昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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1[リア]

お礼の品 §1

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 手首の痛みが落ち着いた頃、わたしはオルランディア語の練習を始めた。
 読み書きに関しては問題ないものの、書くことは技術が求められるため、多少は練習が必要だ。「ヴィルさんにお礼状を書く」という目的があるので、練習にも気合いが入る。

 お礼の品を考えねばと思い、侍女に相談してみた。
 イケメン騎士様の話をすると、彼女たちは盛り上がり、一気に女子会モードに突入だ。
「角の新しいケーキ屋さん、美味しいですわよね?」
「クッキーも評判ですって」
「その隣の焼き菓子専門店もおすすめですわ」
 甘いものの話になると勢いが止まらなくなる侍女たちだったが、相手が男性であることを考慮すると、意外と候補は少ない。

 あれこれ調べているうちに、いつも食べているバタークッキーが王室御用達の品だとわかった。
「王室御用達なら使えるかもしれない」と、いくつか取り寄せて食べてみたけれど、意外にもごく普通のお菓子ばかり。侍女たちの顔を見ればわかりやすい。「御用達」にありがたみこそ感じていても、味に満足している顔ではなかった。
 おそらく、申請すれば得られるタイプの「御用達」なのだろう。日本でよく見かけた「最高金賞」の表示のように、騙されている感が否めない。

「そもそも高級菓子の定義が謎に満ちているのだよ……チッチッチッ」
 わたしは名探偵のように言った。
 侍女は「バターが高い」と言っている。しかし、イケ仏様いわく「バターすべてが高いわけではない」とのことだ。もう「ナニソレ?」「は? どういうこと?」と大混乱だ。

「もっと思考をシンプルにしなければいけないのだわ」
 外国人を自称しているわたしだけれど、母国は惑星外にあるのだから、早い話が宇宙人だ。この国のことは詳しくわからないので、自分が「これは美味しかった」と思ったものを贈ることにした。

「雑誌の広告を見て、気になるものを買って試食してみようかな?」
 わたしがブツブツ言っていると、イルサが何か思いついたように手をたたいた。
「今、話題になっているナッツのパイがありますわ!」
 侍女三人組の目がキラキラ輝いている。
「有名な料理評論家が褒めている記事を読みました」とマリン。
「珍しいですし、お値段的にもふさわしいですわ」と、侍女長もお薦めのようだ。

 スティック状でパリパリサクサクした美味しいパイを思い浮かべた。職場に届く差し入れの中でも人気があった。パイが好きな男性は多かったし、これは良いアイディアだ。
「では、四人で試食をしてみて決めましょうか」と提案したら、三人の顔がぱぁっと明るくなった。

 執事長にお願いすると、早速お使いの人が買ってきてくれた。
 薄手のコートがないと寒い陽気なのに、店の外には行列ができていたそうだ。
 水色のかわいらしい箱に入ったうわさのパイは、手の平ほどの平たい円形で、思っていたよりもサイズが大きい。表面にはクラッシュしたピーナッツと砂糖がたっぷり乗っていて厚みがある。持った感じ、パイにしてはズッシリと重量感が……。中に何か入っているのだろうか?
 わたしの知るナッツのパイとは少し違っていたけれど、お茶をいれて皆で手を伸ばした。

 むにゅ……っ。
 想定外の食感に、頭がひどく混乱していた。
 これだから異世界は面倒くさい。それとも、わたしが面倒くさい宇宙人なのだろうか。
 なんだこれは、なんなんだこの食べ物は。
 いつも食べている「アレ」の感覚で口にすると結構なギャップがある。例えるなら、麦茶だと思って飲んだら麺つゆだったような感じだ。
 パイという同じ名前を持っているだけで、まったく別の食べ物だと気づくのに、しばらく時間がかかってしまった。

「リア様、お好みではなかったですか?」と、侍女長が言った。
「わたしが知っているパイと違っていたので、ちょっと混乱してしまって……」
「パイとはこういうものではないのですか?」と、マリンが首をかしげた。
「わたしの国だと、パリパリ、サクサクしています。香ばしいバターの香りで」

 某有名店の「あのパイ」が無性に恋しい。それどころか、行きつけのカフェのチリドッグなど、慣れ親しんだ「アレ」の数々を思い出してしまった。わたしはもう、一生アレらを口にできないのか……。
 異世界転移は人生における重大なインシデントであると、改めて痛感した。失った多くのものを思い出すと動揺してしまう。

「これはサクサクというよりはホロホロですわねぇ?」
「バターの味もしませんわね?」
「言われてみると、これは何の油なのでしょうね?」
 侍女たちが首をかしげていたので「ラードだと思います。豚の脂ですね」と答えた。
 台湾で食べた「太陽餅」の皮に似ている。決してまずいわけではないけれど、台湾の人が食べたら「中身を入れたほうが美味しいよ」と言うだろう。

 侍女たちが日本のアーモンドパイに興味を持ったので、味と食感のイメージを詳しく伝えると、食べてみたいと目を輝かせていた。
 アレを知らない人生はもったいないと思う。
 ――ああ、ダメだ……。もうチリドッグとアーモンドパイしか食べたくない。

 どうしても考えが「お転婆てんば」方面へとシフトしてしまう。なにせ製菓は「ガチ勢」と呼ばれており、パイぐらい自分で焼けるのだ。しかし「キッチンには立たないでください」という謎のお貴族様ルールがわたしの邪魔をする。
 でも、パイは食べたい。

 ええい、やるしかない。立ち上がるのだ。勇者リアよ! 失った数々の「アレ」を取り戻せ!
 今、わたしが踏み出す第一歩は、人類にとってはどうでもいい一歩ではあるけれど、わたしにとっては大いなる第一歩である。
 よおぉし、やるぞぅー。
「リア様……またワルい顔をなさっていますわ」と、侍女に一瞬でバレてしまった。

 そもそもパイは、材料の入手が簡単で、特別な道具も要らない。難易度は技術のほうにある。
 最近、自宅ニホンで焼いたばかりだったおかげで、レシピは頭に入っていた。
 問題は環境だ。キッチンでの調理に反対しているイケ仏様と執事長の二人を、どうにかして遠ざけなくてはならない。
「やはりあのメガネの双璧がオジャマなのよ」
 わたしは腕組みをした。すると、侍女が色めき立っている。

「リア様、わたくしたちも特別な態勢で挑みますわ」
「身代わり役はお任せくださいませっ」
「いつかこんな日が来るのではないかと、わたくしたち、台本を用意していたのです」
 グイグイ来る三人衆までワルの顔をしている。
 ――それにしても、なぜパイ作りに台本が必要なのだろう?

 こうして四人での悪巧みが始まった。
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