昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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1[リア]

お披露目会 §3

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 休憩が明けて陛下のちょっとしたお話が終わると、わたしの前に行列ができ、挨拶が始まった。あらかじめ「家族や兄弟はまとまって挨拶を」とお達しが出ており、担当の文官が、最前列に来た人たちを紹介してくれる。

 気になった人がいたら覚えておくようにと言われていたものの、わたしの残念な脳みそには難易度が高い。
 どうも昔から人の名前を覚えるのは苦手で、聞いたばかりのヴィルさんの苗字も、すでに怪しい感じになってきている。
 ラ行なのは間違いない(さっきも言った)
 リンドバーグ? ランドリー? ……ヴィルヘルム・ランドリー? そんなヘルメットの洗濯屋のような名前ではなかった気がする。あとでイケ仏様にコッソリ聞かなくては。

 皆さん素敵な方ばかりだが、わたしの周りにいる人たちが個性的すぎた。
 素顔を隠しているハンサム仏像や、ド天然の国宝イケメン……このぐらいガツンと来るものがないと、短く個性のない挨拶だけでは記憶に残らない。

 イケ仏様をチラリと見ると、彼は「ん?」と王子様のようなお顔で眉を上げた。
 うぐ、格好良すぎる。不用意に見るのは危険だ。
 続いてヴィルさんを見ると、まぶしい笑顔がペカーッと放たれた。彼は笑顔だけで世界を癒やすことができるのではないだろうか。

 大々的にお見合い相手を募集した手前、とても言いづらいのだが……退屈である。
 皆イケメンで同じような服を着て、無難で通り一遍の挨拶をするのなら、なにも対面でなくていい。いっそお題を出して、大喜利でもやったほうが良かったのではないだろうか。

 終わりが見えれば少しは気分が違うかもしれない。
「残り何組ぐらいいるのだろう……?」と、順番待ちの列を見てみた。
「あっ」
 行列の中に、一人だけ見知った顔がある。

「続きましては……」
「くむ……クランツ様っ」
 危ない危ない、うっかり間違えて呼ぶところだった。
「クランツ辺境伯と、そのご嫡男です。ご存知ですね」と、文官が笑顔を浮かべた。
 ご存知ですとも。初日にお世話になったクマのような紳士、第三騎士団のクランツ団長は王都のヒーローだ。

 大きくて強くて、優しいくまんつ様。今日も素敵なクマっぷり。彼を見ていると、ほっこりとした気分になる。なんと言っても声がいい。
 顎ひげからもみ上げを伝って、髪までの毛という毛がつながっており、あっちこっちを向いた栗色の髪までを含めると、総じてクマのぬいぐるみに似ていた。
 流行に左右されない荒ぶる風貌と野性味。その紳士かつ繊細な内面とのギャップもいい。
 彼のお父様も強そうで、くまんつ初号機の名にふさわしいオジサマだった。

「覚えていてくださったとは、恐悦至極です」と、くまんつ様は目を細めて言った。
「先日はお世話になり、本当にありがとうございました」
 わたしは改めてお礼を言った。

「国境の情勢はどうだ?」と、陛下が尋ねた。
「今は次男と部下が適当にあしらっていますよ」と、お父様は笑っている。
 辺境伯は国境に面した領地を治める領主で、戦のスペシャリストと呼ばれている。侍女が言うには、普通の伯爵と辺境伯では「戦闘力が蚊とスズメバチくらい違う」とのことだった。
 戦争で神薙どころの騒ぎではない辺境伯もいるらしく、今回のお披露目会に来られなかった家もある。しかし、くまんつ領は平和なようだ。

「クランツ様、あの時、助けてくださった皆さまにお礼をしたいと思っているのですが、ご迷惑ではないでしょうか……?」
 マッチョ軍団に美味しいお肉を振る舞いたくて、バーベキューパーティーを企画中だ。
 くまんつ様はうれしそうに「それは光栄です」と言ってくれた。
「部下も喜びます。実は、なんとか今一度お会いできないのかと突き上げられており、少々参っていたところで……」
「そ、そうだったのですか。そんなふうに言っていただけて光栄です」

 バーベキューについて話し込んでいると、後ろに並んでいた人たちがざわつき始めた。
 貴族社会は激しい足の引っ張り合いがあると聞く。わたしが長話をすると、お二人を困らせてしまうかもしれない。慌てて話を切り上げた。
「申し訳ありません。ゆっくりお話しできなくて……」
「いいえ。身に余るお心遣いに感謝いたします」
 彼は深々とお辞儀をしている。
「またお会いできるのを楽しみにしております」
「私もです」と、くまんつ様は微笑んだ。ああ、癒やされる……。

 ふと隣を見ると、彼のお父様と陛下が何かコソコソやっている。
「いつもよりいいワインを持ってきたぞ」
「でかした」
「あいつも来るよな? いつもの場所でいいか?」
「ああ、ではな!」
 飲み会の約束だ……(笑)
 他人行儀な会話は表向きで、どうやら二人は仲良しのようだ。

 くまんつ様親子とお別れし、行列の後半は息子さんが退場してしまってポツンと残されたお父さん軍団だった。
 冷酷と言うべきか合理的と言うべきか、文官は二、三家族ずつまとめて呼び、挨拶もそこそこに次々と入れ替えていく。ほとんど「お前らに用はねぇ」と言っているようなものだった。
 しかし、わたしも長時間よそ行きの笑顔を貼り付けて過ごしていたせいか、顔筋の限界が近く、この早送りに救われた。

 新神薙お披露目会は、どうにか無事に幕を閉じた——

「どなたか良い方はいましたか?」
 バックステージに引っ込むなり、イケ仏様が聞いてきた。さすがデキる男……痛いところを突いてくる。
「ちょっと、大きな声では言いづらいのですが」
 わたしは彼に近づき、ひそひそと小声で話した。

「くまんつ様の親子以外、すべて同じに見えてしまうという困った現象が」
「あ、やはりダメでしたか」
「唯一、ボンボンキノコ様は覚えていますが、良い方だったかと聞かれると少し違うという……」
 わたしがそう言うと、彼は噴き出した。
「大丈夫ですよ。気長にいきましょう」と慰めるように言ってくれた。
「ハイ。最悪は陛下がもらってくださるらしいので」
「んん……その前に大勢いますから、心配いりません」

「陛下に挨拶をして帰りましょう」と、彼は尊い笑顔を見せて言った。

 ☟

 護衛の皆とともに小離宮へ撤収した。
 柑橘かんきつを浮かべたお風呂に入り、一日の疲れを癒やす。
 お風呂上がりは腰に手を当ててレモン水をぐびぐび飲むのが日課だ。
「あー、この一杯のために生きてるう……」

 無事に終わった実感がようやく湧いてきて、侍女たちと労をねぎらい合う。
「さあ、今日はもうお終いにして、皆ゆっくりしましょう」
 そう言って解散しようとした瞬間だった。

 ドアをノックする音が聞こえた——。
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