昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

文字の大きさ
352 / 392
[クリス]

往路 §4

しおりを挟む
「若殿だ!」
「本当だ! 若殿ぉ!」
「クリストフ様ぁー!」
 手を振るな! 名を呼ぶんじゃねぇ!
「若殿、ちょっと来てください! 事件です!」
 ――お、終わった……。

 走って俺のところに来た男が「一大事です。あそこにあった店が、こつぜんと消えました!」と言っている。
 まるで推理小説の一場面のようだ。消えた露店、行方不明の店主、現場に残されたわずかな手がかり、渦巻く陰謀、暗躍する裏組織――むぅぅ、本の読みすぎだろうか。
 しかし、本当に事件だったらシャレにならない。

 急いで話を聞きに行くと、年配の女が警備の騎士団員にグイグイと詰め寄っていた。
「ちょっとぉ、騎士様、本当に知らないのぉ?」
「いや……ですから、定休日じゃないんですか? ずっと休んでなかったでしょう?」
「店主は何も言ってなかったわよ! ねえ?」
「おお、いつおどおりだったよ」
「そうだよ! 今日の飯、どうしてくれんだよ」
 いかつい男が仲間と声を上げている。
「アンタたちが追い出したんだろ!」
「皆知ってんだぞ! 最近、お城が商人に冷たいって!」
「そ、そんなことはしませんて!」
 騎士は手の平を向け、降参とばかりに一歩下がった。
「誰かが売り子にちょっかい出したとかじゃねーの? 毎日、騎士団が群がっていただろう?」
「最低! 騎士だからって何してもいいわけじゃないのよ!」
「あの子たちに何したんだよ!」
「ち、違いますって! 騎士はそんなことしませんから!」

 ――民が言うほど一大事ではなさそうなのだが……?
「おい! 騎士団の誰かが良からぬことをしたのか?」
 警備の騎士団員に尋ねた。
 言葉と態度がどんどん雑になっているのが自分でもわかる。未熟な俺を許してほしい。
「とんでもない! 自分も昨日はここで昼食を買いました。量が多くて美味いから、騎士団でも人気なんですよ。確かに売り子がカワイイと話題にはなりましたけど、だからといって誰かが何かしたという話は聞いたことがありません。本当です! 信じてください、若殿!」
 騎士団員は必死に無実を訴えている。

「皆、静まれ! 騎士も店主も人だ!」
 ああ、領主の息子はつらいぜ……。
 何の騒ぎか知らないが、一刻も早く片付けねば。
「いいか、人には都合というものがある。商人は皆の奴隷ではない。週に一度の休みくらい取らせてやれ。店主の都合や体調のことも考えよ。長い人生、欲しいものが手に入らない日もあるのだ。願わくは、騎士の都合も考えてくれまいか。彼も仕事をしなければならないのだ」
 広場を民に解放している以上、小さなモメ事が起きるのは仕方がない。犯罪の気配がないのであれば、上手く収めるにかぎる。
「私、明日また来てみます」
 年配の女がシュンとして言った。
「お茶会は明後日だから、明日お店が出ていれば間に合うし」
「そうか」とは言ったものの、俺は何の店かもわかっていなかった。
 茶菓子の店なのか? こんな朝っぱらから? いかつい男も買うような菓子か? しかし、さっき誰か「今日の飯」がどうのと言っていた気がするが……まあいいか。
「予定が狂っちまったなぁ」
「仕方ない。そこのパン屋でいいや」
「若殿に言われちゃあ引き下がるしかないよ」
「定休日かぁ……それもそうだよね」
 人々がバラバラとほどけるように去っていくと、騎士団員が「申し訳ありません。お騒がせしました」と頭を下げた。
「気にするな。人気の露店か?」
「はい。おそらく今日は定休日だと思います。休みなく毎日来ていましたから」
「そうか。では急ぐから、またな」
「お疲れ様です!」

 門をくぐると、警備の騎士団員がそこらじゅうで一斉に「お帰りなさい」と言った。スネている馬をザップに任せ、領館の階段を駆け上がる。
 俺が急に帰ってきたことで、城の中はざわついていた。
 たまにしか来ないから余計にそう感じるのかも知れないが、ここ数年、城の雰囲気があまりよろしくない。ザップの言うとおり、人の顔色をうかがうようにもみ手・・・をしながら挨拶に出てくる輩がいる。それで出世ができるとでも考えているのだろうか。

 秘書官の執務室へ向かい、父の予定と居場所を尋ねた。
「殿は今、会議中です」と、秘書官は言う。
「なんの会議だ?」
「トーマス様と部下数名とのお打ち合わせです」
「弟の従者のダドリーはどこにいる」と尋ねたところ、彼は口ごもった。
「どうした?」
「領内の経済に関わる大事な会議なものですから、彼は外で待つべきだと申し上げているのですが、トーマス様が彼を中に……。ダドリーも会議に参加しています」
「従者が経済会議に出ていると?」
 なぜトーマスは父の秘書官の助言を無視するのだろう。
 彼は王都の金融会社で会長秘書をしていた男だ。家族が病で倒れたことをきっかけに、クランツ領へ戻ることを望んでいた。そこで、父がこれ幸いと自分の秘書官にしたのだ。
 良い人材を片っ端から王都に取られてしまうのが地方の悩みだ。そんな中で戻って来てくれた有能な人材――父が頼りにするほどの人物だというのに!
「ダドリーが父の居ぬ間に何かやらかしていると聞いたが、うわさは本当か」
 彼は黙ったままうなずいた。
「それについて、誰かが弟に助言をしたことは?」
「数人お伝えした者がおりますが『そんなわけがない』と、話を聞いていただけなかったようです」
「父は知っているか?」
「ずいぶんと前からご存知です」
「……そうか」俺は天井を仰いだ。
 ドルマンという家名を与えたのは、その後のことらしい。
「何かお考えがあって、わざと家名を与えたと思われます」
「わかった。俺がなんとかする」と伝えると、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。
「力及ばず申し訳ございません」
 俺も頭を下げた。
「いや、こちらこそ不出来な弟が迷惑をかけた。本来ならば貴公に教えを請う立場だ。申し訳ないことをした」
「若殿、よしてください。もったいない!」
「俺からきつく言って聞かせる。引き続き父をよろしく頼む」
 失踪した聖女を探す話が、徐々にややこしくなりつつあった。

「別件だが、この一週間ぐらいの間に、誰か父を訪ねてこなかったか?」と尋ねた。
「いいえ。このところ外出が多かったので、城ではどなたともお会いになっておりません」
「誰かを保護したとか、家に客人が来ているとか、そういう話は聞いていないか」
「私は聞いておりません」
「そうか……」
 胃がムカムカする。俺は腹を立てずに城を出られる自信がない。

「実は王の特命で来た。人を探している。会議が終わるのを待てない」
「と、特命の人探しでございますか!?」
 秘書官は目を皿のようにした。
「御意にございます! ご案内いたします!」
 王都にいた人間なので話が早かった。
 俺は秘書官とともに階段を駆け上がった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーレムです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

蝋梅
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...