281 / 392
[ヴィル]
昇進の条件
しおりを挟む
昼休みで喫茶室が混んでいるのか、ニッコロはなかなか戻ってこなかった。
「今の話を踏まえての相談なのだが」と、クリスが険しい顔をした。
「彼は現時点でこれ以上の出世が望めない」
「なぜ? 次は隊長だろ? 余裕じゃないか」
「実は重大な問題が起きている。あまり大きな声で言えない問題だ。お前にも彼の背中を押してもらいたい」
彼が眉間に皺を寄せて言うので、その問題とは何なのかと訊ねた。
聞けば、隊長以上の昇進条件になっている『とある試験』をニッコロが受けておらず、その訓練すらも拒否しているのだとか。
悩むクリスには申し訳ないが、俺は薄笑いを浮かべてしまった。
「彼は大昔の騎士のように結婚してから出世するつもりなのかな?」と、俺は言った。
「バカ言え。婚約すらしていないのに、そんなの待てるか」と、クリスは頭を抱える。
「もう引きずってでも訓練を受けさせるか、自力で何とかさせないことには……」
「いやいや、クリス」
悩む彼には申し訳ないが、俺は笑ってしまった。
「あの訓練施設は、人を引きずっていくような場所ではないぞ? わくわくしながら自主的に行く場所だ。ただし、最初だけな?」
☟
俺達が腕組みをして頭を絞っていると、ニッコロが戻ってきた。
俺は目を細めて二人がサンドウィッチを交換する様子を眺めていた。仲良しな上司と部下の姿にほのぼのする。
「リア様さいこーッスね。激カワなうえに、こんなことまでしてくれるなんて」
「羨ましいか」
「超羨ましいッスよ! なんか食べるの勿体ない。愛情たっぷりって感じで」
ニッコロは「いいなあ、結婚」と言いながら茶に口をつけた。
俺は考えていた。
クリスは常識的で正しい男だ。彼が俺を頼ってきたということは、正攻法では上手くいかなかったということなのだろう。
つまりは王族の立場を利用して斜めから斬り込んでほしいという意味だ。
いいだろう。任せろ。
「なあ、ニッコロ君……」と、俺は言った。
「なんスか? 気持ち悪い呼び方して」と、彼は言った。
「君は出世に興味があるか?」
「んー、それなりにあるかなぁ……」
「そうか」
「なんなんスか。さっきから」
彼は呆れた顔でカップを口につけた。
お行儀よく音を立てずに茶を含んでいく。
「……君は童貞なのか?」
ブバッ! と、彼が茶を噴いた。
俺は素早くリアのサンドウィッチを掴んで避難させており、クリスはバスケットのフタを使ってそれ以外のものにしぶきが掛からぬよう防御していた。さすが俺達。素晴らしい連携だ。
「チガイマス」
ニッコロは顔を赤らめ、恨めしそうな目で俺を睨んだ。
彼は学生時代に交際していたヒト族の女がいた。結婚を約束していたが、彼女が平民だったために父親から反対された。駆け落ちも辞さない覚悟でいたが、女は彼の父親が用意した手切れ金を受け取り、一家で王都から姿を消してしまった。
彼の口調がおかしくなったきっかけは、まさにその出来事だった。
かわいい後輩の傷に塩を塗る趣味はない。俺はその点には一切触れずに話を進めることにした。
今、副隊長である彼が隊長に昇進するためには『色』の試験に合格しなくてはならないのだ。
「なぜ『色』の訓練を受けないのだ」と、俺は訊いた。
「ええー、そんなの受けなくてもいいじゃないッスか」とニッコロ。
「良くない。お前は実力がある。副隊長ごときで満足するな」
「なんで昇進にあんなヘンな試験が必要なんスか?」
「上官が女性に弱いようでは困るからだろう」
「大丈夫ッスよ。オレ騙されたりしないから」
彼はそう言うと口を尖らせた。
☟
大昔の話だが、隣国の女特務師が王宮に下女として潜入していた。
よほど美しかったのだろう。この国が内から崩れそうになるお色気系の大不祥事が起きたらしい。
時の王は気合いでそれを阻止して丸く収めたものの、事態を重く見て近衛騎士団と王都騎士団に『色』の訓練と試験を課した。それが現在まで続いているというわけだ。
隊長以上になりたければ技術的な試験を受けなければならない。三回の実技試験ですべての項目に優か良の採点を貰えば合格となる。
この決まりができた当初は「結婚しなければ出世できない」と、皆大急ぎで婚姻を結んだと聞く。何かと融通の利かない時代の話だ。妻への多大なる負担となり、それが原因で離縁する夫婦まで出る始末だった。
そもそも出世に独身も既婚も関係ない。後に騎士団は高級娼館と契約を結ぶことになり、訓練から試験までの支援をしてもらっている。
言うまでもないが、出世街道に足を踏み入れた者は真っ先に(そしてすこぶる嬉しそうに)訓練を受けに行く。
訓練と名のつく以上は教官がいる。
教官は一流の男娼で、遊女は助手に過ぎない。色事に関して完全に主導権が取れるよう、あらかじめ組まれたカリキュラムに沿って必要な技術を伝授されるのだ。
最初は皆喜んで出かけるものの、いかつい男の教官が出てきて真顔で色々教えてくるので、二回目以降に出かけていくときは最初ほどの笑顔はない。しょせんは訓練。想像しているほど楽しいものではなかった。
「お前が想像しているようなお遊びではないぞ?」と、俺は言った。
ニッコロは苦笑しながら「ムリムリ。遠慮するッス」と言うと、リアのサンドウィッチを頬張り、表情を緩ませた。
「うんまぁーっ! 超~うまいっ!」
彼は夢中でもぐもぐと口を動かし、癒されるだの何だのと言いながらサンドウィッチを堪能していた。
彼はクリスが取り分けてやった酢漬けのキュウリとトマトのサラダも喜んで食べた。
「今の話を踏まえての相談なのだが」と、クリスが険しい顔をした。
「彼は現時点でこれ以上の出世が望めない」
「なぜ? 次は隊長だろ? 余裕じゃないか」
「実は重大な問題が起きている。あまり大きな声で言えない問題だ。お前にも彼の背中を押してもらいたい」
彼が眉間に皺を寄せて言うので、その問題とは何なのかと訊ねた。
聞けば、隊長以上の昇進条件になっている『とある試験』をニッコロが受けておらず、その訓練すらも拒否しているのだとか。
悩むクリスには申し訳ないが、俺は薄笑いを浮かべてしまった。
「彼は大昔の騎士のように結婚してから出世するつもりなのかな?」と、俺は言った。
「バカ言え。婚約すらしていないのに、そんなの待てるか」と、クリスは頭を抱える。
「もう引きずってでも訓練を受けさせるか、自力で何とかさせないことには……」
「いやいや、クリス」
悩む彼には申し訳ないが、俺は笑ってしまった。
「あの訓練施設は、人を引きずっていくような場所ではないぞ? わくわくしながら自主的に行く場所だ。ただし、最初だけな?」
☟
俺達が腕組みをして頭を絞っていると、ニッコロが戻ってきた。
俺は目を細めて二人がサンドウィッチを交換する様子を眺めていた。仲良しな上司と部下の姿にほのぼのする。
「リア様さいこーッスね。激カワなうえに、こんなことまでしてくれるなんて」
「羨ましいか」
「超羨ましいッスよ! なんか食べるの勿体ない。愛情たっぷりって感じで」
ニッコロは「いいなあ、結婚」と言いながら茶に口をつけた。
俺は考えていた。
クリスは常識的で正しい男だ。彼が俺を頼ってきたということは、正攻法では上手くいかなかったということなのだろう。
つまりは王族の立場を利用して斜めから斬り込んでほしいという意味だ。
いいだろう。任せろ。
「なあ、ニッコロ君……」と、俺は言った。
「なんスか? 気持ち悪い呼び方して」と、彼は言った。
「君は出世に興味があるか?」
「んー、それなりにあるかなぁ……」
「そうか」
「なんなんスか。さっきから」
彼は呆れた顔でカップを口につけた。
お行儀よく音を立てずに茶を含んでいく。
「……君は童貞なのか?」
ブバッ! と、彼が茶を噴いた。
俺は素早くリアのサンドウィッチを掴んで避難させており、クリスはバスケットのフタを使ってそれ以外のものにしぶきが掛からぬよう防御していた。さすが俺達。素晴らしい連携だ。
「チガイマス」
ニッコロは顔を赤らめ、恨めしそうな目で俺を睨んだ。
彼は学生時代に交際していたヒト族の女がいた。結婚を約束していたが、彼女が平民だったために父親から反対された。駆け落ちも辞さない覚悟でいたが、女は彼の父親が用意した手切れ金を受け取り、一家で王都から姿を消してしまった。
彼の口調がおかしくなったきっかけは、まさにその出来事だった。
かわいい後輩の傷に塩を塗る趣味はない。俺はその点には一切触れずに話を進めることにした。
今、副隊長である彼が隊長に昇進するためには『色』の試験に合格しなくてはならないのだ。
「なぜ『色』の訓練を受けないのだ」と、俺は訊いた。
「ええー、そんなの受けなくてもいいじゃないッスか」とニッコロ。
「良くない。お前は実力がある。副隊長ごときで満足するな」
「なんで昇進にあんなヘンな試験が必要なんスか?」
「上官が女性に弱いようでは困るからだろう」
「大丈夫ッスよ。オレ騙されたりしないから」
彼はそう言うと口を尖らせた。
☟
大昔の話だが、隣国の女特務師が王宮に下女として潜入していた。
よほど美しかったのだろう。この国が内から崩れそうになるお色気系の大不祥事が起きたらしい。
時の王は気合いでそれを阻止して丸く収めたものの、事態を重く見て近衛騎士団と王都騎士団に『色』の訓練と試験を課した。それが現在まで続いているというわけだ。
隊長以上になりたければ技術的な試験を受けなければならない。三回の実技試験ですべての項目に優か良の採点を貰えば合格となる。
この決まりができた当初は「結婚しなければ出世できない」と、皆大急ぎで婚姻を結んだと聞く。何かと融通の利かない時代の話だ。妻への多大なる負担となり、それが原因で離縁する夫婦まで出る始末だった。
そもそも出世に独身も既婚も関係ない。後に騎士団は高級娼館と契約を結ぶことになり、訓練から試験までの支援をしてもらっている。
言うまでもないが、出世街道に足を踏み入れた者は真っ先に(そしてすこぶる嬉しそうに)訓練を受けに行く。
訓練と名のつく以上は教官がいる。
教官は一流の男娼で、遊女は助手に過ぎない。色事に関して完全に主導権が取れるよう、あらかじめ組まれたカリキュラムに沿って必要な技術を伝授されるのだ。
最初は皆喜んで出かけるものの、いかつい男の教官が出てきて真顔で色々教えてくるので、二回目以降に出かけていくときは最初ほどの笑顔はない。しょせんは訓練。想像しているほど楽しいものではなかった。
「お前が想像しているようなお遊びではないぞ?」と、俺は言った。
ニッコロは苦笑しながら「ムリムリ。遠慮するッス」と言うと、リアのサンドウィッチを頬張り、表情を緩ませた。
「うんまぁーっ! 超~うまいっ!」
彼は夢中でもぐもぐと口を動かし、癒されるだの何だのと言いながらサンドウィッチを堪能していた。
彼はクリスが取り分けてやった酢漬けのキュウリとトマトのサラダも喜んで食べた。
32
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です
氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。
英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。
花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜
文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。
花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。
堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。
帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは?
異世界婚活ファンタジー、開幕。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる