昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

童顔の令嬢 §1

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 高級ホテル『オルフェパルレス』は、出会いを求める紳士淑女の間では人気のある会場だった。
 前に足を運んだ『スタインブリッツ』ホテルが、濃い色合いの調度品に金装飾を施した伝統的な豪華さだったのに対して『オルフェパルレス』は、淡いパステルカラーなどが使われており、ロココ様式にも似た可愛らしさがある。

 既婚者なので、願わくは目立たずイレーネさんたちのサポートに徹したい。ところが、待ち合わせホールにいる紳士淑女は、こぞって彼女を横目にヒソヒソやっていた。予想していたよりも出番が早く回ってきそうだ。

 そんな中、わざとこちらに聞こえるように皮肉を言った女性がいた。
「信じられない。キズモノがよくこんな場所に来られたわね。わたくしなら絶対に無理ですわ。恥ずかしくって」と鼻で笑っている。
 アレンさんの銀灰色の瞳が、獲物をロックオンした。その視線は「最初の敵はあいつだ」と言っている。

 声の大きな人は片っ端から黙らせる――それこそがわたしたちの役目であり、オルランディア流「デマとフェイクニュースの潰し方」だった。拡散してしまったデマは、もっと大きなうわさを使って収束させるのだ。

 声の主を見ると、ずいぶんと童顔の令嬢だった。歳は十五、六だろう。やや赤みを帯びたダークブラウンの髪に、明るいヘーゼルの瞳。深紅のドレスは少し前に流行だったと聞いているけれど、本人の趣味なのだろうか……その小柄な体と下膨れの幼い顔立ちには似合っておらず、ドレスに着られている感が漂っていた。
 ビーズや造花を多用して過剰に飾り付けられたアップスタイルの髪は、少々ボリュームが出すぎている。額の真上に鎮座している大きなシェルカメオが全体のバランスをひどく崩していた。
「素材はいいのにもったいない」という一言に尽きる。 

 オルランディアでは十八歳が成人年齢だが、貴族の場合は社交に出てきた時点で「みなし成人」として扱われる。十六歳前後で社交デビューする子が多いと聞いた。
 仮にその時点で未熟だったとしても、デビュー後に問題を起こせば大人と同じ裁きを受けることになるので注意が必要だ。

「そこの女、名を名乗れ」
 アレンさんが冷たい声で言った。彼は「本当にこれが同じ人なのか」と聞きたくなるほど、しょっぱい「お塩モード」を持っている。
 それでも彼女は彼から声をかけられたのがうれしいようだ。満面の笑顔で挨拶をしていた。

「リア様、この者はアッカー男爵の一人娘エレオノーラ嬢です。ちなみにアッカー家は、数年前の深刻な不作が原因で、周辺の領主から金を借りまくり、経営難に陥っている没落寸前の家です」
 彼はわざと大きな声で「没落」を強調しつつ説明している。
「あらまあ……うわさのアッカー家の方ですのね」
 わたしは彼と目配せをした。

 アッカー男爵からは貢ぎ物としてカボチャとジャガイモをたくさん頂いたことがある。
 品種改良を重ねた細長いカボチャは、ねっとりとして甘みが強く、ナッツにも似た風味があった。スープにすれば身震いするほど美味しく、お菓子にすればほっぺが落ちる。ただ半分に切ってオーブンで焼いただけでも幸せになれる特産品だ。
 アッカーはオルランディア語で「畑」を意味する言葉だった。

 領地の経済状況はかなり落ち込んでいると聞いており、わたしたちはその要因となった事情も知っていた。
 アレンさんも個人的に気にかけており、王宮へ行くたび「アッカーが来なかったか?」と文官に確認しているほどだ。
 カボチャ好きなわたしたちにとって、アッカー男爵のアッカーが不作で、経営が悪化アッカして、帳簿が真っ赤マッカなんてシャレにならない。

「借金完済を目指して一族一丸となるべき時に、その自覚もなく伯家にケンカを売るとは……。これでは没落するのも時間の問題ですね」
 彼は引き続き説明的かつ大きな声でダメ出しをしている。
 家の厳しい台所事情を知らなかったのか、エレオノーラ嬢はショックを受け、呆然と立ち尽くしていた。
 彼女と一緒にいた令嬢三人は、互いに顔を見合わせている。

「危機的な状況ならば、なおさら周りと仲良くしなくてはならないのに、なぜわたしの友人を貶めるようなことを言うのですか?」
 彼女に尋ねてみたけれど、まだショックを引きずっているのか答えが返ってこない。
「非公式であるとは言え、イレーネ嬢は『聖女のお話し相手』を担う令嬢で、家は名うての慈善家。親しくなれば手を差し伸べてもらえたかもしれないというのに、これでは……ねえ、リア様?」
「ええ。わたしには信じられないですワ。よくあんなことが言えマシタネ。わたしなら絶対にムリですワ」
 促されるまま彼女のセリフを真似したら、棒読みになってしまった。しかし、アレンさんは満足そうな微笑みを浮かべている。

 エレオノーラ嬢は良いお友達を持っているようだ。三人の友人に「謝らなくてはいけませんよ」と指摘され、たどたどしいながらも謝罪をした。
 最初はわたしに謝っていたけれど、友達から言われてイレーネさんにきちんと頭を下げた。友達三人も一緒にペコペコしている。

「いいのですよ。うわさに尾ひれがたくさん付いていることは聞いておりますから」と、イレーネさんは大人の対応で謝罪を受け入れた。
「そんなことより、アッカー男爵がそんなことになっているなんて、初めて聞きましたわ。男爵様の中では有名な方ですのに……」と他人の心配までしている。

 娘が心を入れ替えたとしても、アッカー家が没落ルートにいることは変わらない。
 男爵家といえば、何か困ったことがあるとすぐ王宮に来て騒いでいるイメージが強いけれど、なぜかアッカー男爵は一度も来ない。丘の上を水不足にした男爵より、こういう貴族のほうがよほど相談に来るべきなのに。

 アッカー男爵は二年半ほど前の不作が原因で、周りの貴族から多額の借金をした――
 領地ごとに政治は異なるため、すべての領地に共通する話ではないが、アッカー領に限って言えば、一次産業への依存率が高く、売る農作物がなくなると、ほぼすべての領民の収入が激減する仕組みになっている。

 借金の目的は民を救うためだった。
 少し借りただけでは足りなくなり、追加で複数の貴族から借りている。
 貧困にあえぐ民を放っておけば、食いぶちを減らそうと幼い子どもを売ったり、老いた両親を捨てたりする人が出てくる。それをさせないためにお金を配ったのだ。
 穴の開いた風船に空気を入れ続けるように、ひたすら現金を調達していた。

 男爵が間違えたのは借り入れの仕方だった。
 一か所からまとめて借りればよいものを、複数の相手から借りてしまい、今や『返すために別の人から借りる』という自転車操業状態に陥っている。

 民は領主に感謝しているだろう。そんな無茶なことをしてまで人を救うなんて、間違いなくいい人だ。しかし良い経営者とは言いがたい。
 経営の失敗は、不作よりも深刻な形となって民に影響を及ぼす。だからアレンさんはずっと心配していたのだ。
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