昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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1[リア]

お買い物 §4

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 大通りで再会したイケ仏様は、阿修羅あしゅら像のようにコロコロと表情が変わった。
 わたしを見つけてホッとした顔から一転、右手首の惨状を見るや否や、あと五秒で世界が滅亡すると知らされた人のような顔になり、ついには「俺の神薙にケガを負わせたのはどこのどいつだ」と怒りの不動明王に変化した。
 彼の一人称が「俺」に変わったことには驚いたけれど、普段の彼は仕事用に作られたキャラクターだ。「中の人」は依然として謎に包まれている。

 彼は部下に荷物を持たせると、素早くわたしを抱き上げて横道に入った。周囲をガードさせ、長い足で裏道をぐんぐん進む。「歩けるのに」というわたしの声は完全に無視だ。
 あっという間に到着した馬車の中で犯人の特徴を聞いてきた。
 伝令がどこかへ飛んでいくと、馬車はゆっくりと発進した。

 宮殿へ戻ると、もう蜂の巣をつついたかのような大騒ぎだ。
「もうお終いだ。今日世界は滅亡するのだ!」と同じ調子で「大変だ! リア様がお怪我をなさった!」と、皆が取り乱している。
「大丈夫ですよ、落ち着いて」と言ってみたものの、わたしの手首が真っ赤に腫れていたせいで説得力はゼロ。誰も信じてくれない。お茶を飲むにしても、右手でカップを持つことすらできない有り様で、口で言っているほど「大丈夫」でもなかった。

「捕らえられねば、俺が貴様の首を斬りに行くと伝えろ!!」
 広い玄関ホールにホトケの怒号が響きわたり、吹き抜けの天井がビリビリと震えた。
 イケ仏様が怒りを爆発させていた相手は、この国で警察と同じ役割をしている「警ら隊」という組織だ。
 犯人を捕まえていただくようお願いをしたら「あーはいはい善処しますけどぉ?」のような、フワッとした返事が返ってきたらしい。

 警ら隊は王都陸軍が管轄するヒト族の組織で、騎士団は天人族の管轄だ。両者の間には、おそらく明確な上下関係があるのだろう。
「捕まえられなければ俺が貴様の首を斬る」とは、ずいぶんと刺激的な緊急通報だ。
 彼の大きな声が聞こえるたびにハラハラする。本当に誰かを斬りに行きそうになったら、皆で一丸となって止めなくては。

 そうこうしているうちに、陛下の指示で王宮医のブロックル先生が飛んできた。
 格式高そうな薄い青のローブ姿で、きれいに整えられた髪は白髪がかなりの割合を占めている。顔に刻まれた深いシワの数が、積み上げてきた経験と信頼の数に比例しているような雰囲気だ。宮殿の皆の様子から察するに、かなり尊敬されているし、問診が丁寧で優しいお医者様だった。

 どうやら先生は魔法を使って診察しているらしい。
 ポッと手の平が光ったと思ったら、先生の前に光の板のようなものが現れた。それを見ながら「ふむふむ」とうなずいている。
 診断結果は手首の捻挫。骨には異常がなく、放っておいても二週間ほどで完治するとのことだ。
 先生は治癒師でもあるそうで、治癒魔法というのをかけてくれた。ところが、まったく効果が出ない。

「おかしいですね。念のためもう一度……」
 王宮医の【治癒】を二度も受ければ、普通の人なら捻挫などたちまちに完治して、古傷や虫歯まで治ってしまうなど「お釣り」がくるらしい。
 しかし、残念ながらわたしには効かないようだ。先代の神薙には効いたと言うから、魔法の効き目には個人差があるのかもしれない。

「効かないならば薬しかない」と、有名な薬師さんが呼ばれ、先生から指示を受けて薬を調合してくれた。
 イケ仏様いわく「王家も利用するくらい高名で、騎士なら一度は世話になっている薬師」とのことだ。自然の薬草で作ると言うから、漢方のようなものだろう。
「お薬湯です」と言って侍女長がトレイを運んできた。

「こ、これは……っ」
 薬がティーカップの中でホワホワと湯気を上げていた。漢方といえば、粉薬のイメージが強かったけれど、まさか「汁物」の薬が来るとは想定外だ。
 しかも、茶緑色の汁である。
 緑茶りょくちゃ色ではなく「茶緑色ちゃみどりいろ」だ。そんな名前の色が存在しているかどうかはわからない。おそらくないだろう。しかし、この言い方しか思い浮かばなかった。
 限りなく茶色に近い緑色で、何度も温め直しを繰り返したおみそ汁に入っているホウレン草の色である。

 ――スンスン、スンスンスン。
 危険なニオイが鼻をくすぐった。
 ど、どうしよう……粉薬もちょっと苦手なくらいなのに、こんなに汁っぽいのでは、味もニオイも粉の比ではないのだけど……わたしに飲めるかしら。

 躊躇ちゅうちょしていると侍女長が口角を上げ、棒読み口調でこう言った。
「大丈夫ですわ。美味しいので一気に飲んでくださいませね?」
 微笑んでいるようで目がちっとも笑っていない。
 彼女は親切で優しい性格をしているけれど、たまに素直すぎる時があった。普通、美味しいものに対して「味わって飲んで」と言うことはあっても「一気に飲め」とは言わないものだ。

 恐る恐る唇を近づけ、謎汁を口に含んだ。
 ゴキュリと喉が鳴る。お行儀が悪くてごめんなさい。
「うぐ、ううぅ~~……っ」
 予想どおりのニオイと味だ。口の中で「草」の風味が爆発している。「朝、昼、夕、寝る前の計四回も飲んでください」なんて非情すぎる。

 三十分もすると痛みが少し和らいだ。悔しいけれど、効いている。
 薬屋の白い紙袋には、緑色の十字の隣に「薬のシンドリ」と書いてあった。同封のメモには「腫れが引くまではなるべく冷やすとよいでしょう。どうぞお大事に」と心優しいコメントまで。まっずい謎汁を調合するわりにイイヒトなのだ。これでは腹も立てられない。
 バスルームに氷水を入れたおけを準備してもらい、手を突っ込んで冷やすというレトロな民間療法も試した。

 ☟

 犯人グループは即日捕縛され、すぐに裁きがあったらしい。
「二度と会うことはないのでご安心を」とだけ伝えられ、その人たちがどうなったのか、詳しいことは教えてもらえなかった。

 イケ仏様が陸軍トップを斬りに行くという最悪のシナリオは回避できたものの、犯人を捕まえたのが警ら隊ではなく騎士団だったため、水面下でかなりモメていたようだ。
 陸軍のお偉いさんが陛下と宰相に土下座で謝罪をしたとか、その地域を管轄していた警ら隊が丸ごと全員クビになったとか、恐ろしいうわさ話をいくつか耳にした。ところが、話はそれだけでは終わらなかった。

 神薙を見失って負傷させたおとがめで、イケ仏様ことアレン・オーディンス副団長に、まさかの降格人事が出たのだ。
 イケ仏様と交代でそばにいてくれるジェラーニ副団長から一部始終を聞かされ、わたしはまたもやプルプルが止まらなくなった。

「どっ、どうしてそんなことに!?」と、わたしはひどく動揺した。
「事態を重く見た団長が、陛下に相談のうえで決めたことです」
「そんな……勝手にはぐれたのはわたしなのに!」
「団長と陛下は親戚関係にあります。ほかの組織の長よりも強い人事権があるのです」

 団長に会ったことはないけれど、王宮で陛下より偉そうな態度のオジサンを何度か見かけており「たぶん、あの人だろう」と目星をつけている人はいた。いかにもそういう理不尽なことをやりそうな顔つきをしている人だ。
 わたしの愚かな行動が原因で、イケ仏様の人生が変わってしまう。

 隊長に降格なのかと尋ねたところ、なんと驚きの「三段階降格」だと言うから卒倒しそうになった。
 副団長から三つだと、隊長、副隊長の次なので「班長」にまで落ちることになる。
「彼が、班長に……?」
 神薙の護衛は最も近くに団長か副団長がつくというルールだけれど、それ以外の人たちは日替わりだ。彼が班長になると、まともに顔を合わせられるのは月に数回あるかないかになってしまう。

「今、どこにいらっしゃるのですか?」
「しばらくの間、自宅謹慎を命じられました」と、ジェラーニ副団長は言った。
「謹慎……どうしよう、わたしのせいなのに……」
「リア様?」
「王宮へ行きましょう。わたしから陛下にお願いをします」
「いや、しかし、そのケガでは……」
「大丈夫です。皆さま、急ですみませんが出かけます!」
 いても立ってもいられなくなり、わたしは馬車に飛び乗って王宮へ向かった。

 アポなしでパニック状態の神薙わたしが乗り込んだせいか、王宮はてんやわんやの騒ぎになっていた。
 約束もないのに「陛下に会わせろ」と騒がれたら、普通は誰でも困るだろう。でも、わたしはもっと困っているのだ。うおおお、出せぇー、陛下を出さんかいぃぃ!

 ジェラーニ副団長が手を回してくれたおかげで、陛下と宰相が仕事を放り投げて飛び出してきた。
「陛下、わたしの話を聞いてください。オーディンス副団長は何も悪いことはしていないのです!」
 事実を洗いざらい話し、降格の取り消しをお願いした。
 二人は顔を見合わせて「どうする?」などと話していたけれど、神薙本人がそう言うのなら……と、その日のうちに取消処理をしてもらえた。

 わかり合うのに苦労したオーディンス副団長だけれど、気がつけばわたしの生活になくてはならない人になっていた。
 翌朝、いつもどおり部屋のドアを開けると、そこには彼がいた。
「ごめんなさい」とおわびをした。
「謝るのは私のほうです。二度とあなたを見失わないと誓います。ケガをさせてしまい、申し訳ありませんでした」と、彼は少し困ったように微笑んだ。彼は優しい人だ。
 初めてのおつかいは、買い物こそできたけれど、それ以外は大失敗だった。

「わたしも二度と勝手な行動はしないと誓います」
 胸に手を当て、殊勝なことを言うわたしだったが、その舌の根も乾かぬうちに、彼に隠れて屋敷の中を走っていた――
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