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ワン・オン・ワンで勝負です

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 どうやらこの国の貴族令嬢(ヒト族)は、厨房に入らないらしい。
 まさにその貴族令嬢である侍女が言うには、まず「料理人の仕事を奪ってはダメ」という大事なルールがある。
 次に「淑女たるもの肌見せNG」という大原則があり、「袖をまくって何かしていると、はしたないと言われる」とのことだった。
 わたしもあまり露出は好まない方だし、不当に他人の仕事を奪って損をさせるのも良くないことなので、言っていることは理解できる。

 オーディンス副団長の言う「調理場も料理人もけがれているので厨房には行くな」という主張は、この国の常識の範疇を超えている気がした。

 オーディンス家は国の有力な上流貴族らしい。つまり彼は育ちの良いボンボンおぼっちゃまだ。
 もしかしたら、お金持ち過ぎて世間と感覚がズレているのかも知れない。

 「お料理が出来なくても構わないので、厨房へご挨拶に行きたい」と言ってみた。
 しかし、「穢れるからダメ」の一点張りで一向に埒が明かない。
 数日考えた末、わたしはついに決断を下した。

 厨房へ正面から強行突破しようと思います。
 最終手段の武力行使です(やけくそ)

 決行当日の朝、侍女の皆に打ち明けたら驚かれた。
 しかし、わたしが目的と作戦の詳細を話すと、かなりノリノリで協力してくれた(素敵)

 怪人クソメガネさま以外は、理解のある素晴らしい方達なので助かります。

 相手は優秀な騎士様だ。
 一度失敗したら二度目はない。
 三十センチ近い身長差とパワーの差を考えたら、正攻法では無理だ。奇襲を仕掛け、自分の小ささを生かす戦法を取らなくては……。

 やはり、アレを使うしかありませんねぇ。
 久々だけど、出来るかしら。


 わたしは侍女三人と連れ立って、しずしずとホールを歩いていた。
 午後三時のお茶の時間に合わせ、一階の図書室から同じく一階にあるサロンへと向かうところだ。

 しず、しず、しず……

 衣擦れの音が本当にそう聞こえるから内心笑えて来るのだけど、表向きはとてもお上品な神薙様に仕上がっていると思う。
 普段なら「お茶なんか本を読みながらでも飲めるのに、まったくなんだってわざわざ移動をしなくちゃいけないのぉ」と、内心イヤイヤしているところだけど、今日のわたしは違う。
 お庭かサロン、どちらでお茶をするかと聞かれた時に、自ら「今日はサロンで頂こうと思います」と答えた。

 ちょいと通り道に、野暮用がありやしてね。へっへっへ。

 今日のドレスは、おピンクのリボンがいっぱい付いたフワフワの乙女チックなやつだ。
 鏡を見た瞬間、恥ずかしくてちょっぴり泣いたけれども、これは侍女が戦闘服として選んだものだ。きちんとした理由がある。

 このドレスは、他の物に比べて僅かにスカートの丈が短い仕様になっている。ヒールの低い靴を履く時にちょうど良い長さにしてあるのだ。
 露出を好まない保守的な国において、神の使いのドレスともなれば、周りから足などは絶対に見えない長さになっている。せいぜい靴のつま先がちょこっと見える程度だ。
 わたしはそこに武器を隠していた。

 本日のリーサルウェポン『ペッタンコ靴』である。
 フィットネスクラブのトレッドミルで走り込んだこの脚を最大限に生かす武器だ。
 ヒールというリミッターを外したわたしの力をとくと見よ。

 悪いけど、わたしの足は速いですよ。
 怪人クソメガネさま、ご覚悟願います。
 
 副団長は警戒していた。
 厨房方向への通路をふさぐように立っており、わたし達からだいぶ離れたところにいる。急に方向を変えて厨房へ向かうのを阻止するためだろう。

 ふっふっふ、そんなのは想定内ですよ。
 むしろ少し距離があった方が仕掛けやすいのです。

 わたしはゆっくりと彼の前に差し掛かった。
 「今日のお菓子は何でしょうねぇ」と、侍女に向かって話しかける。まるで「厨房になど興味はございません」という顔を見せておくためだ。
 侍女達との話が盛り上がりかけた瞬間、視界の隅で副団長が、ふっとよそ見をしたのが見えた。

 もらった……!
 油断しましたね、副団長さま。
 いざ、尋常に勝負ッ!!!!

 わたしは両手でガッとスカートを掴むとロケットスタートを切った。
 警戒を解いた瞬間の急発進に、対応が遅れた副団長の鉄仮面がボロリと崩れる。

 慌てていますね。
 でも、もう遅いですよ。

 全力で彼に向かって走って行くわたしは止まらない。
 小中高とクラス対抗リレーの常連なのに、殆ど走る必要のないバレー部所属。「使い道なき俊足」と呼ばれていたけれども、足の速さには定評がある。
 副団長は驚き戸惑い、体が左右にブレていた。

 今だぁ~!

 高校時代にバスケ部の友人から伝授された「庶民フェイク」に独自アレンジを加えた「スーパー庶民フェイク」を発動。
 視線と僅かな上半身の動きを使い、副団長を横に大きく揺さぶってゆく。
 どうにか対応しようとバタつく彼は、もう鉄仮面などどこかに置いて来てしまったかのように、オロオロとした表情を見せていた。

 無駄ですよ、怪人クソメガネさま。
 この神薙様はね、小学校時代からスーパーエースとしてネット際で数え切れないほどの騙し合いをして来ているのです。
 騙しのキャリアが違うわ! おーっほっほっほ!(バカ)

 バランスを崩した副団長はわたしを止めようと手を広げ、それを前に出して来た。

 掛かったぁ!

 こちらの狙いは、彼の重心を前へ動かすことだ。
 このチャンス、逃してなるものか。
 いでよ、ペッタンコ靴ッ!!!!

 わたしは膝を使って体勢を低くすると、重心を後ろに残しながら彼の手前で急停止した。ヒールでやったらグキッとなって死ぬやつだけど、この靴でなら実現できる。
 しかもこの靴、ゴム底である。
 最高のグリップ力!

 パーフェクトです、侍女さん達!!!!

 わたしは左足でぎゅっと床を踏みしめ、腰から上体を回しながら右足を引いた。
 左から右へのシフトウェイト。水平に力を滑らせるように、素早く体重移動をする。

 バスケ部有志直伝!
 庶民のロールターン!
 行っけぇぇぇ~~!!!!

 左足を軸に半円を描きながら副団長の右脇をかわし、厨房へ続く廊下を猛ダッシュ。
 高校時代、球技大会対策としてバスケ部有志から習ったドリブルテクニックで、副団長をぶち抜いた。久々だったけれど意外と体が覚えているものだ。
 おそらく彼は、前につんのめってオットット……となっているだろう。そこから体勢を整えて追って来ても、もうわたしには追い付かない。

 勝ちましたぁ~♪

 正面突破して辿り着いた場所は、ピ……ッカピカに清潔な厨房だった。
 真っ白なコック服とコック帽に身を包んだ素敵な料理人六人衆とアシスタントの皆さまが、ぽかんとこちらを見ていた。
 わたしはぺこりと頭を下げ、念願のご挨拶をした。

「神薙様?!」
「やっとお会いできましたー」

 厨房から歓声が上がり、三時のお茶は皆さんと一緒に従業員用のダイニングで頂いた。

 ちなみに上流貴族のボンボンである副団長はこの日、生まれて初めて厨房という場所に立ち入ったそうだ。
 わたしが「どこが穢れているって言うんですか、どこがぁ」と言うと、キョロキョロと厨房の中を見回しながら、「これは屋敷の中で一番キレイかも知れませんねぇ」と、無表情のまま言った。

 オーディンス副団長に仕掛けたボールなきワン・オン・ワン対決は、わたしの勝利で幕を閉じた。
 よくよく聞けば何か事情があって厨房から遠ざけておきたかったらしいけれども、その事情はもう解決したとのことだった。

 怪人クソメガネさまは、普通の「カタブツメガネさま」になった。
 相変わらず表情や感情表現は乏しいものの、人に向かって「けがれている」などとワケの分からないことは言わなくなったし、わたしが従業員の皆さんとキャッキャしていても変な顔をしなくなった。

 わたしが厨房で料理をしたがっていることについては、この国の常識に当てはめると少々問題であり、執事長も反対をしている。仕方がないので今はおとなしく諦めるしかなさそうだ。

 おかげさまでコミュニケーション目的であれば自由に厨房へ行けるようになった。
 タベラレマスカ教祖による謎の儀式や説法(?)も行われなくなり、快適かつ平穏な日常がやってきた。
 頑張って戦ってよかった。
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