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[リア]
厄介者 §1
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翌日、くまんつ城に入った。
いかつい外観からは想像がつかないほど、典型的なお役所ムードを醸し出していて拍子抜けだ。
入り口には地域住民向けのポスターが貼られた掲示板があり、チェス大会の参加者を募っている。セシル様いわく南部はチェスが盛んで、この大会には「殿」も顔を出すそうだ。
その下の傘立てには、ホコリだらけになった忘れ物の傘が倒れていた。柄に書かれた「アリシア」という名前が、かろうじてそれをゴミとして認識させないよう食い止めている。
受付窓口へ行き、「二番」の番号札をもらった。
面会の申込用紙を書いて待ち、番号を呼ばれたので提出する。
グレーの地味な制服を着た職員が「番号でお呼びしますのでお待ちください」と、別の番号札「三八二番」を渡してきた。典型的なお役所仕事だ。
「実はトーマス様のお近くに、わたくしの弟が勤めておりますの。ただ……」
彼女が言いかけたところで番号を呼ばれた。
「まずは用件を詳しくお聞きするので、この番号の部屋でお待ちください」と、職員が言う。また新しい番号札「四番」が現れた。
会議室までの道中、彼女は再び小声で話し始めた。
「弟が出てくると厄介です。でも、何があっても、必ずわたくしがお助けするとお約束いたしますわ」
実姉から「厄介だ」と言われてしまう弟って……いったいどんな人なのだろう。
わたしたちの待つ四番会議室に、小太りの男性が入ってきた。
二十代前半ぐらいだろうか。体に合わないダブダブのスーツ、シワの入ったシャツの襟はへんなふうに折れていて、ネクタイが曲がっている。ヴェストを着ていないのに、ジャケットの前ボタンが全開だ。アイロンのかかっていないズボン。手入れされていない革靴。擦り切れて色が変わり、妙にテカテカ光っているジャケットの肘。髪には寝ぐせがついている。
ドスドスと音を立てて歩く彼が、自らを「領主補佐だ」と言った瞬間、わたしの中には懐かしさにも似た感覚があった。
ナルヴィルで民に意地悪をして私腹を肥やしていた「うっすらトリオ」を思い出したのだ。
アレンさんと彼らの話をしたのはずいぶん前だ。
サロンでポケーッとお茶を飲みながら、何かのついでのように彼はこう言った。
「領主の家族でもないのに『領主補佐』を自称している人は、何かしらの罪人だと考えて差し支えないと思いますよ」と。
家族以外の人に領地管理のサポートをしてもらう際「秘書官」や「事務官」などの肩書きを与えるのが通例だそうだ。それが複数いるなら、トップに「秘書長」と「事務長」を置く。
「秘書官や事務官をまとめて補佐官と呼ぶので、総称なのです。補佐官という職業はない」と、彼は言った。
領主の代理で一部の承認手続きをすることがあるので、領主が与えた身分証を持っていることも特徴だと話していた。
わたしは目の前にいる「自称:領主補佐」の男性に尋ねた。
「身分証を見せていただけますか?」と。
すると彼は「そんなものをお前に見せる必要はない」と答えた。
身分証を見せないうえに「お前」とはご挨拶だ。
名を尋ねると、ダドリー・ドルマンと名乗った。家名を持っているとは驚きだ。
しかし、偉そうな物言いをしているその口元には、粉砂糖と思しき白い粉がついていた。朝食は砂糖のかかった甘いパン。しかも、職場についてから食べるタイプ。食後に歯磨きもしないし、仕事前に鑑も見ないようだ。
アレンさんの教えに従い、わたしはその男を「九割がた犯罪者」だと思っておくことにした。
わたしが受付で申請したのは「領主様かご子息トーマス様への面会」だった。
詳しい用件を聞く係の人が出てくるはずだったのに、彼は内容の聞き取りどころか、自分を領主の代理だと言い、用件を話せと言う。
二十代若者が、あのシルヴィオ・クランツ様の「補佐」や「代理」を名乗るとは、いったい何のお笑いなのかと思ってしまう。
彼が身分証を見せない以上、こちらも身分は明かせない。話せる範囲で事情を説明するしかなかった。
すると、彼はこう言った。
「身分を明かせぬ者をトーマス様に会わせられるわけがないだろう。頭の悪い女め」
思ったとおりの展開になり、噴き出しそうになってしまった。
彼はわたしの予想を裏切らず、絵に描いたような「嫌な奴」だった。
四番会議室に入って五分と経たぬうちに、わたしは殿にもトーマス様にも会えない覚悟をした。
お金を借りにここまで来たけれど、代替案の「プランB」が必要になるかも知れない。なぜなら、こういう人が出てきた時点で、役場機能がおかしい前提で考えなくてはならないからだ。殿に会うための窓口が役場しかない以上、お城に期待はできないだろう。
この男の名前は、何がなんでも忘れるわけにはいかない。人の名前を覚えるのは大の苦手だけれど、絶対に覚えて王都まで帰ると決めた。何度か連呼すれば覚えられるはずだ。
「ダドリー、あなたは何を言っているの?」と、セシル様が抗議した。
どうやら「出てくると厄介」だと言っていた実弟がこの人のようだ。
彼女は確か「弟がトーマス様の近くに勤めている」という言い方をしていた。
もし、彼が本当に領主の補佐官なら「殿の近くに勤めている」と言うはずだ。やはり、職業を詐称しているのだろう。
「トーマス様の妻の座を狙って会いたがっている令嬢なら、掃いて捨てるほどいるんですよ、姉上」
姉に対しても彼は横柄だった。
わたしをトーマス様狙いでここに来た婚活女子だと思っているようだ。面倒くさいけれど、事実ではない部分は反論しておこう。
「わたくしは婚約しておりますし、来月結婚する予定です。お会いしたこともないトーマス様個人に興味などございません。面識のある方が領主様しかいらっしゃらないので、こちらに伺った次第です」
彼は薄笑いを浮かべている。
「ほう、殿に捨てられた愛人でしたか。それなら、なおさら会うべきではないですね」
わたしは下を向いて笑いをこらえた。
アレンさん、わたしに知恵を授けておいてくれてありがとう。やっぱりこいつは悪人で罪人のようですわ。
いかつい外観からは想像がつかないほど、典型的なお役所ムードを醸し出していて拍子抜けだ。
入り口には地域住民向けのポスターが貼られた掲示板があり、チェス大会の参加者を募っている。セシル様いわく南部はチェスが盛んで、この大会には「殿」も顔を出すそうだ。
その下の傘立てには、ホコリだらけになった忘れ物の傘が倒れていた。柄に書かれた「アリシア」という名前が、かろうじてそれをゴミとして認識させないよう食い止めている。
受付窓口へ行き、「二番」の番号札をもらった。
面会の申込用紙を書いて待ち、番号を呼ばれたので提出する。
グレーの地味な制服を着た職員が「番号でお呼びしますのでお待ちください」と、別の番号札「三八二番」を渡してきた。典型的なお役所仕事だ。
「実はトーマス様のお近くに、わたくしの弟が勤めておりますの。ただ……」
彼女が言いかけたところで番号を呼ばれた。
「まずは用件を詳しくお聞きするので、この番号の部屋でお待ちください」と、職員が言う。また新しい番号札「四番」が現れた。
会議室までの道中、彼女は再び小声で話し始めた。
「弟が出てくると厄介です。でも、何があっても、必ずわたくしがお助けするとお約束いたしますわ」
実姉から「厄介だ」と言われてしまう弟って……いったいどんな人なのだろう。
わたしたちの待つ四番会議室に、小太りの男性が入ってきた。
二十代前半ぐらいだろうか。体に合わないダブダブのスーツ、シワの入ったシャツの襟はへんなふうに折れていて、ネクタイが曲がっている。ヴェストを着ていないのに、ジャケットの前ボタンが全開だ。アイロンのかかっていないズボン。手入れされていない革靴。擦り切れて色が変わり、妙にテカテカ光っているジャケットの肘。髪には寝ぐせがついている。
ドスドスと音を立てて歩く彼が、自らを「領主補佐だ」と言った瞬間、わたしの中には懐かしさにも似た感覚があった。
ナルヴィルで民に意地悪をして私腹を肥やしていた「うっすらトリオ」を思い出したのだ。
アレンさんと彼らの話をしたのはずいぶん前だ。
サロンでポケーッとお茶を飲みながら、何かのついでのように彼はこう言った。
「領主の家族でもないのに『領主補佐』を自称している人は、何かしらの罪人だと考えて差し支えないと思いますよ」と。
家族以外の人に領地管理のサポートをしてもらう際「秘書官」や「事務官」などの肩書きを与えるのが通例だそうだ。それが複数いるなら、トップに「秘書長」と「事務長」を置く。
「秘書官や事務官をまとめて補佐官と呼ぶので、総称なのです。補佐官という職業はない」と、彼は言った。
領主の代理で一部の承認手続きをすることがあるので、領主が与えた身分証を持っていることも特徴だと話していた。
わたしは目の前にいる「自称:領主補佐」の男性に尋ねた。
「身分証を見せていただけますか?」と。
すると彼は「そんなものをお前に見せる必要はない」と答えた。
身分証を見せないうえに「お前」とはご挨拶だ。
名を尋ねると、ダドリー・ドルマンと名乗った。家名を持っているとは驚きだ。
しかし、偉そうな物言いをしているその口元には、粉砂糖と思しき白い粉がついていた。朝食は砂糖のかかった甘いパン。しかも、職場についてから食べるタイプ。食後に歯磨きもしないし、仕事前に鑑も見ないようだ。
アレンさんの教えに従い、わたしはその男を「九割がた犯罪者」だと思っておくことにした。
わたしが受付で申請したのは「領主様かご子息トーマス様への面会」だった。
詳しい用件を聞く係の人が出てくるはずだったのに、彼は内容の聞き取りどころか、自分を領主の代理だと言い、用件を話せと言う。
二十代若者が、あのシルヴィオ・クランツ様の「補佐」や「代理」を名乗るとは、いったい何のお笑いなのかと思ってしまう。
彼が身分証を見せない以上、こちらも身分は明かせない。話せる範囲で事情を説明するしかなかった。
すると、彼はこう言った。
「身分を明かせぬ者をトーマス様に会わせられるわけがないだろう。頭の悪い女め」
思ったとおりの展開になり、噴き出しそうになってしまった。
彼はわたしの予想を裏切らず、絵に描いたような「嫌な奴」だった。
四番会議室に入って五分と経たぬうちに、わたしは殿にもトーマス様にも会えない覚悟をした。
お金を借りにここまで来たけれど、代替案の「プランB」が必要になるかも知れない。なぜなら、こういう人が出てきた時点で、役場機能がおかしい前提で考えなくてはならないからだ。殿に会うための窓口が役場しかない以上、お城に期待はできないだろう。
この男の名前は、何がなんでも忘れるわけにはいかない。人の名前を覚えるのは大の苦手だけれど、絶対に覚えて王都まで帰ると決めた。何度か連呼すれば覚えられるはずだ。
「ダドリー、あなたは何を言っているの?」と、セシル様が抗議した。
どうやら「出てくると厄介」だと言っていた実弟がこの人のようだ。
彼女は確か「弟がトーマス様の近くに勤めている」という言い方をしていた。
もし、彼が本当に領主の補佐官なら「殿の近くに勤めている」と言うはずだ。やはり、職業を詐称しているのだろう。
「トーマス様の妻の座を狙って会いたがっている令嬢なら、掃いて捨てるほどいるんですよ、姉上」
姉に対しても彼は横柄だった。
わたしをトーマス様狙いでここに来た婚活女子だと思っているようだ。面倒くさいけれど、事実ではない部分は反論しておこう。
「わたくしは婚約しておりますし、来月結婚する予定です。お会いしたこともないトーマス様個人に興味などございません。面識のある方が領主様しかいらっしゃらないので、こちらに伺った次第です」
彼は薄笑いを浮かべている。
「ほう、殿に捨てられた愛人でしたか。それなら、なおさら会うべきではないですね」
わたしは下を向いて笑いをこらえた。
アレンさん、わたしに知恵を授けておいてくれてありがとう。やっぱりこいつは悪人で罪人のようですわ。
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