昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

夜会の伝説 §2

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 お金と権力という明確な目的がある以上、積極的に攻めているのは女性のほうだ。既成事実さえ作れば結婚できる――そう考えた令嬢たちはくまんつ様に群がり、どうにかして振り向かせようと、あの手この手で誘っている。
 しかし、くまんつ様は賢い方だ。女性の誘いにホイホイ乗るタイプではない。

「誘っても結果が出なかった。そこで令嬢たちは、後先考えずに『関係を懇願』してしまった……」
「お誘いと、お願いの違いということですか?」と、イレーネさんは真っ赤な頬を押さえながら言った。
「そう。想像してみて。似ているけれど、まったく違う結果になるはずなのよ」

 男性が女性の誘いに乗った場合、紳士として理性的に振る舞えなかった責任や、処女を奪った責任などが発生する。
 令嬢の父親が事実を知れば、大喜びで彼に結婚を迫るだろう。
「一度誘いに乗ったらおしまいよ。『妊娠した』とでも言われたら、もう結婚は不可避でしょう?」
「でも、懇願した場合も結果は同じになりませんか?」と、キャスカさんが目をぱちくりさせた。

「『今夜だけでいいからお願い』と関係を求められた場合、そのお願いをかなえてあげた時点で、約束と責任を果たしたことになりませんか? だって願ったとおりにしてもらったのですよ?」
「あ……っ!」
 彼女たちは互いに顔を見合わせ、うなずき合っている。

 貴族女性には、一部うぬぼれの強い人たちがいた。家に地位や財があるというだけで、自分に特別な価値があると思い込んでいるタイプだ。自分が体を差し出せば、彼が夢中になって求婚してくれると過信していても不思議ではない。

「令嬢本人たちが口を閉ざしているのは、それが『過ち』だからでは? 正義感の強いくまんつ様は『自分を大切にしろ』と説得したはずです。それでも相手が好意を示して引かなかった。彼は淑女に恥をかかせないよう応えるしかなくなった。女性の扱い方は適切で、文句のつけようがなかった。でも令嬢にとっては作戦の失敗なのです。不名誉な過去だから触れてほしくない。世間はおろか、親に知られても困るのでは?」

 馬車は一瞬しんと静まりかえった。
「そ、そこまでして婚約に至らなかったら、いたたまれないですわ。わたくし、想像しただけで吐きそう。絶対に、誰にも話せない……」
 イレーネさんは震えながら言った。

「策に溺れ、自分が仕掛けたわなに自ら落ちてしまった……。すごいですわ、リア様! 名探偵クリストファー・ジョンみたい!」と、ジュリアさんは興奮して足をパタパタさせている。
「くまんつ様は戦略を立てるプロ……頭のキレる人物なのだよ、ドノヴァン君」
「きゃーっ♪ なりきっているー!」
「うふふ。全部ただの推測ですけれどね」

 淑女に恥をかかせないことは、オルランディア紳士のたしなみだ。その道理だと、好意を告げられて一夜の情けを懇願されたら、応じるのが常識ということになる。
 だから既婚者は社交の場に夫人を伴って出ていくのかもしれない。現場に妻がいれば虫除けになるし、仮にほかの女性から「お願い」をされても、それを口実に拒否できる。

 チクチクする胸を押さえた。
「わたしの推測が正しかったとして、今後も誰かに懇願をされたら……」
「ヴィルヘルム様のことが心配なのですね?」と、イルサが泣きそうな顔で言った。
「あ、いいえ。旦那様は嫌なものは嫌だと言いますわ。元来わがままワンコで、甘えん坊将軍ですから、彼独自の思考回路があるのよ」
 わたしの答えが面白かったらしく、車内は大爆笑になった。

「気になったのは、くまんつ様のほうです。彼は今後も応え続けるのかしら」
「あれだけモテると、女性からの評判が多少悪くなったところで影響はなさそうですわ」と、イレーネさんは言う。
 くまんつ様から想いを告げられたことは、皆に話していなかった。
 ――例えば今日、彼がどこかの令嬢に応えたとして、わたしはそれをどう受け止めたらいいのだろう。

「リア様? どうなさったの?」と、イレーネさんがわたしをのぞき込んだ。
「あ……ううん。平気よ」
 窓の外を流れる景色に目をやった。

 彼は夫の友人であり、わたしにとっては第二夫「候補」でしかない。わたしに彼の行動を制限する権利は今のところ何もなかった。
 お義父様は常々、わたしにこう言う。
「政略優先なら多少のことは目をつぶれ。しかし人間性を優先するのなら、一切の妥協はするな」と。
 わたしは彼をどうしたいのだろう……。

 ☟

 会場入り口の手前にある待ち合わせロビーで、第三騎士団の皆さまと合流した。
 もともと招待されていた人と、その友達枠で来た人たちを入れると総勢二十名以上。この即席の「イレーネ騎士団」は副団長が指揮を執っており、三班に分かれて三人の令嬢をそれぞれ護ることになる。
「困ったことがあったら、誰でもいいので三秒以上じっと目を見ろ。それが合図だ。離れていてもすぐ助けに行く」と、くまんつ様は言った。
 彼女たちは想像すらしていなかった手厚い待遇に感動している。特に騎士マニアのイレーネさんは、目の前にずらりとそろった憧れの騎士様キンニクに興奮が止まらなかった。

「さあ、三人ともよろしいですか? 婚活しますよぉー。えいっ、えいっ、おーっ」
 わたしはこぶしを振り上げた。
「リア、君という人は……」
「あ……」
 夫が微妙な面持ちでこちらを見ていた。
「悪い子ですね」と、アレンさんは両手でわたしのこぶしを包んで隠している。
 淑女は「さあ婚活するぞ」なんて言わない生き物だ。

「ごめんなさい、ちょっと気合いを入れようと思っただけなのです。今日はがんばらないといけないから……」
「わかっていますよ。あなたは友人思いで慈悲深い聖女ですから」
 アレンさんは笑いながらこぶしを下におろすと、それを自分の腕に巻きつけた。
「作戦上、本日のエスコート役は私です」
「よ、よろしくお願いします」
 顔から燃えさかる炎を噴き出しながら、しずしずと淑女らしく入り口へ向かう。

 ふと待ち合わせロビーの四方八方から妙な視線を感じた。やたらとこちらを見ている人が多い。なんとなく、ざわついている気もした。集まる視線から感じるのは、控えめに言っても良い感情ではない。
「アレンさん、ちょっと待って」
 歩みを止め、音に意識を集中させた。
「不敬罪」「婚約破棄」「キズモノ」「図々しい」など、ひそひそとネガティブな言葉が聞こえてくる。
 ――まさか、イレーネさんを連れているせい?

「これは……思った以上に深刻ですわ」と、思わずつぶやいた。
「大丈夫です。作戦どおりに」
 アレンさんは落ち着いた口調で言った。

 わたしのお役目はシンプルだ。こちらに聞こえるように何か言う人と、片っ端から戦うこと。
 オルランディアの貴族は争わないことをヨシとする。だから、聞こえないようにヒソヒソ言う人には目をつぶろう。
 ただ、面と向かって悪意をぶつけてくる人は、対立する気があるうえに、拡声器と同じ役割をしているから話は別だ。
 鎮静化のポイントは、一度その拡声器を黙らせること。できることなら、その拡声器をこちらの陣営に取り込んで利用したい。

 夫を前面に出すと王族パワーで押さえつけたようになってしまうし、くまんつ様だと武力で脅したようになってしまう。だから今回はアレンさんとタッグを組んでいた。
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