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[ヴィル]
不遇な次男
ニッコロがクリスの執務室で大騒ぎしていた。
「やっば! なにこれ可愛い! なにこの手紙! なにそれ超美味そう!」
「そこの売店で蒸し鶏のサンドウィッチを買ってきたら、俺の分を一つ交換してやる」と、クリスが言った。
「マジすか! 行ってくる!」
ニッコロは飛び出していった。
分厚いサンドウィッチにかぶりつき、何事もなかったかのようにモシャモシャと咀嚼するクリスを眺め、俺は首を横に振った。
なんて懐の大きな奴だろう。
「お前、本当にいい上司だよな」と彼を讃えた。
「俺は部下に騒がれても、リアのサンドウィッチだけは分けてあげられないかも知れない」
俺は世界中のたまごサラダを自分のものにしたいぐらい、たまごサラダの入ったサンドウィッチが好きだ。これさえあれば生きていける。これを人に譲るのは大変な勇気が要る。
「不遇の次男には優しくしてやらないとな」と、彼は言った。
「次男かぁ……」と、俺は呟いた。
「俺らは決まっていることさえ受け入れられれば楽だろ?」
「確かに二番目三番目は大変さの種類が少し違うよな」
「彼らにはこれという正解がない」と、クリスは酢漬けの野菜が入っている瓶をひねって開けた。
世襲するものがある天人族の子どもは、生まれた瞬間から人生の大半が決まっている。
長男ならば徹底的に教育を受けさせられ、問答無用で跡を継がされる。
次男以降は長男の部下として働くか、家を出て別の仕事に就くかの選択を迫られる。しかし、長男ほど教育に金をかけてもらえないことが多く、よほどの才がないかぎり長男の部下になるだろう。
ニッコロは学校を卒業した後、父親が管理するロキア子爵領へと戻り、地元の騎士団を率いる騎士団長になった。
彼は王都の名門校に通えるだけの金はかけてもらえたが、地元の騎士団長として働く選択肢しか用意してもらえない次男だった。しかし、彼には持ち前の前向きさがあり、地元の英雄になると言って、意気揚々と田舎へ引き上げていった。
とこらが彼は今、王都騎士団にいる。
あの陽気な性格が田舎で支持されなかったのだろうと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「子爵領の騎士団はあいつを中心に団結していた」
クリスは酢漬けのキュウリをつまんで口に放り込み、コリコリと美味そうな音を立てた。
俺はリアが作ってくれた揚げ鶏とたまごの親子サンドにかぶりついた。
「田舎が合わなかったと聞いたが?」
「あいつが合わなかったのは田舎の象徴のような兄だけだ」
「ああ、あの嫡男か……」
地元に戻ったニッコロは何をするにも兄に妨害され、執拗な嫌がらせを受けたそうだ。
嫡男が何の目的でそんなことをやっていたのかは分からないが、部下の騎士団員たちはニッコロを庇おうとした。しかし、相手は追放処分をちらつかせてニッコロの味方をすることを阻んだ。
ニッコロは自主的に領地を出たことになっているが、実際は兄に追い出されたも同然だった。騎士団員たちの生活を守るため、自分がそこを去る選択をしたに過ぎない。
当主である父親は、それを傍観していたと言う。
「長男の好き勝手にさせている領主も不甲斐ない」と、クリスは言った。
「あの嫡男、そんな奴だったのか」と、俺は呟いた。
「知っているのか?」
「最近、領主会議に来ているよ」
「勉強のためか?」
「いや。領主の代理だと言っていた」
「代理? 病気でもしているのだろうか」
「いいや、元気らしい。ヘンだよな? 目立ちたがりなのかな」
「領主の代理って言ったら、普通なら実務に近い補佐官のオッサンとかだよな」と、クリスは言った。
「なんか、クリスのところと真逆だな」
「うちは父の『代理』なんて言ったら鉄拳が飛んでくるぜ」
「ははっ、あの親父とお前に挟まれて弟がヒーヒー言っているのが目に浮かぶよ」
クリスには五歳下の弟がいる。
長男のクリスは王都で騎士、次男のトーマスは王立学院を卒業した後、領地へ戻って父親から領地管理を学んでいる。
弟が跡継ぎなのかと言うとそうではない。次のクランツ辺境伯はクリスだ。
弟は生まれたときから兄の部下として辺境伯領の実務を担う運命を背負っているが、それをむしろ誇りだと公言している。クランツ家は当主がしっかりしているため、兄弟間の揉め事とは無縁だった。
「俺はニッコロを子爵領に戻す気はないぞ。万が一にもそういう話が出たら、断固反対するつもりでいる」と、クリスは言う。
その時は俺も彼の味方をするつもりだ。
「なあ、もし、あいつが第一騎士団に転属を希望したら採用するか?」
ふいにクリスが言った。
俺は口の端についたソースを紙で拭いながら「しないよ」と即答した。
彼は少し意外そうな顔をしていた。
「理由は?」
「口が悪い」
「相手を問わずあの口調ではないぞ? 場と相手はわきまえている」
「それは知っているよ」
クリスは茶を飲んで吐息をつくと「厳しいな」と苦笑した。
「単に目的に合った人材を入れたいだけだ。彼の話し方に関しては、周りから下手な力を加えるべきではないと思っている。あの陽気な仮面は、ぶっ壊れそうだった彼の内面を守るために作られたものだ」
ニッコロは学生時代に人間関係でゴタゴタしたことをきっかけに、あの陽気で少々お行儀の悪い仮面をかぶった。
初めは落ち込んだ顔を周りに見せたくなくて無理に明るく振る舞ったのだろう。しかし、彼はその仮面をいまだに外せていない。
「まだ時間が必要なのだろう? 自ら殻を破るのを待ってやるしかない。うちに入れたら規則でガチガチに縛って押さえつけることになる。本人のことを考えるなら、第三で少し余裕をもって仕事をしていたほうが良いと思う」
クリスは「それもそうだな」と呟くように言った。
「孤児の件をきっかけに、リアに興味を持ったのだろう?」
「ああ。最近やたらとリア様の話をしている」
「恋をしている感じか?」
「いや。漠然とした憧れのようなものだろうな」
「第一騎士団は神薙の騎士団だ。より利他的な人間が求められる。騎士の個性はリアを守るために活かすものだ。自分自身を守ることで忙しい者に第一騎士団の門は開かれない」
「そうだよな」
「俺がいいと言っても、アレンとフィデルが認めないよ。俺なんかより、あの二人のほうがよほど厳しいからな」
俺達には使命があり、求める人材には明確な要件がある。残念ながら今の彼はそこに届いていなかった。
クリスは一つ唸ると茶を飲んだ。
「納得のいく答えだ。聞いて良かった」
「当初予定どおり進めればいいと思う」
「ああ。心置きなくあいつを次期団長候補にできる。あの口はその中で少しずつ矯正していくことにする」
「そのほうがいい。彼はクリスになら心を開くと思う」
クリスはほかの騎士団から弾き出されるような癖の強い部下を手懐けて成長させるのが上手い。ニッコロも良い方向に持って行けるはずだ。
「やっば! なにこれ可愛い! なにこの手紙! なにそれ超美味そう!」
「そこの売店で蒸し鶏のサンドウィッチを買ってきたら、俺の分を一つ交換してやる」と、クリスが言った。
「マジすか! 行ってくる!」
ニッコロは飛び出していった。
分厚いサンドウィッチにかぶりつき、何事もなかったかのようにモシャモシャと咀嚼するクリスを眺め、俺は首を横に振った。
なんて懐の大きな奴だろう。
「お前、本当にいい上司だよな」と彼を讃えた。
「俺は部下に騒がれても、リアのサンドウィッチだけは分けてあげられないかも知れない」
俺は世界中のたまごサラダを自分のものにしたいぐらい、たまごサラダの入ったサンドウィッチが好きだ。これさえあれば生きていける。これを人に譲るのは大変な勇気が要る。
「不遇の次男には優しくしてやらないとな」と、彼は言った。
「次男かぁ……」と、俺は呟いた。
「俺らは決まっていることさえ受け入れられれば楽だろ?」
「確かに二番目三番目は大変さの種類が少し違うよな」
「彼らにはこれという正解がない」と、クリスは酢漬けの野菜が入っている瓶をひねって開けた。
世襲するものがある天人族の子どもは、生まれた瞬間から人生の大半が決まっている。
長男ならば徹底的に教育を受けさせられ、問答無用で跡を継がされる。
次男以降は長男の部下として働くか、家を出て別の仕事に就くかの選択を迫られる。しかし、長男ほど教育に金をかけてもらえないことが多く、よほどの才がないかぎり長男の部下になるだろう。
ニッコロは学校を卒業した後、父親が管理するロキア子爵領へと戻り、地元の騎士団を率いる騎士団長になった。
彼は王都の名門校に通えるだけの金はかけてもらえたが、地元の騎士団長として働く選択肢しか用意してもらえない次男だった。しかし、彼には持ち前の前向きさがあり、地元の英雄になると言って、意気揚々と田舎へ引き上げていった。
とこらが彼は今、王都騎士団にいる。
あの陽気な性格が田舎で支持されなかったのだろうと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「子爵領の騎士団はあいつを中心に団結していた」
クリスは酢漬けのキュウリをつまんで口に放り込み、コリコリと美味そうな音を立てた。
俺はリアが作ってくれた揚げ鶏とたまごの親子サンドにかぶりついた。
「田舎が合わなかったと聞いたが?」
「あいつが合わなかったのは田舎の象徴のような兄だけだ」
「ああ、あの嫡男か……」
地元に戻ったニッコロは何をするにも兄に妨害され、執拗な嫌がらせを受けたそうだ。
嫡男が何の目的でそんなことをやっていたのかは分からないが、部下の騎士団員たちはニッコロを庇おうとした。しかし、相手は追放処分をちらつかせてニッコロの味方をすることを阻んだ。
ニッコロは自主的に領地を出たことになっているが、実際は兄に追い出されたも同然だった。騎士団員たちの生活を守るため、自分がそこを去る選択をしたに過ぎない。
当主である父親は、それを傍観していたと言う。
「長男の好き勝手にさせている領主も不甲斐ない」と、クリスは言った。
「あの嫡男、そんな奴だったのか」と、俺は呟いた。
「知っているのか?」
「最近、領主会議に来ているよ」
「勉強のためか?」
「いや。領主の代理だと言っていた」
「代理? 病気でもしているのだろうか」
「いいや、元気らしい。ヘンだよな? 目立ちたがりなのかな」
「領主の代理って言ったら、普通なら実務に近い補佐官のオッサンとかだよな」と、クリスは言った。
「なんか、クリスのところと真逆だな」
「うちは父の『代理』なんて言ったら鉄拳が飛んでくるぜ」
「ははっ、あの親父とお前に挟まれて弟がヒーヒー言っているのが目に浮かぶよ」
クリスには五歳下の弟がいる。
長男のクリスは王都で騎士、次男のトーマスは王立学院を卒業した後、領地へ戻って父親から領地管理を学んでいる。
弟が跡継ぎなのかと言うとそうではない。次のクランツ辺境伯はクリスだ。
弟は生まれたときから兄の部下として辺境伯領の実務を担う運命を背負っているが、それをむしろ誇りだと公言している。クランツ家は当主がしっかりしているため、兄弟間の揉め事とは無縁だった。
「俺はニッコロを子爵領に戻す気はないぞ。万が一にもそういう話が出たら、断固反対するつもりでいる」と、クリスは言う。
その時は俺も彼の味方をするつもりだ。
「なあ、もし、あいつが第一騎士団に転属を希望したら採用するか?」
ふいにクリスが言った。
俺は口の端についたソースを紙で拭いながら「しないよ」と即答した。
彼は少し意外そうな顔をしていた。
「理由は?」
「口が悪い」
「相手を問わずあの口調ではないぞ? 場と相手はわきまえている」
「それは知っているよ」
クリスは茶を飲んで吐息をつくと「厳しいな」と苦笑した。
「単に目的に合った人材を入れたいだけだ。彼の話し方に関しては、周りから下手な力を加えるべきではないと思っている。あの陽気な仮面は、ぶっ壊れそうだった彼の内面を守るために作られたものだ」
ニッコロは学生時代に人間関係でゴタゴタしたことをきっかけに、あの陽気で少々お行儀の悪い仮面をかぶった。
初めは落ち込んだ顔を周りに見せたくなくて無理に明るく振る舞ったのだろう。しかし、彼はその仮面をいまだに外せていない。
「まだ時間が必要なのだろう? 自ら殻を破るのを待ってやるしかない。うちに入れたら規則でガチガチに縛って押さえつけることになる。本人のことを考えるなら、第三で少し余裕をもって仕事をしていたほうが良いと思う」
クリスは「それもそうだな」と呟くように言った。
「孤児の件をきっかけに、リアに興味を持ったのだろう?」
「ああ。最近やたらとリア様の話をしている」
「恋をしている感じか?」
「いや。漠然とした憧れのようなものだろうな」
「第一騎士団は神薙の騎士団だ。より利他的な人間が求められる。騎士の個性はリアを守るために活かすものだ。自分自身を守ることで忙しい者に第一騎士団の門は開かれない」
「そうだよな」
「俺がいいと言っても、アレンとフィデルが認めないよ。俺なんかより、あの二人のほうがよほど厳しいからな」
俺達には使命があり、求める人材には明確な要件がある。残念ながら今の彼はそこに届いていなかった。
クリスは一つ唸ると茶を飲んだ。
「納得のいく答えだ。聞いて良かった」
「当初予定どおり進めればいいと思う」
「ああ。心置きなくあいつを次期団長候補にできる。あの口はその中で少しずつ矯正していくことにする」
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