昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[クリス]

往路 §4

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「若殿だ!」
「本当だ! 若殿ぉ!」
「クリストフ様ぁー!」
 手を振るな! 名を呼ぶんじゃねぇ!
「若殿、ちょっと来てください! 事件です!」
 ――お、終わった……。

 走って俺のところに来た男が「一大事です。あそこにあった店が、こつぜんと消えました!」と言っている。
 まるで推理小説の一場面のようだ。消えた露店、行方不明の店主、現場に残されたわずかな手がかり、渦巻く陰謀、暗躍する裏組織――むぅぅ、本の読みすぎだろうか。
 しかし、本当に事件だったらシャレにならない。

 急いで話を聞きに行くと、年配の女が警備の騎士団員にグイグイと詰め寄っていた。
「ちょっとぉ、騎士様、本当に知らないのぉ?」
「いや……ですから、定休日じゃないんですか? ずっと休んでなかったでしょう?」
「店主は何も言ってなかったわよ! ねえ?」
「おお、いつおどおりだったよ」
「そうだよ! 今日の飯、どうしてくれんだよ」
 いかつい男が仲間と声を上げている。
「アンタたちが追い出したんだろ!」
「皆知ってんだぞ! 最近、お城が商人に冷たいって!」
「そ、そんなことはしませんて!」
 騎士は手の平を向け、降参とばかりに一歩下がった。
「誰かが売り子にちょっかい出したとかじゃねーの? 毎日、騎士団が群がっていただろう?」
「最低! 騎士だからって何してもいいわけじゃないのよ!」
「あの子たちに何したんだよ!」
「ち、違いますって! 騎士はそんなことしませんから!」

 ――民が言うほど一大事ではなさそうなのだが……?
「おい! 騎士団の誰かが良からぬことをしたのか?」
 警備の騎士団員に尋ねた。
 言葉と態度がどんどん雑になっているのが自分でもわかる。未熟な俺を許してほしい。
「とんでもない! 自分も昨日はここで昼食を買いました。量が多くて美味いから、騎士団でも人気なんですよ。確かに売り子がカワイイと話題にはなりましたけど、だからといって誰かが何かしたという話は聞いたことがありません。本当です! 信じてください、若殿!」
 騎士団員は必死に無実を訴えている。

「皆、静まれ! 騎士も店主も人だ!」
 ああ、領主の息子はつらいぜ……。
 何の騒ぎか知らないが、一刻も早く片付けねば。
「いいか、人には都合というものがある。商人は皆の奴隷ではない。週に一度の休みくらい取らせてやれ。店主の都合や体調のことも考えよ。長い人生、欲しいものが手に入らない日もあるのだ。願わくは、騎士の都合も考えてくれまいか。彼も仕事をしなければならないのだ」
 広場を民に解放している以上、小さなモメ事が起きるのは仕方がない。犯罪の気配がないのであれば、上手く収めるにかぎる。
「私、明日また来てみます」
 年配の女がシュンとして言った。
「お茶会は明後日だから、明日お店が出ていれば間に合うし」
「そうか」とは言ったものの、俺は何の店かもわかっていなかった。
 茶菓子の店なのか? こんな朝っぱらから? いかつい男も買うような菓子か? しかし、さっき誰か「今日の飯」がどうのと言っていた気がするが……まあいいか。
「予定が狂っちまったなぁ」
「仕方ない。そこのパン屋でいいや」
「若殿に言われちゃあ引き下がるしかないよ」
「定休日かぁ……それもそうだよね」
 人々がバラバラとほどけるように去っていくと、騎士団員が「申し訳ありません。お騒がせしました」と頭を下げた。
「気にするな。人気の露店か?」
「はい。おそらく今日は定休日だと思います。休みなく毎日来ていましたから」
「そうか。では急ぐから、またな」
「お疲れ様です!」

 門をくぐると、警備の騎士団員がそこらじゅうで一斉に「お帰りなさい」と言った。スネている馬をザップに任せ、領館の階段を駆け上がる。
 俺が急に帰ってきたことで、城の中はざわついていた。
 たまにしか来ないから余計にそう感じるのかも知れないが、ここ数年、城の雰囲気があまりよろしくない。ザップの言うとおり、人の顔色をうかがうようにもみ手・・・をしながら挨拶に出てくる輩がいる。それで出世ができるとでも考えているのだろうか。

 秘書官の執務室へ向かい、父の予定と居場所を尋ねた。
「殿は今、会議中です」と、秘書官は言う。
「なんの会議だ?」
「トーマス様と部下数名とのお打ち合わせです」
「弟の従者のダドリーはどこにいる」と尋ねたところ、彼は口ごもった。
「どうした?」
「領内の経済に関わる大事な会議なものですから、彼は外で待つべきだと申し上げているのですが、トーマス様が彼を中に……。ダドリーも会議に参加しています」
「従者が経済会議に出ていると?」
 なぜトーマスは父の秘書官の助言を無視するのだろう。
 彼は王都の金融会社で会長秘書をしていた男だ。家族が病で倒れたことをきっかけに、クランツ領へ戻ることを望んでいた。そこで、父がこれ幸いと自分の秘書官にしたのだ。
 良い人材を片っ端から王都に取られてしまうのが地方の悩みだ。そんな中で戻って来てくれた有能な人材――父が頼りにするほどの人物だというのに!
「ダドリーが父の居ぬ間に何かやらかしていると聞いたが、うわさは本当か」
 彼は黙ったままうなずいた。
「それについて、誰かが弟に助言をしたことは?」
「数人お伝えした者がおりますが『そんなわけがない』と、話を聞いていただけなかったようです」
「父は知っているか?」
「ずいぶんと前からご存知です」
「……そうか」俺は天井を仰いだ。
 ドルマンという家名を与えたのは、その後のことらしい。
「何かお考えがあって、わざと家名を与えたと思われます」
「わかった。俺がなんとかする」と伝えると、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。
「力及ばず申し訳ございません」
 俺も頭を下げた。
「いや、こちらこそ不出来な弟が迷惑をかけた。本来ならば貴公に教えを請う立場だ。申し訳ないことをした」
「若殿、よしてください。もったいない!」
「俺からきつく言って聞かせる。引き続き父をよろしく頼む」
 失踪した聖女を探す話が、徐々にややこしくなりつつあった。

「別件だが、この一週間ぐらいの間に、誰か父を訪ねてこなかったか?」と尋ねた。
「いいえ。このところ外出が多かったので、城ではどなたともお会いになっておりません」
「誰かを保護したとか、家に客人が来ているとか、そういう話は聞いていないか」
「私は聞いておりません」
「そうか……」
 胃がムカムカする。俺は腹を立てずに城を出られる自信がない。

「実は王の特命で来た。人を探している。会議が終わるのを待てない」
「と、特命の人探しでございますか!?」
 秘書官は目を皿のようにした。
「御意にございます! ご案内いたします!」
 王都にいた人間なので話が早かった。
 俺は秘書官とともに階段を駆け上がった。
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