昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

文字の大きさ
7 / 392
1[リア]

穢れ §3

しおりを挟む
 オーディンス副団長は護衛であると同時に「側仕え」と呼ばれる特別な立場にある。神薙の意思を周りに伝える役割を持つ人物だ。
 しかし、彼は石像で、鉄面皮で、なおかつエムブラ宮殿名物「怪人くそメガネさま」だ。

「すぐでなくても構いませんので、お料理をしたいのですが」
 若干引きつっているだろうけれど、努めて笑顔で話しかけるようにしている。
「それはいけません」と、彼は無表情のまま言った。
 周りにわたしの意思を伝える役割なのに、彼のところで行き止まりになっている。
「で、では、お菓子ならいかがでしょうか」
 無理に口角を上げているせいで、ほっぺが痛くなってきた。
 せめておやつぐらい、その日の気分で自分の好きなものを作って食べたい。
厨房ちゅうぼうに神薙様が立ち入るなど、過去にも未来にも有り得ません」
 う、うわぁぁぁん……っ。

 わたしを大事にしたいのか、意地悪をしたいのか。表情が変わらないので、意図がわからない。
 彼は料理人のことまで「けがれている」と主張していて、挨拶もさせてくれないのだ。
 数日もすると、庭師やメイド、きゅう務員に対しても同じようなことを言い始めた。わたしが彼らに近寄って行くのを嫌がる素振りを見せる。
 身分差別なのか人種差別なのか、はたまた潔癖症の類なのか、理由も教えてもらえない。

 わたしは毎日同じ場所にいる人たちとは仲良くしたい派なので、敷地内を散歩する際は、従業員の皆と交流するようにしている。
 彼の隙をつき、裏をかき、ほぼ全員にしれっと声をかけてきた。しかし、キッチンだけはガードが堅くてたどり着けない。
 彼はわたしを止めるために執事長にも協力してもらっていたので、ほかと比べて難易度が高いのだ。
 料理人は全員が住み込みだった。同じ屋根の下で暮らす者として、せめて挨拶くらいはしておきたいし、食の安全を守るために清潔さもチェックしておきたい。

「世界中の料理をする人を侮辱するような発言はやめてください」
 何度も「けがれている」と連呼され、いよいよ看過できなくなった。
 この宮殿は一応わたしのお家なので、わたしの意思が従業員の労働環境を左右する。失礼なことを言わせっぱなしにしておくわけにはいかなかった。料理人に肩身の狭い思いをさせていたら申し訳ない。

 彼と戦う覚悟を決めたものの、わたしのスペックには「遺伝的にノドが弱い」という致命的な問題があり、あまり声が張れない。舌戦のような激しい言い合いは無理だ。
 淡々と理詰めでねじ伏せるなり、この状況を打破する方法を何か考えなければならない。

厨房ちゅうぼうけがれてなどいないと思います」
 彼に負けじと背すじをピンと伸ばして言った。
「いいえ、生き物の血で汚れています」と、彼は無表情で言う。
「では、わたしたちは汚れた場所で調理したものを口に入れているのですか?」
「・・・」
 石像が黙った。ただ、無表情すぎて怒っているのか困っているのかは謎だ。
「豚の血を使った美味しい腸詰めソーセージ、召し上がらないのですか?」
 イギリスで言うところのブラックプディング、ドイツで言うところのブルートヴルストがこの国にもある。動物の処理とソーセージ作りを同じ場所でやっていなければ作れない美食だ。
「動物の血を食べたわたしはけがれていますか?」
「とんでもありません。神薙様は王国で最も清らかな方です」
 無表情のまま、まるでそんなふうに思ってなさそうな調子で彼は答えた。
「では、食材の血で汚れているというのは誤りですね?」
「神薙様は高貴な存在です。使用人と会話などしないものです」
「話をすり替えましたね? そうまでして、わたしを思いどおりにしたいのですか?」
 わたしはウ~ンと考えるふりをした。いい調子だ。このまま押し切りたい。
「そういえば、あの魔導師団の人たちも、わたしを思いどおりにしたくて襲おうとしたのでしたねぇ?」と、とぼけて言ってみた。
 すると、彼の鉄仮面が見る見る崩れていく。

 件の魔導師団は、親や祖父の代までさかのぼって組織的な悪行が明らかになっている。
 脱税、汚職、恐喝、背信、謀反、監禁、反逆など、連日にわたって衝撃的なタイトルで新聞や雑誌がにぎやかだ。
 今、魔導師団という言葉は最もわかりやすい軽蔑の対象だ。気高い騎士がそれと並べられたら、たまったものではないだろう。

「申し訳ありません。そんなつもりはないのですが……」と、彼は初めて人間らしい返事をした。どうやら普通に話すこともできるようだ。
「あ、そうなのですか?」と、わたしは再びとぼけて言った。
「わたしはてっきりあなたに意地悪をされているのかと」
厨房ちゅうぼうに立ち入るような神薙は今まで一人もいないのです」と、彼は言う。
「では、わたしが最初になりますね」
「いけません。それだけはおやめください」
「納得できる理由が聞けていません」
「・・・」理由を聞くと石像は沈黙する。
「個人的な思想が理由なのであれば、行動を制限される筋合いはありません。だから、やめません」

 彼とわたしの静かなる「ケガレ論争」は、その後も断続的に続いた。
 なぜ、彼はここまで頑なにキッチンから遠ざけようとするのだろう。余計に興味を持つとは思わないのだろうか。

 次第にわたしは彼を説得することよりも、どうやったら料理人に会えるかを考えるようになっていった。


――――――――――――
最新の活動状況については、下記URLで発信しています。
https://note.com/mutsukihamu
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーレムです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

蝋梅
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...