昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[ヴィル]

昇進の条件

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 昼休みで喫茶室が混んでいるのか、ニッコロはなかなか戻ってこなかった。

「今の話を踏まえての相談なのだが」と、クリスが険しい顔をした。
「彼は現時点でこれ以上の出世が望めない」

「なぜ? 次は隊長だろ? 余裕じゃないか」
「実は重大な問題が起きている。あまり大きな声で言えない問題だ。お前にも彼の背中を押してもらいたい」

 彼が眉間に皺を寄せて言うので、その問題とは何なのかと訊ねた。
 聞けば、隊長以上の昇進条件になっている『とある試験』をニッコロが受けておらず、その訓練すらも拒否しているのだとか。
 悩むクリスには申し訳ないが、俺は薄笑いを浮かべてしまった。

「彼は大昔の騎士のように結婚してから出世するつもりなのかな?」と、俺は言った。
「バカ言え。婚約すらしていないのに、そんなの待てるか」と、クリスは頭を抱える。
「もう引きずってでも訓練を受けさせるか、自力で何とかさせないことには……」

「いやいや、クリス」
 悩む彼には申し訳ないが、俺は笑ってしまった。
「あの訓練施設・・・・は、人を引きずっていくような場所ではないぞ? わくわくしながら自主的に行く場所だ。ただし、最初だけな?」



 俺達が腕組みをして頭を絞っていると、ニッコロが戻ってきた。
 俺は目を細めて二人がサンドウィッチを交換する様子を眺めていた。仲良しな上司と部下の姿にほのぼのする。

「リア様さいこーッスね。激カワなうえに、こんなことまでしてくれるなんて」
「羨ましいか」
「超羨ましいッスよ! なんか食べるの勿体ない。愛情たっぷりって感じで」

 ニッコロは「いいなあ、結婚」と言いながら茶に口をつけた。

 俺は考えていた。
 クリスは常識的で正しい男だ。彼が俺を頼ってきたということは、正攻法では上手くいかなかったということなのだろう。
 つまりは王族の立場を利用して斜めから斬り込んでほしいという意味だ。

 いいだろう。任せろ。

「なあ、ニッコロ君……」と、俺は言った。
「なんスか? 気持ち悪い呼び方して」と、彼は言った。

「君は出世に興味があるか?」
「んー、それなりにあるかなぁ……」
「そうか」
「なんなんスか。さっきから」

 彼は呆れた顔でカップを口につけた。
 お行儀よく音を立てずに茶を含んでいく。

「……君は童貞なのか?」

 ブバッ! と、彼が茶を噴いた。
 俺は素早くリアのサンドウィッチを掴んで避難させており、クリスはバスケットのフタを使ってそれ以外のものにしぶきが掛からぬよう防御していた。さすが俺達。素晴らしい連携だ。

「チガイマス」
 ニッコロは顔を赤らめ、恨めしそうな目で俺を睨んだ。

 彼は学生時代に交際していたヒト族の女がいた。結婚を約束していたが、彼女が平民だったために父親から反対された。駆け落ちも辞さない覚悟でいたが、女は彼の父親が用意した手切れ金を受け取り、一家で王都から姿を消してしまった。
 彼の口調がおかしくなったきっかけは、まさにその出来事だった。
 かわいい後輩の傷に塩を塗る趣味はない。俺はその点には一切触れずに話を進めることにした。

 今、副隊長である彼が隊長に昇進するためには『色』の試験に合格しなくてはならないのだ。

「なぜ『色』の訓練を受けないのだ」と、俺は訊いた。
「ええー、そんなの受けなくてもいいじゃないッスか」とニッコロ。

「良くない。お前は実力がある。副隊長ごときで満足するな」
「なんで昇進にあんなヘンな試験が必要なんスか?」
「上官が女性に弱いようでは困るからだろう」
「大丈夫ッスよ。オレ騙されたりしないから」

 彼はそう言うと口を尖らせた。



 大昔の話だが、隣国の女特務師が王宮に下女として潜入していた。
 よほど美しかったのだろう。この国が内から崩れそうになるお色気系の大不祥事が起きたらしい。
 時の王は気合いでそれを阻止して丸く収めたものの、事態を重く見て近衛騎士団と王都騎士団に『色』の訓練と試験を課した。それが現在まで続いているというわけだ。

 隊長以上になりたければ技術的な・・・・試験を受けなければならない。三回の実技試験ですべての項目に優か良の採点を貰えば合格となる。

 この決まりができた当初は「結婚しなければ出世できない」と、皆大急ぎで婚姻を結んだと聞く。何かと融通の利かない時代の話だ。妻への多大なる負担となり、それが原因で離縁する夫婦まで出る始末だった。
 そもそも出世に独身も既婚も関係ない。後に騎士団は高級娼館と契約を結ぶことになり、訓練から試験までの支援をしてもらっている。
 言うまでもないが、出世街道に足を踏み入れた者は真っ先に(そしてすこぶる嬉しそうに)訓練を受けに行く。

 訓練と名のつく以上は教官がいる。
 教官は一流の男娼で、遊女は助手に過ぎない。色事に関して完全に主導権が取れるよう、あらかじめ組まれたカリキュラムに沿って必要な技術を伝授されるのだ。
 最初は皆喜んで出かけるものの、いかつい男の教官が出てきて真顔で色々教えてくるので、二回目以降に出かけていくときは最初ほどの笑顔はない。しょせんは訓練。想像しているほど楽しいものではなかった。

「お前が想像しているようなお遊びではないぞ?」と、俺は言った。

 ニッコロは苦笑しながら「ムリムリ。遠慮するッス」と言うと、リアのサンドウィッチを頬張り、表情を緩ませた。

「うんまぁーっ! 超~うまいっ!」

 彼は夢中でもぐもぐと口を動かし、癒されるだの何だのと言いながらサンドウィッチを堪能していた。
 彼はクリスが取り分けてやった酢漬けのキュウリとトマトのサラダも喜んで食べた。
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