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[リア]
都へ §2
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グレコルへ行けば、領主様に会える。王都に帰れる。
そう思うと固く緊張していた心がほどけて急激な睡魔に襲われた。
二日間、極度の緊張状態にあったせいか、さすがに熟睡はできていない。馬車に揺られながら、寝たり起きたりを繰り返した。
「リア様、リア様、都に着きましたわ」
「はっ、はいっ!」
セシル様の声で目を覚まし、慌てて目をこじ開けて窓の外を見た。
外はすでに日が落ちかけていて、街灯を灯している店もある。
商店街だろうか。馬車の両脇には雑踏があった。仕事用のカバンを持ったスーツ姿の男性が大勢往来している。道ゆく女性たちも足早に帰路についているようだ。乗合馬車の停留所と思しき場所に行列ができていた。帰宅ラッシュの時間なのだろう。
わたしは町の様子を見て面食らっていた。
「これは……王都……?」
「ふふ、王都から初めて来られた方は、そう思うかも知れませんね」
セシル様は口元を押さえて優しく微笑んだ。銀の混じった美しいブロンドヘアがふわりと揺れる。
「これが、グレコルなのですね……」
建ち並ぶ近代的な建物、通行人の多さ、お店の数、そして活気。どれを取っても王都に引けを取らない。肩を並べるか、下手をすると王都よりも都会に見える。まるで王都の商人街に来たかのようなにぎわいが眼前に広がっていた。
「この辺りはグレコルの西側。現在のクランツ領の中心地になります。東側は旧市街なのですが、どちらも魅力的なお店がたくさんあるのですよ? 活気がありますでしょう?」
「まるで王都に戻ったかのようです」
馬車の窓にペタリとへばりついた。
ここが王都だったらどんなに良かっただろう。
アレンさん、心配していますよね。本当にごめんなさい。わたし、まだクランツ領から出発すらできていなくて……。
「内緒ですけれど、ここを王都と呼ぶ人もいますのよ。そして、オルランディア王都へ行くことを『オルランディアへ行く』と言ったりもしますの」
「まるで別の国みたいですね。昔、王国だった名残でしょうか」
セシル様は否定も肯定もせず、代わりに微笑みを返してくれた。
貴族の沈黙は肯定だ。
この問いに「そうですね」と答えると、陛下への不敬になるので言葉では答えない。代わりに笑顔を返すのだ。
「民が領主様を『殿』と呼んでいるのも、なんだか変でしょう? 領主様がそう呼べと言ったわけではないのに。ここの民は変な矜持があるのです。ほかと一緒にされたくないのでしょう」
「わかるような気がします。辺境なんて呼び方をしたら申し訳ないくらいのにぎわいですもの」
「そのせいで若殿が王都にいるらしいのです」と、セシル様はわずかに目を伏せた。
「夫が言うには、殿はあえて嫡男を王都に置いているのだとか。若殿がここにいるとクランツ家が力を持ちすぎるのだろうと話していました」
「人質……ということですか?」と尋ねた。
「そう思っている民は多いと思いますわ」
あんなに強そうな人が人質なんて、成立するのだろうか……。
「歯向かえばこいつを殺すぞ」と脅すのは簡単だけれど、じゃあ「殺しましょう」となっても到底できるとは思えない。
王都に戻ったら周りに真偽を確認しなくては。
「お隣のラヴェルタ=ヴェルテ領を含む近隣の領地は、もともとクランツ王を支える有力貴族でしたの。今でも深いつながりがあります。『南部』と一括りにされる範囲は、クランツ王国だった場所なのです」
「そうなのですね」
南部と呼ばれるエリアは広大だ。かつて一つの王国だったと言われても納得がいく。
ふと思い出したのは、お義父様が「南部を味方につけろ」と話していたことだ。あれは「元クランツ王国だった場所の皆さんを味方につけなさい」という意味だったのだ。
そして、ここがうわさに聞いていた武力と人情の南部で、その中心地のグレコル。
来ようと思って来たわけではないけれど、時間が許すかぎり人と触れ合ったり、あちこち見て回ったりしたほうが良いのかも知れない。
「あちらが領館ですわ。手前がお役所で、領主様のお住まいが奥にございますの」
「あ、はい。……へっ?」
彼女が指さした方向を見て、口元がヒクリと引きつった。
市庁舎や領館と呼ばれる建物は、いわゆるお役所のことだ。
とりわけ領館は、領主が政治をする建物なので、市庁舎よりも規模が大きい。
かつて見たポルト・デリング市庁舎やナルヴィル領館は、ちょっと装飾がされた小ぶりのオフィスビルという感じだった。
ここの領館は、少なくとも「館」ではない。
王宮をゴツくして、要塞化したような建物だった。どこかにミサイルが出る穴とか、戦車が出てくる扉とかがありそうな雰囲気だ。
日が暮れてきているせいで、影になった部分が余計に物々しさを演出している。ナルヴィル領館が水鉄砲なら、クランツの領館はロケットランチャーだろう。もはやオルランディア王国の旗が立っているところぐらいしか共通点が見当たらない。
「あ、あの、これは、要塞とかお城とか呼ぶものではないでしょうか……」と尋ねた。
「そうですねぇ。別名『クランツ城』とも呼ばれていますわ。あの小さな窓からは魔法で攻撃ができるのだそうですよ」
やはり魔法が出るようだ。
くまんつ城――それはクマの牙城である。
「辺境はどうしても戦がございますからね」と、セシル様は微笑みながら言った。いかつい建物のほうが、民も「強そうだ」と安心するらしい。
「今日はもう役場が閉まっているので、美味しいお食事を頂いてゆっくり休み、明日の朝一番で参りましょう」
その晩はお城から少し離れた場所にある宿に入って休んだ。
朝一番でくまんつパパに会えれば、明日中にはグレコルを出られるかも知れない。
そう思うと固く緊張していた心がほどけて急激な睡魔に襲われた。
二日間、極度の緊張状態にあったせいか、さすがに熟睡はできていない。馬車に揺られながら、寝たり起きたりを繰り返した。
「リア様、リア様、都に着きましたわ」
「はっ、はいっ!」
セシル様の声で目を覚まし、慌てて目をこじ開けて窓の外を見た。
外はすでに日が落ちかけていて、街灯を灯している店もある。
商店街だろうか。馬車の両脇には雑踏があった。仕事用のカバンを持ったスーツ姿の男性が大勢往来している。道ゆく女性たちも足早に帰路についているようだ。乗合馬車の停留所と思しき場所に行列ができていた。帰宅ラッシュの時間なのだろう。
わたしは町の様子を見て面食らっていた。
「これは……王都……?」
「ふふ、王都から初めて来られた方は、そう思うかも知れませんね」
セシル様は口元を押さえて優しく微笑んだ。銀の混じった美しいブロンドヘアがふわりと揺れる。
「これが、グレコルなのですね……」
建ち並ぶ近代的な建物、通行人の多さ、お店の数、そして活気。どれを取っても王都に引けを取らない。肩を並べるか、下手をすると王都よりも都会に見える。まるで王都の商人街に来たかのようなにぎわいが眼前に広がっていた。
「この辺りはグレコルの西側。現在のクランツ領の中心地になります。東側は旧市街なのですが、どちらも魅力的なお店がたくさんあるのですよ? 活気がありますでしょう?」
「まるで王都に戻ったかのようです」
馬車の窓にペタリとへばりついた。
ここが王都だったらどんなに良かっただろう。
アレンさん、心配していますよね。本当にごめんなさい。わたし、まだクランツ領から出発すらできていなくて……。
「内緒ですけれど、ここを王都と呼ぶ人もいますのよ。そして、オルランディア王都へ行くことを『オルランディアへ行く』と言ったりもしますの」
「まるで別の国みたいですね。昔、王国だった名残でしょうか」
セシル様は否定も肯定もせず、代わりに微笑みを返してくれた。
貴族の沈黙は肯定だ。
この問いに「そうですね」と答えると、陛下への不敬になるので言葉では答えない。代わりに笑顔を返すのだ。
「民が領主様を『殿』と呼んでいるのも、なんだか変でしょう? 領主様がそう呼べと言ったわけではないのに。ここの民は変な矜持があるのです。ほかと一緒にされたくないのでしょう」
「わかるような気がします。辺境なんて呼び方をしたら申し訳ないくらいのにぎわいですもの」
「そのせいで若殿が王都にいるらしいのです」と、セシル様はわずかに目を伏せた。
「夫が言うには、殿はあえて嫡男を王都に置いているのだとか。若殿がここにいるとクランツ家が力を持ちすぎるのだろうと話していました」
「人質……ということですか?」と尋ねた。
「そう思っている民は多いと思いますわ」
あんなに強そうな人が人質なんて、成立するのだろうか……。
「歯向かえばこいつを殺すぞ」と脅すのは簡単だけれど、じゃあ「殺しましょう」となっても到底できるとは思えない。
王都に戻ったら周りに真偽を確認しなくては。
「お隣のラヴェルタ=ヴェルテ領を含む近隣の領地は、もともとクランツ王を支える有力貴族でしたの。今でも深いつながりがあります。『南部』と一括りにされる範囲は、クランツ王国だった場所なのです」
「そうなのですね」
南部と呼ばれるエリアは広大だ。かつて一つの王国だったと言われても納得がいく。
ふと思い出したのは、お義父様が「南部を味方につけろ」と話していたことだ。あれは「元クランツ王国だった場所の皆さんを味方につけなさい」という意味だったのだ。
そして、ここがうわさに聞いていた武力と人情の南部で、その中心地のグレコル。
来ようと思って来たわけではないけれど、時間が許すかぎり人と触れ合ったり、あちこち見て回ったりしたほうが良いのかも知れない。
「あちらが領館ですわ。手前がお役所で、領主様のお住まいが奥にございますの」
「あ、はい。……へっ?」
彼女が指さした方向を見て、口元がヒクリと引きつった。
市庁舎や領館と呼ばれる建物は、いわゆるお役所のことだ。
とりわけ領館は、領主が政治をする建物なので、市庁舎よりも規模が大きい。
かつて見たポルト・デリング市庁舎やナルヴィル領館は、ちょっと装飾がされた小ぶりのオフィスビルという感じだった。
ここの領館は、少なくとも「館」ではない。
王宮をゴツくして、要塞化したような建物だった。どこかにミサイルが出る穴とか、戦車が出てくる扉とかがありそうな雰囲気だ。
日が暮れてきているせいで、影になった部分が余計に物々しさを演出している。ナルヴィル領館が水鉄砲なら、クランツの領館はロケットランチャーだろう。もはやオルランディア王国の旗が立っているところぐらいしか共通点が見当たらない。
「あ、あの、これは、要塞とかお城とか呼ぶものではないでしょうか……」と尋ねた。
「そうですねぇ。別名『クランツ城』とも呼ばれていますわ。あの小さな窓からは魔法で攻撃ができるのだそうですよ」
やはり魔法が出るようだ。
くまんつ城――それはクマの牙城である。
「辺境はどうしても戦がございますからね」と、セシル様は微笑みながら言った。いかつい建物のほうが、民も「強そうだ」と安心するらしい。
「今日はもう役場が閉まっているので、美味しいお食事を頂いてゆっくり休み、明日の朝一番で参りましょう」
その晩はお城から少し離れた場所にある宿に入って休んだ。
朝一番でくまんつパパに会えれば、明日中にはグレコルを出られるかも知れない。
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