことに、体も単なる疲労と筋肉痛で、情事の後という感じがしなかった。これほどまでに余韻が残らないことは考えにくい。
しかし、枕元には完成した状態の『生命の宝珠』が置いてあった。ということは、行為そのものはあったと考えるのが妥当だ。
まるで実感も記憶もないが、結果だけは残っているという不可解な状況だった。
「そ、それで、今後の予定を確認したいのですが、近日中にポルト・デリングへ行くのでしたよね?」
新婚旅行を兼ねて領地視察に行く予定があった。
「ええ。三日後の出発です」
彼は手帳を確認しながら、ポルト・デリングの視察後、そこから直接ナルヴィルへ向かう旅程を教えてくれた。
「ひとまず、出発まではお部屋にこもりますわ。彼のワガママを放置すると、大勢の人に迷惑がかかりますので、少し反省を促したいと思います」
「承知しました。聖女宮への出入りを禁止にしますか?」
「そこまでしなくても平気ですわ。でも、顔を合わせるのは、しっかり反省をしてからですね」
アレンさんは指を組んでうつむいたまま「移動の際、馬車を別々にしませんか?」と控えめに言った。
「睡眠が十分かは見た目では分からないことがあります。今回のように虚偽の申告をされると、旅の道中で困ることになります」
「虚偽の申告?」と、わたしは首をかしげた。
夫が朝帰りをした時、彼は「睡眠を取ったのか」と確認したそうだ。
夫はその質問に「クリスの家で寝た」と答えたらしい。
仮にそこで「寝ていない」と答えていたら、暴走することを想定し、初夜は翌日へ持ち越しにされていた。そうなるのが嫌でうそをついたのだろう。
夫は結婚にはしゃいで、ワガママの限りを尽くしてしまったのだ。
「致し方ありませんね。旅の安全を優先いたしましょう。馬車の台数が変わらないよう、侍女をわたしの車に同乗させましょう」
「友人として、彼には厳重注意をしたいと思います」と、彼は厳しい目で言った。
やはり衝突は不可避のようだ。
「アレンさん……何度も巻き込んでしまって、申し訳ありません」
彼が思い詰めたような顔をしていたため、改めて暴力ではないことと、わたしは大丈夫だと伝え、わたしの代わりに腹を立てないよう念を押した。
さすがに、夫が超陽気なゾンビになった話はできなかった。夫の名誉を守りつつ、この困った状況を説明することはとても難しい……。
アレンさんが出て行った後、わたしはひとりでヴィッヒル・ハートの絵を眺めつつ静かにお茶を楽しんだ。
ようやくやって来たお休みだ。「夕方まで何もしない」と決め、思い切って昼寝をしてしまった。
別室でアレンさんが夫にお仕置きをしていたと知ったのは、翌日のことだった――
甘くラブラブな新婚初夜を期待していたわたしがバカだった。
結婚までの同棲期間、それなりにイチャイチャはしており、本来なら、初夜はその延長線上にあるものだった。しかし、前夜からの異様な流れを見れば、期待するのは若干無理があったと言わざるを得ない。
日の出前、一度意識を取り戻し、寝室からの脱出を試みた。
秘密の通路に出れば、アレンさんが待っている。そこまで行けば……と、出口を目指した。ところが、あと数歩のところで夫に捕まり、寝室へ連れ戻されてしまった。
次に目を覚ました時は、ベッドの端でゾンビに背を向けていた。
音を立てないようそっと起き上がり、用心深く周囲の様子を確認した。
薄暗い部屋に、カーテンの隙間からわずかな光が差し込んでいた。ゾンビは幸せそうに寝息を立てて眠っている。
くちゃくちゃになったナイトドレスが、ベッドサイドの椅子に放り投げられていた。見るも無残だが、ほかに着るものがない。あとで着替えることにして、とりあえずそれを着た。
ベッドから降り、床に落ちたガウンを拾おうとした瞬間、わたしはなぜかベチョッと床に倒れた。
――こ、このわたしが、重力に負けた……ッ!?
疲労で体に力が入らない。特に足が重症だった。
理由を考えるのは後だ。のんびりしていると、再びゾンビに襲われる。逃げなくては!
急いでガウンを着ると、床を這って出口を目指した。
寝室を出て、リビングをカタツムリのようにヌルヌルと進む。
はぁ、はぁ……シンドイですわ……でも、もう少しよ。
「二足歩行というのは、意外と難易度が高い」と、誰かが言っていたことを思い出した。
ようやくドアの前に到達した。最後の難関だ。
秘密の通路へ出る扉は、どこも二重ドアになっている。一枚目のドアを自力で開けないかぎり脱出は不可能だ。
膝立ちになろうとすると、疲労困憊の体が悲鳴を上げた。
つ、ツライですわっ。泣いちゃいそうですわっ。ええい、振り絞れ筋力、ぱわーっ!
どうにかドアを開けると、二枚目の扉の手前に到達した。靴などを入れる収納や全身鏡などがあり、一見すると高級マンションの玄関のようだ。
通路へ出るドアはわたしの魔法でも解錠できるけれど、今は術式をコネコネやっている余裕がない。アレンさんに外から開けてもらおう。
こんこんこん……助けてください。
控えめにノックをすると、ドアの向こうから人の気配を感じた。
一拍置いてからカチリと鍵の開く音がして、ドアが開く。寄りかかっていたものが急に外へ向かって引っ張られたため、わたしは廊下にぺちょんと力なく倒れ込んだ。
その時にアレンさんが見せた表情は、たぶん一生忘れられないだろう。彼は本当に驚いていた。
「リ、リア様!?」
「しーっ。お部屋へ……早く!」
まるで命からがら脱走してきた捕虜のセリフのようだ。
わたしがヌルッと廊下へ出たのを確認すると、彼は素早くドアを閉め、わたしを抱き上げた。
彼は真っ直ぐ前を見てわたしを運んでくれていたものの、とても言いづらそうに「リア様、ドレスが……」と言った。
ガウンを着てもビリビリの初夜ドレスは隠しきれなかったのだ。
「あ、暴力を受けたわけではないので、心配しないでくださいね」と伝えたものの、見た目が見た目なので、やや説得力に欠ける。
「それは……誰も信じないと思います」
彼は眉間をぴくぴくと引きつらせながら答えた。
でも信じてほしい。あれはただの陽気でオバカなゾンビ君だ。局部を凝視してヘラヘラ喜ぶなど、理性的な人間が決してやらないようなことをしていたけれど、凶暴さはなかった。
むしろ、頭にきて何度も蹴飛ばしたわたしのほうが、よほど凶暴だろう。
ゾンビが思いのほか打たれ強くて陽気なものだから、遠慮なく蹴りまくってしまった。我ながら、とんでもない妻である。
徐々に筋肉痛が出てきていたことから、下半身の極度の疲労は、彼を蹴飛ばしすぎたことが原因なのではないかと考えているくらいだった。
「ただ、女性の夢を壊すことは間違いないので、ちょっと未婚の女子には見せられないですよね」と、わたしは務めて普段どおりに話した。
「男にも見せられません。人を払います。王宮医を呼びますか?」
困ったことに、彼は深刻な表情のままだ。
「いいえ、ただの疲労なので、落ち着いてから自分で【治癒】をかけますわ」
彼は少し先で待機していたフィデルさんに頼み、完全に人を遠ざけてから部屋へ入れてくれた。
支度部屋へ行き、一人で着られる部屋着に着替えたまではよかったけれど、ビリビリドレスの処遇で迷った。
これ、どうするべきだろうか……。
捨てるにしても、このままというわけにはいかないし、少し時期をずらさないと、ゴミを見た人が驚くだろう。変なうわさになっても困る。
ちょっとずつ切って捨てる? 何かに紛れ込ませて燃やす? 亜空間にゴミ箱を作る?
「ん~~~……落ち着いてから考えますか……」
ひとまず【浄化】をかけて紙袋に入れ、取っておくことにした。
ふと鏡を見ると、そこに映った自分の姿に愕然とした。
ゾンビに食われた痕がそこら中についているのだ。あえて「キスマーク」なんて色っぽい言い方はしてあげない。
「こ、これ、アレンさんにも見えたんじゃ……」
本当に疲労だけなのかと二度も聞かれたのは、おびただしい数の痕が見えたせいかもしれない。
「はぁぁ……もおぉぉ、最悪……」
真実はさておき、アレンさんから見えている状況が非常に良くない。計算式が一つしかないのだ。
ビリビリドレス+無数の内出血=家庭内暴力
辺境の村で迷子になった時、「DV夫から逃げてきた令嬢」と勘違いされたけれど、この姿を見たら本当にそう見えてしまう。
おそらくアレンさんは、暴力を振るわれたわたしが、夫をかばって事実を隠していると勘違いをしている。
「大変……話せる範囲で説明をしないと、話がややこしくなるわ……!」
急いで彼を呼び、ヴィッヒル・ハートの絵の前でお茶を飲みながら話をすることにした。
アレンさんにはあえて隣に座ってもらった。向かい合って座ると、そこかしこの痕が目に入って余計にピリピリしそうだ。
「昨晩のことなのですけれど、たぶん……旦那様は記憶がないと思うのです」と伝えた。
夫は王族だし、寝室で起きたことを事細かに話すわけにはいかない。彼に話せることは限られていたものの「夫に記憶がない」という点は、間違いなくこの問題の核心だ。彼にはその意味が理解できるはず。
「やっぱり寝ていなかったのか……」と、彼は心から失望したように髪をかき上げた。
「以前も、似たようなことがありましたよね」
あれは、まだ夫と婚約する前のことだ。
仕事で徹夜をして帰って来て、二人きりになった途端、彼の意識が飛んで暴走した。
当然、その時も暴力などはなく、ただ暴走してワンワンしただけで、本人は何も覚えていなかった。その一件で彼は猛省し、徹夜は極力せず、睡眠不足の時は二人きりにならないよう気をつけるようになった。
今回はその意識が緩んだのだろう。
「前回もそうでしたが、彼は乱暴なことをする人ではないのです。強いて言うなら『暴走』ですわ。ドレスを破いたのは、気が急いて面倒くさくなっただけなのです」
事実の説明をしたものの、アレンさんの顔は引きつっていた。
おそらく積もり積もったものも含めて激怒に至っているのだろう。彼は何度となく夫の尻拭いをしてくれているため、腹を立てるのも無理はない。
感情を抑え込んでいる彼に、それ以上怒るなと言うのは酷だ。
彼には言わなかったけれど、実はわたしにも肝心な部分の記憶がなかった。
わたしが覚えているのは、はしゃぐバカゾンビを何度も蹴飛ばしたことだけ。不思議なことに、体も単なる疲労と筋肉痛で、情事の後という感じがしなかった。これほどまでに余韻が残らないことは考えにくい。
しかし、枕元には完成した状態の『生命の宝珠』が置いてあった。ということは、行為そのものはあったと考えるのが妥当だ。
まるで実感も記憶もないが、結果だけは残っているという不可解な状況だった。
「そ、それで、今後の予定を確認したいのですが、近日中にポルト・デリングへ行くのでしたよね?」
新婚旅行を兼ねて領地視察に行く予定があった。
「ええ。三日後の出発です」
彼は手帳を確認しながら、ポルト・デリングの視察後、そこから直接ナルヴィルへ向かう旅程を教えてくれた。
「ひとまず、出発まではお部屋にこもりますわ。彼のワガママを放置すると、大勢の人に迷惑がかかりますので、少し反省を促したいと思います」
「承知しました。聖女宮への出入りを禁止にしますか?」
「そこまでしなくても平気ですわ。でも、顔を合わせるのは、しっかり反省をしてからですね」
アレンさんは指を組んでうつむいたまま「移動の際、馬車を別々にしませんか?」と控えめに言った。
「睡眠が十分かは見た目では分からないことがあります。今回のように虚偽の申告をされると、旅の道中で困ることになります」
「虚偽の申告?」と、わたしは首をかしげた。
夫が朝帰りをした時、彼は「睡眠を取ったのか」と確認したそうだ。
夫はその質問に「クリスの家で寝た」と答えたらしい。
仮にそこで「寝ていない」と答えていたら、暴走することを想定し、初夜は翌日へ持ち越しにされていた。そうなるのが嫌でうそをついたのだろう。
夫は結婚にはしゃいで、ワガママの限りを尽くしてしまったのだ。
「致し方ありませんね。旅の安全を優先いたしましょう。馬車の台数が変わらないよう、侍女をわたしの車に同乗させましょう」
「友人として、彼には厳重注意をしたいと思います」と、彼は厳しい目で言った。
やはり衝突は不可避のようだ。
「アレンさん……何度も巻き込んでしまって、申し訳ありません」
彼が思い詰めたような顔をしていたため、改めて暴力ではないことと、わたしは大丈夫だと伝え、わたしの代わりに腹を立てないよう念を押した。
さすがに、夫が超陽気なゾンビになった話はできなかった。夫の名誉を守りつつ、この困った状況を説明することはとても難しい……。
アレンさんが出て行った後、わたしはひとりでヴィッヒル・ハートの絵を眺めつつ静かにお茶を楽しんだ。
ようやくやって来たお休みだ。「夕方まで何もしない」と決め、思い切って昼寝をしてしまった。
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