昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[クリス]

捜索 §1

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 会議室の扉を勢いよく開けた。一切の躊躇ちゅうちょはなかった。
「どうした、クリス。先触れもなく」と、父は驚きの表情にわずかな喜びを宿しながら言った。
 弟のトーマスもニコニコとしている。

「王の特命で参りました」
 歩きながら伝えると、父の顔から微かな喜びは消え去り、衝撃と疑念が混ざり合う複雑な表情に変わった。弟はきょとんとしている。
「王都で何があった」父が眉間に深い溝を刻んだ。
「時間がありません。確認したいことがあります。人を払っていただきたい」
「わかった。皆、悪いが外してくれ!」
「トーマスとダドリーは残れ」と、俺は言った。
 父は顔を曇らせて「トーマスに関係があるのか?」と尋ねた。しかし、俺は答えなかった。

「二人とも、クリスは国王陛下の代理でここにいる。聞かれたことには正直に偽りなく答えよ」
 父がそう言うと、トーマスは素直に「はい」と言ってうなずいた。
 ダドリーは口を半開きにしてボーっとしている。
 俺が見たことのある彼はいつでもこうだった。知性や責任感などみじんも感じさせない顔つき。彼を従者にしたのは誰が見ても間違いだとわかる。

 父はダドリーの所業を把握している。おそらくトーマスを試すために泳がせておいたのだろう。
 おかしな家名を与えたのも、わざと調子に乗らせるためだ。不祥事を起こしたところでトーマスを問うつもりでいた。
 あえて伸び切らせてから鼻っ柱をへし折るのは、領主教育でよくあることだ。二度と同じ過ちをさせないための手法だった。
 平常時なら、ダドリーが愚かだろうと、トーマスが未熟だろうと構わない。
 しかし、今は駄目だ。今だけは、絶対に……。

「ダドリーに聞く。一週間ほど前、お前の姉であるタヴァルコ市長夫人に伴われ、ある女性がこの領館を訪れた。領主かトーマスに会わせて欲しいと言って訪ねてきているはずだ。お前はそれを知っているな?」
 ダドリーは途端に挙動がおかしくなり、返事を渋った。
 首元を触り、襟を触り、鼻を触り、額を触り、ハンカチを取り出し、口元を拭う仕草をした。視線もキョロキョロとせわしなく彷徨さまよっている。
 俺は単に揺さぶりをかけただけだ。もし、しらを切るようなら、部屋から追い出して父と話をするつもりだった。
「答えよ!」
 一喝すると彼はモゴモゴと何か声を発し始めた。しかし、何を言っているのか聞こえない。
「何をしている。兄上の質問にハッキリ答えよ」と、トーマスが彼の腕をつかんでゆさゆさと揺らした。
 まるで近所のお友達とじゃれている子どものようだ。この局面で、成人している男がする振る舞いではない。父もその様子を厳しい眼差しで見ていた。

「殿の愛人など通すわけがありません。私が子爵になれなくなる」と、ダドリーは答えた。
 ――愛人……。こいつ、聖女を父の愛人だと言いやがった。それに何だ、子爵になれないというのは。ザップの言うとおり、頭がおかしいのか?

 普段はどうなのか知らないが、彼はもはやマトモではなかった。
 父の目が皿のようになっているところを見ると、父にとっても想像を絶する衝撃だったのだろう。
「だそうです、父上。とりあえず、この男への用は済みました。追い出しましょう」
 父は「なんと愚かな従者だ!」と吐き捨てた。
「話せる範囲でお話ししますが、その女性は王都で暮らすやんごとなきお方。わけあってクランツ領内で困っておられ、顔見知りである父上に助けを求めるため、ここを訪れた。聡明な方です。ここまでの道中、平民に対しては身分を明かしていません。おそらく、彼にも明かさなかったでしょう。それをこの下男は侮辱した挙げ句に追い返した疑いがあります。『愛人』だと思い込んでいたなら、相当な不敬を働いているはずです」

 俺が早口で言うと、父はよろめいた。
「クリス……まさかとは思うが」と、父は生唾を飲み込んだ。
 俺は父の言葉が待ちきれず、先に「そのまさかです。我々には時間がありません」と答えてしまった。
「お前はヴィルの代わりに王命を背負ってここへ来たのか!」
 俺がうなずくと、父は「なんということだ!!」と口元を押さえた。
「グリュンベルクを呼べ!」
 父に名指しで呼ばれた騎士団員が部屋に駆け込んできて敬礼した。
 まだ若いが次期団長とうわさになっている男だった。
「この者をろうに入れ、二十四時間態勢で監視せよ!」
「はっ! 了解しました」
「絶対に逃がすな。自害もさせてはならん! この男はオルランディア王によって裁かれる」
「御意! 万全の態勢で監視します」
「頼んだぞ!」

 幼い頃からともにいた従者が捕らえられ、弟は狼狽うろたえていた。
 父はすべてを説明せずとも事情が理解できているが、弟にはわからないようだ。
 俺には弟の「なぜダドリーが?」という質問に、ゆっくり答える時間がなかった。
 リア様を探しに行かなくてはならない。宿はわかっている。市長夫人が一緒で、護衛もいると聞いた。安全は確保されているはずだ。だからと言って、ここでのんびりしている気には到底ならなかった。

 三人だけになった会議室でトーマスに向き直り、ここに来たのは聖女だと話した。
「俺は陛下と、その甥ヴィルヘルムの代理で聖女を探しにきた」
 彼は大層驚いた様子で「どうして聖女様がこんなところに?」と聞いてきた。
「今頃それを俺に聞いてどうする。父上かお前と会いたいと言って訪ねてきた聖女を、お前の従者が追い返したのだぞ。陛下ならこう聞くだろう。『お前が命じたのではないのか?』とな」
「ちっ、違います!」
「ならば、なぜ従者がお前のそばを離れて勝手な行動をしている」
「私が国境へ行っていたからです。危ないので同行はさせませんでした」
 危険地帯へ行く際、従者が非戦闘員であれば、少し手前の安全なところで待たせるのが常識だ。危ないから城に置いて出かけるなんてことは有り得ない。

「お前には愚かな従者を放置した責任が生じる。仮に聖女が無事であったとしても、お前は王都に連行されて斬首になるだろう」
「私が、斬首? しかし兄上!」
「お前に言い訳をする資格はない! 遺書を書くなど、死ぬ準備をしておけ」
「兄上、待ってください。どうして私が……」
「『どうして』は俺のセリフだ。なぜ従者を城に残した。戦地について来られぬ者は、その資格なしと父上は教えたはずだ! そもそもなぜ父上が勧めた者を従者にしなかった!」
「しかし、彼とは幼い頃から……」
 いちいち口ごたえをする弟に、俺の神経はピリピリと逆立っていた。
 父は悔しげな表情を見せながら、俺に目配せをして「そのままやれ」と合図をしている。

 トーマスは激怒した王に殺される可能性が高い。しかし、俺たちは彼を生かすために最大限の努力をする。なぜなら、家族だからだ。それ以外の理由などない。しかし、当の本人が責任を自覚していなければ、助かるものも助けられない。
 俺は両手で弟の胸倉をつかんだ。
「お前のお友達ごっこなんぞ知るか! それがもとで、俺の首ばかりか父上の首まで危うくなっていることがわからないのか! お前ごとき小者の首一つで、事が足りるとでも思ったか!」
「あ、兄上……」
「かつて、聖女の小さな傷一つでパトラの地は消し飛んだ。当代の聖女は神獣の愛し子だ。いつも膝の上に神獣を乗せ、楽しげに神の言葉で会話をしている。お前の過失で聖女に傷がつけば、この大陸の命運が尽きてしまうかも知れないのだぞ。お前は誰のために! 何のために、ここで父上から学んでいる!」
「兄上、も、申し訳ありません……」
「お前はそれでもクランツ王の血を引く者か! 恥を知れ!! 息子を失う父上の気持ちを考えよ!」
 手を離すと、弟はその場にへたり込んだ。
 弟は決してバカの類ではないが、特大のお仕置きを必要としている甘えん坊だ。
 父はずっと手を焼いていた。彼には挫折が必要だと言っていたが、次男ゆえに要領が良く、それを知らずにここまで来ている。おかげでずいぶんと高い授業料を払わされることになった。

 弟は領内で起きた聖女に関するすべての不祥事の責任を取ることになる。それが本当に弟の過失かどうかに関係なく、彼の従者が発端になったことはすべて彼の責任として処理される。
 父は弟に謹慎を言い渡し、関わっている仕事をすべて部下に引き継ぐよう命じた。

 俺が会議室を出るのと入れ違いに、秘書官が父に来客を告げに来ていた。
「タヴァルコ市長のご夫人が」と聞こえた気がする。

 ――まさか、リア様も一緒か?

 すぐにきびすを返して階段を駆け上がった。
「俺が会う! 市長夫人はどこだ!」
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