343 / 392
[リア]
都へ §2
しおりを挟む
グレコルへ行けば、領主様に会える。王都に帰れる。
そう思うと固く緊張していた心がほどけて急激な睡魔に襲われた。
二日間、極度の緊張状態にあったせいか、さすがに熟睡はできていない。馬車に揺られながら、寝たり起きたりを繰り返した。
「リア様、リア様、都に着きましたわ」
「はっ、はいっ!」
セシル様の声で目を覚まし、慌てて目をこじ開けて窓の外を見た。
外はすでに日が落ちかけていて、街灯を灯している店もある。
商店街だろうか。馬車の両脇には雑踏があった。仕事用のカバンを持ったスーツ姿の男性が大勢往来している。道ゆく女性たちも足早に帰路についているようだ。乗合馬車の停留所と思しき場所に行列ができていた。帰宅ラッシュの時間なのだろう。
わたしは町の様子を見て面食らっていた。
「これは……王都……?」
「ふふ、王都から初めて来られた方は、そう思うかも知れませんね」
セシル様は口元を押さえて優しく微笑んだ。銀の混じった美しいブロンドヘアがふわりと揺れる。
「これが、グレコルなのですね……」
建ち並ぶ近代的な建物、通行人の多さ、お店の数、そして活気。どれを取っても王都に引けを取らない。肩を並べるか、下手をすると王都よりも都会に見える。まるで王都の商人街に来たかのようなにぎわいが眼前に広がっていた。
「この辺りはグレコルの西側。現在のクランツ領の中心地になります。東側は旧市街なのですが、どちらも魅力的なお店がたくさんあるのですよ? 活気がありますでしょう?」
「まるで王都に戻ったかのようです」
馬車の窓にペタリとへばりついた。
ここが王都だったらどんなに良かっただろう。
アレンさん、心配していますよね。本当にごめんなさい。わたし、まだクランツ領から出発すらできていなくて……。
「内緒ですけれど、ここを王都と呼ぶ人もいますのよ。そして、オルランディア王都へ行くことを『オルランディアへ行く』と言ったりもしますの」
「まるで別の国みたいですね。昔、王国だった名残でしょうか」
セシル様は否定も肯定もせず、代わりに微笑みを返してくれた。
貴族の沈黙は肯定だ。
この問いに「そうですね」と答えると、陛下への不敬になるので言葉では答えない。代わりに笑顔を返すのだ。
「民が領主様を『殿』と呼んでいるのも、なんだか変でしょう? 領主様がそう呼べと言ったわけではないのに。ここの民は変な矜持があるのです。ほかと一緒にされたくないのでしょう」
「わかるような気がします。辺境なんて呼び方をしたら申し訳ないくらいのにぎわいですもの」
「そのせいで若殿が王都にいるらしいのです」と、セシル様はわずかに目を伏せた。
「夫が言うには、殿はあえて嫡男を王都に置いているのだとか。若殿がここにいるとクランツ家が力を持ちすぎるのだろうと話していました」
「人質……ということですか?」と尋ねた。
「そう思っている民は多いと思いますわ」
あんなに強そうな人が人質なんて、成立するのだろうか……。
「歯向かえばこいつを殺すぞ」と脅すのは簡単だけれど、じゃあ「殺しましょう」となっても到底できるとは思えない。
王都に戻ったら周りに真偽を確認しなくては。
「お隣のラヴェルタ=ヴェルテ領を含む近隣の領地は、もともとクランツ王を支える有力貴族でしたの。今でも深いつながりがあります。『南部』と一括りにされる範囲は、クランツ王国だった場所なのです」
「そうなのですね」
南部と呼ばれるエリアは広大だ。かつて一つの王国だったと言われても納得がいく。
ふと思い出したのは、お義父様が「南部を味方につけろ」と話していたことだ。あれは「元クランツ王国だった場所の皆さんを味方につけなさい」という意味だったのだ。
そして、ここがうわさに聞いていた武力と人情の南部で、その中心地のグレコル。
来ようと思って来たわけではないけれど、時間が許すかぎり人と触れ合ったり、あちこち見て回ったりしたほうが良いのかも知れない。
「あちらが領館ですわ。手前がお役所で、領主様のお住まいが奥にございますの」
「あ、はい。……へっ?」
彼女が指さした方向を見て、口元がヒクリと引きつった。
市庁舎や領館と呼ばれる建物は、いわゆるお役所のことだ。
とりわけ領館は、領主が政治をする建物なので、市庁舎よりも規模が大きい。
かつて見たポルト・デリング市庁舎やナルヴィル領館は、ちょっと装飾がされた小ぶりのオフィスビルという感じだった。
ここの領館は、少なくとも「館」ではない。
王宮をゴツくして、要塞化したような建物だった。どこかにミサイルが出る穴とか、戦車が出てくる扉とかがありそうな雰囲気だ。
日が暮れてきているせいで、影になった部分が余計に物々しさを演出している。ナルヴィル領館が水鉄砲なら、クランツの領館はロケットランチャーだろう。もはやオルランディア王国の旗が立っているところぐらいしか共通点が見当たらない。
「あ、あの、これは、要塞とかお城とか呼ぶものではないでしょうか……」と尋ねた。
「そうですねぇ。別名『クランツ城』とも呼ばれていますわ。あの小さな窓からは魔法で攻撃ができるのだそうですよ」
やはり魔法が出るようだ。
くまんつ城――それはクマの牙城である。
「辺境はどうしても戦がございますからね」と、セシル様は微笑みながら言った。いかつい建物のほうが、民も「強そうだ」と安心するらしい。
「今日はもう役場が閉まっているので、美味しいお食事を頂いてゆっくり休み、明日の朝一番で参りましょう」
その晩はお城から少し離れた場所にある宿に入って休んだ。
朝一番でくまんつパパに会えれば、明日中にはグレコルを出られるかも知れない。
そう思うと固く緊張していた心がほどけて急激な睡魔に襲われた。
二日間、極度の緊張状態にあったせいか、さすがに熟睡はできていない。馬車に揺られながら、寝たり起きたりを繰り返した。
「リア様、リア様、都に着きましたわ」
「はっ、はいっ!」
セシル様の声で目を覚まし、慌てて目をこじ開けて窓の外を見た。
外はすでに日が落ちかけていて、街灯を灯している店もある。
商店街だろうか。馬車の両脇には雑踏があった。仕事用のカバンを持ったスーツ姿の男性が大勢往来している。道ゆく女性たちも足早に帰路についているようだ。乗合馬車の停留所と思しき場所に行列ができていた。帰宅ラッシュの時間なのだろう。
わたしは町の様子を見て面食らっていた。
「これは……王都……?」
「ふふ、王都から初めて来られた方は、そう思うかも知れませんね」
セシル様は口元を押さえて優しく微笑んだ。銀の混じった美しいブロンドヘアがふわりと揺れる。
「これが、グレコルなのですね……」
建ち並ぶ近代的な建物、通行人の多さ、お店の数、そして活気。どれを取っても王都に引けを取らない。肩を並べるか、下手をすると王都よりも都会に見える。まるで王都の商人街に来たかのようなにぎわいが眼前に広がっていた。
「この辺りはグレコルの西側。現在のクランツ領の中心地になります。東側は旧市街なのですが、どちらも魅力的なお店がたくさんあるのですよ? 活気がありますでしょう?」
「まるで王都に戻ったかのようです」
馬車の窓にペタリとへばりついた。
ここが王都だったらどんなに良かっただろう。
アレンさん、心配していますよね。本当にごめんなさい。わたし、まだクランツ領から出発すらできていなくて……。
「内緒ですけれど、ここを王都と呼ぶ人もいますのよ。そして、オルランディア王都へ行くことを『オルランディアへ行く』と言ったりもしますの」
「まるで別の国みたいですね。昔、王国だった名残でしょうか」
セシル様は否定も肯定もせず、代わりに微笑みを返してくれた。
貴族の沈黙は肯定だ。
この問いに「そうですね」と答えると、陛下への不敬になるので言葉では答えない。代わりに笑顔を返すのだ。
「民が領主様を『殿』と呼んでいるのも、なんだか変でしょう? 領主様がそう呼べと言ったわけではないのに。ここの民は変な矜持があるのです。ほかと一緒にされたくないのでしょう」
「わかるような気がします。辺境なんて呼び方をしたら申し訳ないくらいのにぎわいですもの」
「そのせいで若殿が王都にいるらしいのです」と、セシル様はわずかに目を伏せた。
「夫が言うには、殿はあえて嫡男を王都に置いているのだとか。若殿がここにいるとクランツ家が力を持ちすぎるのだろうと話していました」
「人質……ということですか?」と尋ねた。
「そう思っている民は多いと思いますわ」
あんなに強そうな人が人質なんて、成立するのだろうか……。
「歯向かえばこいつを殺すぞ」と脅すのは簡単だけれど、じゃあ「殺しましょう」となっても到底できるとは思えない。
王都に戻ったら周りに真偽を確認しなくては。
「お隣のラヴェルタ=ヴェルテ領を含む近隣の領地は、もともとクランツ王を支える有力貴族でしたの。今でも深いつながりがあります。『南部』と一括りにされる範囲は、クランツ王国だった場所なのです」
「そうなのですね」
南部と呼ばれるエリアは広大だ。かつて一つの王国だったと言われても納得がいく。
ふと思い出したのは、お義父様が「南部を味方につけろ」と話していたことだ。あれは「元クランツ王国だった場所の皆さんを味方につけなさい」という意味だったのだ。
そして、ここがうわさに聞いていた武力と人情の南部で、その中心地のグレコル。
来ようと思って来たわけではないけれど、時間が許すかぎり人と触れ合ったり、あちこち見て回ったりしたほうが良いのかも知れない。
「あちらが領館ですわ。手前がお役所で、領主様のお住まいが奥にございますの」
「あ、はい。……へっ?」
彼女が指さした方向を見て、口元がヒクリと引きつった。
市庁舎や領館と呼ばれる建物は、いわゆるお役所のことだ。
とりわけ領館は、領主が政治をする建物なので、市庁舎よりも規模が大きい。
かつて見たポルト・デリング市庁舎やナルヴィル領館は、ちょっと装飾がされた小ぶりのオフィスビルという感じだった。
ここの領館は、少なくとも「館」ではない。
王宮をゴツくして、要塞化したような建物だった。どこかにミサイルが出る穴とか、戦車が出てくる扉とかがありそうな雰囲気だ。
日が暮れてきているせいで、影になった部分が余計に物々しさを演出している。ナルヴィル領館が水鉄砲なら、クランツの領館はロケットランチャーだろう。もはやオルランディア王国の旗が立っているところぐらいしか共通点が見当たらない。
「あ、あの、これは、要塞とかお城とか呼ぶものではないでしょうか……」と尋ねた。
「そうですねぇ。別名『クランツ城』とも呼ばれていますわ。あの小さな窓からは魔法で攻撃ができるのだそうですよ」
やはり魔法が出るようだ。
くまんつ城――それはクマの牙城である。
「辺境はどうしても戦がございますからね」と、セシル様は微笑みながら言った。いかつい建物のほうが、民も「強そうだ」と安心するらしい。
「今日はもう役場が閉まっているので、美味しいお食事を頂いてゆっくり休み、明日の朝一番で参りましょう」
その晩はお城から少し離れた場所にある宿に入って休んだ。
朝一番でくまんつパパに会えれば、明日中にはグレコルを出られるかも知れない。
16
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜
文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。
花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。
堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。
帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは?
異世界婚活ファンタジー、開幕。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
転生先は男女比50:1の世界!?
4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。
「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」
デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・
どうなる!?学園生活!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる